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『導かれる者たちの中で 〜レベルを上げて魔王を倒す。それが正しいと、誰も疑わなかった。〜』  作者: 街角のコータロー
第2章

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第5話: 『確率の偏り』

魔王は、過去の記録を開かせた。


 勇者の記録ではない。


 歴代勇者の記録。


 千年単位で保存された、戦闘推移、成長曲線、討伐到達日数。


 石板が並ぶ。


 闇宰相が淡々と読み上げる。


「初代勇者、討伐到達まで三年七ヶ月。戦闘不能四度。致命傷一度」


「二代目」


「四年一ヶ月。戦線離脱二度」


「三代目」


「三年九ヶ月。仲間一名戦死」


 魔王は目を閉じて聞いている。


 歴代は、滑らかではない。


 停滞があり、失敗があり、逸脱がある。


 遠回りがある。


 事故がある。


 成長曲線は波打っている。


 誤差が、残っている。


「今回」


 魔王の声は低い。


 闇宰相は別の巻物を開く。


「現勇者、到達予測二年十一ヶ月。戦闘不能なし。逸脱率〇・五%未満」


 短い。


 滑らかだ。


 魔王はゆっくりと石板へ歩く。


 過去の波打つ曲線。


 今回の直線に近い推移。


 明らかに違う。


「偶然か」


「統計上、否定はできません」


「肯定もできぬ」


「はい」


 沈黙。


 魔王は過去の石板に触れる。


 勇者は常に強い。


 だが常に、不完全だ。


 失敗する。


 仲間を失う。


 回り道をする。


 それが戦だ。


 それが、命の選択だ。


 だが今回。


 逸脱が削られている。


 削られすぎている。


「確率は揺らぐ」


 魔王は言う。


「揺らぎは、均されるものではない」


 闇宰相は静かに答える。


「均されている、と?」


「偏っている」


 魔王の視線は冷たい。


「勇者側に」



 勇者は森を歩いている。


 空は曇り。


 だが降らない。


 魔物は出る。


 だが過剰ではない。


 強い。


 だが致命的ではない。


 経験値として最適。


 賢者が呟く。


「理想的だ」


 理想的。


 その言葉は、重くはない。


 ただの評価。


 勇者は笑う。


「俺、ついてるな」


 聖女は祈る。


「神の加護です」


 暗殺者は数える。


 出現頻度。


 被弾箇所。


 回復のタイミング。


 敵の撤退速度。


 乱数。


 ばらつき。


 本来なら、もっと荒れる。


 もっと削られる。


 もっと失う。


 だが。


 失わない。


 削られない。


 事故が起きない。


 危険はある。


 だが、破綻はない。


 揺らぎが。


 常に安全側へ傾く。


 暗殺者は剣を拭う。


 まだ言わない。


 まだ確信とは呼ばない。


 だが。


 比較が始まっている。


 前回。


 前々回。


 その前。


 偶然の方向。


 すべて同じ。


 勇者が強くなる方向へ。



 魔王城。


「もし」


 魔王が言う。


「確率が偏っているとするなら」


 闇宰相は黙って聞く。


「それは誰の意思だ」


「意思とは限りません。構造かもしれません」


「構造」


「循環維持のための自動調整」


 魔王はゆっくりと振り向く。


「余は討たれねばならぬか」


「討たれた瞬間、循環は再始動します」


 既知の事実。


 だが。


「そのために、勇者が最適化されていると?」


 闇宰相は即答しない。


 否定しない。


 肯定もしない。


「可能性の一つです」


 可能性。


 だが数字は偏っている。


 歴代との差。


 逸脱の消失。


 最短到達予測。


「これは戦か」


 魔王の声は静かだ。


「それとも、工程か」


 工程。


 完成へ向かう手順。


 余白のない直線。


 失敗の許されない道。


 魔王は目を閉じる。


 怒りはまだない。


 あるのは疑問。


 もし工程なら。


 余は部品だ。


 勇者も部品だ。


 聖女も。


 賢者も。


 暗殺者も。


「偏りを観測せよ」


 命じる。


「揺らぎが反転する事例があるか、探れ」


「は」


 闇宰相は一礼する。


 魔王は独りになる。


 確率は揺らぐ。


 本来なら。


 勇者にも不運はある。


 失敗はある。


 致命傷はある。


 だが。


 削られている。


 静かに。


 誰にも気づかれぬまま。


 魔王は窓を開ける。


 外では嵐が吹いている。


 勇者の進路は、晴れている。


 偏りは、まだ小さい。


 だが確かだ。


 勇者は今日も強くなる。


 予定通りの速度で。


 暗殺者は今日も数える。


 偶然の方向を。


 誰にも告げず。


 静かに。


 確信へ向かって。



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