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誤字報告ありがとうございます。
「山伏君本当に大丈夫、病院に行こうか?」
涼太は開け放たれていたトイレのドアの陰から心配して声を掛けて来る。
「だ、大丈夫」
裕は込み上げて来る胃液を吐き出しながら答えた。
「ちょっと待ってて、急いで胃薬でも買って来るよ」
慌てて玄関から飛び出して行った涼太の様子を感じ、裕は急激に持ち直していった。
(助かった~)
何かを考える余裕もなくトイレに飛び込んだが、思いがけず涼太が退場してくれた事をチャンスと捉え、裕は身体を引き摺る様にして急いでダンジョンに戻った。
(そう言えばダンジョンの消滅を手伝うと決めていたんだ。だとしたらここから一番近い消滅の近いダンジョンに転移)
裕は取り急ぎそう条件付けをして念じ空間内転移をした。
そして空間内転移を果たすと、新しく見つけたダンジョンの管理者の確認をする間もなく出入り口から外へ出て、スマホのマップアプリを開き現在地を確認した。
びっくりした事にそこは隣町にあるちょっと有名な神社本館裏手のちょっとした森に近い場所だった。
出入り口は多分昔からあるだろう参道沿いの一段高くなった場所にある大木のすぐわきにあり、その大木には人が近づきづらい雰囲気がある事から今まで見つからずに済んでいたのだろう。
しかし結構な人が近づいて来る気配を感じ、裕は見つかる前に慌ててダンジョンに戻り、取り急ぎまた転移して部屋に戻った。
取り敢えず新しいダンジョンを確保できたことに心から安心し、座り込むとテーブルに肘を着いて頭を抱え深く溜息をついた。
(それにしてもいったいどうしてこんな肝心な事を忘れていたんだろう)
裕は改めてここ最近の事を思い起こしていた。
涼太があまり来なくなった事で気を抜いていた訳では無いが、とっかえひっかえの様な諜報員達の訪問攻撃に辟易していた。
今まであまり他人と関わる事が無かった。
というか、関わって来る奴らは大抵裕を面白半分に弄るか蔑むか暴力を振るうろくでもない奴らだったので、他人と関わる事は思っていた以上にストレスになっていたのかも知れない。
話の内容なんて何一つ覚えていないが、やたらとあれこれ聞かれる事が多く、その度に適当に返事をしていた事が思考を停止させていた原因だろうか?
ダンジョンを消滅させる事に夢中になり過ぎて、最近は一刻も早く引っ越したくて、新しいダンジョンの事を考える余地も無かったのだろうか?
裕は自分がこんなにも肝心で重要な事をうっかりしていた事実をまだ受け止められずにいた。
所謂仕事上での初めての大きなミスを経験した様な心境で、誰に責任を擦り付ける訳にもいかないのに、自分のミスを認める事もできず狼狽えていたのだった。
今回は涼太の親切心からこうして挽回する事ができたが、そうでなかったらと考えると本当に胃が痛くなる思いだった。
(俺は本当はもうダンジョンの事なんてどうでも良いと思ってたのかな?)
裕には黒猫とダンジョンの消滅に手を貸すと約束した事でさえ既に遠い過去の話になっている様だった。
(あの頃は誰にも邪魔されず、日々の稼ぎを計算しながらダンジョン攻略できて本当に楽しかったな)
今はこのダンジョンのせいで色んな奴に絡まれ、ゴタゴタに巻き込まれた事の方が印象に強く、魔法が使える様になった辺りまでの夢を持って楽しんでいた頃を懐かしんだ。
(でもこれで取り敢えず何もかもから解放されるんだ。無事に新しいダンジョンも手に入ったし、また初めからやり直そう)
裕がそう結論を出し気持ちを落ち着けていると涼太が息を切らせて帰って来た。
「取り合えず胃薬と酔い止めとドリンクを買って来たよ」
何で酔い止め?と裕は疑問を抱いたが、額に汗を浮かべている涼太の姿を見て裕は心からお礼を言った。
「心配かけてごめん、もう大丈夫だから、本当にありがとう」
そして裕はまた涼太に大きな感謝と少しの後ろめたさを抱える事になったのだった。
そうして折角買って来てくれた胃薬とドリンクを飲み二人でダンジョンに入り直し、最後の願いの申請を続けた。
裕は少しだけ悩んだが、咄嗟にダンジョン内の魔物の湧きの早さを調整できる能力が欲しいと願った。
今の裕には新しいダンジョンに入って魔物討伐をする上でこの問題が一番のネックになっていた。
魔法を使える様になった今は、魔物ののんびりとした湧きの早さにはちょっと間が持たないと言うか時間がもったいなく感じ、かと言って何度かの成長促進を待ってなどいられなかった。
裕はこれからのダンジョン攻略上の事を本気で考えていたのだ。
そして≪完了しました≫のメッセージの後、これからどんなダンジョンに入っても一日の稼ぎをそう減らさずにすむと考えて、その点からも新たに手に入れた能力に心から満足していた。
「山伏君はこれからもダンジョン攻略の予定があるんだね」
「当然だろう、まだまだ稼ぎたいしな」
涼太の問いにすっかり元気を取り戻し裕はそう答えた。
「それって、他にもダンジョンの場所を知ってるって事なのかな?それとも何かまだ僕に隠している事があるのかな?」
涼太にさらに問いかけられ、裕は自分がまたも墓穴を掘った事に気が付いて慌てた。
「あっ、そうか、あのダンジョンの手助けはしなくて良いんだっけ、うっかりしてたよ」
裕は咄嗟にとぼけて見せたが、涼太は裕の答えに納得した様な様子は見せなかった。
しかしそれ以上を追及される事は無かった事に安心していると、急激にダンジョンが収縮していくのを感じ裕と涼太は慌ててダンジョンを出た。
管理者である黒猫とゆっくりと別れを惜しむ間もなく、裕は咄嗟の事に呆然としていたが、そんな裕の気持ちなどお構いなしにダンジョンは消滅した様で、もうそこに手をやっても何の反応も無くなっていた。
「随分とあっさりとした消滅だったね」
「そうだな」
裕は黒猫ともっと何か話したかったと言う思いと、このダンジョンのお陰で自分の人生を少し変えられた事へのお礼を誰に言えば良いんだと言いう思いを抱え、身体中から気が抜けて行く様だった。
「かなり急激な収縮だったよね。もしあれであの空間に閉じ込められていたら、僕達はいったいどうなっていたんだろうか?どこか別の空間に転移したりできたのだろうか?ああ、僕はまた知りたい事ができてしまった」
涼太の何気ない独り言の様な呟きに裕は色々とドキッとしたのだった。
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