表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
風立ちぬ
PR
73/80

 三人とも東急なので、雨が小降りになったのを見てモアイ像の脇を駆け抜け、JR西口改札に走った。東急の改札もそのそばだ。

 まず翔が通勤特急の元町・中華街行きに乗る。梶原は学芸大学に下宿があり、通勤特急だと停まらないので一分後の各駅停車に乗るという。翔もそれで帰れるが、横浜到着が15分も遅くなってしまう。

 土肥も実は翔と同じ横浜市民なのだが、最寄り駅が瀬谷なのでもう五分後の新横浜経由の相鉄線直通の急行大和行きで帰るという。それだと横浜を通らず乗り換えなしだ。

 三人は東急線のホームで流れ解散となった。

 

 横浜駅からのバスはすでになく、京浜東北線山手駅からタクシーで翔が家にたどり着いたのは日付が変わってからだった。家族はもう寝静まっているし、起きている可能性のある由佳も自室に閉じこもっている。

 翔はそのままベッドに倒れ込み、着替えもせずに電気を消して朝まで眠った。

 翌日目が覚めたのは、昼前の十一時過ぎてからだった。

 もう大学の授業には間に合わない。翔は今日は休むことにした。

 頭が痛いわけではないが、なんとなく脳内にベールがかかったようにボーっとしている。それでもそれは二日酔いの不快感というものではなくて、頭全体にフィルターがかかったように思考力が抜けて、それだけに心地よい目覚めだった。しばらく布団からも出ずに壁を見つめてこの陶酔感を楽しみ、そのうち昨日帰ってきたままの姿で着替えもしていないのに気づいた。靴下さえ履いたままだ。

 とにかく気力がない。生きていく気力もない。かといって死ぬ気力もない。それ以上に、生きるとか死ぬとか考える気力さえなかった。

 翔はやがて起きだしてとりあえずは部屋着に着替え、靴下も脱ぎ、窓の方へ歩いて行ってカーテンを開けた。昨日の突然の雨が嘘のように、抜けるような青空だった。

 下に降りてキチンに行った。家族は皆出かけていて、誰もいなかった。

 まずは食器棚からグラスをひとつ出して、水道で浄水を汲んで飲んだ。それから炊飯器にご飯があるのを確認し、冷蔵庫から卵をひとつ出して生のままご飯にかけ、しょうゆもかけて混ぜて食べた。いわゆるTKG(卵かけご飯)だ。

 そのあとも暇だったので、翔はスマホを眺めながら過ごした。

 夕方近くになって段々意識がはっきりしてくると、このままではだめだと思うようになった。だが、どうしたらいい……?


 その時、ふと思った。

 ここ一カ月間ずっと陽子のことで悩みっぱなしだったが、唯一陽子が頭の中からいなくなった時間……それは大学にいる時に加え、あの裏磐梯へのツーリングで高速道路をバイクで風切って走っていた時だった。

 やはりあれがいいと、翔は思った。

 さすがに今から出発するのは時間的にきついし、またどこへ行くかなど何も決めていない。

 そこで半日かけてあれこれ考え、以前行ったことのあるあの八ヶ岳の麓の街に行こうと思いついた。渋滞さえなければ、バイクで三時間くらいで着く。裏磐梯よりも近いし、行先として手ごろだった。

 だが、行先はどこでもいい。ただ高速をバイクで走ればいいだけだ。


 夕食時に、明日からまたに、三日出かける旨を親に話した。


「大学は?」


 当然のように、母親が突っ込んでくる。


 「この時期、タームの切り替わりの校内整備でいつも休みだろ」


 それは嘘である。だが、タームなど母親が聞きなれないであろう単語は、信じさせるのに十分だった。そもそも翔の大学では、タームという言葉は使わない。


 「どこ行くんだ?」


 ビールを飲みながら、父親が聞いてきた。


 「清里」


 父の顔が、ぱっと輝いた。


 「懐かしいなあ。なあ母さん」


 父親は母の顔を見る。母は薄ら笑いを浮かべただけで何も言わない。


 「父さんたちにとっても思い出の場所だ」


 たち? 言葉の端をとらえて翔が首をかしげると、母親は慌てて父親を肘でつついていた。


 「なになになに?」


 由佳が興味津々で両親の顔をのぞく。父親は一つ咳払いをした。

 

 「あそこはいいぞ。父さんが若い頃はあそこはほんとににぎやかで、若者であふれかえっていた。町からはちょっと外れるけど、線路の踏切のそばにいい喫茶店があってな」


 「あそこ、どうなってるんでしょうね」


 父親がその喫茶店の名前を言ってから、母親が口をはさむ。


 「さあ。清里も今ではすっかりさびれてるというし、あの店も今はもうやってないって噂だよ」


 「それは寂しいね」

 

 母も遠い目をしていた。


 翌朝早くに、翔はいつものスズキGSRのエンジンをふかした。荷物は少ない。赤いメットをかぶると、すでに家族は出かけた後の家に施錠した。

 自宅からすぐ近くの新山下ICはETC車専用なので、翔のバイクは入れない。従って少し戻って本牧ふ頭の料金所から首都高湾岸線に入ることはできるが、そこからだとすでに神奈川3号狩場線との分岐点は過ぎているからまずい。逆に新山下の次の石川町JCTは上りの入り口しかなく、下りへは入れない。

 分かりやすいのがかなりの遠回りだが、阪東橋から入るのがいちばんいい。道が空いていれば10分ほどで着くが、今日は少し混んでいて20分近くかかった。

 阪東橋といえば陽子と待ち合わせしたこともある。だが陽子との思い出などこの横浜にはどこにでもごろごろ転がっているから、もうかまってはいられない。

 阪東橋の入り口は知っている人でないと難しいだろう。なにしろ地下鉄阪東橋の駅の所で、つまり高速狩場線本線からはかなり離れている。知らない人は、まさかこんなところが高速の入り口だとは思わないはずだ。

 無事高速に乗れた翔は、エンジンをさらに吹かして狩場線を西へと向かう。

 途中、やはり思い出の大和を通過するが、高速からはほとんど景色は見えない。

 狩場ICからはそのまま横浜道路へと入った。そして横浜町田JCTから東名に入り、海老名から圏央道に入ったころは、出発してから体感一時間というところだろうか。

 翔はそのまま圏央道を北上して八王子へと向かった。

 圏央道は厚木を過ぎたあたりからほとんどトンネルとなり、八王子に近づいたと思う頃はもう地下鉄ならぬ地下高速といってもいいくらいだった。

 高尾山の所でほんの少しだけ地上に出た時は、周りの景色はすっかり山に囲まれ、また再び長いトンネルを抜けた時にやっと八王子ICに着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ