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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
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 陽子がスマホに熱中している間、かけるはただ待たされていた。

 その時ふと、陽子がカバンから紙きれを出して翔に渡した。


 「暇だったら、これ読んでれば」


 渡されたのはメモ用紙で、開くとところどころにメルヘンチックなイラストの入っていて、そこにぎっしりとシャーペンで書かれた文字が詰まっていた。

 これが美咲の言っていた手紙らしい。封筒にも入れず、メモ用紙を折りたたんだだけだ。


――「かけるさんへ

 お元気ですか? 私は犬にかまれながらも元気に頑張っております。今日も病院に行くため保育園の打ち合わせには行けず、会えなくて残念です!

 ところで合宿のお話をちょっとしたいと思います! 行きはあちらの大学の人の車に私とよっぴーとで乗って、運転はあちらの大学の野瀬さん。自動車がほかの自動車と違ってめっちゃめだっていたので注目の的!! 草かりのおじさんやトラック、バイクのおじさん、おにいさんに見られた!!

 別に行きはどーってことなかったのです!! 帰りです! カエリですよ、よっぴーが急にくるいだしたのは

 カニの絵をみて“あっ! イカだ!“とか、道路標しきをみて“サルだ!!” みんな(運転していたあちらの部長の吉野さん、同じくあちらの伊吹さん、私)は生きている生物なまもののサルがいるのかと思って、“どこ? どこ?”っとさがしていたら、なんと絵のサルだったりとか! それからかけるさんの話ばっかりしてました。もう、吉野さんなんかあきれてたよ! よっぴーが“あっ! カラスの城だ! 今度行こうかなぁ! どうやって行けばいいのかな?”なんてまじに言ったので、もう吉野さん苦笑してましたよ。まあ、いつまでも仲良くね!

 ただ一つ困るのは、合宿行く前のサークルのうちの大学での練習でも、休憩の時に私の手をとっていよーな目で見て”さみしい”と発作をおこすこと。あれは良くないね。“細い腕ね”なんて私に言うの!! あったりまえじゃん 私、かけるさんじゃないもん!! その辺をよーくいいきかせておいてください」――


 手紙はそこで終わっていた。読み終えてもまだ陽子はスマホを見ている。


 「なんかいろいろ書かれてるぞ」


 その時だけ陽子はちょっとだけ顔を挙げた。


 「俺に渡す前に、検閲したんだろう?」


 「いや、見てない、興味ないから」


 またすぐに陽子はスマホに目を落とした。翔は不審そうな顔で首をかしげながら、目の前の明らかに以前とは別人のような陽子と、手紙に綴られたありふれたほのぼのとしての日常の描写に戸惑っている様子で陽子を見た。

 そしてその一、二分後になって陽子はようやくスマホをしまった。


 「終わった」


 「そっか。で、合宿はどうだったんだ?」


 「前に話した向こうの部長の吉野さんと同じ車だったの。すごく目立つ車で、なんかいろいろべたべた貼ってあって」


 「それ、この手紙にも書いてあった」


 「あ、そう?」


 すでに運ばれてきているオレンジジュースを、陽子は一口飲んだ。


 「帰りは吉野さんが運転してた。かっこよかった」


 「そうかよ」


 翔もジンジャーエールをすすった。


 「帰りに吉野さんがお酒飲んで行こうって言ったけど、断っちゃった」


 「当たり前だろ。まだ十八歳のくせに。でもその人、婚約者がいるって言ってたよな」


 「うん、写真見せてもらったけど、全然美人じゃない。私の方がずっとかわいい」


 翔は黙った。陽子も黙った。互いに真顔のまま沈黙があった。翔は一つため息をついた。


 「どうしたの?」


 陽子が聞く。


 「いや、別に」


 「で、吉野さんが」


 「もうその吉野さんって人の話はいいよ」


 さすがにムッとした顔で、翔は陽子の話を遮った。陽子は無言で目を伏せた。

 店を出てからも互いにほとんど会話はなかった。翔は相鉄線改札口近くの、人が来そうもない非常階段へと陽子を引いて行った。そして壁を背にして立つ陽子にくちびるをほんの一瞬合わせた。

 だが、口を話した次の瞬間、陽子はその場にしゃがみこんだ。


 「ごめん、今日は疲れた。疲労の限界」

 

 「だいじょうぶか?」

 

 翔は陽子のうでをゆっくりと引いて、立ち上がらせた。今は人がいないけれど、いつだれかが登って来たとしても不思議ではない公共の階段だ。


 「歩ける?」


 「うん」


 「今日はもう帰ろう」


 陽子は無言でうなずいた。翔の顔を見てはいなかった。


 「今日も相鉄? それともJRで帰るか?」


 「相鉄」


 そこで陽子を相鉄線の改札まで、翔は送っていった。そこまでの間、陽子は全く口をきかなかった。


 陽子が改札の中へ消えた後、翔は横浜駅に向かうべく相鉄の改札に背を向けた。


 「なんだ、あいつ」


 いかにも感情が抑えきれないという口調で、翔は独り言を声を出して呟いた。そして大きくため息をつき、そのあとも荒い息のままイライラしているとはっきりわかるような足取りでJRの駅の方へと向かった。


 帰ったころに愛美めみからLINEが来た。


 ――[京都、来てます]


     ――[そういえば、行くって言ってたな]


 ――[遠いと思っても、来ちゃうと遠く感じないから不思議]


     ――[そっか]


     ――[今日はどこ行ってきた?]


 ――[一人で嵯峨野]


 ――[ところでよっぴーちゃんとはその後どうよ?]


     ――[なんだか思うんだ]


     ――[よっぴーと会う前の俺って]


     ――[心は平和だったなって]


 ――[なに言ってんの]


 ――[翔さんにとって大切な人でしょ、今は]


     ――[そうだけど]


     ――[だからと言ってやっぱ手放したくはない]


     ――[俺とよっぴーが出会えたのも]


     ――[ゼンコーのおかげだものな]


 ――[なんで?]


     ――[センコーがあの店でのバイト紹介してくれたから]


     ――[俺たちは出会った]


 少し返信に間があった。


 ――[萌え出づるも  枯るるも同じ 野辺の草]


 ――[いづれか秋に あはではつべき]


     ――[なにそれ?]


 ――[今日行った祇王寺というお寺の石碑に書いてあった]


 ――[静かで落ち着いたお寺だったから気にいった]


 ――[それでこの歌が刺さったからメモしてきた]


     ――[どういう意味だ?]


 ――[生い茂っていても枯れたとしても野原の草は]


 ――[みんな同じく秋を迎えるんだって]


     ――[秋か…… 夏も終わりか……]


 ――[まだ暑いけどね]


 翔がため息をひとつついている間に、愛美からはポンと犬のスタンプが来て「おやすみ」の文字もあった。

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