19/3「ニューフェイス」
19/3「ニューフェイス」
ハヤミがWOZ国民となってから4日が経った。この4日の間に生活を整え、この日初めて新たな職場であるISE社に出社する。
エディタの送迎を謝絶(エディタの運転を信頼していなかったわけではない)してハヤミは朝早く都市内レールを使ってルートを確認しながらISE社へ向かった。慣れない交通機関に手間取りながらも予定時間のギリギリでISE社本社に辿り着く。
ISEの社屋はウォルシュタットの首都エーデルワイス1の端にあって外観はWOZ最大級の企業の本社とは思えないほど小規模なものだった。ハヤミはその立地から設備の大部分が地下にあるのだろうと理解する。
真新しいアイデアル・スターク・エヴォルテックの標識を横目にロビーに入るとすぐに声がかかった。
「シロウ・ハヤミさんですね。お待ちしておりました」
若く可愛らしい受付嬢に案内されてハヤミはエレベーターに乗る。予想通り地下に多数の階層があってエレベーターも地下へと降りていった。
地下3階。第三開発部と表示されたフロアにある1室にハヤミは案内された。手書きの札で三課主任と書かれている。受付嬢がノックすると扉の向こうからエディタの声が聞こえた。
「どうぞー」
受付嬢に促されてハヤミが踏み入るとまだ整理されていない執務室にエディタともう一人の女がいた。その一人が誰かハヤミは一瞬解らなかった。
そこにいたのは髪の色こそ同じだが全くの別人、のように見えるモーリだった。癖っ毛をストレートにして髪型もボブに変更。化粧もだいぶ変えているのだろうか。油仕事よりも事務仕事が似合いそうなクール系の容姿。誰の真似かはハヤミにはすぐに解った。エリカである。
どういう風の吹き回しだ。訝しむハヤミが何か言う前にモーリは圧するように言い放った。
「初めまして。ヴァネッサ・イエローストーンです」
ハヤミは少し間を置いてから言うべきこと言った。
「はじめ、まして」
それでよし。無言の圧力でハヤミを屈服させたヴァネッサ・イエローストーンはエディタに一礼するとそのまま退室していった。
唖然とするハヤミがエディタを見るとその顔もハヤミと同様に困惑に占拠されていた。
「あれマズくない?」
あれ、とはもちろんヴァネッサ・イエローストーンことモーリ・シエナのことである。エディタは溜息をついた。
「マズいよねぇ」
エディタにしても青天の霹靂だった。この日、モーリを迎えに行ったエディタが見たのはまるで違う見た目の女だった。見た目だけではない。モーリは亡命の際に名前も変えていたのである。
全くの別人となること。過去の自分を切り捨てること。それが望まざる亡命へのモーリなりの折り合いなのだろう。ああいう覚悟の決まり方はろくでもないことになることが多い。パイロットなら死亡フラグものである。気負い過ぎにしか見えないし、モーリの人間性を思うとそのまま走りきれるようには思えない。
「まぁやる気になってくれたことは確かなんだし、今は様子見だよ。やってるうちに肩の力も抜けるかもだし」
楽観ではないかとハヤミは思ったが先のことなどどう転ぶかは解らない。エディタの言う通りになることもあるかもしれない。そうなることを祈るか。
「さて、先にモーリには説明したけど2人は今後うちで働いてもらうことになるわけだけど。当面は研修生って扱いになる。と言っても実力に関して疑うこともないからほんの短期間の話だね。それまでに配置に関して考えることになるんだけど。何か希望はある?」
「希望できるほどの選択肢あるんすか?」
モーリ、改めヴァネッサはともかく自分にできることなどパイロットのくらいのものである。このISE社でもやることは同じだとハヤミは考えていたのだが、エディタは何やら含みのある苦笑を浮かべた。
「さぁ、どうかな?私はともかくマサトはどう考えてるもんだか保証はできないね」
あ、いやな予感。確かにあいつは何を考え付くか解らない。
先のことはどう転ぶか解らない。ハヤミが確信に限りなく近い予感を抱いたその時。誰かが部屋の扉をノックする。
「お出ましよ」
エディタが返事をすると現われたのは女、ではなかった。コケティッシュな服に身を包み。シミズ・マサト・リューベック。火中の男?ついに登場である。予想していない来訪とその服装にハヤミは言葉を失った。紛うことなき女ものの服だった。
マサトはハヤミを見つけると訳知り顔でニヤついた。
「お久しぶりです。いやはや。大変なことになりましたね。巻き込んだことを謝っておくべきですか?」
とてもそう思っているようには見えない。むしろ飛び込んできたと思っていやがる。忌々しいことにそちらの方が真実に近いだろうことはハヤミも認めざるを得ない。
「聞きましたよーカンナギさんから褒められたって。あの人に目を付けられるとかそうそうないですよ」
またしてもカンナギ。あの女に気に入られたことでハヤミの評価は独り歩きしているようである。この展開。どこかで覚えがある。ハヤミが顔を顰めていても気にもせずにビニルの剝がされていないチェアに座るとマサトは話を進め始めた。
「さて、だいたいの話は聞きました。僕の方で処理できれば簡単だったのかもしれませんけど、こっちもこっちで色々ありましてね。そっちも色々と聞きたいことがあるでしょうけど。その前に、一つだけ確認しておきます」
マサトは机に散らばっていたマーカーの中から赤と青を拾い上げてハヤミに示した。
「変化と平穏。どっちをお望みですか?」
もう充分変化してるんだが?喉から出かかる悪態を呑み込んでハヤミは代わりの言葉を探した。
「平穏って言ったらどうなるんだ?」
青のマーカーをくるくる弄びながらマサトは答えた。
「この国で当たり障りのない仕事をして世界の情勢に巻き込まれることなく過ごせるように計らいます。なんなら別の職場も紹介します。僕らはあなたに一切関わらない。新しい人生を好きに生きてください」
願ったり叶ったりだな。そう頭の中で呟いたハヤミは自分でも驚くくらいそれに興味を持たなかった。
手を滑らしたのか青のマーカーがすっ飛んで部屋のどこかに転がった。エディタが顔を顰めたくらいでハヤミもマサトもそれに興味を示さず、話は次の選択に移る。
「変化と言ったら?」
悪戯っぽい笑みを浮かべてマサトは赤のマーカーをハヤミに差し出した。
「引き続きお楽しみに」
そう来ましたか。目を細めてウンザリと言った表情を浮かべるハヤミだがこのジェットコースターから降りる気にはならなかった。マサトから乱暴にペンを受け取るとそれを弄ぶ。
「ま、俺のことはいいよ。モーリ、じゃなかったヴァネッサ何某のことはどうするつもりなんだよ」
モーリに必要なのは平穏だ。マサトは怪訝な顔をして首を傾げた。
「誰ですそれ?」
エディタがヴァネッサのことを説明するとマサトの表情は軽薄さを消してしばらく真剣に考え込んだ。
「なるほど。そういうことですか。残念ですけど彼女に関しては当面は経過観察って言われてるので安易に手放すわけにもいかないんですよね」
まぁ、そりゃそうだろうな。モーリはまだ何かやらかす可能性がある。野放しにする判断は尚早だろう。ハヤミもそれは賛同する。と、なるとこの会社で当たり障りのない仕事に関わらせるくらいになるか。それでもだいぶマシだろう。
マサトは尚も考えていたが何かを思いついたか表情を少し明るくした。
「じゃぁ、彼女に関しては落ち着くまではベリサリオさんに預けるというのはどうです?」
この案にエディタは驚いたがやがて唸り出した。エディタが考え込んでいるうちにマサトの方はハヤミに向く。
「ベリサリオさんってのいうのはですね」
「知ってる。あの目付きと言ってることが一致しない人だろ」
随分な説明だったがマサトは否定するどころかどこか嬉し気にそうですそうです。と頷いた。
ハヤミには悪い案には思えなかった。確かに下手に経緯を知っている自分たちがいるより全くの新環境で働く方がモーリ、じゃないヴァネッサにはいいのかもしれない。そして預ける相手としてあのベリサリオ女史は信用できるのではないか。
エディタもそれは解っているようだった。だが、自分が巻き込んだと思っている手前、その責任を誰かに預けるのが納得し難いのだろう。
マジでいい人だよな。エディタはモーリのことを真剣に考えている。だが、今回の場合自分たちは控えるべきだろう。
「俺はそれがいいと思うけどね。ガキじゃないんだ。あっちもあっちで何とかするだろ」
他ならぬハヤミの言はエディタを観念させたようだった。大きく息を吐くと頷いた。
「解った。あたしもクローナさんにお願いするのがベストだと思う。モーリ、じゃないヴァネッサには第二開発部で預かってもらおう」
マサトは満足げに微笑むとハヤミの方を向いた。
「で、ハヤミさんの番ですが」
来たか。ハヤミは身構えた。といってもハヤミの使いどころなどほとんどないだろう。自分にできることなどたかが知れている。
「ハヤミさんは基本的に第三開発部一課のテストパイロットということにしておくつもりです」
だろうな。大体予測通りの内容だったが引っかかるものもある。聞きたくはなかったが聞かずにもおれずハヤミは口にした。
「基本的に?」
しておく。という表現も気になる。マサトはにっこりと宣告した。
「必要に応じてハヤミさんには僕の実働戦力として働いてもらうつもりです」
「どういう意味だよ」
「そのままの意味です。これまでは必要に応じて軍の方から戦力を回してもらってましたけど。即応性もないし、いちいち交渉も必要だしであんまりいい方法じゃないんですよね。なのでこっちも自前で戦力を確保しておきたいと思ってたんです。言い方悪いですけど。僕の手駒って基本的に斬った張ったに向いてない人ばっかりなんで。だからハヤミさんは貴重なんです」
つまりテストパイロットでなく実戦パイロットとしても使う気があるってことか。ハヤミは複雑な気分になった。テストパイロットという役割もあまり気乗りしないのであるが実戦も実戦で気分のいい役割ではない。何より誰と、何のために戦うというのだ。元同僚だったら戦える自信もない。そこがはっきりしないで言われるがまま戦ってもろくなことにはならない。
「誰と何をかけて戦うってんだよ」
「もちろんそれは選択をしてもらった後に説明させてもらいますが、基本的には身を守るためでそれ自体が目的になることはほとんどないと思います。それに実働戦力ってのは何も戦うだけに限りません。あなたには必要に応じて僕の名代としても活動してもらうつもりです。まぁつまり、ハヤミさんには僕の直属の手駒になってもらうということですね」
「えー」
2人を預かるつもりでいたエディタは2人とも取り上げられることに不満を表した。
「普段はエディタさん付きですよ。あくまで必要な時だけ。とはいえ、しばらくは僕の仕事に慣れてもらうためにその必要が続くと思いますけど。それにエディタさんとクローナさんにギガンティア方面を担当させ続けるのも限界がありますからね。まぁそっちの仕事がやりたいと言うなら考え直しますが」
マサトがそういうとエディタは急に手のひらを返した。
「なるほどたしかに。それがいい」
どうやらエディタが担当していた役割をハヤミが負担することになるらしい。まぁエディタがやっていたことなら荒事でもないのだろうが、だとすると逆に気になる。
「で、今日の予定は?」
マサトがハヤミに聞くが答えたのはエディタだった。
「研修」
「なら、必要ないですね。早速ですけど借りますよ」
「必要ないって…まぁいいけども」
乾いた笑みを引き攣らせるエディタだが抗議する気はなさそうであっさりとハヤミの身柄を引き渡した。
「じゃ、ついてきてください」
「どこへ?」
「挨拶回りです」
足取り軽やかにマサトは歩き出し、ハヤミは益々混沌としていく因果に溜息をつく。
「ま、頑張って」
苦笑いしながら見送るエディタにハヤミは訊ねる。
「一個だけ質問」
「なんだい?」
「この先後悔するってことは?」
亡命してまでやろうとする何か。それにはそれほどまでの価値があるのか?
エディタはほんの少しだけ頭を回転させたが悩んでいるというより言葉を選んだだけのようだった。
「可能性は否定しない。でも、そうしない方がより後悔することになるのは確実だと思ってる」
「やらずに後悔するならやって後悔しろって?」
「そういうこと」
エディタの顔には何の迷いもなかった。少なくともエディタにとってはそうなのだろう。ハヤミにとってはどうであるにせよ。
先を行くマサトはエレベーター前で待機していてすぐに追いついた。2人以外にも乗り合いがあるので会話もなく地下1階の駐車場へ。乗るべき車に向かっているのだろう道中でマサトは口を開いた。
「車は?」
意図が解らずハヤミは肩を竦めた。
「こっちに住むならあった方がいいですよ。公共交通は別に不便なわけじゃないですけど。うちに最寄りがあるわけじゃありませんし、これから案内するところも辺鄙な場所にありますからね。それにこの国は道が複雑ですから、自分の足として車は合った方がいい」
「確かにコロニーにしちゃ車が多いな」
以前訪れたハルシュタットもそうだったが今いるエーデルワイス1も車が多い。これはWOZの小惑星を用いたコロニー全体の特徴でそれゆえに存在する起伏、それに対応した交通システムから車の利便性が高いことにあるらしい。観光ガイドにそう書いてあった。
しかし車を持つとなると免許とかはどうなるんだ?ややこしい話になりそうなのでハヤミは話を変えることにした。
「それよりお前、じゃなくてあんた俺より年上らしいじゃねーか」
「ああ、そうみたいですね」
マサトがあっさりと肯定した。つまりどれだけ少なくとも20代中ごろ以上にはなる。ハヤミには様々な疑問と困惑が浮かび上がってどこから手を付ければいいのか解らなくなった。
「別に嘘を言ってるつもりはないんですけどねぇ。書類上はちゃんと19ですよ」
「19と20代中盤じゃ全然違うだろーよ」
「それはそうなんですけど。そもそも僕の誕生日ってわかんないんですよね」
「は?」
「関連資料が残ってないんですよ。だもんで書類の関係で都合がいい数字で19ってことにしています。見た目も見た目なんで実際の数字を名乗る必要も薄いですしね」
「あー・・・」
ハヤミは言葉を失った。何とも複雑怪奇な生い立ちがあったものだ。いや、しかし仮にそうだとしてもこの見た目はどう理解すればいいんだ?
見た目には10台前半でも通用するほどマサトは若い。幼く見えるというよりそもそも体躯が未成熟なのである。男であることが不自然に思えるほど華奢で大きさや小ささの問題以前に骨格が異なる。
どう聞き出せばいいものか。そもそも聞いていいことなのか?ハヤミが悩んでいるのを察したのかマサトは自分から話し出した。
「僕がILSの被検体なのはご存じですね。現状のILSは物理的に人間と機械を繋ぎ合わせるアプローチで実現させているわけです。けど、これは人間を改造すること、そして更新と保全の部分でかなりの無理があります。だからこそ、これまでは夢物語だったんですけど。それを承知の上で無理矢理実現したバカ野郎がいましてね。こっちはその反動を受けてるわけですよ」
ハヤミはうっすらと察したが確認のために聞いた。
「つまり?」
「つまり、僕の身体はこれ以上成長しないってことです」
「嘘だろ」
ハヤミの言葉は儀礼的に口にしているだけでそれが本当であることを疑っていなかった。これでマサトに関する様々な謎に方向性が見いだせた。
「なるほど。で、そのバカ野郎とやらへの復讐がお前の目的ってわけ?」
復讐。ハヤミ自身そう思っているわけではないが話を回すために敢えてその単語を使う。マサトは否定しなかったが肯定もせず、ただ当たり前の事実のように答えた。
「それはただの反作用。僕自身のやろうとしていることとはまた別のお話ですね」
「反作用ねぇ」
因果応報という意味か。それ自体はそのバカ野郎とやらが導いたものでマサト自身の意思とは無関係だと言いたいらしい。
これまでのところハヤミは復讐という概念には縁がない人生を送っている。ゆえにその考え方は一般論の域を出ない。その一般論において復讐とは被害者の側にある考え方となる。ほとんどの人間がそう認識しているだろう。復讐は何も生まないなどとよく言われる言葉だが、これこそ被害者側の考え方だ。一方でマサトの概念では復讐とは加害者側が導いた結果、加害者の行動によって生じる反動でしかないわけだ。ユニークな考え方だとハヤミは思った。
程なくしてマサトは足を止め、一台の車がウインカーを点滅させた。見た目にはごくごく一般的な3ドアのハッチバック。まるっこくて愛嬌のあるデザインをしている。マサトの見た目には似合っているが、立場には全く似つかわしくない車だった。
「じゃ、乗ってください」
「予想外と言うべきか、想像通りと言うべきか」
「よく言われますよ」
助手席に乗ろうとしたとき、ハヤミは足が竦むのを感じた。先日の記憶がフラッシュバックしたハヤミは言わずにはいられなかった。
「安全運転で頼むぜ」
一瞬キョトンとしたマサトは全てを察して大笑いした。
「アレに乗っちゃいましたかぁ、ご愁傷様です」
助手席に座ると車は軽やかに動き出した。乱暴な運転ということもないスムーズな運転でISE社屋を出ると車はコロニー外環の高速道路に出ていく。
道中でWOZという国のこと、ギガンティアという個人そして組織のこと、そしてISEと言う会社のことを説明される。
ISE。アイデアル・スターク・エヴォルテックの略。元スターク・エヴォルテック社にアイデアルを足した名前であるがこのIはイスルギを意味してもいる。まさか強奪した会社の名前をそのまま使うわけにもいかないのでそう名付けたという。
「キャシーさんとは顔を合わせてるんですよね」
「二度と会いたくないが」
マサトは笑う。金髪の外務官キャシー・アグスティンとマサトは知り合いらしい。と、なれば。
「ならマチルダさんとも顔を合わせてますね」
やっぱりそうか。ハヤミは苦い顔をした。そんなハヤミを見て見ぬ振りをしてマサトは話を進める。
「あの2人は「僕の側」です。あとは外務局代表のリー・マハルって人とも協力関係なわけですが。ま、2人と顔を合わせてるんなら今回はスルーしましょうかね」
ホッとしていいのかどうか。ハヤミはシートに身体を沈ませる。つまりあの2人とは今後も関わり合いがあるらしい。
「んじゃまずは軍務局からいきましょう」
軍務局。他の国で言うところの国防省などに該当する機関は軍需企業であるISEとも結びつきが深い。その施設はISEと同じように外郭にあってほとんど人気のないエリアにあった。
挨拶回り、というマサトの説明には偽りはなかった。軍務局ではオガサワラという小柄な男がマサトに応待し、ハヤミに紹介された。オガサワラは無感情な男だったがハヤミにどこか同情的な顔をしていた。
滞在時間わずか20分。再び車を走らせながらマサトはWOZ軍に関して話始める。
「あの人は今のWOZ軍を統率している人物の片腕です。「僕の側」ではありませんが協力しています。僕らとの窓口役なんで覚えておいてください」
「ナンバー2ってやつ?」
「そうですね。本当はホンジョウって人も紹介したかったんですけどね。外務局は通るだけにしますんで場所だけ覚えておいてくださいね」
そこからはほとんど観光だった。外務局にはじまりWOZの主要機関を案内され、その組織の概要を説明される。そのうちのいくつかで軍務局と同じように窓口の役をしている人物を紹介される。実際のところこれらの挨拶回りにはほとんど意味がないのだとハヤミは理解する。重要なのはマサトのおしゃべりだった。運転している間は休みなしで喋り続けている。ハヤミは与えられる情報の中で重要そうなものを記憶にピン止めしつつ都市の構造を頭に入れた。
昼が過ぎ、ツアーはメインと思しき場所に差し掛かった。都市部を離れ、車は峠を駆け上がる。言われずともハヤミはどこへ向かっているか理解した。
ギガンティア。
小惑星エーデルワイス1のもっとも高い位置にある白亜の宮殿の威容は様々な場所から見ることができる。あらゆる観光ガイドがその宮殿が誰のものであるかを説明している。もちろん一般人は近づくことができないことも。その宮殿の外郭手前で車は停止した。
「ここがギガンティアです。この国の中心であり、最上。そしてその逆」
つまり全てね。事前勉強としてギガンティアと言う存在に関しては色々と聞かされてはいる。しかかしいまだにピンとは来なかった。
「今日は入りませんが、場所と入り口は覚えておいてください。車か徒歩でしか来れないんで」
それで車が要るって話になるのか。納得しかけてハヤミは重大なポイントをスルーしかけた。
「おいまて、俺がそのギガンティアとやらに入ることがあるってのか?」
つい先日まで健全なる地球連合国民だった人間だぞ。どういうわけかスルーされているがハヤミにもスパイになる理由はあるはずである。一体どういう神経しているのか。
当のマサトはへらへら笑いながら
「その必要がないといいんですけどねぇ」
などと解釈に困る返答をするのだった。
再び車は走り出し、マサトの舌は回る。今度は都市部からはどんどん離れ、ごく普通の一軒家の立ち並ぶ住宅街に入った。あまりに普通過ぎて既視感すら覚える。
「ここはどこなわけ?」
話を止めてマサトはその土地の名前を示す標識を指さした。
「エンストン6番区。と言っても解らないでしょうね。僕の領地って覚えておけばいいですよ」
「領地だぁ?」
知っていても会話で聞くことのないハヤミは困惑した。WOZは貴族社会とは聞いている。そしてマサトはシミズという貴族の中でもかなり上位に属している。領地を持っていても不思議ではない、のか?
ハヤミの想像をマサトは笑いながら補正する。
「この国での貴族は特権と引き換えに多くの制約が発生するんですけど。そのうちの一つが住む場所です。貴族に叙された一族はギガンティアに住む場所を指定されることになります。そしてそのエリア一帯の管理を任されるわけです。その領地の状態がその貴族のステータスになるわけで各貴族はエリアの環境整備に力を入れるわけですね。察しが付くと思いますけど大貴族ほど大きな、もしくは重要なエリアを任されるわけです。面倒を見るんですからもちろんそれなりに旨味はあります。でも吸い過ぎると別のエリアに飛ばされたり、最悪は貴族階級はく奪もあり得るんで長居したいなら程々にって感じですね」
なるほどねぇ。と相槌を打つハヤミだがほとんど縁のない話なので興味もかなり限定的だった。
「で、このエリアは領地としてはいかほどなものなわけ?」
「そうですねぇ。ぶっちゃけるとかなり小さいですし、見ての通りただの住宅地なんで旨味もあんまりありません。とはいえ僕は領地管理に興味ありませんし、下手に別コロニーに飛ばされても面倒なんで身の丈にあってるんじゃないですかね」
そりゃまぁ全世界飛び回って暗躍しているやつなら領地なんてあっても制約にしかあらんか。
マサトの言葉通りそのエリアは熱心に整備されているわけではなさそうだった。決して荒れているわけではないがWOZ中心部の徹底された保守管理は見られない至って普通。それがかえってハヤミには違和感を与えない。あまりに普通の住宅街なのでハヤミは覚えて置くのが難しくなった。都市内レールも伸びてはおらず、車でしか来れそうにない。ここに自力で来いと言われても難しい。
その街の一角。何かの工場のような四角い建物の敷地に車は入った。その飾り気のない外観からハヤミはそれを倉庫か何かと思った。しかしそれにしては立地がおかしいし人気もない。
車はその建物のガレージに納まった。目的地ということになるだろう。
「で、ここはどこ?」
「僕の家です」
あっさりとした答えは納得よりも疑問をもたらした。
「これが?」
確かに住宅街のど真ん中にあるが。見かけには住居とは思えない。ガレージから建物の内部に入るとハヤミの感想はさらにその印象を強くした。
豪邸、というよりは豪勢なガレージ、もしくは倉庫。というのがハヤミの感想だった。大きさだけは立派だがそれ以外はとにかく簡素。生活に必要そうな区画が隅の方にポツンとあるのだがそれ以外はだだっ広いホールと何やら区画分けされたブースで占められている。そしてそのホールにはわけのわからない機材が乱雑に並べられていた。
子供がホームセンターを私物化したような状態とでも言うべきか。そんな印象をハヤミは持った。
「秘密基地だな」
そう言われてマサトは嬉しそうに笑う。
「ワクワクするでしょー」
ハヤミは顔を顰めて否定したものの遺憾ながらワクワクしていた。ある区画には整理されたガンラックに大小様々な銃火器。別の区画には数台の車。さらに軍用と思しきアーマー類。何に使うか解らないツール類。まさに秘密基地。これにときめかない男がいるか?いや、いない。
見て回りたい、何に使うか聞きたいという欲求を我慢して連れられた先はデカいカウチで区切られた場所だった。ちょうど基地の真ん中ぐらいか。簡易なキッチンなども隣接していてどうやらここがこの基地のリビングに該当するらしい。
「今飲み物出すんで適当に座っててください。もう一人呼んでるんでその人待ちです」
マサトはそう言いながら簡易キッチンの方に向かう。これ幸いとハヤミは図々しく切り出した。
「見て回っていいか?」
「迷わないでくださいねー」
こちらを見もせずに言うとマサトはケトルに水を入れ始めた。お許しを得たハヤミはとりあえず来る途中で見かけた銃火器の部屋を拝見しに戻る。
わお、スゲー。
ハンドガン、ライフル、ショットガン、マシンガン、古いものから新しいものまで。綺麗に整備された銃が見事に陳列された部屋にハヤミは目を輝かせる。訓練で銃が大量に並べられている光景は見たことはあるがそれは精々数種類の同じ銃が大量に並んでいるだけで多種多様ではない。しかしここにあるものは一つ一つの形が違う。多種多様多彩。こんなに揃えて何に使う気だよ。と言う奴もいるだろう。しかしこれは揃えていることに価値があるのだ。なぜってかっこいいから。
触ってみたいという欲求を我慢して並ぶ銃を眺めていたハヤミに陳列状態ではない銃が目に入った。部屋の中央にある長机に整備中らしき銃が並んでいる。他の陳列されている銃に比べてそれらは実戦的なカスタムが施され、明らかに使い込まれていた。それはコレクションではなく、機械的な工業製品でもなかった。誰がどのような目的で使うかがはっきりしている。手にする者の意志を武力によって代弁する道具。兵器ではなく、武器。
ハヤミがその銃に目を奪われているとき、後ろから声がかかった。
「そいつに興味が行くとはお目が高い」
振り返るとそこに人はいなかった。首を傾げたハヤミは次の瞬間寒気を感じて仰け反った。ハヤミの真横、ほとんど密着状態で赤毛の男が立っていたのである。
驚き飛び退いたハヤミに赤毛の男はニヤニヤしながら聞く。
「はて、どこのどちらさまかな?」
ハヤミにしてみればこっちの台詞だったが両者の疑問はこの家の主が回答してくれた。
「僕の客ですよ。驚かさないでやってください」
マサトがやってきた。呆れ顔で赤毛の男を睨みつけるとハヤミにその男を紹介する。
「紹介します。エルンスト・ティアフォルク。僕はフォルクさんって呼んでます。こう見えてこの国では結構な重要人物なんで嫌われないように注意してくださいね」
赤毛の男は軽く手を挙げて気さくな男を演じた。既にハヤミの戦闘本能はその赤毛の男を敵に回してはいけないと確信していた。亡命騒ぎの時のスミスも相当な猛者だっただろうがその男はなんというか、次元が違うのである。カンナギと同じかあるいはそれ以上の得体の知れないヤバさを感じる。
「なんか警戒されてる?」
「されない要素がないでしょ」
おどけて見せるティアフォルクにマサトが白い目を向ける。今度は男にハヤミを紹介する。
「こっちがハヤミ・シロウさんです。例の件で巻き込まれにきたイレギュラーってやつです。どうせ聞いてるでしょ?」
巻き込まれに来たという表現が癪に障るところだがハヤミは我慢する。ティアフォルクの方はニヤニヤしながらハヤミにとって不吉な名前を口にした。
「ああ、カンナギに聞いた。面白い奴だってな」
やっぱり同類か。カンナギの名が出たことでハヤミの中で線が繋がった。この男もその手の荒事を担当している人種なのだ。
「で、わざわざ呼び出して紹介してくれるということは、今後お近づきになるってことなのかな?」
正直なりたくないんだが。言ってやりたいところだったが顔に出すだけに留める。しかしマサトは苦笑するだけでハヤミの意思は無視した。
「そういうことです。従士にするつもりなんでギガンティアに紹介してもらえますかね」
従士ってなんだ?とハヤミは首を傾げ、告げられたティアフォルクも意外そうな顔を浮かべた。
「そりゃ構わんが。亡命者をいきなりねぇ」
ティアフォルクは目を細めてハヤミを観察する。その視線にハヤミはカンナギを想起した。疑念を抱いているというよりは面白いことになってきたという顔である。この男も状況を楽しんでいるってわけだ。
「で、従士にする以上、こいつはお前の目的を理解してるってことでいいのか?」
してないが。そう言いたいところだったがマサトの思惑が解らないのでハヤミはマサトの方を睨んでそれを要求する。二人の視線を受けてマサトは頷いた。
「それを今からやるところですよ。折角入れたお茶を無駄にさせる気じゃないでしょうね」
マサトは顎をしゃくって先ほどのリビングの方に歩き出した。
「なるほど、ちょうどいいところにきたわけだ」
予期せぬイベントの発生にティアフォルクは喜びの表情を浮かべる。
基地ど真ん中のエリアに戻るとマサトは座るように促し、用意してあったお茶をテーブルに置いた。ティアフォルクは席には座らず、少し離れた場所の机に寄り掛かる。マサト自身もカウチに座ると普段の温かみのある表情を消した。
「さて、さっきも言った通り。ハヤミさんにはこの先、僕の手札として動いてもらいたい。必然、そのためには僕が何をやるつもりなのかを説明する必要があります。なのでこれからそれを話します。もちろん、あなたは断ることもできる」
ハヤミは不穏さを感じ取った。腕を組んでティアフォルクがニヤニヤしている。
「つまり、聞いた時点で後戻りはできないってことだ」
「そういうことです」
マサトはきっぱりと言い切る。聞いた上で断ればどうなるものか。考えてもしょうがなかった。ハヤミは既に答えを出しており、それに対する覚悟も決めている。あとは飛び降りるだけだ。それにも大した迷いはなくハヤミは踏み出した。
「解った聞こう」




