第4話: 『逸脱の消失』
雨が降るはずだった。
賢者は空を見上げる。
「本日未明から低気圧。午後には豪雨になる予測だ」
地図を広げる。
「この街道はぬかるむ。足を取られる可能性が高い。野営地を変更する」
勇者は頷く。
「早めに進もう」
聖女は空を仰ぎ、静かに祈る。
暗殺者は雲を見る。
重い。
確かに降る色だ。
だが。
昼を過ぎても、落ちてこない。
風向きが変わる。
雲が、わずかに流れる。
進軍は滞らない。
賢者が眉をひそめる。
「気圧の変動が鈍い……」
「晴れたならいいだろ」
勇者は笑う。
街道は乾いたまま。
移動速度は理論値通り。
疲労蓄積も想定範囲。
夜。
予定していた野営地に、予定通り到着する。
賢者は記録をつける。
「天候変化、局所的逸脱」
「逸脱?」
「予測誤差だ。自然現象だ」
自然。
その言葉は便利だ。
暗殺者は焚き火の火を見る。
もし豪雨だったなら。
足を取られたなら。
到着は遅れた。
戦闘準備はずれた。
回復の時間も減った。
だが。
ずれない。
天候すら。
逸脱が、起きない。
◇
翌朝。
街道脇の村。
本来なら魔物被害が出る地域。
だが被害は軽微。
勇者たちが通る前日に、魔物は森の奥へ移動していたという。
「最近、魔物の出現位置が偏っています」
賢者が村長から話を聞く。
「偏り?」
「勇者様が通る道を避けるように」
村長は冗談めかして笑う。
勇者も笑う。
「俺、そんなに怖いか?」
だが。
暗殺者は笑わない。
魔物は本能で動く。
危険を避ける。
それは自然だ。
だが。
勇者の進路だけを、的確に避ける。
まるで。
衝突しないよう調整されているかのように。
遭遇はある。
だが過剰ではない。
不足でもない。
常に。
成長に最適な数。
最適な強度。
最適な頻度。
賢者は満足げだ。
「効率がいい。無駄がない」
無駄がない。
暗殺者はその言葉を記憶する。
◇
その夜。
勇者は剣を磨いている。
「最近、無駄な動きが減った気がする」
「訓練の成果だ」
賢者は即答する。
聖女は微笑む。
「導かれているのかもしれませんね」
勇者は軽く肩をすくめる。
「導きねえ。俺は自分で選んでるつもりだけどな」
その言葉は、まだ軽い。
重みはない。
暗殺者はその背を見ている。
選んでいる。
本当に。
天候も。
遭遇率も。
敵配置も。
遅延も。
無秩序も。
すべてが。
勇者の成長を阻害しない。
逸脱が、蓄積しない。
誤差が、痕にならない。
削られている。
どこかで。
静かに。
◇
魔王城。
「天候変動、勇者進路上のみ緩和」
闇宰相の報告は簡潔だ。
「自然現象の範囲内か」
「範囲内と分類可能」
分類可能。
魔王は窓の外を見る。
城の外では雨が降っている。
重い。
冷たい。
だが勇者の進路は晴れた。
「魔物の出現偏り」
「勇者の成長曲線を阻害しない分布」
「誰が決めた」
闇宰相は沈黙する。
魔王は続けない。
まだ断じない。
だが。
戦闘だけではない。
環境。
天候。
遭遇。
偶発事象。
すべてが。
一定の方向へ傾いている。
勇者は強くなる。
予定通りに。
滞りなく。
逸脱なく。
「逸脱が、消えている」
魔王は小さく呟く。
怒りはない。
ただ、観測。
確率は揺らぐ。
自然は乱れる。
本来なら。
だが。
揺らぎが常に収束するなら。
それは揺らぎではない。
魔王は記録を閉じる。
まだ動かない。
観測を続ける。
暗殺者もまた。
何も言わない。
ただ、数える。
雨の降らなかった日。
魔物の避けた道。
遅れなかった到着。
削られた逸脱。
静かに。
確信へ向かって。
まだ。
誰にも告げず。
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