19/4「シミズ・マサト・リューベック」
19/4「シミズ・マサト・リューベック」
「では、まずは今この世界で何が起こっているかからですね」
マサトは淡々と話し始めた。200年に及ぶ星間大戦という戦争の管理システム、それを構築し、管理してきたプロヴィデンスという組織。ジェンス社から始まる世界の分断とロウカスの襲来。それを見越した国家のみに納まらない覇権争い。その裏で蠢く各勢力の生存戦略。
粗方を聞き終えたハヤミは湯呑を持ち上げると空であることに気付いてそれを置いた。マサトがおかわりを注いで渡すとハヤミはしばらくそこから立ち上る湯気を凝視した。今のところ言うべきことは何もなかった。何を言える。熱いお茶に一口つけてからマサトの方を向いて続きを促す。
マサトは机の上に置いてあった小さな調度品に小さな金属の玉を落とした。磁力で動くおもちゃのようで玉は調度品の周囲を周り始めた。ぐるぐるとえんえんと。
「実際のところプロヴィデンスの戦争管理は人類史でも例を見ない成功を果たしたと言っていいでしょう。戦争に向けるはずのコストを抑止することができたおかげで人類はかつてないほどに発展することができました。正直なところ続けられるなら続けてもいいんじゃないかと思わなくはないです。残念ながらそうはいかなくなった。彼らの統治システムには重大な欠点があったんです」
もう一つの玉がおもちゃに投入された。玉同士がぶつかって弾き出されて永久機関は唐突な終わりを迎える。
「自分たちの作り上げたシステムによって世界が構築されていると考えていたこと。外敵の存在を考慮していなかったことです。ロウカスだけの話じゃありません。あぶれた者、轢き潰された者。そういった例外はどれだけ潰してもなくなるものではなかった。それらはシステムからは弾かれても世界の端に留まり、溜まり続け、そして腐っていった。今やその膿は時代に流れを生み出せるほどのエネルギーを持ち、あふれ始めた」
負のエネルギー。マサトは言及しないがハヤミはそう解釈する。ハヤミでなくともその膿の存在は感じられる。閉塞感。世界は上手く回っているはずなのにどこか行き詰まっているような感触。誰もが見えない、見ないようにしてきた膿腫。それが世界の回転を歪めている。
「これらの膿の欲求は現有秩序の破壊という共通の志向によって徐々に収束し始めました。これに便乗した者もいる。彼らの目的もまた異なりますが、その過程だけは共通している。彼らもその波に乗った」
マルスの手、ジェンス社、月統合国、クリスティアーノ・マウラ、そしてマサト自身も。それぞれ最終的な目的は異なるがその過程に現有秩序の破壊を必要とする者達は他にもいる。それぞれの波が一つに集約され、世界はその流れに押し流されつつあるという。
「問題はここからです。ロウカスの襲来はそれ自体が人類を崩壊させるに十分な脅威です。ところがそれを契機と見る者がいる。現在の支配体制を崩壊させて自分たちの体制を作ろうとする者達にとってはもちろん。それをさせまいとする現有の支配体制たちにとっても溜まった膿を排除するチャンスです。誰にとってもロウカスの襲来は時代をリセットするためのチャンスでもある」
だからこそその情報は今に至るまで世間には明かされていない。一般人がそれを知る時は大方にケリがついた後なわけだ。ハヤミは反吐の出る気分になると同時に一抹の不安も覚える。マサト自身もそれをチャンスとしている人間なのではないか。
「まとめるとこういうことです。人類は外宇宙からの脅威に晒されている。その脅威を知りながら人類をまとめるための機構は腐りきっていて内ゲバの真っ最中。それはこれからさらに酷くなる。そうこうしているうちに脅威は飛来し、人類は滅ぶでしょう」
話を結ぶとマサトは両手に湯呑を持って冷めたお茶で喉を潤した。
バカげている。そう切り捨てられれば楽な話なのだが。そのバカげたことを本気にしている連中の懐に自分はいる。降りることができないのは先ほど確認済み。とりあえず信じるか信じないかは置いておいてハヤミは本番を促した。この少年の物語、その核心を。
「とりあえず話は解った。それで、お前さんはどうするつもりなわけさ」
「僕の目的はとてもシンプルです」
「結論をシンプルにしただけだろ」
ティアフォルクが茶々を入れるとマサトは苦々し気に睨んだが否定はせず、一息置いてから答えた。
「まず当面の目的は勝つことです。ロウカスに。少なくとも僕らISEはそのために行動しています」
圧倒的な物量によって惑星そのものを喰い潰す宇宙蝗。ハヤミにはその脅威がいまだにピンとこなかった。したがってそのための手段もあやふやなものしか浮かばない。
「つまり何をするつもりなわけ?」
「シンプルですよ。こっちの担当はとにかく人類側の戦力を強化することです。ALIOSもその一端なわけですね」
人類側戦力の強化。思わぬ、というよりも堅実過ぎて逆に意外な方策にハヤミは困惑した。ただ納得のいく点もある。
「ALIOSを半ば供与する形で連合に渡したのも人類全体を強化するための計画だったってことか?」
マサトは頷いた。
「イスルギを乗っ取ったのも、イージス隊を使ったのもALIOSの有用性を示して拡散させるための手段です。そっちの目的は大方果たせました。後は放っておいてもALIOSは地球から全世界的に拡散していくでしょう」
全世界。つまり連合だけでなく他の勢力にもということだ。そんなことになれば。ハヤミは想像して薄ら寒いものを感じた。ハヤミの思考を予測していたのか、マサトも陰鬱に笑う。
「そう。ハヤミさんもご存じと思いますけど。あれはどちらかというと対人間の方に有効でしてね。無秩序に広めるとそれ自体が争いの種になりかねない。それで戦争が激化して消耗したら本末転倒なわけで。そこのところの力加減が難しい。それで遺憾ながらこちらもプロヴィデンスと同じ手法を取らざるを得なかった。つまり、戦争の管理ということです。ま、そっちの方は僕の領分じゃないですけどね。実際にやってるのは他の人」
戦争のコントロールか。苦い感情がハヤミに去来する。忌むべき手法ではあるが今は人間同士での争いは最小限にせねばならないということに関しては異論を挟む余地はなく、他に上手い方法をハヤミは全く思いつかなかった。しかし
「で、それで勝てるわけ?」
話を聞いている限りではそんな単純なことで勝てるとは思えない。もっと重要な問題が転がっている気がするのだが。ハヤミの疑念をマサトは十分に理解した上で平然と答える。
「正直なところ難しいでしょうね。どれだけ戦力を強化しても足りるとは思えませんし、そもそも今の状態ではそれを別のことに使ってしまうでしょう。だからといって逃げる選択も現実的かと言えば怪しいところですし、諦めるのは論外。なら、どうするか?と言う話ですが僕にできることは限られる。さっきも言いましたが政治方面は別の人が担当してますんで、僕はできることをやる以外にないわけですね」
つまり、結論をシンプルにしたわけだ。まぁ単純に戦力を強化することが目的であるのならハヤミとしても同調できなくはない。乱暴に要約すれば世のため人のためなのだ。エディタやベリサリオらが乗ったことも理解できないではない。
しかしそれが全てではないはずだ。結論をシンプルにしたというティアフォルクの言葉を思えばもう少し複雑な事情があるはずである。ここまでのマサトの話はあくまでロウカス、つまり世界の滅びに対するスタンスでしかない。マサトの行動全てがそれに紐づいているとは思えない。
「ここまでの話は解った。けど、お前自身はそれを何のためにやってるんだよ」
世のため人のため。で片付けられることをハヤミは納得できない。マサトを中心とした勢力は世界にリセットをかけたいという勢力たちとも距離を置いており志向していることも違うように思える。その先に一体何を見ているのか。世界の破滅のような恐ろしいものではないだろうが。
「え、じゃぁ逆に聞きますけど。ハヤミさんが僕の立場だったらどうします?」
そんな立場想像できるか。それでも一瞬ハヤミは律義に想像しかけたのだが誤魔化されているだけと気づいてすぐにやめた。
「そういう話をしてんじゃないよ」
「あはは、気づかれちゃった」
悪戯が失敗した子供の表情はすぐに変わった。今度は静かに、そして覚悟を孕んだ表情に。
「では、世界のことを話した上で、改めて僕のことをもう少し話しておきましょうか」
そう言うとマサトは席を立って基地の奥に歩き始めた。ティアフォルクがそれに続くのでハヤミも湯呑を置いて立ち上がった。
いくつかのブースを通り過ぎる。相変わらずその中にはよく解らない機器類が並べられている。その異質さをハヤミは理解できない。
「何に使うもんなんだこれ?」
どれともなく全てに対してハヤミは聞いた。マサトは苦笑しながら素っ気なく言う。
「何にも使いませんよ。どれも失敗作です」
コレクションか何かか?
ハヤミが首を傾げて考えているうちに展示物の様相は徐々に機械とはベクトルの違うものになっていった。医療用、もしくは生物学的な何か。標本らしきものが混ざり、人体に装着することを前提としているように見える機器類なども多くみられる。実験という表現が脳裏を過る。先ほどまでの興奮に代わって薄ら寒いものがハヤミに去来する。
「僕がILSの実験体であることは何度も言いましたね。それはどういうことなのかという話ですが、つまり僕自身がある種の情報資源だと言うことですね」
ILSという最先端技術の塊。ハヤミもよくは解っていないがマサトの存在自体が機密の塊であり、価値があるということは解る。
「それを売り込んだってことだよな」
ISE社はそこからALIOSを生み出した。このハヤミの理解をマサトは否定した。
「少し違います。僕が売り込んだのは僕自身ではなく、僕の技術で手に入れた情報の方なんです」
ハヤミが首を傾げるとマサトは悪戯っぽい笑顔で問う。
「ALIOSはILSから生み出された。そして僕はILSの実験体。これは何を意味していると思います?」
ハヤミは少し考えてみたがすぐに諦めて肩を竦めた。マサトは少しがっかりしながら答えを出した。
「ALIOSは僕を動かすシステムから生み出された。それはつまり僕はALIOSと同じことができるってことです。電子機器を理解し、操ることができる。それが情報資源としての僕の一番の価値というわけです」
マジかよ。今度はその意味を正しく理解できた。ALIOSは機械を分析して躁者の意思を反映して動かすがマサトはそれを単体でできるのだ。
「それってつまりハッキングとかもお手の物ってことか?」
マサトはニヤリと笑う。
「まさに僕の得意分野ですね。電子的なセキュリティなら僕にとってはないのと同じです。僕のアクセスを防ごうと思ったら物理的にスタンドアローンにするか、リアルタイムで対処するしかないですよ」
つまり外部ネットワークに接続している情報をマサトはいくらでも入手できるわけか。無敵じゃねーか。呆れ果てるほどのチートぶりである。
「なるほど。その力で方々から技術情報なりを盗み出していったわけだ」
「その理解で結構です」
まさに打ち出の小槌。そうしてその技術を持ってSE社内部で力を持っていったわけだ。しかしそんなとんでもない技術が何でこんな場所で孤立しているんだ?
ハヤミの抱いた疑問に答えるようにマサトは滔々と語り出した。
「さっきも話ましたが僕はプロヴィデンスという組織が始めたE計画の一つから生まれました。しかしその計画は僕を生み出すことを目的とした計画だったわけではありません。これとかもE計画の産物です」
マサトは詰まれていた標本ケースの一つを指さした。注視したハヤミは顔を顰めた。人間の目らしきものだった。
「E計画というのは特定の何かを作り出す計画ではないんです。強いて言うなら進化の方向性、定義を見出すこと。新しい人類をプロデュースすることとでも言いましょうか。そこに繋がりうるものを手当たり次第に探して出資し、管理することこそがE計画の本質だったんです。ゆえにE計画そのものには明確な成果はありません。しかしその下部には無数の計画が付随していてプロヴィデンスという組織の存在も知らずに自分たちの研究に没頭していました。もちろん他の研究のことも知らず。誰もE計画の本質も全容も知らなかった。当然、僕自身も。そしてこれは実のところプロヴィデンス自身もそうだったようです」
そんなバカなことがあるか?ハヤミが首を傾げるとマサトも同感と頷きながらも続ける。
「組織が下部計画に姿を見せていなかった弊害ですかね。計画の末端で起こっていたこと。特に不祥事なんかは隠蔽されて把握できなかったんでしょう。僕自身もそういう一例だと思います」
ああ、なるほどなぁ。ハヤミは納得してしまった。お上が現場の全てを把握しているわけではなく、逆もまた然り。やっていることの後ろめたさの影響もあるだろう。それらの下部の研究者たちは自分たちを守るためにその全てを明かしてはいなかったのだ。人体実験までやらかしているような研究である。情報を内部で抱え込んでしまうことは自然なこととすら思える。お定まりと言うやつだ。他にもマサトのような実験体が色々と生み出されていてあれやこれやと想像もしたくないことが起こり、そして闇に葬り去られてきたのだろう。
並ぶ物品を見て改めて想像を働かせるとそれがここにあることの意味が解った。
「つまり、その計画の全容とやらを知るために行動してるわけか」
マサトは陰鬱に笑った。
「自分が何を作るために生み出されたのか。それは生み出されたのか。今だ模索されているのか。結論が知りたくないと言えば嘘になりますね」
だが、それだけではない。マサトは視線を基地の最奥にあるブースに向けた。そこで様相はさらに変化していた。
そのブースは他のものとは全く違った。そこにあるものはこれといった変哲のない物品に見える。本やおもちゃ、写真、用途はないだろうが誰かの意思が込められた手作りの小物。物質的には何の価値もないであろうそれらはある種の敬いによって安置されていた。
聖廟。ハヤミはここがE計画によって生み出され、そして葬り去られた者たちを弔う場であることを直感した。
「ライフワークってところですね。特に何の意味もない感傷的な行動ですが」
自分と同じようにして生まれた者たちを弔う。それには知る必要があるのだ。彼らが生まれたという事実を。そのためにマサトはE計画の全容を知ろうとしている。
ごく自然とハヤミにこの聖廟で弔われている者への慈しみが生まれた。何も知らないハヤミであってもこの場が誠実で偽りのない敬いによって成り立っていることを確信できる。
マサトが祈りを捧げるのに習ってハヤミも頭を垂れた。もはやハヤミにもほとんど解っていたがマサトは口にする。
「僕は自分を進化した人間だとは思ってません。それで人間が進化してくれるならいいんですけど、僕の先にそれがあるとも思えない。なのに僕らは生み出された。その多くは消され、誰に覚えられることもなく埋もれてしまった。何のために生まれてきたのか、どこへ行ったのか。それを僕は無にしたくない。それでまぁどうせなら、いい意味にしようと、そう思ったわけですね。だから僕にとってもロウカスの襲来はチャンスでもある。随分と手前勝手な理屈ではありますけどね」
人を進化させるために生み出され、そして消された実験体たち。そんな彼らを犠牲者ではなく、人類を滅びから救う礎として歴史に刻む。
それはまさに失われたものへのたむけであった。
だから、脅威を退けることだけに注力しているってわけか。言いたいことは解った。だからといって人間はそれだけの理由でここまでの行動ができるものだろうか?小さな疑問がハヤミに残っていたがいずれにせよマサトはそれ以上の答えを提供しなかった。
「さて、僕から話せることはこんなところです。で、どうします?」
前提を覆す問いにハヤミは抱えていた疑問を棚上げするしかなかった。
「さっき引き返せないって言ってなかったっけか」
「言いましたね。とはいえ、実際のところ僕にハヤミさんをどうこうするつもりはないです。逆にこっちが聞きます。どうです、引き返せます?」
なるほど。まことにもって遺憾であるが、ハヤミには引き返すという選択肢を選ぶ気は全くなかった。ここに至ってその選択を選んだところで今知った事実を抱え込んで生きていくわけになるのだ。それを幸いなものと割り切って知らぬ振りをできるとは思えない。既にハヤミの世界は不可逆的に変質してしまっているのである。
まぁいいさ。マサトの話が本当であるのなら、それに協力することは構わない。しかしハヤミはもっとも重要な部分をまだ聞いていなかった。
「やりたいことはわかった。協力してもいいと思える。で、それが俺である理由は?」
つい最近まで連合軍人だった自分をここまで信用する理由は?この質問にはマサトは少し申し訳なさげに答えた。
「まぁ、こっちがそういう風にしておいてこんなことを言うのはなんですけど、ハヤミさんは世間的にはもはや死んだも同然なわけです。厳密に言うならWOZの人間ですらありません。何者でもない。どこへ行きようもない。だから手駒として都合がいいというのが一つ」
本人を前にしてよくもまぁ。呆れながらもハヤミは反発する気にはならなかった。確かにハヤミは死んだも同然である。転じればハヤミは何のしがらみもなく、自分の考え一つで判断することができるとも言える。
そうハヤミは少なくとも精神的には自由だった。だからこそハヤミはさらに求めた。自分がマサトに付くに足る理由を。マサトは気恥ずかしそうに本音を明かした。
「もう一つは、あなたがいまここにいるということです」
要領を得ない言葉にハヤミは首を傾げた。悪戯な笑みを浮かべてマサトは言った。
「こう見えて僕はロマンチストなんですよ」
どっかできいたセリフだな。呆れるハヤミにマサトはケラケラと笑う。
「ま、それでなくてもカンナギさんからは見込みがあるって言われてますし、僕自身ハヤミさんは「持ってる」と思ってますからね。だから賭けてみようと思った、というわけです」
因果、運命。正直ここまでくるとハヤミ自身も否定し難い。ただし表現の仕方だけは否定させてもらう。
「呪われてるの間違いだろ」
マサトはにっこりと笑みを浮かべた。それで全て。ハヤミは頭を掻いた。普通なら納得しようのない曖昧に過ぎる理由である。こんな理由で納得する奴はバカだろう。しかし、悪い気はしなかった。
まぁ、つまり。おれはバカなんだな。
「わかった。やるよ。責任は取れよ」
「はい。よろしくお願いしますね」
本当に嬉しそうにマサトは笑うのでハヤミはむず痒くなった。その様子をティアフォルクがニヤニヤしながら見ている。恥ずかしくなってハヤミは話を打ち切った。
「あー、トイレいいか?」
実のところお茶をたんまり飲んだので尿意がかなり迫っていた。マサトは苦笑しながらトイレの場所を教えた。
ハヤミが席を外すとティアフォルクは自分たちの方の話を始めた。
「で、お前さんの次の動きは?」
聖廟に活けられていた花に水を差していたマサトは全てに差し終えるまで答えなかった。返答を考えているというよりその行為に神聖さを見出しているようだった。儀式を終えるとスイッチを切り替えたのか道具を片付けながらラフに話しはじめた。
「生産体制強化が課題ですからね。しばらくはこっちに留まる予定です。ギガンティアにもしばらく顔を出してませんし、たまには御奉公しなきゃですねぇ」
「余計な気を回すな。お前は自分の事に集中しろ」
マサトは意外そうな顔をしてティフォルクの方に振り返った。
「それは左の羽としての言葉ですか?」
左の羽ティアフォルクはギガンティアの代行者であり、場合によってその言葉はギガンティアそのものともなる。だが今回の場合はそうではなかった。
「ギガンティアからの個人的な伝言だ。お前が絡むとホワイトとロマーリオが活発化しかねないからな。最低限だけ顔を見せておけば文句は言わんとさ」
「ああ、なるほど」
詭弁だろうな。とは思いつつマサトは納得して見せた。余計なことに関わらずに済むなら今はその方が有難い。
「それで、ヴェルネルさんの方はどうなってるんです?」
「音沙汰なし。つまり問題はないんだろうさ」
音沙汰なしは元気な証拠ではないだろうに。まぁ自分に言えた言葉でもないが。マサトは目を細める。
「気になるか?」
「ならないわけないでしょう。「時間」の圧迫は問題です」
「時間ねぇ」
皮肉な笑みを浮かべるとマサトは不愉快そうに口を尖らせた。そういうことにしておこうとティアフォルクは話を変えた。
「時間と言えば、Xデイが早まるって話だがな。火星もそうだがお前の方にも影響あるだろ」
ロウカス襲来の前倒し。正確な刻限は今もって不明だが本来想定された5年という期日より短くなるのは今や確実視されていた。それが数か月程度の話なのか、それとも年単位の話なのか。
「下方修正するしかないでしょうね。とにかくこっちは間に合うだけの用意をするだけですよ」
「それで問題ないわけ?」
「大ありですよ。そもそもの計画だって十分とは言えないんですから」
「そりゃそうか。となると、もう一つの方にも影響必至なわけだが、大丈夫なんかね」
戦争のコントロール。当然ながら戦争をコントロールするのは維持するためではない。全てはロウカスへの対処のため。理想的にはロウカス襲来の前に戦争を終結させて体勢を整えたいがこれはほぼ不可能に近くマサトは諦めている。終結させること自体が極めて困難であることはもちろん、そもそも終結させたがらない者がいる。これらをねじ伏せたところで戦後処理が待っており、そこからロウカス対処に持ち込もうと思うといずれかの勢力に力を集中させるしかない。それはつまり地球連合以外にあり得ないだろう。が、他の勢力がそれを承服するわけはない。質の悪いことにこのシナリオはプロヴィデンス自身すら望んでいない。この方向性は実現せず、半端な形で結実することになるだろう。そうなれば人類の戦力は結集することなく不完全な形で対処するしかなくなる。それでは勝てない。そして半端な形での戦争終結は疲弊した状態で生き残った各勢力に別の選択肢を強調する。
戦わないという選択。
特に宇宙勢力である共同体などでは地球圏離脱を志向する者が続出するだろう。そうなった時にこれを阻止すべきかなのかどうか。これに関してはマサトも答えを用意していない。
では、どうするのか。いかにしてロウカスに対処する態勢を形作るのか。
その答えは一人の男によってもたらされていた。そのあまりに壮大な発想の転換を思い出してマサトは笑う。
「そこはまぁ、あの人のことですから大丈夫でしょ」
次回更新は10月予定です




