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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
風立ちぬ
72/80

 かけるはもう一度牧草地の方へ降りて、今まで背後にあった八ヶ岳を仰いだ。

 風が吹いた。生きていこうと、翔はつぶやいた。確かにこの雄大な自然の中での自分は小さすぎる。

 今まで都会で陽子のことで悩んでいたその悩みも、ちっぽけなものに思えてきた。夜の都会で雨に打たれて、大声で泣いていた自分がばからしくもなってきた。


  ※    ※    ※


 あれは陽子との最後の電話、何かが吹っ切れたと自分では感じていたあの夜の次の日、翔は大学の授業を終わって帰ろうとしていたところを梶原に呼び止められた、


 「寺島、暇だったら酒、転がしに行かないか」


 「いいけど、二人でか?」


 「いや、土肥も行くって」


 翔はちょうどいいと思った。こういう気分の時は、酒がいちばんだ。大学では努めて明るく振舞っていた翔だから、断る理由もなかった。

 三人は行きつけの居酒屋に行った。

 若者でごった返す繁華街にある店だ。街には自分たちと同じ年齢層でも、明らかに人種が違って感じられる若者たちであふれている。

 雑居ビルの五階の割と小さいこの店は、そのようファッション感覚でこの町に遊びに来ている異人種の若者は入ってこない。客はほとんどが学生だが、翔たちのようにこの町の大学に通う学生がほとんどだ。

 だからみな、服装も地味である。入口の右側が調理場で、左は一段高くなり、畳の座敷席だ。その一つ手前が唯一の空席だったので、翔たちは靴を脱いで畳に上がり、その席に着いた。畳の座敷といっても座布団の上に胡坐あぐらをかいて座るのではなく掘りごたつのようになっていて、そのふちに腰掛ける形だ。

 とりあえずビールで乾杯したあと翔はサワーを数杯飲み、土肥は酎ハイ、梶原はハイボールを何杯かお替りした。

 話題は授業の話、単位の話、ほかに他愛のない世間話に花が咲き、アイドルやアニメの話でも盛り上がった。翔は問われるままに陽子のことも、笑って話していた。

 二人とも大筋は北条から聞いていたようだけれども、完全に陽子と終焉したという話には少し神妙な顔をした。


 「頼むからそんな陰気臭い顔しないでくれよ」


 むしろ翔の方が、それを笑って混ぜ返していた。

 外へ出たのは十時を過ぎていた。それでも街にあふれる人通りは昼間と全く変わりなく、煌々とネオンに明るく照らし出されて光であふれていた。

 三人は十分に酔っていたけれどまだ帰りたくない感じは三人とも一緒で、土肥がカラオケに行こうと言いだした。

 すぐに意見は一致して近くのカラオケ店に片っ端から入ってみたけれど、どの店も満員だと断られた。

 とうとう井の頭線の駅の向こうの、東急プラザの裏手あたりの、希望通りとかセルリアンタワー通りとか呼ばれているあたりまで来た。それでも部屋が空いているカラオケ店はなかった。

 この辺りは井の頭の駅向こうとは雰囲気が全然違って、一世代前の居酒屋が軒を連ねている。まさしく地元の大学の学生向きだ。体育会系の学生には合うかもしれない。人通りもぐっと少ない。

 そんな街を歩きながら、カラオケに行かれないことで翔はだんだんね始めた。酔いも回って気分も暗くなっていた。

 土肥や梶原よりも速く、翔は無言でどんどん歩いて行く。追いついた梶原が何か話しかけても、翔は無言だった。

 かつて東急デパートがあった場所で今は工事中の囲いがある隣のJR駅前の広場は外国人、それも西洋人でごった返していた。その広場の植え込みの縁のパイプに、翔は腰を下ろした。目の前には多くの人々がたむろし、スクランブル交差点の信号が変わるたびに人々はどっと流れ、また向こうからの人の流れも大波のように押し寄せてくる。

 ハロウィンにはまだ日数があるけれど、それでも平日の深夜近くにこれだけの人の出なのだ。スマホで写真を撮ったり自撮りしたりしている人も多い。

 翔の両脇に、土肥と梶原で挟むように腰かけた。


 「寺島、元気出せよ」


 梶原が翔の顔を覗き込むようにして、優しく言った。


 「俺、やっぱりよっぴーが忘れられない」


 目の前の地面を見ながら、吐き捨てるように翔は言った。


 「元気出せよ。朝比奈なんかあんなにこっぴどく振られても元気なものだよ」


 この梶原の言葉は逆効果だった。


 「あいつはただコクってその場で断られただけだろ。俺は二カ月半も付き合ったんだぞ」


 叫ぶように言うと、ついに堰を切ったように翔の目から涙があふれた。やがて両手で顔を覆い、すすり泣きを始めた。

 その両脇で、土肥と梶原が困ったような顔をしていた。そんな三人の様子に、おびただしく流れる人々は全くの意識も向けずただ流れ去っていく。

 その時、涙とは違う冷たい水滴が翔の頭に落ちた。それは次第に数を増し、驚くほど短時間に激しい豪雨となった。


 「やべえ、行こうぜ」


 土肥が翔の腕を引っ張り上げようとしたけれど、翔は動かなかった。周りにいた人たちも悲鳴を挙げて、どっとJRの駅の改札の方や東京メトロ銀座線の駅の高架の下へと逃げていった。

 翔は土砂降りの中、ずぶぬれになった。


========================


  壊れそうな夜のとばり

  人びとの群れが流れ続け

  空っぽの心で俺は 

  今夜もまた飲んだくれてる


  心の傷を癒すしぐさ

  それがまたひとつ傷つける

  空は今日も泣いている

  Gm(ジー・マイナー)の雨が降る


  霧にまかれパープルの空に

  絶望に蒼ざめた馬が駆けていく

  地上はネオンに照らし出され

  野郎たちの気楽な歌


  心の傷を癒すしぐさ

  それがまたひとつ傷つける

  空は今日も泣いている

  Gmの雨が降る


   ハートブレイクなんて

   へっちゃらと思ってた

   ハートブレイクなんて……

   だけど今の心


  胸はいつもエイトビートの

  リズムを打ち続ける夜の街

  空は今日も泣いている

  Gmの雨が降る


========================


 土肥も梶原もカバンで頭をかばいながら、何とか翔を立ち上がらせた。

 まずは銀座線の高架下に入り、雨が止むのを待っていた。だが、いつまでもそうしていられない。へたをしたら終電が危ない。

 高架下で雨を見ながら、目が座ったまま翔は唸るように言った。


 「あんなに楽しかったのに、あんなに幸せだったのに、なんでこんなことにならなきゃいけないんだよ、口惜くやしいんだよ。俺は口惜しいんだよ」


 梶原はもう余計な慰めの言葉などかけず、黙って翔の肩に手を置いていた。

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