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ソルティ・レモネードと白い夏  作者: John B. Rabitan
シルクタッチ
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30/80

10

 翔は陽子の表情をうかがいたかった。だがスポットライトを浴びているステージの上からは、表情までははよく見えない。


 「『元町メモリアルストリート』。聴いてください」 


 タイトルから地元の歌だと分かった観客は一層歓声を上げた。だが、MCだけではなく、歌のひと言ひと言も翔は陽子に向けて歌い上げていった。

 愛美の電子キーボードとドラムが合わさって、イントロが始まった。


 ♪また少し気取った心で

  この町に風が吹く

  まぶしすぎる季節の中

  元町そんなきらめきの通り


   見慣れた外国人墓地を 

   雨が包む日曜日

   港町のざわめきを 

   すべてすべて呑み込め

 

  元町メモリアルストリート

  おまえとの愛の記念の通り


 (間奏はイントロの繰り返しだ)


  ふと何気なく振り返ってみると

  そこには光を放ち

  まぶしすぎるおまえの瞳

  元町そんなときめきの通り


   いつまでもおまえがいてくれる

   そんなことを忘れたくはない

   たとえ季節が変わっても

   おまえを手放したくはないから


  元町メモリアルストリート

  おまえとの愛の記念の通り


 (ここで翔のギターソロが入る)


   この夏の雨の中 熱い心を

   おまえもきっと忘れないで

   この日付 この時間

   永遠《とわ》に心に刻んでおこう


  元町メモリアルストリート

  おまえとの愛の記念の通り


  元町メモリアルストリート

  二人だけのポートタウン


 デモテープではイントロが繰り返されるエンディングがフェイドアウトして終わりだが、ここでは短いドラムソロのあとに一斉にギターとキーボードがかき鳴らされて終わった。

 喝采の中、陽子の姿を見ると、心なしかその瞳に涙が光っていたような気が翔にはした。だが暗くてよく見えないはずだから、気のせいかもしれなかった。



 ライブは大成功だった。

 ほぼ完売状態だったので、その入場料収入で会場費は賄えた。残りは出場した四つのバンドでで分配だが、一つのバンドに数千円の額だった。

 「象の鼻」ではそれをメンバーでさらに分けるということはせず、今日の打ち上げの費用の足しにすることになった。

 会場のあとかたずけと撤収、清掃などを行うと、もう外は暗くなっていた。


 「よっぴーも来いよ」


 ライブが終わっても帰らずに残って陽子に、翔は上機嫌で声をかけた。


 「私、部外者なのに?」


 「部外者じゃない。十分に関係者だ」 

 

 翔はそう言って、親指を立てて見せた。


 「ドラムの人の彼女も来るから」


 陽子はそれを聞いて承諾した。

 音楽通りを桜木町駅の方へ行くと、その両側に何軒か居酒屋がある。予約していたその中の一軒に七人で入った。

 居酒屋といってもこのあたりの店はひと昔前のサラリーマンのおじさんがたむろしているようなのではなく、レストランとほとんど変わりない内装のおしゃれな造りになっている。

 そこは個室のある店で、七人は個室席に入った。

 陽子はそこへ入る前に、翔に耳打ちしていたことがあった。それは、健太の彼女がどうもどこかで見たことがあるというのだ。

 テーブルにつくと、さっそく陽子はその彼女に出身高校名を聞いた。そしてその返事に驚いた。


 「同じ高校じゃないですか」


 「やっぱり。そうじゃないかと思ってました」


 聞くと一年先輩で、陽子が今通っている大学の付属高校だけど、その人は別の大学に行ったとのことだ。

 そのいきさつに、同席していたみんなが驚きの声をあげていた。

 料理が運ばれてきた。陽子だけが二十歳以下だが善幸も車なのでその二人がソフトドリンク、ほかはみんなビールで乾杯した。健太の彼女、山葉郁代は先月二十歳になったばかりだそうだ。

 みな酔いが回り始めたころ、急に改まった感じで善幸が皆に話があるといった。隣には愛美が座っている。

 そして、善幸と愛美が付き合っていることが公表された。そのことをすでに知っていた翔はわざとらしく驚いて見せたが、健太は笑いを浮かべた。


 「何となく気づいてたよ」


 そこで爆笑となり、それから全員で拍手で祝福した。


 「俺だけがおひとり様かよ」


 笑いながら駿が言った


 「気楽でいいじゃないかよ」


 そう言う健太の隣で、郁代が「ん?」という顔をした。その様子にまた皆で爆笑した。


 店を出たところで、解散となった。今日は愛美も善幸が車で送るという。今までは二人の関係がばれないように控えていたのだが、これからは大っぴらだ。

 地下鉄への降り口で、健太が翔に耳打ちした。


 「どうせすぐ帰らないんだろ?」


 翔は笑ってごまかした。


 二人きりになると、翔と陽子ははすぐに手をつないで歩いた。


 「帰りたくない」


 陽子までがそう言う。


 「いいけど、どこに行く?」


 「公園」


 翔は少し考えてから、陽子の手を取って歩いた。駅を抜け、以前に行った汽車道の入り口のところまで歩いたが今日はそちらへは行かず、その左のスロープを下った。

 そこは運河沿いの歩道になる。日本丸越しにランドマーク・タワーが見下ろしている。しばらく行くと少し盛り上がった芝生の広場もあり、運河を望む際《きわ》にいくつかのベンチがあった。

 ほとんどがほかのカップルに占領されていたが、やっと一つ空《あ》いていた。

 運河の対岸のコスモワールドのあたりは、光の渦だった。その上にそびえているのが大観覧車だ。

 帆船の帆を模《かたど》ったグランドインターホテルと並んで立つ観覧車はさまざまな色に彩らており、時間とともに変化するので見ていて退屈しない。

 本当に周りはカップルばかりだ。芝生の上に寝転んでいるカップルもいる。

 陽子はベンチではつないでいた手を放して、翔に腕を絡ませてきた。


 「曲、どうだった?」


 翔が聞いた。


 「感動。めっちゃエモかった。それに……うれしかった」


 そのまましばらく観覧車を見ていた後、陽子が絡ませた腕に少し力を入れた。


 「この腕、ほしい」


 「何言ってるんだよ。この腕はとっくにおまえのもの」


 「腕だけじゃいやだ」


 「もちろん、俺の全部がおまえのものだ」


 陽子の方から体を密着してきた。二人の顔が近づいた。

 そしてくちびるを合わせた。前の七里ガ浜の花火の時はほんの一瞬だったけれど、今日は十分に時間をかけた。

 周りに人はいたけれどほとんどがカップルだし、どうせ同じようなことをしているから気にもならなかった。

 観覧車の側面にある巨大なデジタル時計は、間もなく夜の八時であることを知らせていた。


 「やっぱ、帰りたくない」


 陽子は両方の腕を翔の腕に絡ませ、その胸に顔をうずめてきた。

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