7
お化け屋敷の「新・幽霊堂」を出てから、例によって翔は感想を聞いた。
「たいしたことなかった」
さすがに翔は爆笑した。
「いいかげんにしなさい」
陽子もまた笑っていた。
「でもやっぱり、富士急のあの世界一怖いお化け屋敷に比べたら、なあ」
「ってか、かっちゃん、さっきから富士急、富士急って言ってるけど、富士急に行ったの?」
「いや、行ったことない」
今度は陽子が爆笑した。
「いいかげんにしなさい」
さっきの翔の口調をまねて言い、またさらに笑っていた。
それから、昼をかなり過ぎていたので、建物内のコスモコートで翔はエビピラフ、陽子はビーフカレーを食べた。
それから、ダウンタウンと呼ばれる出店が並んでいるエリアに行ってみた。ここは建物の外だから、湿気を伴った暑さがむんむんしていた。
ちょうどお祭りの屋台のような射撃やボール投げ、ワニ叩きなどのアナログ的ゲームができて景品ももらえる店が並んでいる。
ただ神社のお祭りのそれのような臨時的なものでなく、恒常的な建物で、洋風に造ってあった。
「なんか、これはいいかなって感じ」
陽子がそう言うので、翔もうなずいた。
「じゃあ、極めつけ、行こうか」
「極めつけ?」
「今日のメインだよ」
翔は頭上すぐのところを見上げた。そこには大観覧車が大きくそびえていた。
「やっぱここに来たら、あの観覧車がメインだろ」
「最後にとっておいたんだ?」
「まあね」
陽子は笑った。
しかしチケットはもう残高が二百円分しかなく、観覧車の二人分料金に千六百円不足だった。
ちょうどこのダウンタウンにチケット売り場があったので、百円単位で買える単券を千六百円分買った。
大観覧車の乗り場を探すと、最初に乗ったジェットコースターの「バニッシュ!」の乗り場のすぐそばだった。
二階のデッキ通路にエスカレーターで上がると、すぐそこから階段で四階の屋上、まで上る。そこが乗り場だ。
ここまでの案内板によると、大観覧車は「コスモクロック21」という名称のようだ。
「確かに観覧車の真ん中にでかいデジタル時計があるな」
翔が納得したようにうなずくと、陽子は少し怪訝な顔をした。
「かっちゃんは地元なんだから、しょっちゅう乗ったんじゃないの?」
「いや、それが初めて」
「うそ」
「観覧車自体はしょっちゅう、いやというほど見ているけど乗るの初めて」
「意外」
翔は笑った。
「観覧車なんて小さな子供のいる家庭か、女の子同士の友だちか、デートとかじゃないと地元の人は乗らないよ」
「じゃ。今日はデートだから乗るんだ」
乗り場にはすでに十数組の列ができていた。平日の昼間だけど夏休みだけあって、思ったより混んでいた。
途中で列は一般ゴンドラとシーするゴンドラに分かれていた。
「どうする?」
翔は陽子に聞いた。待機列は一般ゴンドラの方が圧倒的に長かった。だけれども、ゴンドラは次々に来るので、流れは速い。シースルーの方は巨大な観覧車の多くのゴンドラのうち二基しかないから、列はほとんど進んでいない。
「料金は同じだって」
案内板を見ながら、翔が言う。
「シースルーって全部ガラス張りでしょ?」
二人は、列の分岐点で立ち止まっていた。
「ガラスってわけじゃないだろうけど、上も下もスケルトンのゴンドラみたいだね」
「じゃあ、まるで温室みたいに暑いんじゃない?」
「空調は効いているだろうけどな」
たしかに炎天下だ。シースルーだと直に直射日光を浴びてしまうことになるだろう。
「普通のでいいよ」
陽子がそう言うので、普通のゴンドラの列に並んだ。
順番が回ってくる直前で、係員が声をかけてきた。
「記念写真はいかがですか?」
翔が陽子を見ると、陽子は首をかしげた。
「わざわざ取ってもらわなくても自撮りで撮ればいいし、ゴンドラがいちばんてっぺんに行ったときとか、ゴンドラ全景と一緒にとかの方がいいよ」
「そうだな。それに八百円は高すぎる。
記念写真はスルーして、二人はゴンドラに乗り込んだ。青色だった。
「なんか紫だったら恋が叶うって話あるけどな」
翔が言うと、陽子は笑った。
「もう叶ってるから、いらないでしょ」
「たしかに」
二人は青いゴンドラに乗り込んだ。
ゆっくりとゴンドラは上昇する。ジェットコースターの「バニッシュ!」のレールがどんどん下になっていく。そしてコスモワールド全体、ひいてはその向こうの臨港パークから見ていたあの海やベイブリッジがはっきりと見えてきた。
「めっちゃきれい」
陽子が嬉しそうにはしゃいでいた。
だが、どうしても下に見下ろせないものもある。それはランドマークタワーだ。ゴンドラがかなりの高さまで来ても、まだまだはるか上からランドマークタワーからは見降ろされていた。
「そっち行っていい?」
陽子が聞いてきた。それまで向かい合うかたちで座っていた二人だったが、翔の返事も聞かずに陽子はゆっくり立ち上がって席を移動した。
ほんの少し重心が動いたけれど、そんなに大きくゴンドラが傾きはしなかった。
「これが、俺が生まれ育った町なんだよ」
翔が景色を見ながらつぶやいた。
「いいなあ」
「藤沢だって江の島とか海とかいろいろあるじゃん」
「そういう意味じゃなくて、藤沢にはこんな高いところから町全部を一望できるところなんてないから」
「江の島のてっぺんになんか展望台みたいなのあったじゃん」
「シーキャンドルね。でも、行ったことない。その下の公園までなら小学校の校外活動で行ったけど」
「ほら、地元だとかえってそんなものだろ?」
翔が笑った時に、ゴンドラは頂上まで来たようだ。
二人はそこで自然と唇を重ねた。
そしてすぐに翔は笑った。
「なんかベタだなあ。ドラマや漫画でよくあるシーンだよな」
「でも、頂点でキスしたら恋が叶うとかいうのないの?」
「あるよ。でも、もう恋は叶っている」
先ほどの陽子の理屈がそっくりブーメランだ。陽子は笑った。
「でもさあ、キスをしたら恋が叶うんじゃなくて、恋が叶ったからキスできるんじゃない?」
「たしかに」
翔が笑っているうちに、もうゴンドラは下降を始めた。
下に着いて降りるまで、十五分ほどだった。
「次は動物園か水族館にしよう」
ゴンドラを降りて歩きながら、陽子は言った。




