10
デッキはオーシャンビューで作られており、二人はそこを歩いた。海越しに、江の島の全景がよく見える。
ちょうど昼でもあったので、一度建物の中に入ったところのカフェでホットドッグやアイスコーヒーなどを買った。
ホットドッグはプレーンのほか、チーズ、チリ、ピクルスなどがあり、江の島ならではという感じのシラスドッグなどというのもあった。
そして再び外に出て、デッキに沿って延々と並んでいるベンチに座って海を見ながらチーズとチリソースのホットドッグを二人で食べた。
しばらく海を見たあと陽子はお手洗いに行き、なかなか帰ってこなかった。
やっと戻ってくると、申し訳なさそうな顔で翔に言った。
「ごめんなさい。そろそろ無理」
お腹のあたりを押さえている。翔もすぐに察した顔をした。
「そっか。ごめんな」
「こっちこそ」
「こればかりは男にはわからないからなあ」
二人は館内に戻り、出口に向かって歩きだした。
「もう少ししたら城ケ島行こう」
陽子の方からそう言った。
「でもその前に、ダンス部の合宿がるからまたしばらく会えないけど」
「まあ、しかたないね」
二人は、出口への階段を降りた。
出口は三本アームの回転式バーが二基、右には車いすやベビーカー用のゲートもある。
そこを出ると両側がお土産のグッズショップだ。
「これくらいは大丈夫だから、ちょっと見て行こう」
陽子が言うので、翔も従った。
人が多かったが、それをかき分けひととおり見て回った。
魚や亀、アザラシなどの大小のぬいぐるみやキーホルダー、リアルな魚の形をしたチョコレートなどいろいろ並べてある。江ノ電マグカップなど江ノ電関係のグッズもあった。
左側のショップの奥は軽食レストランだ。
ショップで陽子が気になったのは、ペンギンのぬいぐるみだった。
「じゃあ、今日の記念に」
俺は一つ手に取った。
「え? 買ってくれるの?」
「大きいのはちょっと厳しいけど、小さいのなら」
「やったー」
陽子が喜ぶ顔を見て翔もうれしそうに、反対側のショップのいちばん奥のレジで代金を電子マネーで支払った。
「はい」
陽子に渡すと、さらにうれしそうな顔をする。
「ありがとう。大切にする」
陽子はそのぬいぐるみを抱いて、翔と手をつないで外に出た。
外は入り口と同じ建物の下の広場で、少し離れた向こうにチケット売り場と入り口が見えた。
二人は水族館を背に駅に直行した。
「合宿ってどこ行くの?」
歩きながら、翔は聞いた。
「丹沢」
「いつから?」
「今度の木曜日。あさって」
「いいなあ。俺、何もサークル入っていないから合宿ってないし」
陽子はふふと笑った。
「そうそう、合宿なんで、信州の時みたくLINEできないかも」
「じゃあ、帰ったらたくさん話そう。城ケ島で」
「いいね」
そのうち片瀬江ノ島の駅に着いた。すぐに電車は来たのでそれに乗り、藤沢駅で別れた。
翔は午後が暇になった。
新江ノ島水族館に行ったその日の夜も、そしてその翌日も陽子とははLINEのやり取りがあった。
――[明日から丹沢]
――[行ってくるね]
――[気を付けて、行ってらっしゃい]
――[お土産とか買えないけど]
――[そんなのいいよ」
――[丹沢って何線に乗って行くの?]
――[車に分乗して]
――[車、運転できる人いるんだ]
――[多いよ。あっちの大学の人だけど]
――[あっちの大学?]
――[いつも合同練習してる大学]
――[よっぴーたちの大学だけじゃないの?]
――[言ってなかったっけ?]
――[あっちの大学との合同合宿だって]
――[聞いてない]
つまりは女子大のサークルの合宿ではなく、男子もいるということになる。それを知った翔の顔が少しだけ深刻になったけれど、少しだけため息をついてひとり笑いの微笑を浮かべた。
――[とにかく、気をつけて]
それが、陽子が丹沢に行く前日だった。
翌日からまた、翔にとって暇な毎日となった。そうはいっても、三泊四日で陽子は帰ってくる。
一日おいてその次の日には城ケ島、そしてその翌日はたまちゃんやとみこがアルバイトしているハンバーガー店に遊びに行く約束もしていた。
ただ、翔にとってひとつ気がかりなニュースがあった。
それは南方海上の熱帯低気圧が発達して台風になったということだ。しかもその予想進路が、関東直撃なのだ。
まだ先の予報なのでこれからどうなるかわからないけれどやはり気がかりで、翔はスマホのお天気サイトばかりをしょっちゅう見ていた。
だが、もし直撃したとしてもまだ数日先のこと、陽子はすでに丹沢からは帰ってきているはずの頃だ。
そんな時、久しぶりに愛美からのLINE着信があった。
――[元気してる?]
――[一応な]
――[めみは?]
――[うーん、どうだろう?]
――[元気じゃないのか?]
――[肉体的には元気なんだけど]
――[最近、バンドの練習ないし]
――[なかなか会えないね]
――[それな]
――[私、京都でも行ってこようかな]
――[京都?]
――[うん]
――[あのね 昔から落ち込んでるとふらっと京都行く]
――[ひとりで]
――[おひとり様か]
――[京都は癒される]
――[善幸は?]
――[一緒に行ったりしないの?]
――[行かない]
――[なんで?]
――[善幸とならバンド練習なくても会えるじゃん]
――[そうなんだけど]
返信まで、少し間があった。ただでさえ愛美は返信が早い方ではない。メッセージを送るとほぼ同時に返信が来る陽子とは違う。
――[実は今、ゼンコーさんとは倦怠期]
――[それで落ち込んでるのか]
――[そんなとこ]
――[一時的なもんだろ?]
――[だといいけど]
また少し、間が開いた。
――[満月は欠けることしか知らないのよね]
今度は、翔の手が止まった。
「満月はそうかも……でも、俺と陽子は満月ではなくて坂道だ」
そう口で独り言をつぶやいた。だから当然愛美には聞こえていないし伝わりようがない。
――[とにかく元気出せよ]
――[うん、ありがとう]
――[そのために京都行くのかも]
なんだか他人事のように愛美は言う。そして締めのスタンプが押されていた。
元気よく飛び跳ねる子犬のスタンプだった。
翔もおやすみスタンプを送った。
「♪昇り詰めたら降るしかない坂道
だけど俺たちの愛はいつでも上り坂」
スマホを置いて、自分が作詞した「シルクタッチ」の一節を口ずさむ翔だった。




