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昼下がりの桜木町駅南改札で、すでに陽子は一人で来て立っていた。
小走りに寄っていく翔の姿を見て、その顔はぱっと輝いた。
「待たせた、ごめん」
「ううん、だいじょうぶ」
「リハーサルは終わった?」
「小休止だから抜けて、おまえを迎えに来たんだ」
翔もにっこりと笑った。
「いよいよ当日だからなんか緊張してたけど、よっぴーの顔を見たら少し落ち着いたよ」
二人は歩きだした。
途中歩きながら、翔は陽子にチケットを渡した。
「これ、今日のライブのチケット」
片手で握れそうな濃いピンク色の画用紙のような紙質のチケットで、単色で文字が印刷されていた。
まずは―Fly! Tomorrow!!―などという小さな文字の下に大きく翔たちのバンド「象の鼻」が所属する音楽サークルの名称が入り、「First Concert」の文字とこの日の日付が入っていた。そして「Produce by ~」の後ろにはサークルを束ねている音楽ポータルサイトの名称が入っていた。
半券の部分に印刷されているチケット料金は、2500円だった。
「あ、代金払わなきゃ」
陽子が言うと、翔は笑って手を振った。
「それはだいじょうぶ。よっぴーはあくまで関係者。関係者席はないけど」
「いいの?」
陽子はうれしそうだった。
チケットの裏には、桜木町駅からライブ会場までの略図が印刷されている。
翔のバンドのライブは、いつも練習をしているスタジオから近い。駅からだとむしろ手前になる。歩いて五分くらいだ。
地下道で国道16号と新横浜通りをも一気にくぐり、最初の角を右折。そこがいつも練習後のランチに利用していたイタリアンバルに通じる音楽通りだ。
そのイタリアンバルと同じ並びの数ブロック手前が、今回のライブの会場となる「ライブハウス・ラズベリー」だ。
四階建ての建物で、入口は小さい。その入口以外の一階は居酒屋が入っていて、その大きな赤ちょうちんの方が目立つ。「ラズベリー」の看板は、注意していないと見落としてしまうくらいだ。
入り口を入るとすぐに階段で、上がった二階がライブ会場だ。
そのドアの前に小さなテーブルがあって、そこに愛美が座っていた。小規模なアマチュアのライブなので、入場スタッフも出演者がやるのだ。
翔が陽子を紹介すると、愛美はにこにこして立ち上がった。
「あら。彼女さん?」
翔が陽子を紹介した。
「よっぴーです」
「翔さんと同じバンドの小野田愛美です。今日は楽しんで行ってください」
「はい」
陽子は微笑みながらチケットを差し出した。
「あ、別にいいのに」
「いや、一応形だけ」
横から翔が口をはさんだ。
愛美は陽子のチケットを半券を切り取った。
翔がエスコートして、陽子を会場へと招いた。それほど広くはなく、椅子は四基ずつ左右二列、それが三列だから二十五人も入れば満席だ。すでに半分くらいは席が埋まっていた。
「自由席だから、好きなところに座って」
陽子は二列目の左端に座った。ステージはそんなに高くなく、フロアより段差が一段あるくらいだ。向かって左にはドラムセット、右には電子キーボードとグランドピアノが設置されていた。
たとえ最後列であってもステージはすぐそばだ。席に着いた陽子の隣で、翔は立ったまま声をかけた。
「じゃあ、俺たちは二グループ目だけど、全曲しっかり聴いていって。特に俺の作詞した曲は、詞をしっかり聞いてな」
「うん、めっちゃ楽しみ」
「全曲オリジナルだから」
「すごい」
「実はカバー曲やると、著作権の関係で手続きとかめんどういんだよ。じゃ、俺まだ、打ち合わせとかあるから」
翔はそれだけ言い残して、四階のリハーサル室兼控室へと階段を昇って行った。
約十五分後、ライブが始まった。席はほぼ埋まっていた。
まずは「スタービーチ」というバンドで、ライトロックの曲が続き、最後のバラードが受けが良かった。総立ちの観客は、一曲ごとに歓声が上がった。
そしていよいよ翔たちの「象の鼻」の出番となった。ハマっ子でなければ、なんでそんな名前つけたんだと思われそうなネーミングのバンドだ。
まずはいつものオープニング曲、善幸のギターボーカルで善幸自身のオリジナル曲「青すぎる海に沈んで」が披露された。
続いて愛美のピアノ弾き語りのバラードだった。
そしていよいよ、翔が作詞した曲が披露される。ボーカルは作曲者の善幸だ。
「皆さん、このリズムでクラップお願いします」
リズムは「ウンチャチャ ウンチャ」という感じだ。
「聴いてください。『陽ざしの中で』」
短いイントロのあと、すぐに歌が始まった。
♪ねぇお願いだから そんなに黙らないで
夏の陽ざしの中 笑ってくれよ
そんなに沈んでいると いつもの君らしくないよ
何か悩みごとがあるのなら打ち明けてほしい
夏の光は 二人のために
君の瞳 とても
光っているよ
いつもの君のように 笑っておくれよ
陽気にはしゃぎまわる 君が好きなんだよ
(ここで間奏。そのあと愛美の電子キーボードが入る)
♪夏の光は 二人のために
君の瞳 とても
光っているよ
いつもの君のように 笑っておくれよ
陽気にはしゃぎまわる君が好きなんだよ
陽気にはしゃぎまわる 君は陽ざしの中で
大きな拍手が会場に響いた。
次は翔がギターを持ったままマイクの前に立つ。
「二曲ほど、僕のオリジナル曲で、そして最新の曲です」
まずは軽快なドラムソロの短いイントロから始まり、翔の声が会場に響いた。
♪シルクタッチ いま愛を
シルクタッチ 感じてる
永遠に
頭の中で 考えただけの愛は
もう終わりにしよう 今は
二人が限りなく 人間らしくあるために
力の限りおまえを愛して見せる
たとえこの身をなげうっても
おまえを放したりはしない
本物の愛に向かい 俺たち 歩き始めよう
シルクタッチ いま愛を
シルクタッチ 感じてる
永遠に
のぼりつめたら 下るしかない坂道
だけど俺たちの愛は いつでも上り坂
明日という日々 二人の前に
まぶしいほどの光を放ち
二人で歩いて行くなら
怖いものなんてない
おまえの手のぬくもりに
いま感じているのは
シルクタッチ いま愛を
シルクタッチ 感じてる
永遠に
シルクタッチ いま愛を
シルクタッチ 感じてる
永遠に
やはり総立ちで大歓声だった。翔から見てサイリウムの光がきれいだった。
「次の曲が最後の曲です。これも僕のオリジナル曲で、やはり最新の曲です」
翔は観客に言った。




