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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
マリンブルー
31/80

 ライブも終わってひと息ついた翔は、そろそろ財政も厳しくなってきたのでアルバイトを始めた。閉店後のデパートの階段の清掃のバイトだ。

 チーフのおじさん一人と、あと翔を含めた三人は学生のアルバイトだ。一人は関西弁がやたらきつい少し年上の人だったが、もう一人は偶然にも翔と同じ大学の学生、しかも同級生だった。だが、学部は違っていた。

 久々に大学の話などしたものだから、翔はふと思い立って大学の同級生の北条正彦に連絡を取ってみた。

 

     ――[ジョー、元気か?]


 翔はいつも北条をジョーと呼んでいる


 ――[久しぶり]


     ――[毎日何やってんだ?]


 ――[バイトとサッカー]


 ――[彼女とはうまくいってるのか?]


 そいえば、最初に陽子のことを知らせたのもこの北条だった。


     ――[心配するくらいうまくいってる」


 ――[どういうふうに?]


 ――[もうやったのか?]



     ――[うるせえ]


     ――[なんですぐそういう話になるんだよ]


 ――[俺ん時はめっちゃあせってたよな]


 ――[ブラジャーを下にひぱって脱がそうとしたし]


     ――[誰だよ相手は]


     ――[俺聞いてねえぞ]


 ――[高校の時に付き合ってた女だよ]


 ――[今は俺フリーだけどな」


     ――[彼女の友だち紹介しようか」


 ――[今の俺にはサッカーがあるからいらね]


 ――[そういえば三浦が誰か紹介してくれって言ってた]


 三浦というのも大学の同級生だ。北条とともにいつも翔とつるんでいる。


     ――[わかった。聞いてみる]


 ――[おう」


 やり取りはそこで終わった。



 前日までの猛暑が、この日は少しやわらいでいた。空は曇っていて、予報でこそ降水確率0パーセントと出ているし、雨雲レーダーでもしばらく雨は降らないとのことだったが、いつ降ってきてもおかしくないような空模様だった。

 予報がそんなでも、いつゲリラ豪雨が来るかわからないこの頃だ。 

 

 「三人とも来ないって。みっちゃんもたまちゃんもとみこも」


 JR藤沢駅から小田急線の改札へ向かう階段を降りたところで待ち合わせた翔に、姿を見せるとすぐに陽子は言った。


 「なんで?」


 「天気悪そうだからって」


 「だって俺の友だち、もう片瀬江ノ島に来てるぞ」


 「そうなの?」


 「たまちゃんが誰か紹介してくれって言ってたって言うし、俺の友だちも同じこと言ってたから誘ったんだけど」


 「何人?」


 「一人」


 「三人が来ないんならどうだろうなあ。聞いてみる」


 翔はスマホを出して、三浦のLINEから音声通話で呼び出した。

 出なかった。


 「今、電車の中かも」


 そこで、陽子の友だちが来ない旨をLINEで知らせた。だが、なかなか既読はつかなかった。


 「今朝になって電話来るのよ、とみこから。そしていつの間にか三人とも来ないって話し合いがついてたみたい」


 「ええ?」


 「だから分かったよって言って電話プツって切ってやった」


 そう言って陽子はけらけら笑う。


 「とりあえず連絡とれないから行こうか」


 「うん」


 いつものように二人は手をつないで、小田急線の改札を抜けた。


 片瀬江ノ島の駅は、翔にとっては前にSUPをやりに来た時以来だ。相変わらずド派手な竜宮城の駅舎の下の改札を出たところに、三浦敏生(としき)はもう来ていて紙袋を下げて立っていた。

 髪はそう長くなく、眼鏡をかけている。


 「よお」


 三浦は翔を見ると、にこにこ笑って手を挙げた。陽子がぴょこんと頭を下げた。


 「三浦、わりい。今日、こいつの友だち、来ないんだ。今朝になってこいつのところに電話が来たって」


 「え?」


 三浦の顔が瞬時に曇った。


 「来ないのか? 期待してたのに」


 「申し訳ない。さっきそのことLINEしたんだけど」


 「あ、見てなかった」


 「申し訳ない」


 「じゃあ、俺、帰るよ」


 三浦は翔に言った。


 「待って。せっかくはるばる来たのに」


 「はるばるって、俺ん平塚だし」


 「藤沢で待ち合わせにすればよかったな。こいつの友だちたちみんな藤沢で小田急線降りないっていうからここにしたけど」


 「もう一度電話してみます」


 陽子がスマホを出し、二人に背を向けて通話していた。そして振りかえって言った。


 「とみこはやっぱり来ないって。待って、たまちゃんにも電話してみる」


 「あ、いいです。やっぱ帰ります」


 三浦が陽子に言った。


 「せっかく来たんだから、海、行こうぜ」


 「行きましょう」


 陽子も三浦に笑顔で言った。


 「それとも、こっちの方で誰か今から呼び出してこないかなあ」


 翔が言う。三浦は首を横に振った。


 「誰も来ないだろう。行こうか」


 翔は陽子といつものように手をつないで、江の島大橋の方に向かって歩きだした。その後ろを三浦が一人でついてくる形になった。

 この日はSUPだと三浦が初心者でインストラクターもいないことから、普通の海水浴ということになっていた。


 「三浦、前に来いよ」


 後ろを歩く三浦に翔が気を使って声をかけたが、三浦は首を横に振った。


 国道134号をくぐる地下道を経て、今日は目の前の片瀬東海岸の海水浴場の砂浜に降りた。今日もまた、それほど海水浴客はいなかった。


 「人、少ないねえ」


 翔が言うと、陽子は笑顔で答えた。


 「天気もあれだし、それにそろそろ海月くらげが出るころだし」


 だから、建ち並ぶ海の家は客の呼び込みに必死だった。


 「そちらのカップルの方、うちへいかがですか?」


 客引きのおばさんが翔たちに声をかける。そしてすぐに後ろを歩いていた三浦にも声をかけた。


 「そちらのおひとり様もいかがですか?」


 それを聞いて、翔は笑った。


 「なんか三浦、別個にされてる」


 三浦は少しムッとした顔をしていた。

 それから三人そろって、いちばん手前の海の家に入った。砂浜での人出はそれほどではないけれど、海の家はかなり混んでいた。結局はビーチで過ごしたり海で泳いだりよりも、海の家で過ごすのが目的で来ている人たちも多いようだ。それならば海月くらげも関係ない。

 入った海の家は「KATASE BEACHHOUSE」という看板が出ており、柱も壁も純白だ。外側側面には浮輪やビーチボールなどを売っているスペースがあり、中は右側に男女の皇室やシャワー室で、左側は厨房だ。

 海側に突き出た部分は丸いテーブルに腰掛けの席がいくつかあって、それぞれにビーチパラソルが立っている。砂浜との仕切りは腰くらいまでの、何本もの杭に支えられた白い手すりだ。

 見渡すと、どの海の家も白が基調になっているものが多かった。

 奥の屋根の下は一段高い座敷席だった。

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