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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第2章

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第6話: 『観測閾値』

勇者は、負けない。


 それは誇張ではなく、記録上の事実だった。


 致命的敗北なし。

 戦線崩壊なし。

 撤退判断すら、最適な瞬間で行われる。


 賢者は帳面を閉じる。


「到達予測、さらに短縮。二年九ヶ月」


「縮まるのか?」


 勇者が笑う。


「成長効率が理論上限に近づいている」


 理論上限。


 その言葉に、暗殺者はわずかに視線を上げる。


 上限。


 本来、理論値は届かないものだ。


 誤差があるから。


 疲労があるから。


 判断ミスがあるから。


 だが。


 届き始めている。


 聖女は嬉しそうだ。


「皆さんが無事で、よかったです」


 無事。


 無事すぎる。


 暗殺者は思う。


 戦場は、もっと奪う。


 もっと削る。


 もっと歪む。


 だが削れない。


 歪まない。


 勇者は笑う。


 揺らがない。


 まだ。



 魔王は、実験を命じた。


「局所的に、勇者と無関係な地域で揺らぎを強めよ」


 闇宰相は理解している。


「観測対象外領域での確率増幅、ですね」


「勇者の進路と無関係な戦域で、乱数を広げよ」


 もし。


 勇者周辺のみが収束しているなら。


 比較ができる。



 三日後。


 辺境の砦。


 勇者とは無関係の戦線。


 そこでは嵐が荒れ、魔物は暴れ、戦況は乱れた。


 死者が出る。


 補給は遅延。


 伝令は途絶。


 確率は、荒れる。


 魔王は報告を受ける。


「揺らぎは正常範囲を超えています」


「収束は」


「なし」


 魔王は静かに目を細める。


「勇者周辺は」


「依然として偏り維持」


 沈黙。


 比較が成立した。


 世界全体が滑らかになっているわけではない。


 勇者周辺のみ。


 確率が、整う。


「局所的補正」


 闇宰相が呟く。


「観測対象への集中」


 魔王はゆっくりと立ち上がる。


「余は観測している」


「はい」


「だが、余もまた観測されているとすれば」


 闇宰相は答えない。


 答えられない。


「観測が閾値を超えたとき、何が起きる」


 魔王の声は低い。


 怒りではない。


 理論だ。


 もし世界が循環維持のために勇者を最適化しているなら。


 それは目的を持つ構造だ。


 目的があるなら。


 監視がある。


 監視があるなら。


 干渉もある。


 魔王は窓の外を見る。


 嵐は城を叩いている。


 だが勇者の進路は、晴れている。


「偏りは偶然ではない」


 断定ではない。


 だが仮説は立った。



 夜。


 勇者は焚き火の前で笑っている。


「最近、妙に上手くいくな」


「効率化が進んでいる」


 賢者は理屈で説明する。


 聖女は微笑む。


「神は見ています」


 暗殺者は勇者を見る。


 笑顔。


 無防備。


 健全。


 疑っていない。


 選んでいるつもりだ。


 本当に。


 選んでいるのか。


 暗殺者は、初めて勇者の背ではなく、横顔を見る。


 観察ではなく。


 測る。


 この男が。


 中心か。


 偏りの。


 焚き火の火が揺れる。


 風は穏やか。


 偶然は今日も安全側へ傾いた。


 暗殺者は目を閉じる。


 言わない。


 まだ。


 だが。


 違和感は、確信に近づいている。



 魔王城。


「観測値が一定閾値に到達した場合」


 闇宰相が言う。


「構造は自己修正を強化する可能性があります」


「余が強く観測すればするほど、補正も強まると?」


「否定できません」


 魔王は静かに笑う。


「ならば」


 一歩。


 玉座から降りる。


「余はどこまで観測してよい」


 その問いに、答えはない。


 だが魔王は理解している。


 越えてはならぬ線がある。


 まだ。


 突破方法は見えない。


 閾値は、そこにある。


 見える。


 触れていない。


 魔王は目を閉じる。


「観測を続ける」


 今はまだ。


 工程の内側で。


 勇者は強くなる。


 予定通り。


 暗殺者は沈黙する。


 勇者を見ながら。


 確信へと。


 静かに。



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