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今回のアパートの売却話は相手が中国企業だからと葵さんはごねる事も無く、かなり順調に進んでいる様だった。
結局以前葵さんが住んでいたマンションを売る事も誰に貸す事も無くそのままにしていたので、取り合えずそのマンションに戻り家を建てる計画を進める事にした。
このアパートより若干狭くはなるが裕も一時期一緒に住んでいたし、駅まで歩いて25分とちょっと駅からの距離はあるが、コンビニが2社と有名スーパーが歩いて5分の場所にあるので生活しやすい場所ではあった。
そして肝心の家を建てる話は「好きな場所に好きな様に建てたら良いわ、私はお金を出すだけよ」と本気で裕に丸投げする気だった。
葵さんは売却契約が済み次第引っ越しを済ませ、その後は海外赴任の準備に忙しくなると精力的に活動していて、裕の事は今まで以上に放任主義を貫くつもりの様だった。
なので裕も家を建てる計画はゆっくり考える事にして、取り急ぎ考えなくてはならない事に着手していた。
そう来週からの北海道出張までに空間の可視化能力が是非欲しいと急いでいた。
折角決めた曜日ごとのルーティンを無視して、一番願いの申請が早いと思われるエルフのダンジョンに重点を置き攻略を続けていた。
関西出張や何やかやで最近はダンジョン攻略もそれ程してはいなかった事もあり、久しぶりに残業必須状態の力の入れ具合で励んでいた。
なので極力外出を控え、ほぼほぼ引き籠り状態が続いている裕だった。
◇
中国諜報筋に藤代から重要情報として接触があったが、聞いてみれば鼻で笑うしかない内容だった。
とある物件の部屋の中に例の空間があるという情報は、日本の機密部署から既に貰っていて今さらな話だった。
「日本政府も一枚岩ではなさそうだな。それにしてもその情報と引き換えに何を望む気だったのか」
中国諜報員幹部はそう呟くが、この情報がもっと早かったならとも思っていた。
中国政府は例の空間を手に入れるために、功を焦った部下が勝手な行動に出たばかりに窮地に立たされる事となった。
例の空間に関しては出遅れていた筈の日本が気が付けばいくつもの空間を所持し、あまつさえマニュアルを作ったと外交筋から取引の申し出があった。
しかしそんな話をおいそれと信じる訳にもいかず、強硬的態度で突っぱねていた。
万が一にそのマニュアルが信じるに足るものだったとしても、属国に手に入れさせて奪えば良いだけの話だと軽く考えていた。
だが部下の勝手な強硬手段により、あれこれと痛くも無かった腹迄探られる事となった。
その上に日本政府は別にマニュアルは全世界に広める気も売る気も無いと言い出し、その情報の秘匿振りも徹底していた。
そして例の空間があったとされる場所から突如として空間が消えていただとか、どうも空間を見つける能力を持つ者がいるだとか、俄かには信じられない情報も交錯し、さらなる情報の収集と整理に余念がない時だった、アメリカに居る諜報員からの報告で、例のマニュアルをアメリカは既に手に入れ実証されていると知った。
それが本当なら是非ともマニュアルが欲しいその中身を知りたいと考えるが、今となっては中国側から日本に交渉を持ちかけられない弱みをアメリカにつけ込まれる事になった。
そうマニュアルを手に入れようと思ったら、アメリカと取引をしなくてはならなくなったのだ。
長年アメリカにとって代わりたいと考える中国としては、屈辱以外の何物でもなかった。
そんな時に日本から例の空間を手に入れさせてやると取引を持ち掛けられた。
正当な取引で手に入れるのなら表立って手出しも口出しもしない代わりに、日本でのこれ以上の例の空間絡みの諜報活動とロビー活動の禁止という内容だった。
その条件を飲むのなら空間を所持する相手を教える、後は相手との交渉次第だという話だったが、痛くもない腹迄探られまくっていた上に、どうしても例の空間を手に入れたかった中国諜報員幹部としては応じない訳にはいかず、結果として日本に恩を売られた形にまでなっていた。
「何故こんな事になった?」
中国諜報員幹部は頭を抱えたが、しかし結果としては例の空間を手に入れる事ができるので、大きな損失も被ったがどうにか体面は保たれそうではあった。
◇
藤代は焦っていた。泰三の望みを叶えるべく中国筋に情報を流すも相手にされず、仕方なしに手下を使って少々手荒な目に合わせようとしたが、裕には上手く逃げられるばかりで目的は果たせず、最後の手段とばかりに藤代本人が出張ってみたが、肝心の裕は家から出てくる様子が無い。
かと言って、家にまで入り込んだとして、今回の相手は機密部署が重要視している相手だ、泰三とて騒ぎを握りつぶせるかどうか分からない。
もしかしたら逆に窮地に陥る事になるかも知れない、そう思うとできる事なら街中の喧嘩か事故で済ませておきたいと考えていた。
そんな時だった。泰三からの連絡で「彼奴には絶対に手を出すな」と新たな指示が入った。
その連絡から察するに、どうやら藤代が手をこまねいている間に泰三はすでに窮地に立たされている様だった。
◇
「赤塚先生困りますねぇ。彼には手を出さないという了承は得られていると思っていたのですが、私の勘違いだったのでしょうか」
「何を言っているのか儂には分からん。第一、お主ごときがこの儂にとやかく言えると思っているのか」
「先生、私は別に構いませんよ何を言われても、しかしこれ以上の勝手な行動は見過ごせません」
そう言うと機密部署の極秘部員は泰三の執務机に向けて数枚の書類を投げつける。
泰三はそれを手に取り確認すると、忽ちに顔を青くした。
「こっ、これは」
泰三の贈収賄ともとれる証拠をコピーした書類に、スキャンダルに発展しかねない画像をコピーした書類などであった。
(こんな物が公安や検察の目に留まったら・・・)
相手が他の者ならばどうにでもできるだろうが、機密部署とあっては検察に働きかけるのも握りつぶすのも無理だと諦めるしかなかった。
「必要とあらば他にも色々と取り揃えますよ。今のお立場が大事だと思うならこれ以上はお慎み下さい」
そう言うと機密部署の極秘部員は音もなく退出して行った。
◇
最近裕は外出すると災難に見舞われていた。
繁華街へ行けば相手からぶつかって来たくせに絡まれたり、ガンを飛ばしたと因縁をつけられたりした。
裕はその気になればやり返す事もできる気がしたが相手にしたら面倒事になるし、以前馬鹿どもの相手をした時の事を思い出し、関わっている時間が勿体ないと考えて、全速力で逃げて撒いたと言う事があった。
人通りの少ない路地を行けば、路地から飛び出した車に当たりそうになったり、後ろから来た車に轢かれそうになったり。
何気に続けているボクシングのお陰で動体視力や機動力が上がったのか、ママチャリとはいえどうにか躱す事ができていたが、一歩間違えれば事故は免れなかっただろう。
ちょっと頭にきたが、今はそんな迂闊な奴らに構って居る時間など無く「相手が俺だったから大惨事にならなくて済んだのだ有難く思え」と、しっかり徳を積んでおく事にして、何事も無かったかの様にその場を去っていた。
しかしそんな事が立て続けに起これば、やはり何かに祟られているのかと考えない事も無く、一度お祓いにでも行った方が良いのだろうかと思うのだった。
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