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とにかく駐車場スペースが細長く、サービスエリアの建物はそのいちばん奥なので、翔は歩道の上をかなり歩かなければならなかった。
建物は黄色い壁の、細長い長方形だ。実際は一階建てだが、正面上部に設けられた看板スペースが二階のような外観を見せていた。
まずは自販機コーナーがあり、弁当屋とか軽食類の店の窓口が外に向かって並んでいるが、いずれもまだシャッターが下りていた。
それほど大きくない建物の中は、早朝だというのにそこそこ人は入っていた。そこにもレストランはじめラーメンなどのいくつかの専門店があったがここもすべて営業時間前で、人々が利用しているのは唯一の二十四時間営業のフードコートだけだ。
座席はかなりの数があるが、安達が言っていたようにそう広くはなく、翔はすぐに安達と比企の二人を見つけることができた。
アクリル板の衝立で隔てられた一人用シートの並んでいる真ん中に、何人かで座れるスペースがあり、二人はそこにいた。
翔を見つけると、安達が手を挙げて「よお」と言った。
「遅くなった」
翔の言葉に、安達は言った。
「いや、まだ八時前だから遅刻ではない」
「よし、三人そろったところで朝食といこうぜ」
比企が嬉しそうに立ち上がった。翔の到着を待っていてくれたらしい。そして三人でフードコートのチケット自販機の前に立った。
「朝っぱらからラーメンとかカレーとかはなあ」
翔がつぶやいていると、比企が自販機に並んでいるボタンの一つを指さした。
「定食があるぜ」
定食といっても豚汁定食とロースかつ定食だけだった。
「やっぱ朝からロースかつもないだろう。俺、豚汁定食いくよ」
安達がそう言って、豚汁定食のボタンを押した。値段も六百九十円と手ごろだ。
「朝にはちょうどだな」
比企もそう言って、結局三人とも豚汁定食にした。普通と大盛とあったが、三人とも普通のにした。
チケットには番号が印字され、「そのまま席でお待ちください」と印刷されている。そこで元いた席で待っていると、五分くらいでほぼ同時に三人の番号が呼ばれた。店内のパネルにも出来上がった料理のチケットの番号が表示される。
それぞれ盆を受け取って戻るった。
「おお、納豆もついているのか」
比企が喜んで言った。豚汁は野菜類も多く、並でも十分食べ応えあった。
「みんな、夏休みはどうしてたんだ?」
食べながら翔が聞いた。
「俺はずっと実家に帰ってた」
「同じく」
安達がまず答えて、比企も同調した。そんな比企を安達は笑った。
「おまえなんか帰省っていったって千葉県だろ。すぐそこだが。俺なんか島根だぞ」
「確かに、お前に比べたら近いわな。で自宅住みの寺島は?」
「バイトとそれから家でごろごろ」
「これだから自宅はなあ」
安達に言われて、翔も笑いながら切り返す。
「じゃあ、お前たちは実家で何してたんだよ」
「「ごろごろ」」
二人いっしょに言って、三人で笑った。
「そういえば、寺島は彼女と毎日デートだったんじゃ?」
安達の言葉に、比企が翔を見た。
「まじか」
「毎日ってわけじゃないけど」
それから、翔は少しだけ真顔になった。
「その話は今夜飲みながらでも」
食事が終わってから、三人は次の休憩場所を決めた。高速を降りる予定の福島西インターの手前のサービスエリアということでマップアプリで調べて、福島松川パーキングエリアで休憩と申し合わせた。
そこまでは約二時間半の旅、それに備えてトイレを済ませ、三人はそれぞれのバイクにまたがった。
あとは東北自動車道を北に向かって一直線だ。
最初は防音壁に拒まれ、しかも高速は高架ではなく地面を走っているので、周りの景色はなかなか見えなかった。
一台で走っている時とは違い今は三台つるんでいる。速度も合わせなければならない。万が一はぐれても申し合わせた福島松川パーキングエリアで落ち合えばいいのだが、それではツーリングの意味がない。
しかし、一台での旅と違って三人は互いに会話をすることは不可能だ。だからつるんで走っていながら実は独走と変わらない部分もある。その微妙なところにいた。
安達が先頭で次が比企で、翔は最後だった。だがこの隊列は決めたわけではなく、成り行きでそうなっているだけだから、順番が逆転してもかまわない。
やがて利根川の橋を渡ったころからときどきは防音壁もなくなって、緑鮮やかな水田が広がっているのが見えた。まだ稲は緑々《あおあお》としているが、一面に広がっていた。
栃木県に入り、佐野を過ぎたあたりから山が見え始め、左右が低い丘陵地帯となっていった。
空はよく晴れていた。いくつか小さい雲が浮かんでいる。車と違いバイクでは景色の中を歩いている感覚で、それでいて車と同じスピードで移動できる。
もう道はがら空きで、三台ひと固まりで思い切り飛ばすことができた。それでもそれを追い抜いていく法定速度無視の車もある。
そして体感二時間くらいだろうか、前方にようやく「福島松川パーキングエリアまで1キロ」の看板が見えた。「P」の文字の右側にはナイフとフォークのマークはなく、ただコーヒーカップの絵があるだけだった。
右手は緑生い茂る斜面が続くが左は視界が開け、水田が広がっている。その向こうには丘陵地帯が横たわって見えた。
すぐにあと600mの看板があり、やがてパーキングエリアに入る分岐点に差し掛かった。打合せ通り前を走る二台がパーキングエリアの進入路に入っていったので、翔もそれに続いた。
小ぢんまりとした駐車場があって、やたらトラックも目立つ。夜間などはほとんどがトラックとなるだろう。
サービスエリアの建物は蓮田よりもかなり小さく、駐車場の奥にポツンと見えた。幸い今度はバイクの駐輪場はその建物の前を過ぎたあたりにあり、やはり屋根付きだった。蓮田の時のように延々と歩かずに済みそうだ。
バイクを停めてエンジンを切り、ヘルメットを脱ぐと安達がそわそわと走り出した。
「悪い。先、トイレ!」
よほど我慢していたようだ。
「ひとつ前の安達太良サービスエリアの方が大きかったなあ」
安達を待つ間、比企が自分のカワサキ・ニンジャ250のそばでつぶやいた。
「でも、小さいけれどこっちの方が空いてそうだぜ」
そんなことを話しているうちに安達が戻ってきたので、三人はフードコートのある建物に入った。