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しばらく行くと国道から離れたところに小海線の野辺山駅があって、駅としてはここがいちばん標高の高い駅だということで翔は見に行った。
駅舎は白い壁のコンクリートで、入口の周りだけ煉瓦タイルが貼ってある。茶色い屋根で、その上には札幌の時計台のようなやはり白くて茶色の屋根の尖塔もあった。
隣の観光案内所の前には、最初は招き猫だと思ったけれど近寄ってみるとうさぎなのか猫なのかよくわからない雪だるまのような人の背丈くらいの人形があって、なかなか愛嬌がある。
翔は写真だけ撮って野辺山駅をあとにし、国道に戻った。
それから高原の平坦な道が少し続いたが、やがて道は山がちな地形に入っていった。何度も急カーブを繰り返して上ったかと思うとすぐ下りになり、何かの峠を越えたようだ。
そこを越えると山がちな風景の中を道は進むようになったが、それほど起伏はなかった。そこからはこの後ずっと千曲川が旅の供だった。
やがて、山がちな所を抜けて、町という感じの所に入っていった。必ずしもにぎやかではない、地方の街という感じだ。
そこから高速道路の中部横断自動車道が始まって小諸まで行けるようだが、翔は別に急いではいないし、お金も節約したいので高速道路には乗らずこのまま国道141号を行くことにした。
そこから先は広々とした高原の中を道は進むが周りに建物も多く、ずっと町中を走っている感じとなった。交通量も増えている。それでもこの開放的な空間の風景は、都会のそれとは根本が違っていた。
建物が密集してきたなと思うと、鐡道の高架下をくぐったりした。新幹線かなと思ったけれど、どうもJR小海線の高架線らしい。新幹線の佐久平駅もこの近くのはずだが、新幹線の線路は見えなかった。
やがて、いかにも地方都市という感じの市街地に入った。すでに小諸市に着いたようだ。国道はしなの鉄道の線路と並んで走った。
駅に着くまでだいぶ市街地を走ったので、結構大きな町のようだ。国道から十字路を左折したところが駅だ。
駅舎は白い箱型で、特別な意匠はない。駅前広場は全体的に駅を下にして緩く傾斜している。
中央にはタクシープールの脇にちょっとした植え込みと岩のモニュメントと二本の松、「希望」と銘打たれた女性の裸体ブロンズ像があった。
タクシープールの反対側には「――高原の城下町――ようこそ小諸へ」のやたら巨大な看板が目立っていた。
着いたころは昼にはまだ早かった。そこで「高原の城下町」の看板の上の方に書いてある「懐古園」というところに行ってみようと思った。そこが昔は小諸城というお城のあった跡地らしい。
だが、そこに行くには線路を跨ぐ歩道橋を通らねばならないようで、バイクでは無理だ。どこかにバイクを停めていくしかない。
駅の手前に駐車場があった。だが入り口には、バイクの駐輪はできない旨が書いてある。そこで一度駅に戻り、送迎者用臨時駐車場にバイクを停めて改札の左側にある観光案内所で聞いてみると、懐古園駐車場ならバイクの駐輪ができるという。ただ、線路の向こうなので、少し遠回りして駅の反対側に行く必要があるとのことだった。
言われたとおりに市営駐車場の前を駅に沿って懐古園とは反対の方へ進むと、ホームが切れたあたりに右に曲がって線路をくぐる細いトンネルがあった。そこを通って駅の反対側に行くように言われていた。あとは戻る形で駅の裏手の方へと今度は駅を右に見て進む。こちらは駅よりも一段低い道だった。
やがて駅の裏手に出たが、この駅はこちら側には駅舎も改札も何もない。すぐに駅前の広場で見えていた線路を跨ぐ歩道橋の反対側の降り口を通過し、少し行くと「懐古園」の看板があって駐車場が見えてきた。
かなり広い駐車場だが、入り口に入る手前の右隣に屋根付きのバイクの有料駐輪場があった。
そこにバイクを停めて翔は歩いて少し戻ると、懐古園の入り口の城門に至る道へと進んだ。昔の城の門が現存しているようで、門をくぐって園内に入るとかなり広い和風の公園だった。城跡といっても城の建物は入口の門以外は全くなく、わずかに点在する石垣が、かつてここが城だったことを物語っている。
圧巻は展望台から眺める、遥か低いところを流れる千曲川を見おろす大パノラマだ。ここの眺めはよかった。観光客は年配の人がほとんどだった。
かなりの時間をかけて公園内を散策し、駅前に戻ったときはもう正午をかなりすぎていた。
せっかく信州に来たのだから蕎麦をと思ったが、駅前には蕎麦屋はなさそうだった。そこでネットのマップアプリで検索すると割とすぐのところに蕎麦の専門店があり、値段もお手頃と出ていた。
翔さはさっそく行ってみた。
ここに限らず、どうも地方都市というのは昭和の時代からそのまま時間が泊まってしまったのではないかという感覚がある。Z世代の翔にとっては、まるで異世界という感じだ。
向かい側の信用金庫の駐車場に勝手にバイクを停め、小さな一軒家のそば屋ののれんをくぐった。黒目の太いもりそばである「田舎そば」を頼んだが、たしかに七百七十円とお手頃で食べ応えもあった。
宿に行くにはまだだいぶ早いが、ほかに行くところもないので翔は駅を背に坂道をどんどんと登って行った。マップによるとこの道を行くようにと出ている。
先ほどの市営駐車場前の道を同じように進み、トンネルで線路をくぐった地点でそちらへは行かずに線路と離れていく道へと進んだ。それが県道131号で、緩やかではあるが延々と続く上り坂だ。もちろんまっすぐではなくかなりくねくねと曲がってはいた。
市街地も切れて道の両脇は自然の林が続くようになり、いくつものヘアピンカーブをクリアし、確実に標高も上がっているあたりで県道80号、すなわち浅間サンラインに入った。
ときどきは視界が開けて高原野菜の畑のビニールハウスが並んでいたりもした。さらに進むと、ほんの時折遥かに広がる盆地が下の方に見えたりもする。そしてその県道8号から左折したあたりからはセンターラインもないような道となったが決して民家がなくなったわけではなく、密集こそしていないけれどときどき家はあった。ほかは林か広がる畑だ。
その頃正面に、浅間山の勇姿が見え始めた。そして不意に「青年民宿」の看板が見えた。




