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第二十六話 桜の封筒、目覚めぬ君

廊下の向こうから、人の声や足音がざわめき混じって聞こえる。小さな笑い声が跳ね、誰かが椅子を動かす音、扉が開くきしむ音が重なる。声の合間に看護師の呼びかけや、誰かの返事が混ざり、遠くで小さな物音が途切れ途切れに響く。

 

そんな中にある病室のベッドの上で、ジャージ姿の考希と縞模様のパジャマを着た悌が将棋盤を挟んで座っている。


「うー、まずい……」


悌が小さく唸ると眉間に皺を寄せる。

盤面に顔を近づけ、何度も視線を行き来させた。

指先が駒の上で止まり、動かしかけては引っ込める。


「……いや、待て……」


小さく呟き、もう一度最初から並べ直すように目で追う。

逃げ道を探すように、王将の周りを睨みつけた。

そんな悌を見ながら考希はにやりと駒を進めた。


「そら、ここで詰みだぞ」

「待って!待って」


手をブンブン振る悌に考希が片眉を上げる。

 

「待ったはなしだぞ」


考希が言うのも聞かず悌はジッと盤面を見つめている。


その背後から、ひょこっと結仁が顔を出した。

悌の肩越しに盤面を覗き込み、顎に手を当てる。


「……あー、これはきついですね」


小声で呟くと、悌のこめかみがぴくりと動いた。


「二手前がダメなんですよ先輩」

 

結仁は苦笑いをし駒を指さす。

 

「そーゆーのは先に言ってよー」


情けない声を出し悌は項垂れる。


「だって口出し厳禁じゃないですか」


そう言い考希を見ると、考希はニヤリと頬を上げた。


「あんたバカなのにそうゆうのは強いのね」


本から礼夏は顔を上げた。


「まぁ、よくじいちゃんとやってたからな」

「へぇ」


礼夏が答えた時。

コンコン。とドアがノックされた。


「はい、どうぞ」


ベッドで書き物をしていた忠穂は手を止め、顔を上げた。


控えめにドアが開き、白を基調とした和服姿の女性が入ってくる。

その後ろに、長身で鋭い目つきの男と、どこか飄々とした男が続いた。

 

「伏姫さま!八房さんに茨木童子さんも!」


忠穂が声をあげる。

スっと全員の背筋が伸びる。


「こんにちは。具合はどうですか?」

「おかげさまでだいぶよくなりました」


そう言い智陽は微笑む。

 

「そうですか。よかったです」


伏姫は、小さく息をつき、静かに安堵を浮かべた。


「あれ? 酒呑童子さんは?」


忠穂が首を傾げる。


「あいつはうるさいし、病院の物を壊しかねないので置いてきました」


さらりとした茨木童子の答えに、何人かが思わずクスッと笑いを漏らす。

ひとしきり小さな笑いが落ち着き、部屋に静けさが戻る。


伏姫はゆっくりと一同を見渡した。

 

「本当に皆さんには何てお礼を言ったらいいか……。本当にありがとうございます」


そう言い三人は七人に深々と頭を下げた。

 

「別に、俺たちは自分の意思でやっただけですから」


ぶっきらぼうに視線を逸らす義翔に、伏姫は小さく笑みをこぼす。

ひとつ頷くと、伏姫は懐に手を入れた。

 

「それから、これを……」

 

義翔はわたされた物に視線を落としたあと伏姫を見た。

 

「これは?」

「あっ!」


その時、忠穂か声を上げた。

 

「これ……弥信の字だ」

「えっ?」


皆がそっと身を寄せる。

その視線の先には、桜の花びらが描かれた一通の封筒があった。


「……開けるぞ」

 

義翔は手紙を開くと読み始める。


 『演劇部のみんなへ


これを読んでいるということは私に何かあったんだと思うので、何かの参考になるようにここに書いておきます。

私の体の中には今、玉梓の毒が入っていてそれを抑える薬をアマビエさんからもらいました。でも、それを使えば私の体に負荷がかかって最悪、私の体が耐えられなくなってしまうかもしれないそうです。

 もし万が一そうなったとしてもこれは私が自分で決めたこと。だから、みんなはまったく責任を感じないで、いつもみたいに明るく元気なみんなでいてください。

そして、もしまたみんなと演劇ができたら、前みたいにはできないかもしれないけど、それでもいいならまた一緒に演劇をさせてください。


みんなと演じれるのを楽しみにしています。


 安堂 弥信』


「なんで言わないのよ……」


沈黙を破り礼夏は俯いたまま、ぎゅっと拳を握る。


「弥信は……そういうの苦手だから……」


忠穂の声が震える。

誰も顔を上げられなかった。


「回復する方法は……ないんですか?」


震える声で問いに、茨木童子はゆっくりと首を振る。


「アマビエさまによれば、まだ見つかってはいないそうです……」

「なら、弥信は目を覚まさないの?」


唇を噛みしめる忠穂の頬を、静かに涙が伝った。

こらえきれなかった雫が、ぽたりと落ちる。


ふと、おりた沈黙を拳を握り顔を上げた考希の声が引き裂いた。


「まだ目を覚まさないと決まったわけじゃないだろ」


その声に全員が顔をあげる。

小さく息を吸うと、考希は引きつった笑みを浮かべ続けた。


「……そうだよね」


忠穂は涙を指で拭った。


「私たちが信じないとですね」


そう言い忠穂は笑みを浮かべる。


「そのためには声をかけるのが一番よ」


礼夏はそう言い笑む。


「ならば毎日、安堂の病室に行かないとな」

「いや……毎日はさすがにたい迷惑かと」


苦笑いを浮かべる結仁をキョトンとした表情で考希は見つめると首を傾げた。


「しかし、毎日話しかけたほうがいいんじゃないのか?」

「あんたみたいなうるさいのかま毎日来たらうるさいだけなのよ!」

「そうかぁ?」


納得いかない表情を浮かべる考希に礼夏は「ホントあんたは」と続ける。


そこにはまたいつもの「演劇部の風景」が戻っていた。

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