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第七話 貴女のおかげで2

                      邂逅2


「だいじょうぶ? けがしてるの?」


そう聞こえた先を見ると、そこには一人の少女が立っていた。歳は大体、五、六歳くらいだろうか? 不安げな表情で私の顔を覗き込んでいる。まさか私を心配しているのか?少なくとも敵意は感じないし、いざというときは最悪何とかなるだろう。私はヒレに力を少し入れ、顔を上げて少女の方を見る。


「お前は…人間か?」


 自分でも驚くほど弱弱しい声が口から漏れ出す。分かり切ったことを何の意味もなく聞いてしまったことにほとほと呆れる。体が弱っているせいでどうも頭がうまく回らない。そんな私を見た少女はより一層、不安げな表情で私の顔や体を見回す。


「それよりもヒレをけがしてるよ? それにすなはまにいたらしんじゃう!」


 少女に言われて気が付く。確かに今私は砂浜にいるが息苦しくない。どうやらエイの姿のままでも地上で息が出来るようだ。あらためて自分がエイそのものでも人間そのものでもないことを実感する。


「大丈夫だ…私は特別だから陸でも生きれる。」

 先ほどよりかは生気の宿った声で答えることが出来た。だが、少女は私の大丈夫という言葉が聞こえなかったのか、不安げな表情が和らぐことはなかった。


「でもヒレけがしてるよ! ばんそうこうはらなきゃ!」

 そういいながら小さいポシェットから絆創膏をとりだし、私のヒレの傷にペタペタと張り付けていく。まさか初めて貼る絆創膏が人の姿じゃなくてエイの姿になるとは。

 小さい子供が慣れない手つきで張り付ける絆創膏は私から見ても少々不格好だが、それでも一生懸命、けがを直さんと絆創膏を張り付けている少女の姿は健気でとても暖かいものに見えた。


 それはそれとして傷口の大きさに全くあっていない絆創膏を張り続けられると体中が絆創膏まみれになってしまう。


「絆創膏をありがとう。でもけがの方も大丈夫だ。だからもう張らないでくれ。…いやほんとに大丈夫だから…」


 私がそういっても少女は「だめだよ! けがはなおさないと!」の一点張りで貼るのをやめなかった。


「…そうか。手当ありがとう。」

 私はあきらめて感謝の言葉だけを述べるのだった。

 しばらくすると絆創膏をはる手が止まった。絆創膏をすべて貼りきったようだ。今が頃合いだろう。私は少女の顔を見ると少女に対して質問を投げかける。


「そういえば、お前の名前はなんていうんだ?」


 水族館に行ったとき、鯨井は自分の名前を自分から名乗っていたのを思い出す。人間は他の生物とは違って個体別に生物の学名とは別の個としての名前を付ける。その名前を意識することは無かったが、この少女の名前は憶えておきたいと思った。憶えておくことで少しでもこの少女を私の中に保存しておけたらいい。そう思ったのだ。


「わたしはまどか! みなぎまどか!」


 みなぎまどか。


 目の前の少女は子供らしい屈託のない笑顔でそう答える。みなぎが名字でまどかが名前だろう。おそらく親が付けた名前だろうが、いったいどんな由来でつけられた名前なんだろうか?そんなことを考えていると、まどかと名乗った少女は私に対して先ほどと同じ笑顔で問いかけてくる。


「あなたはなんておなまえなの?」

「私か…私は特別でも結局エイだからな…名前はないな。」


 言われてみて気が付く。確かに私には個としての名前はない。人間の姿になれるとはいえしゃべることが出来るたり、地上で息できること以外、所詮は海で生まれた普通のエイだ。個としての名前もなくただ「エイ」という生き物としてこの世に存在し続けてきた。しいて言うなら、私のエイとしての名前は「オニイトマキエイ」というくらいだろうか。それも種としての名前であって、私個人…個エイ? の名前ではない。


 私に名前がないことを伝えるとまどかは少し考えて、何か思いついたように顔を明るくする。


「じゃあわたしがつけてあげるね! エイだからおなまえは…」


 まどかは「う~ん」とうめき声を上げながら難しそうな顔で必死に私の名前を考えてくれているようだ。その様子は面白おかしいというか、なんだか可愛らしく見える。しばらくしてまどかは顔を明るくすると何やら満足そうな顔で首をうんうんと縦に振っている。そしてまどかはこちらを向くと私に名前を付けてくれた。


「レイ! あなたの名前は今日から「レイ」だよ! どう? かっこいいでしょ!」


 手を腰に当て、自信満々に考えた名前を披露する。正直、元の「エイ」とほぼ変わっていない名前な気がするがこんなに自信気に言っているんだから指摘するのは野暮だろう。


 私は「レイ」という名前を頭で反芻していた。


 海にいた頃、人間は愚かなものだと思い込んでいた。だが、いろんな人と関わって愚かなだけが人間じゃないことを知った。


 それでも私はワダツミの言っていた「愛おしい生き物」という言葉が何なのか分からなった。今でもワダツミがその言葉を使った本心は分からない。


 だが見ず知らずの私を心配して一生懸命に絆創膏を張って手当をし、頭を悩ませて名前を考えてくれた。

 私はこの少女に対して私は何か、心の奥からじわじわと温かいものを感じていた。この少女を守らなければならない。そんな風に感じていた。


 きっとこれが愛おしさなのだろう。もし違うとしても、私の中ではこれを愛おしさにしてしまおうと思った。本当の意味での愛おしさなんてものは分からなくてもいい。自分が納得する愛おしさを見つけることが出来たんだから。


 しかし「レイ」という名前、確かにかっこいい。人間の子供が考えたにしてはなかなかセンスのある名前なように思う。私に磨かれたセンスがあるとは思わないけど。 


「どう? 気に入ってくれた?」


期待のまなざしでまどかはこちらに投げかけてくる。物理的に光っているわけじゃないのに、まどかの目には明かりがともっているように見えた。


「あぁ。いい名前だな。ありがとう。」

「ほんと?! よかったぁ!」


まどかは満面の笑みでぴょんぴょんと跳ねる。名前を気に入ってもらえたことが相当、嬉しかったのだろう。私としても、ここまで喜んでもらえると、嬉しいが何だか気恥ずかしい気もする。


「円海―! もう行くわよー!」


 どこからともなくまどかの名前を呼ぶ声が聞こえる。声の方を見ると女性がこちらに向かって手を振っていた。おそらくまどかの母親だろう。まどかはその声の方に顔を向けると「今行くー!」と叫ぶ。


「ママが呼んでるからもう行くね。またね! レイ!」


 そういうとまどかは私に手を振り母親の方へと駆けていく。私はそんなまどかの背中を見送った後、絆創膏が剝がれないようにゆっくりと海へと潜っていった。



                   引き裂かれる


「レイー! 今日も来てくれたんだ!」


 円海がこちらに走ってくる。私は水面から顔を出す。空は夕映えの色に染まり、少しだけ夜の寂しさを感じさせた。 


「そっちこそ。今日も来たのか。」

「うん! だってレイといるの楽しいんだもん。」


 円海は何でもないようにそう言ってのける。私と円海は毎日のように砂浜で会っていた。私が海についての話をしてやればとても楽しそうに聞いていてくれたし、円海は自分の家族や好きなものなどの事について沢山話してくれた。


 それと一緒にいつも来るのが夕方になるのは昼間に「学校」というものがあるからという事も聞かされた。学校のことを話している円海の顔にはどこか陰りのようなものが見えた。学校が何かは大体知っているが、実際に自分が通っているわけじゃないから円海が学校という場所に感じている何かを想像することはできなかった。


「ねぇレイ? 今日はお話以外もしたいな。」

「話以外か…。」


 今まではずっと砂浜で話をすることしかしてこなかった。円海とはエイの姿でしか会わないから鬼ごっことかそういう人間の遊びには付き合えない。


 人間の姿になれば付き合えるのだろうが、私は人間の姿にはならなかった。円海を驚かせてしまうし、何より人間の姿になったことであの時のクジラに目を付けられたら、円海を危険にさらしてしまうことになる。そうならないように普通のエイを装うことにした。


「円海は何をしたいんだ?」

 結局、何がしたいか分からないので円海に聞いてみる。


「んー…じゃあ、レイの背中に乗って海に行きたい!」

「海か…」


 背中に乗ること自体は構わないが海に出るとなると話が変わってくる。円海が海に落ちてしまったら大変だし、あのクジラが出てきたらお終いだ。


「…もしかして、できない?」


 捨てられた子犬のようなしょんぼりした顔で私を見てくる。そんな顔されたらどれだけ危険性について頭で議論したとて何の意味もなさなくなってしまう。だが私はそんな顔には屈しないぞ。ちゃんと危険なことを伝えて、きっぱり断るんだ。


「…すこしだけだぞ。」


 ダメだった。こんなしょげた顔を見せられて断れる奴なんていないだろ。


「ほんと?! やったー! うみ、うみ、うみ~」

 断り切れない自分にほとほと呆れてしまうが、こんなにはしゃいでいる円海を見たらそんなこともどうでもよくなってしまった。



「うわー! すごい! 海の奥ってこんな感じなんだね!」


 私の背中の上で目を輝かせながら海を眺める円海。私たちは少し沖の方へと来ていた。


「大丈夫か? 怖くはないのか?」

「大丈夫だよ。レイがいるもん。」

「…そうか。」


 まっすぐな言葉に少したじろいでしまう。それでも私は、円海が落ちないようにゆっくりと泳ぐ。当の円海は水面から見える小魚や真っすぐと広がっている地平線を楽しんでいた。


「…やっぱり、レイといる時が一番楽しいなぁ…。」

 楽しいと言っている割にはどこか遠いところを見つめるような、そんな空虚さを感じた。


「…学校というところは楽しくないのか?」


 前に円海が学校の話をしている時に私は、円海が寂しげな顔をしているのを覚えていた。円海がこんなことを言ったのも多分、学校という場所に関するのだろう。そう思ったところで私は円海にとってあまり好ましくないことを聞いているように思えた。


「いや、答えたくないならいいんだ。ほんとうに。」

 私の背中の上で膝を抱えている円海を見て、焦って弁明をする。だが、円海はゆっくりと答えてくれた。


「私ね。学校に友達がいないの。人見知りだから他の子と話せないの。」

 学校に友達がいなくて楽しくない、という事だろう。学校というものを知らないから何とも言えないが、いつも笑顔な円海がこんな顔をするようなことだ。きっと円海にとってとてもつらいことなのだろう。


「レイは友達いる?」

 不意にそんなことを聞かれる。よく考えてみる。


「…いないな。そもそも言葉を話せる奴が海にはいないしな。」

 最初のワダツミはノーカンだ。


「じゃあ私たちお揃いだね! 友達がいないから、お互いが初めての友達!」

 円海は憂いの晴れた明るい顔で宣言する。友達というものすらよく分かっていないが、友達という言葉の響きは悪くないし、なんならそれを言われて嬉しいとすら思っている。


「…そうだな。私と円海は友達だな。」

「うん! 友達!」


 私たちは海の上で友達と誓い合った。

 だが、私たちの平穏はすぐに引き裂かれた。


「ねえレイ。雲が出てきたよ?」


 円海は少し不安そうに言う。だが私はそれ以上のものを感じていた。辺りの雰囲気が凍るような感覚。この感じは私が知っている雰囲気だ。


「戻るぞ。ここにいては危ない。」

 私が砂浜の方に体を向けたその瞬間だった。

 水面がもりあがり、巨体が顔を出す。


 くじらだ。天使の翼と輪っかを持つ、凍り付いたくじら。


「レイ…あれなに…?」

「逃げるぞ、円海! しっかり捕まってろ!」


 円海の疑問に答える余裕なんてなかった。くじらに背を向け全力で水面を駆ける。奴の狙いは私だ。砂浜に円海を連れていけたらあとは私だけで何とかする!


「レイ! くじらが!」

「わかってる! 落ちるんじゃないぞ!」

 くじらは巨体に似合わず、ものすごいスピードで迫ってくる。こちらもそれに合わせてスピードを上げる。


「あそこ! 砂浜!」

 円海がそう叫ぶ。前を見ると確かに砂浜が見えた。周りの建物に見覚えがあるからちゃんと戻ってこられたようだ。あと少しで円海を安全なところに連れていける。だが、後ろを追ってきているくじらは、私の一瞬の気のゆるみも見逃さなかった。


「ぐああ!」

「うわあ!」


 くじらが放ってきた光線を避けようとしてヒレにかすってしまった。だが、そんなことは私にとって些細なことだった。


―光線に当たった衝撃で円海が海に投げ出されてしまったのだ―


「円海!」

 円海の体が海の底へと落ちていく。海に沈んでいく円海を海に潜り全力で追う。


 あと少しで追いつける。

 あと少しで届く。

 ヒレのままでは手をつかむことが出来ない。

 私は体に力を込め、円海に向かって手を伸ばす。


「死ぬな! お前だけは私が助ける!」

「れ…い…」


 口の中に水が入ってきて苦しい。それでも、私は私を友達と受け入れてくれた大切な人の手をつかんだ。


「待ってろ円海! すぐに砂浜に連れて行ってやる!」


 円海の体を腕で抱きかかえ足で泳ぐ。幸い、砂浜までは遠くなかったので私の体力ならすぐ砂浜に着くことが出来た。

気を失っている円海を砂浜の安全な場所に寝かせておく。本当は家まで送ることが出来ればいいのだろうが、それもかなわない。海の方に目を向けるとあのくじらが未だに私を狙っていることが分かる。

私は両手に刀を構える。


 無謀な戦いだとわかっていても、私はここで立ち向かわなければならない。

 刀を強く握り、くじらの方へと切っ先を向け、私は叫んだ。


「私の大切な人を傷つけた罪。ここで貴様に贖(あがな)ってもらう!」



                     記憶


「ここは…?」


 目を開ける。

 辺りを見渡す。

 小さい水槽か何かの中だろうか。海の色とは違う、緑かかったような液体の中にいるようだ。

 液体と水槽越しにはディスプレイが無造作に置かれ、乱雑に配線が伸びている。

 汐光町のどこの場所とも似つかない、見覚えのない場所だった。

 歩こうと足に力を入れようとするが足が動かない。それどころか体中に力が入らないい。――体何がどうなっているんだろうか。


「やっと見つけられたよ…。これで僕の計画が進められる…。」


 声が聞こえてくる。液体の中にいるせいですこし聞こえづらいが、何を言っているのかは聞き取れた。声の主であろう男の顔はぼやけて見えないが、私がいる水槽の前に着てガラスに手を当てているのが分かる。


「ごめんね…。海異で襲うなんて強引な真似をして…。でも、これもみんなが死ななくていい世界を作るためなんだ…。」


 何を言っているのか、ほとんど分からないがこの男が私たちを襲った張本人であり、あのくじらに立ち向かって負けたことを口ぶりから察することが出来た。だが、それでいくと私を殺さず、わざわざ捕まえて水槽に放り込んだことになる。何のために? わからないが少なくとも、こいつが円海を傷つけた張本人という事はわかる。

 円海はどうなった? まさか円海にも何かあったのだろうか。私の中でふつふつと感情が沸き立つのを感しる。


「くそ! ここから出せ!」

「それはできない。なんせ僕の計画の鍵を逃がすわけにはいかない。」


 怒りに任せてガラスを殴ろうとするが体に力が入らない。もし円海にあれ以上手を出しているのであれば許さない。それに、私を友達と言って受け入れてくれたあの子を傷つけた罪をここで償わせてやる。だが、私の体は無情にも私の言うことを聞いてはくれない。


「大丈夫…。悪いようにはしない。ちょっといろんなことを忘れてもらうだけだから…。」

 男がそういうと何かの機械が動き出す音がする。その瞬間、意識が遠のいていくのを感じた。

「くそっ…! 意識が…!」


「大丈夫。円海ちゃんは無事だ。…円海ちゃんにも少し忘れてもらったけど。」

 作られた優しさを張り付けたような声を聞いて、私の意識は完全に底へと沈んでいった。




「君は自分が誰だかわかるかい?」

 目の前の男が水槽越しに質問をしてくる。


「わからない…。」

 率直に答える。今、私自身が何者でどうしてここにいるのか、全く分からない。まるでその部分の記憶が抜け落ちたような感覚だった。


「じゃあ君の名前は?」

「なまえ…レイ?」


 何も分からないはずなのに名前だけは鮮明に浮かんだ。自分で名付けたか、他の誰かが名付けたかも分からない名前だが、この名前には何か愛着のようなものを感じた。


「名前は憶えている…か。完全に記憶を消せずに分離という形をとって危険な存在を生み出してまで記憶を消したというに。よほどの執着があったのだろうか…。」

 男は意味不明なことを言う。男の位置よりも奥の方から聞こえてくる「グオォォ!」といううめき声がその危険な存在の声だろうか。


「まぁいいだろう。僕のこの話も向こうに言ったら忘れてしまうだろうし。レイ、君はこれから町を守る存在になってもらうよ。といっても、僕が作った町だけどね。」


 男のその声を最後に私の意識は消えたのだった。



 辺りの景色が明瞭に見えてくる。

 観客用の大量の椅子。

 赤黒く染まった裏の町の空。

 そして、レイと黒い剣士が全く同じ顔をお互いに向けあって対峙している。黒い剣士はレイの針状の刀の切っ先を喉元に突き刺している。


 今まで見ていたものはレイの記憶? ワダツミっていう神様に生み出されて、エイの姿で海を泳いだかと思えば私の知ってる和服姿のレイになって、変なクジラと戦って? 何も頭の整理が追いつかない。それでも、私は大事なことを記憶から知ることが出来た。


 溺れかけた私を助けてくれた恩人というのはレイだったのだ。

 それどころか、幼いころ、人見知りで友達がいなかった私と初めてと友達になってくれたのもレイだったのだ。私はそれら全て、もっと言うならレイに関すること全てを完全に忘れていたのだ。自分にとって大切どころか、人生を救ってくれた相手を今の今まで完全に忘れていたのだ。どうしてこんなにも大事な人を忘れていたのだろうか。


レイ自身も同じ記憶を見たようで、黒い剣士に突き刺さった刀を握りながら目を見開いてあっけにとられていた。


「レイ…。」

 名前を呼ぶ。レイはゆっくりこちらを向く。お互いの目を見つめ合う。今、私とレイは同じ気持ちで同じ表情をしているのだろう。


「円海…。」

 レイは私の名前を呼ぶと、目をつぶり、口をほんの少し緩ませると


「そうか…。ちゃんと大きくなったんだな…。」

 そう呟いた。

 私は何も言えずに立ち尽くしていると、黒い剣士が口を開いた。


「次で最後だ…。あとは任せたぞ…。私と…円海…。」

 その瞬間、辺りがまた日怒りに包まれる。光がやむとそこにはステージの上にレイがいた。




 

「私は…なんてことを…忘れていたんだ…。」


 頭を抱え、その場にへたり込む。私は今の今まで大切な人のことを忘れていた。この世界がデータの世界で、今が一回目のループだとかそんなことをイサナから聞き出すよりも大事なことを忘れていたのだ。その様子を黒い剣士は無表情で見降ろしていた。かぶっていたヘルメットはいつの間にかなくなっていて、私と瓜二つの顔がさらされていた。私の記憶を分離させたときに生まれた存在なのだから顔が同じなのは当然だろう。


 私は今何をするべきだ?


 このまま世界が崩壊するのを待てば、世界はリセットされてループし、イサナの思うつぼになってしまう。だからと言って、今私が出来ることと言えば目の前の黒い剣士と戦うくらい。でも、そんなことをしたところで今の状況を打破できるとも思えない。


「終わりか?」


 黒い剣士がはっきりと、ドスの利いた声で問いを投げかけてくる。


「お前の抱いた感情はそんなものか? 大切なものを忘れ、奪われ、引き裂かれた。それでもお前はこんなところで歩みを止めるのか?」


 それは嫌だ。

 イサナによって失われた私の記憶。

 イサナのくだらない理想のために死んでいった仲間たち。

 イサナのどうでもいい計画のせいで巻き込まれかけた円海。


 ここで終わってしまえば、次も、その次も、その次の次も、イサナの手によって私の信じた大切なものたちが汚され、穢され、侵されていく。だったら私がここで、ただで転んでやるわけにはいかない。

 私は立ち上がり黒い剣士の方を向く。手を前に向け黒い剣士の額に触れる。


「今の世界がだめなら、次につなげる。黒い剣士…いや、私の記憶よ。記憶媒体とっして、この一回目の世界を覚えていろ。そしてこれから先、何十回、何百回とループし、そのたびに現れるその世界の私に記憶を渡せ。何回とループしようがその時の私は同じ選択をするはずだ。」


 私の体は足からどんどんと泡になっていき、黒い剣士の中へと入っていく。


「この先何回とループする中で、「その時」はいつか訪れる。それに備えて、記憶を力とし、たくわえ、「その時」の私に託してくれ。」



 辺りの景色が元のステージの上に戻る。こう何回も記憶を見せられると頭の中が混乱してしまいそうになる。だが、今見せられた記憶が一回目のレイの記憶であることはすぐに理解できた。

 記憶の中のレイや黒い剣士が言っていることを全て理解できたとは思わない。それでも、レイが今の今まで999回のループ分、何かを積み重ねてきたことは分かった。それも私や真子さん、鱶崎さんのために。


 年数にしたらどれくらいになるのだろうか?

今まで何人のレイがその身と記憶を黒い剣士に捧げ、繋いできたのだろうか?

ループの回数から数えればわかることだろうが、実際に数えてみる気など起きなかった。

レイはいまだに黒い剣士の喉元に突き刺さった刀を握ったままだ。


「…円海。」


 レイが私の名前を呼ぶ。今までとは違う、決心のこもった声だった。


「少し待っていてくれ。今までの分を受け取る。」

 レイはそういうと黒い剣士から刀を抜き、刀を持っていない左手で黒い剣士の頭に触れる。


「今までどれだけの物をその身に宿してきたか。記憶を見ても計り知れないが、お前が積み重ねてきた分、きっちりと使わせてもらう。…ありがとう。私の記憶。」

 そういった瞬間、黒い剣士の体が泡となりレイの体へと入っていく。そして最後には、黒い剣士のすべてがレイの中に入り終わる。

 

「レイ…。」

 レイの名前を呼んだ私の声はハッキリとしていた。

 レイはこちらを向き、私の元へ歩いてくる。やがて、私の前に来ると左手で私の頬にそっと触れてくる。


「円海。今の私にできることは少ない。でも、少なからずお前を表の町に返してやることが出来そうだ。」

「え?」


 今、レイは私のことを表の町に返そうとしている。私はまた、レイに助けられるだけになるのか?


「いやだよ! レイを置いて帰るなんてできない! やっと思い出せたのに…お別れなんて嫌だ!」

 ありったけの感情をぶつけた。でも、レイはその様子を見てはにかむ様に笑う。


「あんなに小さかったのに、もう子供じゃないんだな。」

「こんな時に子ども扱いかよ…。」


 レイは我が子が成長したかのような態度をとる。子ども扱いは好きじゃないが、不思議と嫌な感じはしなかった。


「大丈夫だ。別に今生の別れになるわけじゃない。」

「だとしても! 表から裏なんてどうやって行けばいいの! レイを助けたいよ…レイと一緒にいたよ…。」

 レイがどんなに帰れと言ったって私は帰らないぞ。絶対にレイと一緒に帰るんだ。


「…気持ちは嬉しい。だが、誰かがイサナを止めて、世界を救わなきゃならないんだ。」

「なんでそれをレイがやんなきゃいけないの?! ワダツミっていう神様に勝手にやれって言われただけでしょ?! だったら―」


 感情の波に押されて言葉がつかえてしまう。それに比例して私の視界はどんどんと滲んでいった。


「円海、もし私がここで投げ出したら、お前と出会った世界もなくなってしまう。私はお前と出会えた世界を守りたいんだ。」

「レイ…」

「それでも、私を助けてくれるというなら、その時は、私が円海にやった時と同じように、私に手を伸ばしてくれ。私はその手を絶対につかんで見せる。」


 そんな風に言われたらもうわがままなんて言えないじゃん。


「…ほんと? 約束だよ? 私も絶対にレイの手をつかんで見せるから!」

「ああ。約束だ。」


 レイはそういうと、私の額に手を当てる。

 私はレイに体を預ける。次第に私の意識は海の奥へと沈んでいった。



                 反逆2


 円海は無事に表の町にたどり着けただろうか。

 少なくとも何かしらの危険がある状態で帰っていることは無いだろう。


 今、私がやるべきこと。


 簡単なことだ。ループを今ここでせき止め、次のループへと行けないようにしてやればいい。今の私にはそれが出来る。黒い剣士が残した刀の一本を左手にとり、切っ先を赤黒く染まった空へと向け、黒幕に向かって叫んでやる。


「イサナ! お前の計画はここで終わらせる! 指でも咥えてみていろ!」

 ステージの周りからおびただし数の海異が湧いてくる。

 なるほど。これがイサナの返答というわけか。なら、こちらも全力で叩き切るのみだ!


「ふん! はあ!」


 向かってくる雑魚海異どもを次から次へと切り刻んでいく。

 一匹、また一匹、また一匹。

 向かってくる火の粉を振り払うように、両手に握られた刀を全力で、大胆に振るう。


「フハハハ!」


 今までの私が抱いた怒りの分を刀に込めてふるう。その瞬間は、ただただ心地よく、清々しい気分になれた。

「イサナァ! お前に絶望をくれてやる!」


 ハイになった気分のまま、聞いているかも分からない相手に向かって叫んだ。その時だった。

 空から何者かがゆっくり降りてくる。私同じ姿をしているが、生気の宿っていない黒い色をしていた。データの世界だから私のコピーを作るのもたやすいか。だから何だ。そいつも叩ききるまでだ!

 私はコピーが下りてくるのも待たずに、床を蹴りとび上がりコピーに向かって刀を振り下ろす。コピーも負けじと刀で受け止める。コピーが私を振り払うとそのまま私に突っ込んでくる。


「やってやるよ!」


 そう叫び、刀を振るう。私たちは空中に浮かんだまま刀をぶつけ合った。

 刀がぶつかる激しい金属音がステージの上に鳴り響く。

 下の海異どもも音と気迫に押されて私に手出しはしてこない。


「私と同じ姿だから警戒したが…黒い剣士の、私の記憶に比べれば大したものじゃないな!」

 コピーを足で思い切り蹴飛ばす。コピーは受け止めきれずそのまま後ろへと飛ばされる。


「何も積み重ねていない偽物め! これで終わりだ!」


 過去の私の積み重ねを一瞬でコピーしようなんて片腹痛いわ!

 コピーに向かって突っ込み、針状の刀で腹のあたりを貫く。コピーは声も出さず泡となって消える。

 海異はこのまま際限なく湧き続けるだろう。何ならさっきのコピーと同じ奴だっていくら出てくるか分からない。それでも、私はここで海異やコピーどもをなぎ倒し、ループを止め続けるために、この身をくべ続けなければならない。円海を、円海のいる世界を守るために。円海が手を伸ばしてくれるのを信じて。

七話目「貴女のおかげで2」


やっぱり2が付きました。こんにちは、深水 優です。


レイの過去編パート2! と同時にこの話で大きな区切りがつき、第一部が完結したという形にになります。


いやあ二人とも尊い! 小さいころの円海とエイの姿のレイの今まで見てきた二人とは違った形で見ることができるので新鮮な気持ちで読むことが出来ます。


レイの視点での幼い円海やそれに対しての感情や感覚は書くのに本当苦労しました。いつも以上にキャラクターとの対話を大事したのでかなり自信があります。


他にも、天使見たな見た目の氷を纏ったクジラや、レイの記憶を抜き取った謎の人物などサラッと謎が結構出てきたりもしました。


さて、レイのおかげで表の町に帰ることが出来た円海はこれからどうなってしまうんでしょうか?

第一部はここで終わりですが、そのまま第二部が始まります!


もし、続きが気になったり、「レイさん…いいわぁ…」「あのクジラなんなの?!」となっていただけたらブックマーク登録、評価の星のボタンを押していただけると叫ぶほどに喜びます。


次回の八話目は9月2日(水)18:30投稿予定です。


ここまで読んでいただきありがとうございました! 次回もお楽しみに!



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― 新着の感想 ―
1-6までは一気読みしてていい作品だと思いました 日にちが空いて7以降を読むと何が何やら分からなくなっていました 凝っているシナリオはいいのですが、溜めて毎日投稿とかしないと読み手にはきついと思います…
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