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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
スマホケースの向こう側
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53/80

 裏磐梯への出発の前日、夜のまだ早い時間にかけるは陽子に電話してみた。

 翌日は出発が早いので、あまり遅くまで起きていられない。

 何度が着信音を鳴らしてから、ようやく陽子が出た。


 「俺。今いい?」


 ――いいけど、何? 突然電話なんて。


 たしかに出会ったときからずっと陽子との連絡はLINEがほとんどだったから、待ち合わせ場所での事務的な通話のほかはほとんど電話で話したことはなかった。


 「声が聞きたくなった。とりあえず生存確認」


 陽子は笑うかと思ったら、返事がない。


 「今なにしてた?」


 ――ご飯食べ終わったところ。


 なにか声に元気がない。つっけんどんな感じは、急にあの関内の日に戻ったみたいだ。


 「やっぱ、学祭はおまえの所のに行くよ。自分のところは行ってもおもしろくないし、もともと行くつもりなかった」


 ――あらそう?


 陽子はそっけない。自分から誘っておいてそれはないだろうと言いかけたが、翔はかろうじてその言葉を飲み込んだ。

 

 「みっちゃんはよっぴーと同じ社交ダンス部だけど、たまちゃんやとみこは何かやるの、学祭で?」


 ――さあ、電話して聞いてみれば。


 「え? だっておまえ、この間、ほかの女の子と連絡とるなって」


 ――べつにいいんじゃない? 私たち、お友達になったんでしょ。


 「また一方的にそんなこと言ってる。俺まだ承諾してないからな」


 返事はなかった。


 「それにこの間のおまえとのLINE、もろに恋愛進行形って時と同じだったじゃんかよ」


 ――そっか? あの時はきっと狂ってたんだ私、きっと。


 今度は翔が黙る番だ。

 そしてゆっくりと低い声で、翔は言った。


 「じゃあ、明日の朝早いから、この辺で」


 とりあえず、翔はスマホの通話切断ボタンを押した。そしてため息をひとつついた。


 昨日の電話で言っていた通り、翔は異例の早起きだった。

 夏休みになってからというもの、あの「ソルティ・キャット」でのバイトの時以外はほとんど昼夜が逆転した生活をしていた。早く起きたのは陽子とのデートの日くらいだ。

 今の清掃のバイトは夕方からの仕事だし、だいたいいつも昼頃まで寝ている。それが今日朝食も取らずには六時半には家を出た。

 玄関で、高校の制服姿の妹の由佳と鉢合わせた。


 「お兄ちゃん、はや!」


 「そうか、おまえはもう二学期が始まってるのか」


 「そうよ。私が出かけるときは、いつもお兄ちゃんはまだ寝てたくせに」


 たしかに、妹の制服姿を見るのも久しぶり、七月以来だ。あの頃は、まだ何もなかった七月……。


 「お兄ちゃん、今日帰らないんだよね」


 「ああ」


 「じゃあ、行ってくる」


 勢いよく由佳は玄関を出て行った。

 翔もすぐにライダーブーツをはいた。奥から母親が顔を出した。


 「本当に朝ごはん、いらないの?」


 「いらない。じゃあ、行ってくる」


 この時間、父はまだ起きていないが、そろそろ起きる時間のはずだ。

 翔はかなり少ない旅支度のリュックを背に家を出た。朝から、いったいいつまで夏が続くのかと思えるような陽ざしが降り注いでいる。

 都内に下宿している安達や比企とは、東北自動車道の最初のパーキングエリアである埼玉県の蓮田サービスエリアに八時に待ち合わせだ。よほど渋滞していない限り、間に合うだろう。

 どうしても動かないような渋滞があればそこはバイクの特権で、車の脇すり抜けという裏技がある。ちょうどサービスエリアなどで女性トイレの長蛇の列を横目に、いている男性トイレにすーッと入っていくあの優越感に似ている。

 だが路肩すり抜けは実は違反行為なので、翔はその技を使いたくはなかった。


 本牧通りに出たコンビニの角でいつものスズキGSR250CCのエンジンを本格的にかけた翔は、まずは自宅すぐそばの本牧埠頭入り口から首都高湾岸線に入った。

 この時間は、道は全く混んでいなくてすいすい流れていた。

 すぐにベイブリッジ、つばさ橋と渡って川崎の工業地帯の中を高速は進み、やがて長いトンネルに入った。

 アクララインとの分岐点のある浮島ジャンクションのあたりで一度地上に出たけれど、すぐにまた長いトンネルだ。次に地上に出たのは羽田空港付近で、飛行機の発着が見えたが、あまりよそ見はできない。それでも、車よりは空港を肌で感じられた。

 次のトンネルをくぐって再び外に出た時は、そこはお台場だった。だが、かつては右手にその雄姿を見せていたはずの大観覧車は、今はもう跡形もない。

 そして夢の島も過ぎて荒川の橋を渡り切った葛西ジャンクションで左に折れ、荒川沿いを走る中央環状線に入った。あとはひたすら荒川沿いを高速は続く。

 このあたりから交通量も増え始めたが、極端に速度を落としたり停車しなければならないような渋滞にはなっていなかった。

 ときには荒川と中川の間の部分を走ったりもしていた高速は、鹿浜あたりでようやく荒川と別れ、あとは単調な住宅街の上をひたすら北上して走行した。

 ここまで来ると蓮田はもうすぐだ。

 やがてパーキングエリアに入る細い道との分岐点へと、翔はスズキGSRを入れた。細い道は本線の隣をしばらく続き、出口との分岐点を右に行くとやがてサービスエリアに着いた。本線に沿って恐ろしく細長いパーキングエリアだ。

 バイク用の駐輪場は割とすぐ左側にあり、そこだけ屋根付きだった。十台も停めれば満車になるスペースだ。だが、幸いバイクは二台停まっているだけで、しかもどちらも翔にとって見覚えのあるバイクだった。

 一台は黄緑のカワサキ・ニンジャ250、もう一台は翔のと同じスズキで、ジクサー250だった。おそらく安達と比企のバイクだろう。

 翔はバイク用駐輪スペースに自分のスズキGSRを停めると、スマホを取り出した。LINEが二件着信している。間違いなく安達と比企からで、どちらも短く「着いた」だけだった。

 先に着いた方がまずLINEを入れ、あとから着いた方がLINEメッセージを見て電話をするという手はずだ。

 今は二人とも着いているようなので、翔は安達の通話ボタンを押した。時計を見ると七時五十二分。約束の時間よりはかろうじて少し早めに着いたことになる。


 ――おお、寺島。


 「ああ、俺、今着いた」


 ――俺たちも割と着いたばかりだ。


 「で、今は?」


 ――サービスエリアの建物の中。狭いからすぐわかる。


 「了解」


 翔ははるか遠くに見えるサービスエリアの建物まで歩いた。


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