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今は秋。
今日から翔はひとりの旅人だ。
十月の平日とあって、人は多くはなかった。
今いるのは、この背後にあるロッジ風の宿泊施設の売店のような建物だけれど、メインの建物からは離れている。木造平屋の濃い茶色の屋根の建物だが、中にはミルクバーやベーカリー、ソフトクリームの店、グッズショップなどが並ぶ建物の、外は木の簀子状の床のかなり広いテラスが設けられていて、ベンチが並んでいる。建物の壁も塗装したわけではなく、木材が自然に茶色になっていた。
その欄干に身をもたれさせて、目の前に広がる大パノラマを翔は見ていた。この自然の中にいると、一人で生きていけそうな気がする。
牧草地がなだらかに下る斜面となって果てしなく広がり、遠くには茶色い牛が遊ぶ牛舎も見える。あれがジャージー牛というらしい。
その向こうは南アルプスが横たわり、富士山も遥かに姿をのぞかせている。
空は青く、雲一つない。すべてが明るい陽光の中に輝いている。陽ざしの中に風があった、だがそれは涼しいと感じさせる風でも冷たい風でもなく、まさしく心地よい秋の風だ。
一度建物の中に入り、ここを訪れる人が誰もがその味を堪能するであろうソフトクリームを翔も買った。
再び陽光の中に出ると、また同じように木の欄干によりかかった。ソフトクリームもミルクバーのミルクも、そして店内で多数販売されていた牛乳も、すべてがこの目の間の牧草地で育ったジャージー業の牛乳によるものだと、店内の説明書きには書いてあった。
周りのそう多くはない人々を見ると、なぜか景色を背景にソフトクリームを写すのが流行っているらしく、翔も食べる前に同じように背景をバックにソフトクリームを持つ手を伸ばして写真を撮った。
ここ自体が観光名所化されていて、周りにいる人々もこのミルクショップの母体である背後の宿泊施設に泊まっている人々ばかりではないようだ。
宿泊施設は実際はホテルなのだが、ホテルと言ってしまうと何かイメージが違う。
とにかく、紅葉にはまだ早いが、緑の木々と草原、そして遠くの山々という大自然の中にいるこの感覚を、翔は誰かと共有したいと思いスマホのLINEを広げた。
男の友達よりも、やはり女性がいい。
翔は、千恵のトークルームを開いた。
――[俺今どこにいると思う?]
すぐに返信は来た。
――[どこよ? こんな昼間から]
――[みなとみらい?]
――[清里]
――[嘘 まじ?]
翔はそこで、先ほどの気色背景のソフトクリームの画像を送った。
――[うそでしょ]
――[そんな画像はネットでいくらでも拾える]
――[待ってろ]
翔は素早くミルクバーのある売店の建物をバックに自撮りして、千恵に送った。
――[えーホントなんだ]
――[信じてもらえたか]
――[急に思い立って出てきた]
――[大学の授業は?]
――[ぱっくれた]
――[この間も福島の方とかに行ってきたばかりじゃない]
――[今度は一人でツーリング]
――[清里、いいなあ]
――[千恵も来たことあるって言ってたよな]
――[大学入ってすぐ]
――[そこ清泉寮でしょ]
――[そこのTシャツいつも来てるじゃん私]
――[そうだっけか?]
――[ほかにも写真送って]
――[じゃあ待ってな]
翔はテラスから牧草地と南アルプスの写真、そしてテラスから降りて反対側にはっきりと近くにそびえている八ヶ岳を背景に、赤いとんがり屋根の宿泊施設のメインの建物の画像などを取り、千恵に送った。
――[八ヶ岳きれいに見えてるんだ]
――[俺が前に来た時は曇ってて見えなかった]
――[翔も前に来たの?]
――[ちょっと前にな」
――[あの頃はよっぴーなんかまったく知らない頃]
――[そして今回はあいつを忘れるための一人旅]
――[そうそう、よっぴーちゃんとはあれからどうなったのよ]
――[電話した]
――[見ず知らずの女の子だった]
――[どういうこと?]
――[俺がすきだったよっぴーはもういない]
――[やっぱそんなに変っちゃってたんだ]
――[とにかくすべて終わった]
――[空白期間なんかでもなくなった]
――[完全白紙]
――[でもよかったんじゃない?]
――[あれほど付き合う価値ない子だよって私言ったのに]
――[それでも忘れなかったのは翔だから]
――[いや忘れられなかったのかな?]
――[まあね]
――[後悔してもしょうがないしね]
――[後悔はしていない]
――[誰でも自分が正しいって思ってるけど]
――[そうじゃないて分かったら傷つくよね]
――[でもいつかそれも忘れてまた自分を信じようとする]
――[それを怖がってたら何も始まらない]
――[そうだね]
――[それで心に余裕ができたら」
――[あの子のことは想い出として心の片隅に]
――「でもあまり早くに思い出を美化しすぎないように」
――[もう吹っ切れたから心配はしないでほしい]
――[それから由佳には余計なこと言わないように]
――[分かってる]
――[いやときどき分かってない]
その文字を打ちながら、翔は苦笑した。
――[まあここも駅の周りはさびれてるな]
――[昔はメルヘンなペンションが立ち並んで]
――[ブラーノストリートとかが山に転移したみたいだったって]
――[今は見る影なしか]
――[もう営業してないペンションが廃墟になってたりする]
――[私そろそろ大学行かなきゃ]
――[了解]
――[あ、おみやげ!]
――[わかったよ]
翔はまた苦笑しながらLINEアプリを閉じ、スマホの画面を黒くした。
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初めてここに来たのは 君と出会う前
そして今度は君を 忘れるための一人旅
あのときは見えなかった 八ヶ岳が今日はとても
きれいに見えている そんな朝です
やがて紅葉の便り 聞かれる頃です
街を一人歩けば 頬をなでる秋風
清泉寮に続く道 いつか来た道
今朝は少し冷えました ほんのかすかに冷えました
僕の心の中に染みとおるように
空気が冷えました 晩秋の便り
大きな自然の中に 心溶けこめば
些細なことで悩んでた自分が小さく見える
「MILK」に一つ置いてある「想い出の音」ペンを執り
「今日はひとりで来たけれどこの次までにはきっと」
「今日はひとりで来たけれどこの次までにはきっと」
この次までにはきっと……
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