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第二十一話 味方が壊れる音

「開けてください。さあ、開けて」

 

声は優しいままだ。まるで子供をあやすような、穏やかな調子。

なのに――

ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!

扉に加わる力は、容赦なく激しい。

壁に掛けてあったポスターが落ち、埃が舞う。


「開けて。開けて。開けろ」

 

最後の一言だけ、はっきりと別の響きが混じった。低く、粘つくような声。

 

「開けろ開けろ開けろ開けろ!!」

 

狂ったように連呼する声とともに、扉が激しく揺さぶられる。

まるで中の存在を引きずり出そうとするかのように。蝶番が悲鳴を上げ、ドア枠が軋む。

 

「っ……!」

 

忠穂が両手で口を押さえ、後ずさる。

 

「なんなの……なんなのよ……!」

 

礼夏の声が震えている。

 

「落ち着け……!」

 

義翔が低く言うが、その顔も青ざめていた。

弥信は動けなかった。足が竦んで、一歩も動けない。

ドンッ!! ガンッ!! ガンガンガンッ!!

叩く音が、どんどん激しくなる。

 

「開けろ! 開けろ! 開けろォォォ!!」

 

声が歪み、怒号に変わる。

もはや伏姫の声ではない。

何か別の、恐ろしい何かが、扉の向こうで叫んでいる。

部室の中で、誰も息をできなかった。

その瞬間だった。

 

「……ぁ」

 

弥信の意識が、ふわりと浮いた。

まるで水の中に沈んでいくような感覚。自分の身体が遠くなる。手足の感覚が薄れていく。

 

(……あけ、なきゃ)

 

誰かがそう囁いた気がした。

優しい声で。母親のような、温かい声で。

 

(あけて、あげなきゃ。外で待ってるんだから)

 

そうだ。開けなきゃ。

伏姫さまが、外で待ってる。

助けに来てくれたんだ。

なのに、どうして開けないの?

弥信の足が、一歩前に出た。

 

「……弥信?」

 

忠穂の声が、遠くから聞こえる。

けれど、弥信の耳には届かない。

もう一歩。

また一歩。

扉が、近づいてくる。

手を伸ばせば、届く距離。

 

「安堂!?」

 

智陽の鋭い声。

けれど、弥信は止まらない。

まるで糸で引かれるように、扉へと歩いていく。

 

(開けなきゃ。開けなきゃ。開けなきゃ)

 

頭の中で、同じ言葉が繰り返される。

弥信の手が、ゆっくりとドアノブに伸びる。

 

「弥信! ダメ!!」

 

忠穂が叫んだ。

その瞬間、義翔が弥信の腕を掴んだ。

 

「っ!」

 

弥信の身体が引き戻される。

 

「離して……」

 

弥信の声が、か細く漏れる。

 

「伏姫さまが……待ってるの……」

「目を覚ませ安堂!」

 

智陽が弥信の肩を掴み、強く揺さぶった。

 

「それは伏姫さまじゃない!」

「……違う……伏姫さまだよ……」

 

弥信の目は虚ろで、焦点が合っていない。

 

「弥信!!」

 

考希が弥信の頬を叩いた。

パシンッ、と乾いた音が響く。

 

「……っ!」

弥信の瞳に、ほんの少しだけ光が戻る。

 

「ぶ、部長……?」

 

かすれた声で呟く。

 

「ああ、俺だ。大丈夫か?」

 

考希が優しく問いかける。

 

「私……なにを……」

 

弥信は自分の手を見下ろした。

震えている。扉に伸ばしかけていた手が、小刻みに震えていた。

 

「開けようと……したの……?」

「ああ。でも、もう大丈夫だ」

 

考希が弥信の肩をポンと叩く。

 

「ごめん……なさい……ごめん……なさい」

 

ポロポロと涙を流す弥信の頭を考希は苦笑いしながら頭を優しくポンポンと叩いた。


「ありがとう……みんな」

 

弥信が小さく呟いたその時だった。

ジジジ――

天井の蛍光灯が、不規則に明滅し始めた。

チカ、チカ、チカ。

光が揺らぐたびに、部室の景色が明暗を繰り返す。

 

「なに……?」

 

忠穂が天井を見上げる。

ジジジジジジ――

明滅が激しくなる。

光る。消える。光る。消える。

そのたびに、部室の影が歪み、蠢く。

そして――。

プツン。

完全に、暗闇に落ちた。


「っ!何が起きてるの?!」


礼夏が怯えた声で叫ぶ。


「落ち着け!何かライトみたいのはないのか?」


考希が声をあげる。


「たしかこっちに懐中電灯が……わっ!」


そう言う結仁の方から何かがドサドサと落ちる音がした。


「おい!大丈夫か?!金城?!」


そう言うと義翔は手探りで結仁の声がする方へ歩いていく。

 

「大丈夫で……っ!」


 結仁の喉がひきつる。

ドアを見るとスルリと隙間から入り込み、黒い影が床を這い、獲物を定めた黒い影が、一気に膨れ上がり忠穂へと迫る。それは不定形のまま、鋭い一筋のうねりとなって跳ね上がった。


次の瞬間、結仁が忠穂の前に滑り込んだ。


「下がってください!」


手探りで掴んだ懐中電灯スイッチを震える指で押す。


 ギャアアアッ――!!


耳を裂く絶叫が壁を揺らす。

光に触れた影が、焼けただれるように歪む。床を掻く音が生々しく響き、黒い塊は煙のように崩れ、最後に忠穂の足元へ爪を伸ばしかけて――霧散した。


静寂が当たりを包む。


「……消えた?」


忠穂がかすれた声を漏らした瞬間、ジジジッ、と不快な音を立て蛍光灯が点く。白い光が戻る。


「忠穂!大丈夫?!」


弥信が駆け寄る。


「弥信ー怖かったよー」


そう言いながら抱きついてくる忠穂の頭を苦笑いを浮かべながら弥信は撫でた。


「よくやったな結仁」


考希の言葉に結仁はホッとした表情を浮かべると、僅かに笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。仲西先輩、大丈夫ですか?」

「うん。ありがとう金城くん」

「いえ。……何だったんでしょ」


視線を向けた扉の向こうはまるで、嵐の前のように静かだった。


 キィィィィン――

頭の中で、甲高い音が鳴り響いた。

 

「っ!」

 

全員が反射的に耳を塞ぐ。

あまりの痛みに、誰も声を出せない。ただ、うずくまるしかなかった。

鼓膜が破れそうなほどの音。思考が真っ白になる。

やがて、音は嘘のように消えた。

 

「……はぁ、はぁ……」

 

荒い息を吐きながら、弥信は顔を上げる。

 

「みんな、大丈夫ですか?」


弥信が声を上げたその時。


「うわっ!」

背後から智陽の声がした。

弥信が振り返ると……礼夏が、智陽に木刀を振り下ろしていた。


「何やってんですか!空華先輩!?」


智陽が咄嗟に避け、木刀が床に激しくぶつかる。


「先輩!」


弥信は駆け寄り、礼夏を後ろから羽交い締めにした。

 

「離して……離しなさい……!」

 

礼夏が暴れるが、弥信は必死に抱きしめる。

 

「やめてください! 空華先輩!」



弥信が叫んだ時、 背後で気配を感じた。

ゾクリと背筋が凍る。

振り返ると忠穂が、ハサミを高く振り上げていた。


「?!」


息を飲む弥信を忠穂は虚ろで、焦点が合っていない瞳で見つめている。

 

「忠穂!?」

 

叫ぶ間もなく、ハサミが振り下ろされる。


(殺られる!)


そう思い弥信が目を閉じた瞬間。

ガコン!と硬い物に当たる音がした。目を開けると、そこには盾で、ハサミを防ぐ悌がいた。


「やっぱり木の盾にし……くっ!」


悌の声が詰まる。

見ると背後から、考希が腕を回し、悌の首を締め上げていた。


「部長!? 何してるんですか!わっ!」


叫ぶ結仁に義翔が殴り掛かり、結仁は後ろに下がった。


「部長!離して! 離してください!」


弥信は考希の腕にしがみつき、必死に外そうとする。

けれど、考希の腕はビクともしない。まるで鉄の棒のように硬く、力強い。


「く……っ……」

 

悌の顔が赤くなり、苦しそうに喘ぐ。

 

(やめて……やめて!)

 

弥信は必死で引っ張るが、全く動かない。

その時――

キィィィン――

再び、耳鳴りが響いた。

そして、低い声が混じる。

 

『殺セ……ウラギリモノヲ殺セ』

ゾワリと、全身に悪寒が走る。

 

『コロセ……コロセ……コロセ……』

 

声が、頭の中に染み込んでくる。

じわじわと、弥信の意識を侵食していく。

 

(ダメ……入ってこないで……!)

 

弥信は必死に抵抗するが、声はどんどん大きくなる。

 

『コロセコロセコロセコロセ』

(やめて……!)

 

震える手でバッグを漁る。

中から、薬の入った注射器を取り出した。

迷う暇はない。

弥信は注射器を腕に突き刺し、薬を押し込んだ。

 

「っ……!」

 

冷たい液体が体内に流れ込む。

 

『コロ――』

声が途切れる。

そして、ゆっくりと消えていった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

弥信は荒い息を吐き、顔を上げた。

その瞬間、目に飛び込んできたのは――

仲間たちが争う姿だった。

智陽と義翔が組み合い、忠穂が結仁を突き飛ばし、考希は悌の首を締め続けている。

 

「みんな……」

 

弥信の声が震える。

 

(どうしたらいいの……)

 

誰も彼もが、目の焦点が合っていない。

幻覚に支配され、仲間を敵だと思い込んでいる。

 

(このままじゃ……みんな、殺し合っちゃう……!)

 

弥信は震える膝で立ち上がった。

(止めなきゃ……みんなを、救わなきゃ。

けれど、どうやって?)


呆然と弥信は目の前に広がる光景を見つめた。

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