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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
風立ちぬ
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76/80

6

 白い壁の二階建ての宿にはペンションでも旅館でもなく、「青年民宿」という看板が出ていた。

 手前の駐車場には車も停まっているし、窓も空いていて営業はしているようだ。

 翔はバイクを停めて、とりあえず中へ入ってみた。

 翔が中へ声をかけるよりも前に、入ってすぐの受付の所にいたラフな格好の男性が明るく声をかけてきた。


 「こんにちは!」


 「はあ」


 翔は緊張して硬くなった。翔よりははるかに年上だろうが、若い人だった。にこにこしている。


 「今日、予約の方ですか?」


 「あ、いえ、あの、予約してないんですけど、だめですか?」


 「大丈夫ですよ、部屋はいくらでも空《あ》いてます」


 「じゃあ、お願いします」


 翔はバイクの所に一度戻って荷物を取り、再び玄関を入るとライダーブーツを脱いで靴箱にしまい、備え付けのスリッパで中へ入った。

 

 「一泊ですか?」


 「はい、とりあえず」


 「食事は二食付きでいいですか?」


 「はい、お願いします」


 「じゃあ、こちらに記入を」


 受付の台の上で、翔は宿泊申込用紙のようなものに名前と住所、電話番号を記入した。


 「一泊二食で税込み七千円です。うちは前払い制なんで」


  珍しいパターンだ。


 「カードでいいですか?」


 「いいですよ」


 翔は支払いを済ませ、キーを受け取ると案内された部屋へと、木の階段を上った。

 外見同様に中もかなり年代を感じさせる建物で、昭和の遺物感がぬぐえない。よく言えばアンティックだ。

 だがメンテナンスはされていて、掃除を行き届いているようだった。

 部屋はひとり部屋で、狭い。

 前払いという珍しさもさることながら、ここもあの裏磐梯のペンションと同じくらいの価格で、二食付き七千円というのは破格だ。

 しかも裏磐梯の時はわざわざそういう値段設定のところを探してそこに決めたのだったが、こんな飛び込みでこの価格というのはある意味当たりかもしれない。

 ただ、安かろう悪かろうではないかどうかは、とにかく泊まってみないと分からない。

 もとより、駅の周辺にあるような新参のおしゃれなペンションなどには毛頭泊まる気はなかった翔だから、ちょうどよかった。あのようなところはサービスや設備はいいだろうけれど、どうせ高いに決まっている。

 翔はしばらくベッドに横たわって疲れを癒し、持ってきたジャージに着替えて先ほど案内された風呂へ向かった。風呂は男女別共同浴場だそうだ。

 翔が男湯に入ると、すでに先客が二名ほどいた。裸であっても、若い人だということは分かる。入ってきた翔を見て、二人は明るく挨拶をした。


 「こんにちは」


 翔も同じように、挨拶を返した。それからしばらくは体を洗う作業に専念していたが、広い湯船に二人のうちの一人と一緒に入る形になった。


 「さっきバイクで着いた方ですか?」


 気さくに話しかけてくる。


 「はい、そうですけど」


 「音がしたもので」


 「こちらはよく来られるのですか?」


 「もうここに入り浸ってますよ」


 男は笑った。


 「僕らは群馬から。車です」


 「横浜からです」


 それからしばらく、各地を回っているらしいその男の話を聞いていた。


 「連泊ですか?」


 不意に男は聞いた。


 「いえ、今日一泊だけで」


 「明日はどちらに?」


 「さあ」


 翔は首をかしげた。


 「まだ決めていません」


 「僕らはおととい信州の方をまわって来たんですけど、浅間山麓の高原、お勧めですよ」


 「そうですか」


 「ここから141号をひたすらまっすぐ行くと、一本道で小諸という町に出ます。そこから浅間山麓に向かうといいです」


 「どのくらいかかりますか?」


 「小諸まで車で一時間半くらいでしたから、バイクでもそんなものでしょう」


 「情報、ありがとうございます」


 翔が例を言うと、二人の男はまたあとでという感じのことを言って出て行った。


 夕食は食堂で、泊まり合わせた人が一緒に取る。皆学生か学生風の人ばかりで、女の子のグループもあった。そんな人たちで、旅の情報交換などで話は盛り上がっていた。食事は決して悪くはなく、おいしくてボリューミーだった。

 食事の後、翔は部屋で明日のことを考えた。入浴中に聞いた話の通り、小諸という町に行ってみようかと思った。そこでネットで宿を探した。

 駅からかなり離れてはいるが、車やバイクだと足の心配がないので自由に範囲を広げられる。よさそうなのが、少しだけ浅間山の近くに今泊まっているところと同じ「青年民宿」の名を関した宿泊施設が見つかった。

 翔はネットからそこを予約しておいた。

 

 翌朝の朝食の後、翔は早速北へ向かうことにした。泊っている宿の前の道が国道141号線で、この道がそのまま小諸駅まで通じているという。途中曲がる必要も全くない本当の一本道だ。

 JR小海線の線路を越えて、しばらく行くといかにも高原という感じの広々としたレタス畑の中を走る感じとなった。

 建物もそこそこにある。

 比較的早くに道は長野県に入った。まだ三キロくらいしか走っていない。

 そして長野県に入ってすぐに、「野辺山宇宙」という謎の標識が見えた。その後ろにスペースを空けて「電波観測所」の文字もある。気になった翔は徐行した。たしかこのあたりに巨大なパラボラアンテナがあると聞いていたけれど、それらしいものは国道からは見えなかった。

 そしてもう一つ、「野辺山高原」と書かれた茶色の看板があり、その下に「JR鉄道最高地点」の文字もあった。

 つまり、日本全国のJRのうち、いちばん標高が高いところを走っているのがこのあたりらしい。国道から少し逸れるけれど、翔は矢印の通り右に入る道へと進んだ。

 すぐに小海線の踏切があり、その手前に大きな茶色い木の円柱状のポールが立っていて、同じように「JR鉄道最高地点」と縦書きに大きく書かれていた。近くに「最高地点」という名前の古い木の壁で緑のとんがり屋根のレストランもある。

 今どき単線で線路上に架線がない小海線の光景が、かえって新鮮に感じられる

 踏切の向こうには小さな石材を巨大な釣り鐘の形にモザイク状に積み上げたモニュメントがあり やはり「JR鉄道最高地点」の縦書きの文字と「標高一三七五米」の文字もあった。側面には「幸せの鐘」とも書かれていた。

 ふりかえると、ここからはまだ八ヶ岳がはっきりと見えた。

 やたら観光客も多く、しきりにスマホで写真を撮っている。モニュメントの向こうには三階建ての、横幅の大きい白いホテルが建っていた。

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