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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
48/80

 陽子は、これから保育園でのボランティアの打ち合わせも増えるし、YMCAでの説明講習会もあったり、また学祭実行委員会も始まるので当分会えないと言っていた。

 互いに夏休みも終盤に近くなっていた。もっとも、夏休み自体が九月の下旬ごろまで続く。

 そんな、八月も下旬になって急に予定がなくなったので会ってもいいと、陽子の方からかけるへLINEが来た。

 そこでずっと陽子が見たいと言っていた連続アニメシリーズの劇場版を見に行くことになった。ラブコメだけれど、テレビシリーズは翔も好きで見ていた作品だけに、すぐに翔は了承した。

 待ち合わせはいつもの横浜駅西口の交番の前だ。

 翔が着くと陽子はまだ来ていなかったので、わざと交番の小さな建物の影に隠れて翔は相鉄ジョイナスの方から来る人の群れを観察していた。

 やがて青いデニムのオーバーオールを着た陽子が現れた。今日は髪もポニーテールにしているようで、やけに丸顔に見える。

 手にはデパートの紙袋を下げていた陽子は、交番の建物の影に隠れた翔に気づかずに不機嫌そうな顔で翔を探していた。

 その姿に、翔は含み笑いを浮かべて黙って見ていた。そしてもう少し翔が顔を出すと陽子は翔に気づき、表情も変えずに近寄ってきた。


 「ここにいたの?」


 「俺、知ってた、よっぴーがきょろきょろ探していたの。どこに行くのかなあって、黙って見てた」


 「いじわる」


 今日も陽子はあまり機嫌がよくない。そのまま一度JRの駅の構内に入り、そのまま直結で映画館のあるビルに行くことができる。

 入ったところは四階まで吹き抜けのアトリウムが開放感を感じさせる。


 「新しいね、このビル」


 そのアトリウムで、陽子が上を見上げながら言った。


 「俺が高校生の時だな。だからできてから三、四年しかたっていない」


 「確か前、ずっと工事してたね」


 映画館はこのビルの八階で、二人はエレベーターに乗った。

 映画館もきれいで、エントランスの円形の天井に同心円を描く照明が幻想的だ。まるでUFOの下にいるような感じを受ける。

 チケットはすでに翔がネットで予約していたので、機械にスマホのQRコードをかざすだけで入場できる。

 本当は前の方で見たかった翔だが、陽子に遠慮して中央付近の席をとっていた。

 この劇場の客席は他の映画館のような縦長の長方形ではなく、ライブ会場のように半円形に座席がスクリーンを囲んでいる。

 その予約した席に座ると上映が始まるまでの間、陽子は翔の肩に頭をちょこんと乗せて眠っていた。やがて盗撮防止や注意事項の映像が流れてからいろいろな映画の予告編が始まると、すっと陽子は起きた。そして自分の膝の上で手を組んでいた翔の腕を引き寄せて、自分の腕を絡ませてきた。


 見終わったあと、陽子の機嫌は少しは直っていた。


 「よかった。おもしろかった」


 「俺もテレビシリーズしか見てなかったからなあ。落ちが分かってよかったよ」

 

 翔はほっとした顔をした。そして聞いた。


 「さて、これからどうする?」


 陽子の顔からたった今までの笑顔が消えた。


 「帰る」


 「え? まだ三時だよ」


 「だって、どこに行くっていうの? 暑いのに」


 「みなとみらい」


 「前に行ったでしょ」


 「野毛山動物園」


 「暑い」


 「じゃあ、このビルの上に屋上広場があって展望台のようになってるから、行ってみよう」


 「いい」


 「ほかに行くとこあるか?」


 「だから帰るって」


 「なんで帰るんだよ?」


 「もう映画見たから」


 「じゃあ、おまえ、映画見に来ただけみたいじゃん。俺に会いに来たんじゃなくて」


 「かっちゃんとも会ったじゃん」


 「ただで映画見るために俺にあったみたいじゃんかよ」


 「それはどうも失礼しました」


 その態度に、翔は少々ムッとした顔をした。


 「だけど私、映画代出してって頼んだ覚えないよ。かっちゃんが勝手に出してくれたんじゃん。そんなこと言うなら自分の分払うから」


 「そんなこと言ってない」


 「じゃあ、ひとをたかり女子みたいに言わないで」


 「いいから行くぞ」


 翔は陽子の腕を引いて、エレベーターの方へ歩いて行った。そしてエレベーターが来ると乗り込んで、十二階のボタンを押した。先ほどの話を続けるのにはエレベーターの中は人が多すぎたので、屋上に着くまで二人は黙っていた。

 屋上広場の「うみそらデッキ」は、かなり混んでいた。陽ざしもまだ強いけれど風も強くて、しのぎやすかった。

 デッキはそう広くはなく、芝生に沿ってベンチが配されている。わずかながらの植え込みや樹木も少しあった。 

 中央には何段かの階段に囲まれた上に、「YOKOHAMA」の文字のオブジェがある。遠くに目をやるとビルが立ち並び、その下を高速道路がくねっている。ビルの林立する隙間からは、遠くに港とベイブリッジも見えた。

 雲は多いけれど一応晴れていた。隣接してこのビルのオフィスタワーがそびえていて、今翔たちがいる屋上よりもさらに二倍以上の高さから「うみそらデッキ」を見おろしていた。

 今まで座っていたカップルが立ち上がったので、すぐに翔はそのベンチをとった。陽子も仕方なくという感じで隣に座ってきた。

 二人はしばらく黙って、遠くの海を見ていた。


 「よっぴー」


 だいぶたってから、翔は思い切ったように言った。


 「なに?」


 「いったいどうしちゃったんだよ。最近なんか変じゃん」


 「別に」


 翔は陽子の手を握った。だが、軽くそれは振り払われた。

 

 「どういうことだよ?」


 陽子は黙っている。翔の息が荒くなった。

 また、沈黙があった。


 「俺たち、終わりなのか?」


 ぱっと陽子が潤んだ瞳で翔を見た。


 「いやぁ!」


 叫んだあと、陽子は力強く腕を絡ませてきた。


 「どうしてそんなこと言うの? いや!」


 翔は戸惑っていた。そして優しくその手を撫でた。


 「わかった。そんなこと言わない」


 翔の腕に顔をうずめるようにしていた陽子は、まだ潤んだままの瞳で翔を見上げた。そして小声で言った。


 「かっちゃん、助けて」


 「え?」


 「吉野さんが」


 「吉野さんって、最近その名前ばかり口にしてるけど、その吉野さんって人と何かあったのか?」


 陽子は目を伏せた。


 「おまえが変になったの、合宿へ行ってきてからだよな。まさかその吉野って人がおまえに何かしたのか?」


 黙って陽子は、首を横に振った。

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