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「私です。彼に直接接触するのはご遠慮願いたい。これ以上の自由な行動は看過できかねます。そちらがその気なら私にも考えがあります」
涼太は裕から渡された番号に連絡をすると、相手が電話に出るなり名乗る事無く事務的で冷酷な声と口調で用件だけを伝えた。
「やっぱりダメかぁ~。でも話はしたい。あの子の為にも一度会ってくれないかしら?」
「仕方ありません、今回で本当に終わりにしたいですし、では例の場所で」
二人は必要以上な話はせずに早々に会話を終わらせ、涼太はその例の場所へと直ちに足を運ぶのだった。
そこはとあるガード下に昔からある居酒屋で、昼から賑わうお世辞にもお洒落とは言い難い場所だった。
黄昏時となり店の外にぶら下がった提灯の灯りが目立ちだした店内はさらに人が増え始め、酔っ払いも増えて賑やかと言うより煩い程だった。
涼太が店に入ると玲子はすでに店の隅にある小さなテーブル席に陣取り先に始めていた。
しかしその姿は裕の前に現れた時とはまったく違い、櫛を通していないかのようなボサボサの髪にダサ眼鏡にジャージのセットアップを着てつっかけサンダルといった装いで、少し気怠そうに酎ハイを大ジョッキで飲んでいる。
まったくもってお世辞にも声を掛けたくなる様な様相では無かった。
涼太は玲子の前の席に腰を下ろしながら遠慮気味に生ビールを頼み、玲子と軽く視線を交わすと生ビールが届くのを急かす様に店員を見ていた。
「あなたがあの子をそんなに可愛がっているとは思わなかったわ、いつもの様に利用するだけ利用して黙らせて終わりじゃ無いのね」
「酷い言い様ですね。僕は仕事をしているだけです。でもそうですね、彼の事は僕自身とても気に入っているのは確かです。だからと言って利用できるとは考えないでくださいね。あなたがそう言う手に出たら私も手段を選ばなくなりますよ」
「私も馬鹿じゃないわ、あなたの恐ろしさは分かっているつもりよ安心して」
一聞すると複雑な男女関係の清算でもしているかの様な会話を涼太は玲子の方を見ずに交わし、そして店員から生ビールを受け取ると一気に3分の1程を飲みほした。
「何を焦っているのです」
涼太は探る様に玲子に視線をやるとそう声を掛けた。
「考えても見てよ、久しぶりに大きなヤマを掘り当てたと思ったらあなたにあっさりと攫われたのよ、悔しくて寝られないわ。この国は例のものに関心も無かった筈なのに、まさかあなたが出張って来るなんて本当に焦ったわよ」
「他国から出遅れた事に相当に焦っていたのでしょう。でもそうですね、私もまさかこんな事になるとは思ってもいませんでした。」
「私はね、どの国も出し抜いて例のものを手に入れたら引退する気でいたのよ。だってそうでしょう、誰に渡すより自分のものにした方が良いに決まっているわ。それに最悪何処かに売ったとしても、それなりの大金にはなった筈だった。確証はなかったけれど私の勘が間違いないと言っていたの。後少しだったのにそれを、、、少々手こずっている間にまさか出し抜かれるなんて本当に思いもしなかったわ。いつから目を付けていたの?」
「あなたが本心を話してくれている様なので、私もあなたに敬意を払い正直に話しましょう。彼の部屋に挨拶に行った時にすぐに気付きました。初めは他国が探し回った所を探す様な非効率的な事はしない程度にしか考えていませんでしたが、神経質そうな彼の部屋の違和感は例のものに関わっているだろう事を簡単に推測させました。なのに出かける様子が無いどころか部屋からあまり出て来ないとなったら、答えはそこにしかありませんからね。それにあなたも彼にかなりご執心の様でしたし、私としてはあなたの勘にも助けられたようなものです」
涼太は1杯目の生ビールを飲み干すと、お通しの枝豆をつまみながら生ビールのおかわりと焼き鳥を頼んだ。
「あなたが抜け目が無い事は知っていた筈なのに油断したわ。それに相手の懐に入る術には磨きがかかったと言った感じかしら」
「お褒めに預かり光栄です。私もそれなりに仕事をこなしていますからね」
「もうすっかりベテランと言った所かしら。私が引退を考えるのも当然な話ね」
「ご冗談でしょう、寿退社を理由にフリーになってまで活躍したがったあなたがこんな所で引退ですか?みんな信じませんよ」
「あの頃は若かったのよ、手柄をすべて取り上げられている様で面白くなかったの。これが海外ならどんな地位や名誉やお金になるのかって考えたら我慢できなくてね。でも折角フリーになったのに、考える程に上手くは行かなくてちょっと後悔した事もあったわ」
「この国だからこそ寿退社でフリー転向を許されたのだと当然理解されているのでしょう」
「ええ痛い程理解したわ、旦那ともすぐに上手く行かなくなって、別れた時もかなり危なかったしね」
玲子は乾いた笑いを独り言のように放つと、酎ハイのおかわりを頼んだ。
「戻ってきたらいかがです?」
少しの間をおいて涼太は穏やかな口調で玲子に問いかけた。
「そんな事が許されるのかしら」
「私もその程度の融通をきかせられる位には出世しているのですよ。ただし私の部下という扱いになると思いますが、その辺はご了承ください」
探る様な玲子の視線を受け止め涼太は軽く笑って見せた。
「そうまでしてあの子を守りたいのね」
玲子は真剣なまなざしで涼太を射抜く様に見詰めながら言った。
「彼を気に入っていると言うのは本心です。彼は欲に目が眩む事無く純粋です。そんな彼の純粋さを守ってあげたいと本気で思ってしまったのですよ。それに彼を守る事は私の善良な部分を守っているとでも考えてください」
本人も気付かずに悲痛にも似た表情を浮かべている涼太に、普段では絶対に見せない涼太の人間らしい本音を見た気がして玲子はどこか安心していた。
そしてそれと同時に、玲子にも以前の様に心が開かれた様な気がしていた。
「分かったわ、それで私はどんな協力をすれば良いのかしら?」
「話が早くて助かります。ではあなたの復帰を急ぎますね」
玲子は新たな酎ハイが届き涼太のジョッキに軽く乾杯を交わすと、公安ですら把握しきれていない政府関連の極秘部署の同僚だった頃にすっかりと戻った気分でいた。
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