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今日の宿は本当に自然の中だった。手前には牧場があり、主に馬が飼育されているようだ。乗馬クラブも併設されている。
道を挟んだ向かい側はビニールハウスが並ぶ畑で、そんな木立の中に一軒家の宿はあった。周りに民家は全くない。
建物の前に広い土のスペースがあり、庭といえば庭だがはっきりと囲いで囲まれているわけでもなく、駐車場として整備されてもいない。ただすでに二、三台の車が停まっているので、そこにバイクも停めていいようだ。
建物は二階建ての山小屋ロッジ風で、三角の屋根だ。全体的に複雑な形をしている。新築という感じではなくそれなりに築年数はたっているようだが、清里で泊まったところのような古さは感じられなかった。
木材が階段状に並べられた短いスロープの上の入り口のドアを引いて入ると、奥の受付カウンターから声がした。
「おかえりなさーい」
いらっしゃいませでもこんにちはでもないその言葉に、翔は一瞬戸惑った。従業員か家族が返ってきたのと勘違いされたのだろうかと、玄関に立ったまま翔も中に声をかけた。
「あのう、今日宿泊予約していたものですけど」
「はい、おかえりなさい。どうぞ、靴は下駄箱に入れてね」
言われたとおりに翔はライダーブートを脱いで下駄箱に入れ、そのまま靴下で歩いた。フロアはウッディでスリッパなど履かなくても問題なかった。そもそもスリッパなどない。
受付の中には壮年の髪が長めの細身の男性がいた。
「ちょっと早く着き過ぎちゃったんですけど」
「いいですよ。一日中ここにいる人も多いから。じゃあ、こちらにお名前を」
清里の時と同じ宿泊申込書だ。とりあえず一泊で申し込んでおいた。
「夕食までまだ時間があるから、この近所を散歩してきてもいいですよ。と言っても何もないけど」
「バイクで走ってみたいですね」
「じゃあ、車坂峠に行ってみるとどうかな。そろそろ紅葉も始まってるし」
「車坂峠ですね」
「この上の道が標高千メートルの等高線に沿って設けられた林道で、千メーター林道っていうんだけど、そこを左へ十分くらい走ると“きのこの里”っていうレストランがあるから、そこから右に曲がってチェリーパークラインていう道を登っていったらここから車で三十分くらいだから、バイクでもそのくらいじゃないかな」
「じゃあ、行ってみます」
やはり前払い制で、支払いを済ませた翔はとりあえず部屋へと向かった。部屋はやはりそんなに広くはなかった。
少し休んでから、翔は勧められたとおりに千メーター林道を走ってみた。たしかにこんな山の中の林道であるにもかかわらず、等高線に沿っているというだけあって全く起伏はなかった。車が二台すれ違うのはちょっときつい道幅だけど、先ほどの受付の、たぶんオーナーと思われる人が言っていた通りに車など全く来なかった。
道はほぼまっすぐで時々カーブがあるが、とにかく民家もその他の建物も全くないので、翔は少しだけスピードを上げて爆走を楽しんだ。
そして言われたとおりにチェリーパークラインという道に入ると延々と続く上りり坂で、しかもつづら折りのヘアピンカーブこれでもかというくらい続いた。かなり急勾配のカーブの連続は、十分にスリルも楽しめた。
それだけではなく眺望がすばらしく、時々は佐久平の盆地がはるかに見下ろせた。翔は時々バイクを停めて、その眺めを楽しんだ。
それだけでも十分だったが、標高二千メートルの高原ではたしかに紅葉が始まっていた。目的地の車坂峠の駐車場の隣のビターセンターから見る紅葉は息をのむ美しさだった。
宿に戻ったころはちょうどいい時間で、入浴を済ませたころに夕食となった。
やはり宿泊者全員が食堂に集まって、一緒に夕食をとる。
翔の正面には少し体格のがっちりした若者が座った。
「どちらから?」
食事をしながら、男の方から聞いてきた。
「横浜です。そちらは?」
「大阪です」
たしかに言葉に関西弁のイントネーションがあった。
「おひとり?」
「いや、こいつと」
男は隣に座っていた細身の若者を指さした。その細身はその向こうの若い女の子と盛り上がっている。ショートカットの少しボーイッシュな小柄な女の子は、細身の男にどこから来たのかと聞かれて「京都」と答えていた。
「皆さん、遠くから来られたんですね」
翔が驚いたような声をあげた。
「まあ、車ですから」
「私は電車」
女の子が言うので、翔が気になって聞いてみた。
「駅からここまでは?」
「バスがあったけど、一日に一本で乗り遅れたらもうアウト」
そう言って彼女はニコッと笑った。そして翔や二人組の男を見た。
翔は自分の大学の名前を告げた。男二人組も大阪の大学の工学部。
「今、三回生です」
「三回生って、三年…生ってことですよね」
「ああ、関東じゃ、高校と同じような言い方するんですね」
「三年生なら僕と一緒だ」
翔が言うと、皆うれしそうな表情になった。
「ほな私だけ一回生やし、私だけ若い」
「そんなマウントとらんでも、みんなほぼ一緒やねんか」
体格のいい男が言って、みんなで笑った。
「でも、大学やなくて、保育士の専門学校」
保育士と聞いて、翔の眉が少しだけ動いた。
食堂を見渡すと、二十人ほどの宿泊客は食事をしながらあちこちで談笑している。皆グループではなく、今知り合ったばかりの人たちのようだ。
「青年民宿」という看板の割には、年配者も多かった。だが風体は旅人か登山者みたいなラフな感じで、堅苦しい感じの人はいない。
食事は洋食だったが品数も豊富で、とてもおいしかった。本当にこの値段でいいのかと思ってしまう。
食事の後、玄関近くの、低いテーブルをソファーで囲んだような談話スペースに翔たちは移動した。
まずは名前も知らないと話もしづらいというので、互いに自己紹介をした。
体格のいい男は金澤傑。
「キンさんでいいよ。こいつはヨネさん」
「ヨネさんです。米田大輝」
「私は山本明花。ふつうにはるかちゃんでいいですよ」
「じゃあ、俺はかっちゃんね。寺島翔だから」
「ほな、ここからあとはタメでいこう。三人は同級生やし」
皆賛成だった。
そうしてしばらくは互いの大学の話などをしていた。




