表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
風立ちぬ
PR
75/80

 ちょうど正午過ぎだったので、かけるは空腹を覚えた。

 流れだとこのまま清泉寮のレストランで食事をするだろうが、いかんせん高そうだ。かなり大きな山小屋風の建物で、人はそれなりに入っている。のぞいてみるとたいてい家族連れかグループで、翔のようなおひとりさまが入るには気後れした。

 そこで、とりあえず街の方に行ってみることにして、駐輪場のバイクの所へ戻った。

 ポールラッシュ通りと呼ばれているらしい牧場脇の道を戻り、県道28号と交わる地点はそのまま直進すれば市街地へ行けるはずだ。

 すぐにJR小海線の踏切があって、その先を左へ曲がれば市街地と駅の方へ行く。片側一車線だけどそこそこ幅のある道同士が交わる四つ角なのに、信号もない。交通量もほとんどなく閑散としている道路なので、信号も必要ないようだ。

 翔は一度駅の方へと、左へ曲がろうとした。だが、進んできた方向からだと右前方の角に、小ぢんまりとした急勾配のとんがり屋根を持つ喫茶店が目に映った。屋根の勾配には張り出した窓、すなわちドーマー窓が三つついている。

 その前の角にガス灯を模したポールがあり、そこにかかっていた看板に書かれた名前が、翔の目に留まった。

 店名は英文字で書かれていたけれど、翔の頭の中に記憶がよみがえった。

 翔はバイクを一度止め、向きを変えてその店の方へ向かった。交通量が今は全くゼロの道だからできたことだ。

 店の向かい側はローマかどこかにありそうな小さな洒落た建物で「museum」の文字が見えるが、やっている気配はない。

 喫茶店の方は営業しているらしい。

 昨夜の父の思い出話の中に、町はずれの線路わきの喫茶店の話が出た。喫茶店の名前を父は言っていたが、まさしくこの名前だ。だが、もう今はやっていないと父は言っていたけれど、しっかりと営業している。

 翔は思わずバイクを停めてエンジンを切り、グローブを外してメットを取って、バイクから降りてその店のドアを引いた。


 「いらっしゃいませ」


 元気で軽い声が返ってきた。だが、それは若者の声ではなかった。この店のオーナーとその奥さんと思われる老夫婦で経営しているようだ。

 翔が適当なテーブルに座ると、すぐにオーナーの奥さんがニコニコ笑ってお冷を持ってきた。かなり年配だが、まだお婆さんと呼ぶには早いかもという年齢だ。

 

 「何か食事はありますか?」


 翔はそう聞いた。


 「あんバタートーストとホットサンドとかありますよ」


 「じゃあ、ホットサンドで」


 ほかに飲み物は店名にちなんでミルクカフェオレにした。

 店内を見回してみると一面が本棚になっており、実にメルヘンチックで、猫の置物やグッズも多い。話に聞いていた昔の清里がこんな感じだったのではないかという気もする。

 ホットサンドと飲み物を運んできたのは、オーナーの方だった。細身で、こちらも老人一歩手前という感じの人だ。


 「あのう、失礼ですけど、この店、ずっとやっていました?」


 翔の問いにオーナーは少し首をかしげたが、すぐに笑顔で言った。


 「二十年ほど前に一度閉店したんですけれど、また最近始めました。どうして?」


 「実は父からこの店の話を聞いていたんですけど、父はどうも今はやっていないようだと言ってましたから」


 「清里がいちばん賑やかだったころに来ていただいたのですね。あの頃はこの店も行列ができるほどだったんですけれど、そのあと清里はさびれましてね。でも、今はまた少しずつ復興していると感じませか? 特にコロナ禍が終わった後はまた発展し始めています」


 そう言われても、翔は今回まだ市街地には入っていない。


 「そうなんですか」


 「でも、ひところのような都会の若者であふれる清里じゃなくて、本当の意味での本来の清里として発展してほしいですね」


 にこやかにそれだけ言って、オーナーは戻っていった。

 食事を終えて店を後にした翔は、あとで両親に見せようと店の写真を撮った。

 それからまた、バイクで市街地の方に向かった。相変わらず人は少ない。だが、前に来た時とは確かに少し違っていた。前と同様ないわゆるメルヘン廃墟もあることにはあるが、例えば道の左側にいやでも目立つミルクポットのような建物の喫茶店も前には壁は剥がれ落ち屋根も朽ち果てて廃墟になっていたが、見事に復活してきれいになって普通に影響していた。

 駅に近づくにつれて、前にはなかった新しいペンションも目立ち始めた。それも話に聞く某夢の国から引っ越してきたようなものではなく、普通の高原の街にふさわしい落ち着いた感じの洒落た洋風建築が多かった。

 駅に近くなると、やはり観光地らしく観光客の姿も増えてきた。

 まだ昼下がりだ。翔はバイクのエンジン音を抑えて、郊外に向かった。ネットで調べると近くに滝もあるらしく、それを見に行くことにしたのだ。

 滝のそばまではバイクでは行かれないようで、遊歩道の入り口に駐車場ではないけれどバイクを停められそうなスペースがあったので、そこにバイクを停めて遊歩道に入った。

 滝はそれほど高さのある滝ではなかったけれど、勢いよく水が落ちるのが印象的で、しかもほとんど人はいなかった。

 何枚か写真を撮ってバイクに戻り、さらに道を進んだ。

 しばらく行くと左手に牧場も見えた。あの清泉寮の所のような観光牧場ではなく、本物の畜産業を営む農家の牧場のようだ。

 やがて集落もあった。ここも普通の民家が集まっている田舎の村だ。明らかに農家と思われる家も多い。ときどき視界も開けて、高原の風景が見渡せたりする。その向こうに八ヶ岳が横たわってそびえていた。

 翔は最徐行で、風景を楽しみながらバイクを走らせた。だが、いくら最徐行でもそう景色に見とれるわけにもいない。そこで所々ではバイクを停めて、風景を楽しんだ。

 時には草原の上に寝転んで、空を見上げたりする。そうして時間はどんどん過ぎていった。

 だがひとつ、翔はやらなければならないことがあった。

 それは今夜の宿を探すことである。

 なにしろ思い立っての一人旅だから、何の予約もしていない。

 最悪の場合は駅にきっとあるであろう観光案内所の世話になることも考えた。だがその前に、市街地から滝に続く道に入るあたりに白い壁の古い木造の宿があったのを思い出した。

 まずはそこに行ってみようと、翔はまたスズキGSRにまたがった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ