第7話: 『補正』
それは、明らかな失敗だった。
賢者の判断ミス。
珍しいことではない。
だが致命的だった。
「索敵範囲、甘い!」
暗殺者が叫ぶ。
遅い。
地面が崩落する。
罠。
勇者の足場が消える。
落下。
下は槍林。
本来なら。
ここで死ぬ。
聖女の声が震える。
「勇者様――!」
距離がある。
間に合わない。
賢者の詠唱も、角度が足りない。
暗殺者は飛ぶ。
届かない。
計算上、間に合わない。
勇者は空中で体勢を整える。
だが無理だ。
角度が悪い。
槍の密度が高すぎる。
死ぬ。
そう判断した瞬間。
地面が、さらに崩れた。
槍の半分が傾く。
一本、折れる。
勇者の体が、その隙間に落ちる。
刺さらない。
浅い。
致命傷にならない。
同時に。
聖女の光が届く。
賢者の拘束が上部の罠術者を止める。
暗殺者が底に着地し、周囲を排除する。
静寂。
勇者は、息をしている。
血は出ている。
だが、死なない。
死なない位置。
死なない角度。
死なない崩落。
暗殺者は、折れた槍を見る。
金属疲労ではない。
切断でもない。
ただ。
偶然。
折れただけ。
勇者は笑う。
「危なかったな……」
賢者は蒼白だ。
「私の誤算だ」
聖女は泣きそうな顔で祈る。
暗殺者は何も言わない。
確率。
角度。
重量。
落下速度。
全てが。
死なない値へ収束した。
今度は明確だ。
“事故”だった。
だが、死なない。
補正。
言葉が、喉まで来る。
飲み込む。
まだ。
◇
魔王城。
闇宰相の報告は速い。
「勇者、罠により落下。致命率八七%」
「結果」
「軽傷」
「理由」
「崩落の二次発生」
魔王は立ち上がる。
「二次崩落は誰の指示だ」
「自然崩壊です」
「確率は」
「〇・〇三%未満」
沈黙。
魔王の目が細くなる。
「余は、罠術者に崩落強度を固定させた」
「はい」
「補強も施した」
「はい」
「それでも折れたか」
「……はい」
偶然ではない。
ここまで低確率が連続するなら。
偏りではない。
意思に近い。
魔王は静かに言う。
「補正だ」
闇宰相は否定しない。
「観測強度に応じた自己修復」
魔王は拳を握る。
怒りではない。
理解だ。
世界は勇者を死なせない。
少なくとも、今は。
「余は工程の障害物か」
誰にも答えられない。
◇
夜。
勇者は横になっている。
傷は浅い。
聖女の回復で塞がっている。
「死ぬかと思った」
軽く言う。
軽すぎる。
賢者は沈んでいる。
「私の責任だ」
「結果、生きてる」
勇者は笑う。
「それでいいだろ」
暗殺者は焚き火の向こうから見る。
あれは。
死んでいた。
確率上。
死んでいた。
だが死なない。
事故が、事故にならない。
失敗が、失敗にならない。
逸脱が、修正される。
勇者は選んでいると思っている。
賢者は理屈で納得する。
聖女は神に帰結させる。
だが。
暗殺者は理解する。
これは。
勇者の力ではない。
仲間の力でもない。
もっと外側。
もっと上位。
工程を守る力。
暗殺者は勇者を見る。
中心。
核。
補正対象。
ほぼ確信。
だが。
まだ言わない。
まだ。
◇
魔王は独り。
「閾値を越えた」
観測は確定に近づいた。
補正は露骨だ。
だが突破方法はない。
正面から殺せば、補正される。
事故も補正される。
揺らぎも吸収される。
ならば。
「勇者自身が選ばぬ限り」
止まらない。
魔王は静かに息を吐く。
勇者はまだ知らない。
自分が守られていることを。
守られすぎていることを。
暗殺者は気づき始めている。
世界は、工程を守る。
魔王は目を閉じる。
「観測から、干渉へ移る」
次は。
勇者の内側だ。
工程を壊すなら。
外からではない。
内から。
静かに。
確実に。
もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします




