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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
風立ちぬ
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74/80

 八王子から中央高速に乗ったとたん、周りはかなり山がちになってきた。

 この中央高速と国道20号線、そしてJR中央本線とが三つ巴となって山と山の谷間を縫って走り、時折上下線の高架が分離して独立して上り車線が少し高い通路を走ってその赤い側面を見せたりした。

 道は全く混んでいない。ただ、やたらとトラックが多かった。

 やがてトンネルがあった。

 よく交通情報で「小仏トンネルを先頭に15キロの……」などと聞くフレーズのその小仏トンネルだが、今は全く渋滞していない。

 今日は高速に乗ってからは、渋滞はなかった。阪東橋入り口までの一般道ではちょくちょく信号に止められたし、車の流れが滞ることもあった。だから、そこまでが時間がかかった。

 もし、新山手がETC専用でなかったら、あるいは石川町が下り線の入口もあったらもっと早く高速に乗れていたのだ。ETCに関しては自分のバイクがETC車載器搭載だったらということもあるが、学生の彼にとってそれは現実的ではない。いずれにせよ本牧通りを石川町は高速をくぐって出口を横目に素通りし、横浜スタジアムのある横浜公園の角を左折して阪東橋に向かうしかなかった。

 そして今は、何の心配もなく山の緑の自然の風を全身に浴びながら、ひたすら西へと爆走している。

 しばらく行くと左の下の方に、ちらりと相模湖が見えた。バイクだとそれもちらりとしか見ることができない。

 やがて、少し大きめのサービスエリアの標識が見えた。東名を走っている時に海老名サービスエリアがあったがスルーした翔は、今度は少し休憩しようと談合坂サービスエリアに入っていった。

 バイク用の駐輪場は、駐車場のいちばん奥だった。どのパーキングエリアでも、二輪駐輪場の上には雨天のための屋根がある。

 そこにバイクを停めてから時計を見ると午前十時、出発してから二時間ほどたっていた。

 さらに奥はドッグランの柵があり、本線の向こうはすぐ近くで緑の山が丘陵地帯となっている。

 メインの建物の方に戻る途中に、トイレも近くにあった。トイレを済ませた後、翔はトイレとメインの建物の間の、丸テーブルがいくつか並んでいるエリアに腰掛けて休憩した。

 昼食にはまだ早いし何も買うものもないので、メインの建物には入らなかった。

 家を出てしばらくは横浜スタジアムだの阪東橋だのそして大和だの、陽子の想い出が転がっている地方を走り抜けたが、そのあとは全くと言っていいほど頭の中に何もなくなった。

 純な気持ちでただバイクを転がすことだけに専念し、余計な思いは全く頭の中から消えていた。やはり来てよかったと、翔は実感した。

 長い笹子トンネルを抜け、甲府盆地に入り、かなり走った長坂インターで翔は高速から降りた。談合坂から一時間ほどだ。

 もうすでに高速の近くに、八ヶ岳がその雄大な姿を見せていた。

 あとは料金所から最初に信号でぶつかった県道32号を左に、すぐに「清里・大泉」の標識を目印に28号へと左折、あとはその28号=北杜八ヶ岳公園線を道なりにひたすら進むと一本で清里に到着するはずだ。

 のどかな田園地帯を片道一車線の県道は進むが、決してど田舎というわけでもなく、特に道沿いにはまばらに民家やその他の建物もあった。

 やがてだんだんと民家は少なくなり、たまに点在する建物も食堂やいかにも別荘という感じの家となった。そしてそれも次第に姿を消して全く建造物はなくなり、田舎というよりもむしろ高原といえる風景の中を県道は続いた。

 時には森が途切れて、広大な風景に出くわす。少し高架を走っている時はその空間が一面の緑に覆われて、まるで樹海のようだ。

 そしてその向こうに八ヶ岳がそびえている。だんだんと八ヶ岳は大きくなる。翔はギアダウンし、スピードを抑えて県道を走った。

 時には広々とした牧草地が、視界を広げたりもした。

 インターを降りてから15分か20分で、「清泉寮」へ行く道を示す標識が目に映った。前にも行った清泉寮に、翔は行ってみることにした。

 県道から離れ、翔は清泉寮に向かう。清里の街や駅に行く前に、清泉寮に続く道へと進むことになる。いつか来た道だ。正面が八ヶ岳で、まるで八ヶ岳に向かって進んでいるかのようだ。

 左手に牧場が広がり、茶色いジャージー牛が遊ぶ姿も見える。やがて、だんだん観光地ぽくなってきて、そして最初にメインの建物よりも先にミルク直売店であるジャージーハットの赤茶色の屋根とテラスが見えてきた。その手前が駐車場だったのでその駐輪スペースに翔はバイクを停め、デッキに上がった。

 一度店内に入ってソフトクリームを買い、テラスの柵にもたれて、広がる牧草地やはるか遠くの南アルプスの山々を見ながら、千恵にLINEしたりしていたのだった。


   ※    ※    ※


 千恵とのやり取りが終わった後、翔は牧草地の方に降りて八ヶ岳を仰ぎ見た。そのとき、まだ手に持っていたスマホが振動した。LINEの着信を知らせるものだ。

 開いてみて「あっ」と翔は声を挙げた。

 陽子からだった。

 せっかく陽子を忘れようとしている時にと思って開いてみると、長いメッセージがそこにはあった。


――「寺島様]


――[人はひとりひとり考え方が違う

 気の合う人、気の合わない人

 気の合う時、気の合わない時

 人と人とのつながりはとてつもなく浅いもの

 それを深めようと日々努力する

 でも一度乱れた歯車は元には戻らない


 今日は思い出になる

 でも忘れたいこともある

 昨日をふりかえることなく前へ進みたい


 思い出は心の安らぎ

 でも何も得られない

 得るためには明日へ行くしかない

 思い出に浸っていては崩れてしまう、いつか……

 前へ進みたい

 よい思い出だけ持って

 今を認め確実な足取りで


 間違えたら戻ればいい

 ただその時、人を傷つけないように

 自分の考えを持ってさえいれば、一歩ずつ


 一歩ずつ


 そしていつか巡り合えるかもしれない人のために


      御法川陽子]


 翔は何度も読み返した。

 それは陽子を忘れようとする思いを阻害するものではなく、むしろ助けてくれるものだった。

 翔はそのひと言ひと言をしっかりと心に刻んだ。

 そして一度トークルームを閉じ、陽子の名前を長押しして「削除」をタップした。同じようにメインページの友だちリストからも、陽子の登録を削除した。

 それからため息をひとつついて、八ヶ岳(やま)に向かって目を挙げた。

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