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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
鳥の詩
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 「うみそら広場」のベンチに座る二人の周りにも、多くの人がいた。特に屋上のへりのガラスのフェンス際にはたくさんの人がいて、風景写真をスマホに納めたり自撮りなどをしている。


 「吉野さんがどうしたって?」


 「どうもしない。あの人はちゃんと彼女がいる」

 

 「いつも吉野さん、吉野さんって」


 「吉野さんは悪くない。私の方が……」


 「え? なに? なんだって?」


 「助けて」


 陽子はもう一度呟いた。


 「なんだよ。なんかもうわけが分かんないんだけど」


 「何でもない」


 陽子はゆっくり翔から離れ、笑顔を作った。だがどうにもわざとらしい笑顔だった。そして翔の鼻をちょんと指でつついた。


 「鼻がつぶれてるぞ」


 おどけて言う陽子に翔もやっと笑顔になって、陽子のおでこを軽くデコピンした。


 「おでこ、つぶれてるぞ」


 「だわん」


 陽子は笑って翔の手を軽くはねのけた。

 二人は立ち上がって、港が見える方角のガラスのフェンスの所まで行った。


 「よっぴー」


 「ん?」


 「俺たち、つきあいはじめたころが懐かしいなって思うよ」


 「燃えてたね、あの頃は」


 「なんだよ、今は燃えてないみたいじゃんかよ」


 「それはかっちゃん次第」


 「そうか。じゃあ、もう終わりなんて言わない」


 陽子は黙って翔に腕を絡めてきた。だがその流れで唇を合わせるには、あまりにも明るすぎたし、あまりにも周りに人が多すぎた。人が多くてもみんなカップルならいいけれど、友達同士や家族連れなどカップルではない人々の方が多かった。

 今日は断念するしかなかった。


 そうしているうちに、九月になった。

 陽子とはあれ以来、一週間会っていなかった。保育園でのボランティアがいよいよ本格的に始まるらしい。ほかにもいろいろと忙しいということだ。

 LINEでやり取りしても、リレーはあまり続かなかった。

 あまりにもどかしくて、翔は陽子に音声通話で電話をかけた。


 「どう? 最近忙しい?」


 ――もう忙殺。


 そして沈黙。


「最近会えないから寂しい」


 ――仕方ないでしょ。


「明日とか会えない?」


 ――無理。


 「なんで?」


 ――前から言ってるでしょ。YMCAでボランティア講習会。


 「じゃあ、それ終わってからでも」


 ――何時に終わるかわかんない。


 「じゃあ、近くで適当に時間つぶして待ってるから。終わったら連絡くれればいい」


 ――本当に何時になるかわからないよ。


 「いいよ。で、YMCAってどこにあるんだ?」


 ――関内かんない


 「なんで自分が行くところがわかんないんだよ」


 翔は思わず声を荒げていた。


 ――わかんないんじゃなくて関内だってば。


 陽子もとげのある言い方で返してきた。翔は振り上げたこぶしをどうしたらいいかわからないというような感じで、言葉に詰まった。


 ――実は…


 陽子の声のトーンが、さらに落ちた。


 ――私の方からも話がある。


 「話?」


 ――ここずっと考えていたこと。


 「何?」


 ――明日、会って話す。


 「なんだよ、気になるじゃんかよ」


 それに対する返事はなかった。


 ――とにかく、講習会は午後一時からで、たぶん二時間くらいだと思う。


 「じゃあ三時ごろには関内に行っておくね」


 ――じゃあ、終わったら連絡する。


 電話はそこで切れた。

 翔は荒い鼻息とともに、またスマホをベッドに放り投げた。そして、また一つため息をついた。


 翌日は曇っていた。

 だが陽ざしはなくても湿度が高いようで、蒸し暑かった。

 関内駅の、特に南口改札はごった返していた。今日は横浜スタジアムでベイスターズの対巨人戦のナイトゲームが行われる。だからすでに気の早い人たちは続々と集まり始めているのだ。これが、試合が始まる午後六時近くになったらもっとすごいことになるであろう。

 改札を出た人々の群れは、まっすぐに横浜スタジアムに向かう。

 この時点でまだ陽子からの連絡は来ていないので、とりあえず翔もその人混みにまぎれてみた。おそらく周りの誰もが、翔も野球の試合を見に来た野球ファンだと思っているだろう。それほど、明らかな野球観戦の人は多かった。ユニフォームを模した応援ファッションがあちこちにあふれている。

 アイドルのライブなどと違い、野球観戦の人ごみは老若男女入り混じっている。子供連れも多い。

 駅から右手の信号ひとつ渡ったすぐのところが横浜スタジアムの正面で、内野席のスタンドがここだけ高くそびえている。いちばん高いところは青いフェンスが帯状についていて、そこには「YOKOHAMA STADIUM」の文字が英文字で入っていた。

 その下にはユニフォームを着てバットを構えた野球選手がデザインされた巨大な垂れ幕がふたつ、かなり高いスタンド席の上からいちばん下の入口の上までかかっている。

 球場自体が横浜公園という公園の中にすっぽりと入っている形で、したがって周辺は確かに公園になっている。

 翔は野球観戦の人びとに交じってその公園の部分をぶらぶらしていると、ポケットでスマホの振動を感じた。

 見ると、陽子からのLINEメッセージ着信だった


 ――[もうすぐ終わる]


 ――[カフェで待ってて]


 そこにはそのカフェの名前が入っていた。全国チェーンの有名な店だから翔もその名前は知っていたが、この関内の店はどこにあるのかは知らなかった。

 場所を聞こうとしたが、翔が返信する前に陽子から次のメッセージが来た。


 ――[関内の野球場のある方の改札出て」


 ――[線路に沿って野球場と反対の方へ行くと、右側にある]


 ――[北口改札まで行っちゃったら行き過ぎてる]


     ――[了解]


 翔はそれだけ返信した。

 そして言われたとおり、一度関内駅の入り口に戻り、そのまま歩行者専用道路を直進した。それが切れて車道にぶつかって横断歩道を渡ると、右手のビルの下にそのカフェの名前があった。

 ビルの外付け階段を二階に上がったところがその指定された店だが、カフェというよりも昭和の喫茶店という感じだ。実際階段の下の看板もカフェではなく「喫茶室」と書かれた後に店名が入っていた。

 店内は割と広く、丸いテーブルを低い一人用ソファが四基で囲んでいる席や、二人用の四角いテーブルもいすはソファだった。

 道路に面しては全面ガラス張りのウインドウで、店内は明るかった。昭和の時代から続いているチェーン店だそうだが、レトロ感はなく内装も新しい。

 店内は混んでいて、四人がけの丸テーブルの席しか空いてなかったので、翔はそこに座った。

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