20/1「グラスノーツ事件」
グラハム・D・マッキンリーの歴史講義「英雄」
英雄。歴史舞台に姿を現し偉業を為すか、あるいは悲劇的なドラマを演じる者達。彼らは多くの場合でそのドラマと最後によって語られることになる。歴史においてはいきなり登場して、そのまま退場してしまった人物も珍しくない。もちろん彼らにも生まれと終わりがある。最初から英雄であるわけではないし、英雄のままで終わるとも限らない。むしろその人生の大半を英雄ではない私人として生きていただろう。歴史においてそれが鑑みられることはあまりないがね。
正直なところ私は英雄と言う表現は好きではない。その表現はその人の本質を表しているとは思えないからだ。英雄が英雄ではなかった時間。私人が英雄へと至るまでの過程。あるいは英雄から私人へと戻る過程。そこにこそ人としての彼らの本質があると私は考えている。ま、これは悪役にも言えることだがな。
さて、私の授業も中盤に入るところだが、ここで少しばかり時間を遡ろうと思う。英雄とも悪役とも言われた男。その前日譚と言える事件の話だ。
20/1「グラスノーツ事件」
コウサカ・レオノール・ホロクが歴史に姿を現すのは第二次星間大戦勃発の前、305年に遡る。
太陽系最強と称されるWOZ軍で起こった内紛、再編成劇を治めた人物にコウサカ・ホロク家の分家マイラ家出身であるレオノール・マイラ・ホロクの名が見られる。グラスノーツ事件としてWOZ内で語られるこの事変はWOZの秘密主義と相まって諸国にほとんど情報が出回ることはなく当初は注目されていなかった。
当時のWOZ軍は大きく3つの軍に分けられていた。WOZの名と体を為す3国。ウォルシュタット、オストベルグ、ザルツカンマグートら3国の軍。当然ながら最大勢力であるウォルシュタット軍がこの中ではもっとも強大で立場的にも上位だった。WOZ発足当時これらの軍はバラバラに権益を保持していたがこれらの派閥化を懸念した軍務局は3国の統合政策の基調に乗って3軍の統合を促進しようとする。便宜上の呼称として陸軍、海軍、空軍と呼ばれるようになり各軍の勢力も均一化されその垣根も取り払われるようになっていった。しかし各軍が持っていた権益は残り続けた。軍としての組織が統合される一方で本来なら軍務局に移管されるべきそれらの権益は軍関係で勢力を振るう貴族たちに隠匿され密やかにやり取りされることになる。これら軍務局の管理から外れた権益はやがては当の3軍にすら把握できない形で飛散しWOZ史上最大の内紛劇の土台を育むことになる。
3軍を舞台にしたこれらの権益を巡る貴族間の争いは形、相手を変えて長年に渡りWOZ軍を蝕んだがそれが貴族間で済んでいた間は軍務局も手出しすることができなかった。この争いは時がたつにつれて各貴族の基盤となる軍に区切りをつけることになってしまう。3国軍を統合したはずであったのに権益が貴族間の手に渡ってしまったことでいつの間にやら陸・海・空の3軍の派閥化は旧態以前を上回って進行してしまうことになったのである。
この状況を憂慮したのが3大貴族の一角であるオスロだった。オスロは旧来より国防に関わる貴族とのつながりが深い。当時の当主であるエフゲニー・エルロン・オスロはギガンティアからの本格的な介入の前に対処が必要と考えた。そこでオスロは格別の縁を持つオストベルグ海軍を基盤とするナガミネ・アンダーセン家と稀代の戦術家コウサカ・レオニードを輩出したコウサカ・ホロク家という軍事貴族の名門2家と共に密かに状況打開を図るようになる。そして当時の海軍長官セオドア・ナガミネ・アンダーセンとその麾下にある青年将校らに結果として格別の待遇を与えることになった。これが305年頃の話である。
この時点では後のコウサカ・レオノールの名は見られない。当時のレオノールはこの時点において一介の士官候補生でしかなく、「コウサカ」でもなければ「ホロク」ですらなかった。誤解されがちであるがコウサカ・レオノール・ホロクはホロク家の当主ではない。コウサカ・ホロク家は本家以外の分家を多数抱え、その中からこれと言える優秀な者にホロクを名乗らせ、軍に送り込んで名を上げることを常套手段としている。ホロクが優秀な軍人であるなら、ホロク家はその養成機関のようなものだった。レオノールもまた多数ある分家の出身であり、多くいるホロク候補の一人に過ぎなかったのである。
この当時、ホロク家においてこの件の実働者とされていたのはミハエル・リンド・ホロクと呼ばれる若い士官である。年齢は26歳。ホロク家の分家出身。若く、家柄的にも低位である。このような人材が名門軍事貴族たるホロクの代行者だったのは当時のホロク家の主たる者達も権益を隠し持っている側だったためと言われている。いずれにせよ多くの貴族にとってオスロの動きへ関与することは藪蛇と映っていたようである。
半ば捨て駒として抜擢されたミハエルはホロク家からのバックアップをほとんど得ることができない状態であったがそれゆえにしがらみに縛られない立ち位置にあった。この立ち位置を逆用するようにミハエルはWOZ軍における若手の中でも特に風下、日陰、の者達をまとめ上げて改革勢力を作り上げた。ポイントオブソード、POSと呼ばれる若手グループはオスロ、ナガミネを後ろ盾として、軍改革という名目を武器に内部監査を行い軍組織の実態を暴き、軍事貴族らの跳梁を睨みつけてポインターの蔑称と共に疎まれることになる。
当初、オスロが指向していたのは緩やかな改革である。その基本構想は拡散した権益の集積と再分配を基本としており、組織構造の抜本的な変革までは含まれていない。つまりこれまでのWOZ軍の体制を踏襲することを前提としていた。
一部からは日和見とも言われた構想だったがそうせざる得ない理由があった。この時点でオスロはもちろんのこと誰一人としてWOZ軍の権益実態を把握しきれていなかったのである。これらを無視した強硬な改革推進は却ってそれらの権益を暗没化させる恐れがある。またこれらの権益の中には所持している当人がそれと認識していないケースも多い。まかり間違えば巻き込む必要のない貴族までも権益争いに巻き込みかねないのである。まずは細切れになった組織の権益構造を洗い出すことが優先されるべきであり、そのために既存勢力の懐柔とも言える融和策が取られたのである。
オスロはまず小さく、影響の少ないであろう既得権益を選び、それを握っている貴族に返上伺いをすることを提案し、一時的に軍務局に帰属させ、形を整えた後にギガンティアより下賜するという例を作った。貴族に部分的に権利を認めることによって自主的な権益の返上を促したのである。
実際にこの頃にいくつかの貴族にそれが認められている。これによってこれまで秘匿されていた権益構造が徐々に姿を見せ、一部はあるべき場所に戻されることになった。しかし秘匿された権益の顕在化はそれを持つ者を否応なく改革に巻き込むことにもなった。これらの勢力は一つ一つは決して大きくはなかったがオスロ、ナガミネらの想像を上回って多岐に渡り、その中に当時のギガンティア騎士も含まれたいたことにオスロは驚愕する。これらの従来無関係と思われていた勢力が権益争いに巻き込まれることで事態は思わぬ方向に向かう。
ある種の必然としてこの融和策を好機と捉える者が生まれた。自らが手にしている手札を高く売ろうとする者や、集めようとする者達。ある者は改革策を逆用して隠してきた権益を公的に自分たちの物とするために画策し、ある者はより高く買う者に売り渡した。
結果、意図した通り顕在化した権益は、意図から外れて偏った形で帰結することになってしまった。つまり、特定の軍事貴族勢力に集中してしまったのである。
父のやり口は手ぬるかったと言わざる得ない。
後にオスロの一人娘カタリナが口惜し気に語る通り、オスロの方策は諸勢力を増長させる結果となり舞台に不必要なキャストを生み出してしまった。
その代表的な勢力が当時のザルツカンマグート空軍長官カーショウ、WOZ軍務局事務総長マルコス、さらに参謀総長ミズノの3勢力である。これら3勢力の急伸は改革を主導するナガミネの海軍派を圧迫。そもそも改革に乗り気ではなかった陸軍派を隅に追いやることになった。
事態は誰にとっても望まざる形に展開していた。混沌として実態の掴めていなかった勢力争いが権利を洗い出し、整理しようとしたことで特定勢力に収束。目に見える形で顕在化してしまったのである。各勢力共に大きくなりすぎ、それぞれが持ち寄った利権を守るために、引くに引けない状況になった。ただし急伸勢力が大きく3分されていたことでしばらくは膠着状態が続いた。オスロらとしてはこの間に緊張を緩和させたいところだったがまもなく思わぬところで糸は切れてしまう。
事務総長マルコスが突然病死したのである。この病死に事件性はなかったがこれによって後継のいないマルコスの抱えていた勢力が唐突に宙に浮く結果になった。当然取り合いになる。オスロは即座に海軍長官ナガミネにこれを掌握する指示を出し、後任の事務総長にナガミネ系列の者を配置。かねてより査察を行っていたPOSが事務総長派の勢力を半ば拘束する形で抑えた。迅速な対応によって元のマルコス派の多くはナガミネ派として吸収され懸念されたマルコス派の拡散分裂は起こらなかった。しかしこの強硬手段が非常にマズい状況を作り上げた。マルコス派を取り込んだことでナガミネ派が勢力争いの当事者になってしまったのである。
さらにナガミネ派の強引な接収に反発した一部が事実上の敵対派閥であるカーショウとミズノの派閥に一部取り込まれてしまった。これによってナガミネ派の吸収した勢力の内部情報を両派は手にしてしまう。ナガミネは弱みを握らせた状態で両派と相対する立場となってしまう。
このことはナガミネだけでなく、オスロの動きまでも制限することになった。引き入れてしまった手前ナガミネは旧マルコス派を切り捨てることもできなかった。元よりのナガミネ派との間に意識差がありナガミネ派は旧マルコス派の扱いに苦慮、不安定になる。一方でナガミネに対して有効な武器を手に入れたカーショウ、ミズノの両派はこれまでの改革の主導権を握ろうと半ば共同戦線を張り、ナガミネ派は追い込まれることになった。
このままではオストベルグ随一の軍事貴族としての地位すら危うくなると恐れたセオドア・アンダーセン・ナガミネは改革の前進など考えていられる状況ではなくなり改革よりも軍内での主導権確保に奔走するしかなくなる。これはアンダーセン自身の保身の意図もあったが彼自身の持つ勢力を守るため、さらには抱えていた旧マルコス派を抑えるためにもやむを得ない方針だった。
この状況にもっとも危機感を抱いたのはPOSの将校たちである。守るべきものもなく、また守られる側でもない彼らにとっては軍改革こそが唯一の拠り所である。改革がとん挫するならまだいい。だがカーショウやミズノがナガミネを退けて改革を引き継げばこれまでより強力な貴族体制が構築されかねない。改革の前進どころか大幅な後退。その体制下でもっとも風下に置かれることになるのは彼らなのは間違いない。
ここに至ってミハエル・ホロクらPOSの若い将校たちはカーショウ、ミズノらを「排除すべき敵」と認識し動き出す。ただでさえ内外に抑えねばならない勢力を抱えていたナガミネはミハエルらの動きまでは把握しきれなかった。
こうしてアンダーセンとPOSのそれぞれに志向のズレが生じた。これまでオスロ、ナガミネの後ろ盾で数々の査察活動を強行してきたPOSは軍内では孤立していたがここにきてナガミネ派内でも孤立し始めていた。この隙に着目したミズノはPOSに対して露骨な挑発行動に出る。これまで軍務局で管理されていた業務を自影響下の参謀本部に移管して半ば私物化し始めたのである。明白な権益化にPOSは反発するが全面的な衝突を避けたいナガミネはPOSの方を抑えねばならなかった。この事態を見て取ったカーショウも同じようなことをし始める。ついに空白地であった軍務局領域の切り取り合戦が始まってしまう。この流れは中立だった陸軍の睨みによって小康を見るのであるがもはや政争の段階に突入しているのは誰からも明白だった。
ここに至ってオスロは手を誤ったことを認めることになる。絡む貴族の多くを軍から切り離すことには成功したもののそれは末端に過ぎず。もっとも削がねばならない勢力にこそ集中してしまった。本質である軍の体制管理は余計に硬直化して軍務局ですら御せない勢力を作り上げてしまった。
この状況をなんとするのか。嫌気の刺したオスロは強引な状況のリセットを志向し始める。ギガンティア強権によってミズノら軍事貴族たちを更迭しようと画策し出すのである。
それではオスロが彼らに成り代わるだけではありませんか。
この理非なき強引な手段はオスロの娘カタリナの強硬な反対によって断念されるのであるがこの時点でオスロは状況に対する誠意を失ってしまう。
後ろ盾であるオスロの投げやりは当然ナガミネも気付くところになる。ナガミネがオスロに不信を抱くのは当然である。改革の過程でナガミネ派自体が変質しており状況は負荷逆なものになっていた。オスロの志向するリセットは到底実現不可能なものでありナガミネの梯子を外すことにも等しかった。これまで改革を主導してきたオスロ、ナガミネの間にも隙間が生じ、彼らによる軍制改革は空中分解を始めることになる。
ナガミネ、カーショウ、ミズノら勢力争いの当事者たちにとって改革などもはや二の次となっていた。改革は既に行き詰まっておりこの路線を進めることはできない。それは道程をリセットしたいオスロにとっても同じだった。方向は違えども状況の転換が必要であることは3者とオスロで共通している。
そこでオスロは3者にある提案を持ちかけた。
このまま3者で相争っていてもしょうがない。今の状況がさらに先鋭化すればやがては陸軍、つまりアスターが介入することになるだろう。アスターが動くということはギガンティアが動くことと同義。そうなればWOZ軍全体がギガンティアの庇護下に入ることになりお互いに今までのように動くことはできなくなる。これはオスロとしても望む展開ではない。そうならないためには誰かに勢力を傾けるのでなく、それぞれに持ち合い、管理されなくてはならない。それさえ実現するならばアスターも担う者が誰であるかは問題としないだろう。都合のいいことにミズノは参謀本部、カーショウは空軍、ナガミネは海軍にそれぞれ基盤を持つ。この3者が連携すれば事実上WOZ軍全体を操ることも夢ではない。肝要なのはギガンティアの不興を買わないことなのだ。
オスロの提案とはここらで手打ちとして3者で集積された権益を持ち寄って管理しようというものだった。自分たちの後ろ盾に大貴族オスロがつくのであるからカーショウとミズノにとって悪い話ではない。WOZ軍の形態は旧態依然に回帰することになるがその中で大きな力を持つことができるのである。ナガミネはさすがに躊躇したものの二人が受け入れると拒否のしようがなかった。
こうしてWOZ軍の政争は一転してかつてないほどの強力な体制を生み出すことになる。オスロ影響下の参謀本部、海軍、空軍三者の連携は陸軍を完全に隅に追いやり事実上寡占状態になった。
この三頭体制は当初は上手く機能した。3者は陸軍を刺激せずに自分たちの影響範囲内で権利基盤を確固たるものにしていくことに注力した。しかしそれが済んでしまうとやがてその食指は外へと伸びていくようになる。どれだけ手打ちとしたところで増長を始めた権利欲は落としどころなど求めない。肥え太った勢力を維持するためにはさらなる旨味が必要なのである。結局のところ3者の勢力は不可侵とした軍務局、さらには陸軍の領域をすら脅かし始めることになる。
綻びは各所に現われはじめていた。オスロは上手くいかない改革に興味を失い、ギガンティアの介入さえ起こらなければそれでいいという考えになっていた。一方でナガミネは暴走する自派閥を御しきれず鬱状態に陥っていた。望まざる形で変質したナガミネ派はもはや彼の派閥ではなくなっており、彼の意思とは無関係に利益を求めて異なる志向で動く組織に成り果てていた。ナガミネは意欲を失い、一部の者達は見切りをつけてミズノやカーショウに流れ始めた。3頭体制のブレーキ役であったナガミネ派の弱体化は必然的にミズノとカーショウに偏り始める。
このような状況をオスロは放置した。傍観は大勢への加担に他ならない。オスロの直臣とも言うべき立場はミズノ、カーショウに移ったと誰もが判断することになる。ナガミネは見限られたのだ。そう考えたミズノとカーショウは増長した。そして誰にも予測できる通り、今度はナガミネ派の蚕食が始まった。ナガミネは三頭体制から脱落していきカーショウ、ミズノによる両頭体制による専横が罷り通り始めるとその勢力も加速度的に肥大していった。
そして、事は起こった。後にグラスノーツ事件と呼ばれる事件の発端。その日、軍務局に向かっていたミズノとカーショウをPOSのメンバーが襲撃したのである。ミズノ、カーショウ両名は難を逃れたもののPOSをはじめ両派閥にも多数の死者が出る大事件だった。
この頃、ミハエルらPOSは誰からも不要な存在となって死に体の軍務局の端で名ばかりの監査活動に従事していた。彼らがどういった経緯でそのような凶行に及んだのかを示す情報はない。実際には暗殺事件であったかすら定かではない。確かなのはミハエルらPOS将校のほぼ全員がこの襲撃事件によって死亡したことのみであり、それ以外の事実は闇へと埋没した。この僅かな事実は解りやすいストーリーを導いた。窮したナガミネ派による凶行との憶測である。
ミハエルらの行動はナガミネの預かり知るところではなかったがそのような言い訳が通用するはずもない。POSを生み出したのはナガミネであり、ナガミネとミズノ、カーショウらとの政争は周知のところだった。仮にナガミネ自身が意図したことではないとしても暗殺未遂それ自体は事実と見做されることになる。
この事件をむしろ好機と見做したミズノはカーショウと共にナガミネを糾弾した。益々窮地に追いやられたナガミネは自殺未遂を引き起こすほどの状態に陥る。事実がどうであれナガミネにはもはや長官職は務まらない。海軍長官更迭も止む無しの雰囲気が醸成されるとその後任が取り沙汰されることになる。
海軍長官の座は古来からオスロの快刀という立ち位置になる。ナガミネが脱落するとなればその座には誰が座るのか。空軍長官のカーショウが自らの影響下にある者を空軍長官に置いて自らが海軍長官に横滑りするというものや、参謀総長ミズノが兼任するなど数々の噂が流れる。
この状況に反発したのは旧来からのナガミネ派閥だった。皮肉なことに多くの者がナガミネを見限ったことでナガミネ派は本来の形を取り戻しつつあった。その中にナガミネの長男、ヘクター・アンダーセンがいた。彼はその年齢からミハエルと近しい存在でもあり、彼らの襲撃事件そのものに疑問を抱いていた。事態の打開に繋がることを期待したヘクターはPOSの残した監査情報を洗い出し、そこに大規模な添削、改ざんの痕跡を発見する。それがPOSの襲撃事件に繋がるものであることを確信したヘクターはことを公にした上で調査すべきとオスロに提唱した。オスロはさらなる状況の混沌化を望まなかったが愛娘カタリナの説得を受けて嫌々ながら承認する。このことはオスロ、ナガミネ間のごく近しい者達にのみ打ち明けられたが直後にヘクター・アンダーセンは事故によって非業の死を遂げる。
何が起こったのかを歴史は語らない。しかしPOSの事件から続けざまの事態に関連性を疑わない人間はいなかった。誰もがミズノとカーショウの関与を噂する。この複雑怪奇な状況でついにナガミネの思考はショートした。POSと同じような流れで息子を失った彼は激怒しミズノ、カーショウを首謀者と断定し叛乱勢力の鎮圧を名目に武力制圧に乗り出したのである。
この凶行をむしろ好機と見たカーショウもナガミネの行動を錯乱による蛮行として鎮圧を行うと宣言。両者の拘束に向かった部隊は武力衝突を起こし多数の被害を発生させてしまう。
海軍と空軍の対立が形になってもなお陸軍は傍観に徹した。当時の陸軍長官ストランドバーグにしてみれば両者が同じようなことを主張しあっておりどちらも到底信用できるものではなく動きようがなかったのである。そうでなくとも陸軍はオスロと並ぶ三大貴族アスターの影響下にありオスロの引き起こしたであろう事件に独断で関与することは難しかった。
残る軍務局にも両者を止める力は残っていない。それどころか事件発生から間もなくして軍務局はミズノによって制圧されて機能を停止してしまう。これはカーショウへのあからさまな援護だった。
止める者のいない状況は尚もエスカレートし両者は共にウォルシュタットの両軍拠点を武装化し、本拠地から艦隊を呼び出した。この艦隊が衝突すれば前代未聞のWOZ首都直近での艦隊戦となる。それだけならばまだいい。目の前で戦闘を始められては陸軍も放置するわけにもいかない。有史例のない同士討ちがはじまる。
誰もがそこまでいくはずがないと思っていた最悪の展開が現実味を帯びた。皮肉なことにそれがもっとも最良の形に納まる道筋を作ることになる。
この頃ホロク家はミハエルが死亡したことで外にはじき出されていた。これによりホロク家はオスロ影響下にありながら当事者にならずに済んでおりそれはむしろ都合のよい状況だった。ホロクはこの件に関しては身内を亡くした被害者でしかない。とはいえ傍観に徹するには事態は大きくなり過ぎていたし、体裁を保つためにもミハエルの後任たる実働者を選び、送り出さねばならなかった。誰から見ても利益のない役回り。これを引き継ごうという者は現れず、本来ならあり得ない男に出番が回ってくることになる。それがつまりレオノール・マイラ・ホロク。後のコウサカ・レオノールだったのである。
ミハエル及びヘクターと浅からぬ縁を持っていたレオノールは彼らの持っていた職務を引継ぎ、権益の確保を済ませることに成功。同時期、事態深刻化の責任を取って隠居した(させられた)エフゲニー・オスロに代わって当主についたカタリナ・オスロは同年代で誼のあったレオノール、さらに海軍長官セオドア・アンダーセンの娘であるエミリア・アンダーセンを引き込んで事態の打開に乗り出すことになる。
先代の不始末を片付けることは急遽当主を引き継ぐことになったカタリナにとっては絶対命題だった。これに挑むカタリナの行動は大胆かつ苛烈だった。他貴族の介入を阻止するべく、オスロはギガンティアに事態を洗いざらい暴露して軍務局を鉄火場にしてしまうのである。そのうえでギガンティアに請うた。
事ここに至って談判は無用。ギガンティアのご威光を持って事態を鎮圧する令を発していただきとう存じます。このカタリナ、身命を賭してその命を遂行する次第。その後のことは全て御心のままに
要は恥も外聞もなくギガンティアに泣きついたと言える。しかし若くして当主の座についたカタリナにとってこの事件において妥協など論外だった。中途半端な解決になるくらいならば自分たちの手で粉々にして作り直した方がマシだと判断したのである。この若き大貴族のヤケクソに近い覚悟をギガンティアは面白がった。
そして事態は鮮烈な展開を迎えることになる。
ギガンティアの勅命を受けたカタリナらはレオノールらと合流したオガサワラ、ダイドウジら若手将校と共に軍務局を奪取すると攘夷を宣言した。軍務局の指示に従わない者達を外敵としたのである。
間を置かずエミリアは父セオドアを説得。ミズノ、カーショウを確実に排除すること、軍制改革を実行し各派閥を解体することを約束してナガミネ派を武装解除させる。セオドアは叛乱罪として逮捕されることになるが武装解除による恩赦で後に大幅に軽い罪に切り替えられる。
本来倒すべき相手が武装解除したことでミズノ・カーショウ両派は敵を失った。想定外の事態にミズノの態度は軟化するがギガンティアの委任を取り付けたカタリナらに妥協の2文字はなく、ミズノの折衷案には聞く耳を持たず無条件の武装解除と投降を要求。妥協があり得ないと知った他の貴族たちはこの件から手を引いてしまう。
梯子を外されたミズノは止む無くカーショウらに合流。自分たちの目的を前提から見直すことを迫られた。既に彼らにとって倒すべきはエフゲニー・オスロ、セオドア・アンダーセンではなくなっており、その目的も変わっていた。敵とは軍務局を占拠し、自分たちに外敵の汚名を着せたカタリナ・オスロ、エミリア・アンダーセンであり、その目的は生き残りとなる。
この時点でも彼らには勝算がないわけではなかった。ここに至っても静観を貫くWOZ軍のもう一角、陸軍は三大貴族アスターの影響下にある。これを味方につけることができれば背後にある権威に関しては拮抗するどころか上回る。あとはオスロさえ何とかできれば他の貴族たちのとりなしを得て事態を転がすことは不可能ではない。そもそもこのような状況を導いたのは先代オスロとナガミネなのであるから本来の責はオスロにあるという理屈も一理はあった。後はどれだけの支持を得られるかの問題である。
しかし結果から見ればそれは夢想だった。そもそもオスロをどうにかすることなどできなかったのである。
カタリナとエミリアが派手な大立ち回りを演じ、ミズノらがその対抗策を講じる間にレオノール・ホロクは影のように浸透していた。WOZ軍の中で事態を静観する側の人間たちは陸軍を始め少なくない。レオノールはこれらの勢力を短時間のうちに篭絡、まとめ上げていたのである。陸軍、中でもアスターの影響強い勢力がオスロ支持を明確にしたことは事態を決定づけた。
後にグラスノーツ事件と呼ばれる騒動の最終局面はカタリナ率いる実行部隊が空軍の拠点に突入。カーショウ長官、ミズノ参謀長それぞれの自決によって解決を迎えることになる。カタリナらが動き出してからの目立った被害はこの時の数えられる程度であり、事件拡大までの流れから言えばあまりにも華麗なる鎮圧だった。
こうしてミズノ、カーショウ、そしてナガミネというWOZ軍内における大勢力が一挙に姿を消し、その権益は再び離散した。つまりリセットされたのである。もちろんそれは同時に大きな変化もたらした。
カタリナ・エルロン・オスロはオスロ家の当主として、また大貴族としてのオスロの立場、権威を守ることに成功する。当然、レオノール・ホロク、エミリア・アンダーセンの両名はカタリナ権勢の最大の功労者として権威を得ることになる。エミリアは海軍長官として父の跡を継ぎ、レオノールは事務総長として半壊した軍組織の立て直しで中心的な役割を果たすことになる。
一般的にレオノールがコウサカの名を得たのはこの事件における活躍によるものとされがちであるが実際にはここからの軍組織再編の手腕こそがコウサカ襲名の決め手とされる。
グラスノーツ事件によって生じた権威の空白には多くの貴族が興味を示した。当然、カタリナは他貴族の介入を許す気はなかったがさりとて自身が今以上に深入りすることも避けねばならなかった。そこでカタリナは今こそ好機とレオノールに軍組織の抜本的な改革を命じる。
レオノールは空いた権益の把握、整理を過不足なくまとめ上げると驚異的な手際で軍務局へと帰属させていった。いまだ軍外の貴族によって握られるものも洗い出すとこれを奪取、あるいは切り捨てて整理し、作り直した。この際に少なくない衝突があったがグラスノーツ事件に嫌気を持った軍内の支持はホロク、アンダーセン派に傾いており、最終的なバックボーンにオスロ、さらにはギガンティアがいるとあっては反抗も虚しいものだった。「コウサカの草むしり」と呼ばれる改革は抵抗する者をなぎ倒しながら進められた。
こうしてWOZ軍は全ての膿を出し切り、新しい組織へと生まれ変わることになる。過去、多くの者が目指しながら結局のところグラスノーツ事件へと発展したWOZ軍の組織改革は皮肉にも最悪の結果、破局を経てようやく実現することになったのである。
この功績によりレオノール・マイラ・ホロクはギガンティアよりコウサカを名乗ることを許されコウサカ・レオノール・ホロクとなった。齢にして25歳での襲名はコウサカ・カスパー44歳、コウサカ・レオニード36歳と比較しても飛びぬけて若い。しかし後の歴史における彼の役割を見れば早すぎるということはあっても役不足とは誰も考えなかった。
これと同時にギガンティアはレオノールを騎士として叙任。ほぼ同じくしてレオノールは退官し軍務局代表に就任。WOZ議会上院議員にもなる。コウサカ襲名からのこの流れは1週間足らずのことであり他国から見た時、コウサカ・レオノールは突如出現したように語られることになるのである。
見直しのためしばらく更新不定期になります。




