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翔はすでにともだち登録している美咲のトークルームから、音声通話をかけた。スマホの入力が苦手と、美咲は言っていたからである。
もちろん、一応事前にLINEで通話の承諾は得ていた。
――こんばんは。
いきなり明るい声で、美咲は電話に出た。
「いきなりごめん」
――いや、いいんだけど。
「元気?」
――うん、元気。
「寝てた?」
――ううん。ぼけーっとしてた。明日、保育概論の試験だけど、全然勉強してない。
「あ、ごめん、なんか悪かった?」
――いいの。どうせ勉強してなかったから。
美咲はクスッと笑った。
「忙しいんだ」
――もう九月の下旬ごろからあたふたと忙しくて。
「そっか。もう十月だものな。すっかり秋だね」
――でも私の心は冬の風。
「なんで?」
――だからもう忙しくてさ、毎日よっぴーと飛び回ってる。
そう言ってから、美咲は焦った口調になった。
――あ、ごめんなさい。よっぴーのことは触れない方がいいかな?
「いや、いいんだ」
――そう? もうよっぴーと私はてんてこ舞いだし。うちの大学の社交ダンス部の一年生、私とよっぴー以外は全部やめちゃって、あの合宿以来。
やはり何かいわく付きの合宿だったようだ。だが翔は、あえてそれは聞かなかった。翔はため息を突つくと、少し間をおいてから言った。
「なんか、よっぴーとはあれでよかったのかなって思うんだ。新しい恋へのステップだったらいいのだけれど」
――ううん、よく分かんないけど。
美咲の口調が急に変わった。
――そのよっぴーなんだけど、今のよっぴー、私の見る限りではてんでよっぴーらしくないの。
「どんなふううに?」
――なんかギャルみたいな感じになって来ちゃって。それもジョークで表面だけって感じじゃなくて、地がそうなってきちゃった。
「ええ? あんな生真面目って感じのよっぴーだったのに? なんか想像できない」
――なんかねえ。変にはしゃいだかと思うとむっつりしたり落ち込んだりで、とにかくよっぴーじゃないのよ。
「ええ?」
翔はどうもよく理解できないという顔をして聞いていた。そのあと、美咲の口調は元の明るい調子に戻った。
――でも、相変わらずのところもあるけどね。
そして思い出したように付け加えた。
――ただ、あまり私たちに対して感情をあらわにしなくなったなあ。でもすぐ分かっちゃうけどね。そこは長年の付き合いで。
「そうなのか。でもよっぴーは今俺とこういうふうになったこと、どう思ってんだろうね」
――さあ、よく分からない。
「俺、やっぱよっぴーが忘れられない。元に戻るなんてことは無理かなあ」
翔は思い切ったように切り出した。
――んんっ
美咲は唸っただけで、何か考えているようだった。
――私自身も、よっぴーと元に戻ったらなんて言いきれない。ただ、お互いにもう少し落ち着いてみたらいいのかもね。
「落ち着くって?」
――よく分からないけど。私がどうこうしなさいって言える身でもないし、またそんな資格もないし。
「いいや、いいよ。ちょっと言ってみただけだから
――まあ、どうであれ、悔いなくね。
「悔いなく?」
――でも、そんなの無理かなあ、恋愛においては。ただ、今までのことが全部いい思い出になるようにね。
「うん」
――そしてまた、新しい気分で会いましょう。お互い新鮮な気持ちで。
「なんか分かったような分からないような」
――じゃあ、明日テストだから。
「がんばって」
――わおー!
突然美咲は叫んだ。
――あと一時間と五十五分で明日じゃない。そんであと十時間と五十五分でテスト開始。どうしよう。
「あ、ごめんね。がんばってね」
――うん、がんばろうね、お互いに。
通話は終了した。
あれほどいつまでも暑い日々が続く年だったが、さすがに十月も半ば近くなると秋めいてきた。
翔の大学の校舎に挟まれた中庭のような一角を過ぎて公道を横断すると、体育館がある。翔の大学はごく最近に全面的に改築されたので、百三十年という歴史の重みに対して校舎はすべて最新建築だ。
翔たちが目指している体育館は、大学の中でも数少ない全面改築前からの建物だ。だが、内装は全く新しくなっている。
授業の空き時間に、翔は誘われるままにバドミントンのラケットを手に多くの学生とすれ違いながら体育館に向かっていた。そんな彼らを。彼らがタワーと呼んでいる18階建ての超高層建築の校舎が見下ろしていた。
みんな体育館シューズを持っていなかったので、体育館の入り口で靴を脱いで靴下を履いたままの裸足だ。
一緒に来たのは比企、大庭、それに梶原と土肥だった。空き時間が暇なので、体育館でバドミントンをやろうと梶原が言い出し、なんとなく集まったメンツだ。ラケットは学生課で借りられる。
昼間の授業と授業の空き時間なので体育会系のサークルが使っていることもなく、ちょうど体育の授業もやっていないようだった。
彼らはさっそくバドミントンを始めた。
「こっち側だめだよ、風に流される」
比企が泣言のように言う。たしかに換気のために窓を開け放っているので、折しも吹いている強い風が体育館の中にも入り込んできていた。
「そのうち換わってやるよ」
窓を背に立っていた翔はそう言って笑った。
翔はサーブを決めた。追い風に乗って鋭くシャトルコックは飛んでいく。比企はかろうじて打ち返したが、今度は向かい風になるのよく飛ばず、翔の足元でシャトルは落ちた。風のせいでリレーは三回と続かない。ほかの連中のペアも同じような感じで苦戦していた。
相手のシャトルが飛ばずに落ちるたびに、大笑いだ。
こうして仲間とともに大笑いしている時が、翔にとって陽子を忘れられる唯一の時だ。
陽子と出会ったのは大学に行かない夏休みになってだからだから、大学にいれば陽子と出会う前の時間がそこにある。だがいざ帰宅して自分の部屋に戻ると、そこは陽子がいた頃と何も変わっていない。
そんなとき、美咲からLINEメッセージが来た。今からメールするという。前にも言っていたけれど彼女はスマホでの文字入力が苦手なので、パソコンから送ると言い、パソコンのアドレがも書かれていた。まずそのアドレスを受信可能にし、そして翔のスマホのメールアドレスを知りたいのでそのアドレスに空メールを送ってほしいとのことだった。
翔は言われたとおりにすると、三十分くらいして美咲から長いメールが届いた。




