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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
マリンブルー
39/80

 どうにも雲行きが怪しかった。

 午前十一時に待ち合わせ場所である藤沢駅の小田急線改札前にかけるが着いたとき、陽子はまだ来ていなかった。

 今日、翔はJRで来た。バイクで来ても、陽子は今日はバイクは無理だと言っていたので電車にした。電車だと、座れれば目的地まで寝ていられる。

 陽子を待ってしばらくしてから、翔のスマホの着信音が鳴った。陽子からだった。


 ――ごめんなさい。五分くらい遅れる。


 「いいよ、五分くらい」


 ――じゃ、待っててね。


 そんなやり取りの五分後ぴったりに、陽子は現れた。


 「遅くなってごめんなさい」


 もう一度陽子は繰り返した。


 「だから、五分くらいだいじょうぶだって」


 翔は笑って返すと、陽子はにっこりほほ笑んだ。

 二人は小田急線の改札の中へと向かった。


 「どうだった、信州?」


 「いてた」


 「だろうね」


 世の中の不景気と物価高のせいで観光客の足が鈍っていると、昨今のニュースでも言っていた。

 電車はすぐに発車した。学生・生徒は夏休みだけれど平日なので、電車もがらがらとまではいかないまでもそれほど人は多くなかった。

 そして陽子の口数もそれほど多くなく、笑顔も少なく感じられた。


 藤沢からほんの七分くらいで、終点に着く。

 

 「こっちは暑いね」


 片瀬江ノ島の竜宮城の駅舎を出て、陽子は真顔でつぶやいた。 

 

 「やっぱ信州は涼しい?」


 「少しだけね。でも信州でも暑い時は暑いよ」


 たしかにこの辺は、まだまだ残暑が厳しい。

 二人はそんな蒸し暑さの中を、海の方へと歩きだした。国道134号にぶつかっても江の島の方へ向かう地下道はくぐらずに、国道の右の歩道を鎌倉とは反対の方へと歩きだした。

 海も、その向こうの江の島も左の方に見ることになる。ほんのわずかな区間だけではあるが、街路樹がヤシの木だったりしてトロピカルムードを演出している。そんな道を数分歩いて最初の信号で横断した先が新江ノ島水族館、通称「えのすい」だ。

 入口前はちょっとした広場となっている。建物の二階以上の下の一階部分を繰りぬいた形であり、まるで屋根がついているようだ。

 その建物を、丸い柱が何本かで支えている。


入り口の右にチケット売り場があった。有人窓口はいくつもあるけれど、自動券売機は二台だけだった。

 料金表を見ると、学生割引は高校生までで、大学生は大人と同じ一人二千五百円で、結構いい値段だ。券売機よりもむしろ友人窓口の方が混んでいた。


 「じゃあ、チケット買ってくる」


 翔は陽子を列の外に待たせて、券売機でチケットをスマホの電子マネーで二人分購入した。


 「時期によっては大学生も割引あるんだけど、もうそのキャンペーン、今年は終わっちゃったみたい」

 

 申し訳なさそうに、陽子が言った。

 入口はチケット売り場の一番左で、建物の巨大さから見ると、この入場口はあまりにも小さすぎる。入り口には、駅の改札のような台が二台あった。

 入った後の通路も狭かった。すぐ右に折れて階段をのぼり、またしばらく行くと本館だ。ようやく周りに水槽が並んでいるのが見えて、水族館らしくなってきた。

 まずは相模湾コーナー。

 小さな水槽が多いけれど、時々大きめのもある。その一つ一つに立ち止まって陽子は一心に珍しい魚を眺めていた。


 「私、初めてじゃないのに、なんだか初めて来た感じ」


 「小学校の時以来だろ? そんなものだよ」


 翔は笑った。

 たしかに今の館内には、まだ夏休み中とあってほとんどが小学生といっても過言ではない。だから一つ一つの水槽をゆっくり見ようにも、彼らは無遠慮に割り込んできて場所を占拠し、なかなか落ち着いて見られなかった。

 ときどき、小さな丸窓をのぞいて魚を見る水槽もあったりするけれど、そういったところはすでに小学生たちに占領されていて、なかなか順番が回ってこない。まさかそれを押しのけて見るわけにもいかない。

 だから、少し早歩きになった。


 「見て見て、きれい」


 陽子が喜んだのは、おびただしい数の海月くらげの水槽だった


 「海月って刺されたら痛いし海水浴場の天敵なんだけど、こうしてみるときれいだな」


 翔の言葉も、陽子の耳にはあまり入っていないようだった。水槽の中を漂いながらひしめき合う海月たちは、幻想的でさえある。このコーナーは照明もぐっと落とされているからなおさらだ。

 そしてえのすいのメインともいえる相模湾大水槽の前で、二人はたたずんだ。相変わらず小学生とその親が多いが、さすがに大水槽の前はカップルも多かった。


 「ここってよくドラマにも出てくるよね」


 翔の言葉に、陽子もうなずいた。


 「そう。ドラマじゃめちゃロマンチックなシーンに使われるけど、現実ではこうも小学生たちが多かったらちょっとね」


 「でも、前に来た時はよっぴーも小学生だったんだろ?」


 「うん、あんなのの中の一人だった。私も、ロマンチックな雰囲気を台無しにしていた一人いだったんだ。あの時のカップルさんたち、ごめんなさい」


 陽子が手を合わせて謝るしぐさに、翔は思わず最大級に微笑んでいた。

 それからカピパラやカワウソのコーナーだ。


 「なんで水族館に動物がいるの?」


 そんなことを言っていた陽子も、ペンギンコーナーでは「可愛い」を連発。もう「可愛い」以外の語彙力が全くなくなったようでさえあった。

 ラストはイルカのショーだ。

 二人が歩いてきた二階が、ちょうどイルカショースタジアムの観覧席の最上部で円形に段差があって低くなり、一階の高さにショーのプールがある。

 二人が到着した五分後が、ちょうどショーの時間だった。

 あまり前に行くと水しぶきをかぶると翔が言って、中断あたりに席を取った。観覧席はほぼ満席だった。プールは他の水族館のショープールよりも大きいということはなく、小ぢんまり感がある。

 ショーが始まった。

 三頭のバンドウイルカがジャンプなどを繰り返し、トリーターたちがプールに入ってイルカを操り、さまざまな波とともにパフォーマンスを繰り広げていた。

 陽子はそれこそ本当に小学生に戻ったのではないかと思われるくらい歓声を上げていた。

 ショーは十五分ほどで終わった。それと同時に観客は一斉に次の展示の方に移動するので、ちょっとした渋滞となった。

 翔と陽子は二階に戻り、テラスの方へと向かった。

 空は相変わらず曇りがちで、海もそれほど青さはなかった。

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