第八話 戻ってきた町。新しい仲間
狭間
「…ここは?」
辺りを見渡す。動く景色、天井からぶら下がっているつり革、心地よく揺れる床。ここは電車の中? どうやら私は電車の椅子に座って寝ていたようだ。なんで電車の中にいるんだろうか?
そんなことを考えながら立ち上がり外の景色を見る。辺りには何もない。外を見てわかるのは、この電車が何もない海の上を走っていることだ。一面の海の上を電車は当たり前のように走っている。
私は椅子から立ち上がる。
これは夢?
いくら何でも非現実的すぎる。いやまぁ、裏の町なんてものにいた時点で現実もクソもないけど。とりあえず他の車両を見て回ろう。そんなことを考えながら、前の車両に移動するために仕切り扉に手をかける。
「久しぶりだね? 円海ちゃん。」
「うわああ!」
後ろからいきなり話しかけられて驚いてしまう。何回目だよこの流れ。
後ろを見ると、白いワンピースを着た、髪がロングの女性がいた。
「もしかして、澪さん?」
「お! 憶えていてくれたん! 私すっごくうれしい!」
一瞬、本当に澪さんか迷ったが「わーい!」と言いながら万歳して喜ぶ姿を見て、あの時、私とレイにお守りをくれた変なお姉さんと同じ人物だと確信できた。
「よかったー。ギリギリキャッチ出来て! おかげで色々話せるよ!」
「…もしかして、ここが何か知ってるんですか?」
色々話せるとか言うくらいだから知っていることは多いだろう。
レイに表に返してもらったのに着いた場所は謎の電車の中。知りたいことがたくさんあるのに、どうも緊張感がない。
「んー教えてもいいけど、まずは堅苦しいから敬語はやめてほしいな!」
「えぇ…」
普通に困惑。まあでもそれで教えてもらえるなら問題はない。
「じゃあ、この場所が何か知ってるの? レイに帰してもらったらいつの間にかここだったの。」
敬語を外して話すと、澪さんは表情をニンマリとさせえて話し始める。
「順応早くてたすかるねぇ。じゃあ教えてあげよう! ここは裏と表の狭間。なんと私が作った場所なのです!」
なるほど? 表と裏の狭間? わかるような分からないような。
「じゃあなんで電車?」
「んー…。多分、私の思い出の景色なんじゃないかな?」
澪さんは少し首をかしげながら、それでも楽しそうに語る。思い出の景色とはどういうことだろうか。
「ああごめんね。思い出の景色って言ってもわかんないよね? 多分、私が一番思い出に残ってた電車の中が今の子の景色なんだと思う。 イサナ君もそういう感じだったし。」
「イサナ君?!」
目を見開いて澪さんを見つめてしまう。イサナ君ってあのイサナのこと?! だとしたら馴れ馴れしすぎるだろ?!
「イサナのこと知ってるの?」
「うん。知ってるよ。だってあの人は××××××××××××だから…って、やっぱりだめか…。」
澪さんの声にノイズのようなものが混ざる。しかも、ノイズのせいで肝心なところだけが丁度よく聞こえなかった気がする。
「今のって…」
「多分、イサナ君がかけたセキュリティか何かのせいで大事なことが言えないんだと思う。」
澪さんはがっくりと肩を落としながら視線を下に落とす。ここでもイサナが邪魔してくるのか。
そんなことを考えていると外からガラスが崩れるような音が聞こえてくる。外を見ると、空や海がパズルのピースをぐちゃぐちゃにするように崩れていくのが見えた。元々空や海があった場所は真っ黒だ。
「…どうなってるの?」
震える手で電車の窓に触れながらつぶやく。
「…時間切れになっちゃった。ごめんね、ほんとはもっとお話ししたかったんだけど・・・。」
「時間切れ?!」
まさかせっかくレイに帰してもらったのにこの世界と心中か?!
「最後に一つだけ! もし困ったら××に来てね…ってこれもダメなの?!」
余裕のある調子で話せてた澪さんが急に大きい声を出して顔をしかめる。大丈夫かほんとに…。
「あぁ、そんな不安そうな顔しないで! 大丈夫。私が付いてるから!」
だから不安なんだけどなぁ。そんなことを呟きかけると澪さんはおもむろに私氏の前に立ち、頬を両手で包み込むように触れてくる。
「このまま目を閉じて、周りから意識を外して。そうすれば帰れるから。」
澪さんはゆっくりと口を開く。今まで一番優しく落ち着いた声が頭へと響いてくる。
「おやすみ。円海ちゃん。また会おうね。」
まどろむ意識の中、最後に聞いた声は安心する声だった。
帰還
目を開ける。眩しい光が窓から私の顔を照らしてくる。体を起こし、周りを見渡すと自分の部屋だった。外は朝日で明るいし、ここは電車の中でもない。表の町に帰ってこれたようだ。
私以外誰もいない、静寂に包まれた部屋を見渡す。
この世界にレイはいない。当たり前だ、裏の世界に置いてきぼりで帰ってきたんだから。
二度寝してしまえば夢の中でレイに会えるだろうか?
あの時の夢みたいに、レイの顔を見られるだろうか?
少しくらい、夢に逃げてしまってもいいだろう。私は枕に頭を置き布団をかぶる。
「円海、起きなさい! 朝ごはん出来てるわよ!」
母の声で現実に戻される。どうやら現実は私を逃がしてはくれないようだ。
ベッドから起き上がり、近くにあったスマホを取ると、スマホには「9時14分 日曜日」と書かれていた。
「一日たってる…」
どうやら、裏の町に迷い込んだ日から一日たったようだ。重い体に鞭を打ってベッドから出る。体が重たいのは眠気からくるものだけじゃないだろう。階段を降り、リビングのドアを開ける。いつもよりも重たい。
「おはよう、円海…って、ひどい顔をしているぞ? 悪夢でも見たのか?」
椅子に座って朝ごはんを食べているお父さんが私の顔を見て眉を顰める。悪い夢と言えばお父さんの言うことはある意味あっている。
「ほんとうね? 大丈夫円海? 具合でも悪いの?」
「ううん…具合が悪いわけじゃないよ。大丈夫。」
キッチンの方から出てきたお母さんも心配そうにこちらに聞いてきた。具合は悪くない。それでも、依然として体は重い。
「…ごめん、朝ごはん、いらないや。」
そういい踵を返し階段を上っていく。両親が何か言っている気がしたが、それに反応することすら面倒だった。
部屋に戻り、ベッドに力が抜けたように倒れ込む。そのまま目を瞑るとレイのことを考えてしまう。私の恩人で初めての友達。
裏の町で出会ったときレイに対して感じていた懐かしさみたいなものは今思えば小さいころに一緒にいっぱい遊んだり話をしていたからだろう。エイの姿でもあの時のレイは私にすごく優しくしてくれていたんだろう。楽しかったなぁ、あの時。
「…会いたいなあ。」
そんな言葉が口からあふれる。
私にそんな資格があるだろうか?
二回も助けられたのにそれに一回も報いることが出来ていない私がレイに合わせる顔なんてあるのだろうか?
でも、私はレイに会いたいのだ。私に優しくしてくれて、私を助けてくれて、普段はかっこいいのにたまに不器用で子供っぽい。そんな、私の大切な人に。
じゃあ、どうすればいい? 私は無力だ。なんの力もないから裏の町に助けに行くことなんて出来ない。仮にできたとしてもどうやって助けるんだ。
それでもレイは私にまた会えると言ってくれた。私に手を伸ばしてほしいと言ってくれた。だったら、私がその約束を破るわけにはいかない。それに気づいた瞬間、私はベッドから勢いよく飛び出していた。
「助けなきゃ、絶対にレイの手をつかむんだ。」
やり方が分からなくても、私はやらなきゃいけない。そう思うといてもたってもいられなった。クローゼットを開けてパジャマから私服に着替える。人生で一番早く着替えられたかもしれない。
階段を駆けおり、リビングの扉を開け「いってきます」と言って玄関へと向かう。両親の「どこへ行くの?!」という問いかけに、「大切な人の所!」とだけ答える。体はもう重くなかった。
探しに行く
外に出ると、小魚やクラゲの海異がその辺を飛んでいた。前まではかわいらしいと思えたこいつらも、今見るとなんだか複雑な気分になる。裏の町で作られた海異たちが表の町にいる。
なんで表の町に出てきているかはわからないが、これについて研究している人たちが聞いたら何を思うんだろうか。というか、そのことをまずは私が伝えなきゃならないのではないだろうか。なら行く場所は一つだ。私は軽い足で水族館へと向かう。
水族館の近くに着くと、たくさんの人が水族館の周りにいるのが見えた。日曜日なのだから当然だが、裏の水族館とは大違いだ。
私は足早に入口の方にあるカウンターへと向かった。
「あれ? 昨日ぶりっすね? 今日も誕生日っすか?」
受付の鴎さんが首をかしげながら話しかけてくる。
「そういうわけじゃないけど…。鯨井さんと連絡って取れる? 大事なこと話したいの。」
「鯨井さんと? いいっすけど、どうしたんすか?」
「…ちょっと言いずらいけど、大事な話なの。」
「…そういう事なら詳しくは聞かないっす。ちょっと電話してみるっすね。」
そういいながら鴎さんは近くの受話器を取り電話をかける。正直、裏の世界があってそこから海異が出てくるなんて普通の人に言っても信じてもらえないだろう。だから、鴎さんが深堀してこないのはありがたかった。
「だめっすね…。鯨井さんのことだから多分研究に熱中しすぎて気づいてないっす。あの人そういうところあるっすよねぇ。」
やれやれといった様子で鴎さんは言う。
「今は多分電話しても出ないっす。だから、水族館の中で渚さん見つけた方が速いっすね。料金は…今はいいっす。」
「ありがとうございます!」
「お気をつけてっす~。」
鴎さんにお辞儀をして入口をくぐる。中はたくさんの人で賑わっていた。正直今の私には雑音でしかない。道中にトラフザメやクラゲのいる水槽が目に入る。
いつもは足を止めてゆっくりと動きを観察するが、今はそんなことにうつつを抜かしている場合ではない。
私は渚さんを探して水族館中を回る。だが、どこを探しても見つからず、最後に残ったのは私が裏の町に迷い込んだ時にいた大きい水槽だった。
「…ここにもいない。」
あちこち回ったのに渚さんは見つからなかった。大きい水槽の近くにあるベンチに座れるように腰を掛ける。この大きい水槽を見ていると、裏の町でレイと出会った時のことを思い出す。
今思えば、あの時私を殺そうとした奴を助けようとしているなんて変な話だ。
「…いま何やってるんだろ。」
想像はつかないが、少なくともレイ以上に辛い状況の中頑張っている奴はいないだろう。ならこちらも脚を止めるわけにはいかない。
「あっ! こんなところに居た! 探したのよ、円海ちゃん。」
凛とした声が聞こえ、そちらの方を向く。ショートボブの髪に白衣を纏った女性がいた。渚さんだ。どうやら渚さんの方も私のことを探していたようだ。
「渚さん! 私も探してたんです。」
「そうよね。鴎から聞いたわ。鯨井さんに大事な話があるのよね。でも鯨井さんは今手が離せないらしいから、良ければ私が話を聞くわ。」
本当は海異の研究の責任者である鯨井さんに話をしておきたかったが、渚さんも鯨井さんの近くで海異の研究をしている人だからある程度は信じてもらえるだろう。
「…信じてもらえないかもしれないですけど、海異がどこで生まれているか分かったんです。」
「…え?」
渚さんは言葉を失い、生の返事をする。そりゃ、研究者でもない人間がこんなこと言いだしたらこんな反応になる。
「その、裏の町みたいなのがあって―」
「待って頂戴。思ったよりも大事な話っぽいわね? やっぱり鯨井さん呼んだ方がいいわね。ちょっと待ってて。」
渚さんはそういうと目にもとまらぬ速さでスマホを取り出し電話を始める。
「もしもし鯨井さん? 鴎からも電話来てたと思いますけど、円海ちゃんが大事な話があるらしくて、少し来てもらえますか? 大きい水槽の前です。」
はい、はい、という渚さんの電話での返事を聞きながら待つ。
「海異の出所がわかったらしくて―― ちょ、急に大声出さないでください! ってもう切れてるし…。」
苦い表情でスマホをポケットにしまう渚さん。こういうことが日常茶飯事なのだろうか。
「おまたせ。すぐに鯨井さんが来てくれるわ。」
しばらくすると鯨井さんが息を切らしながらやってきた。相当ダッシュできたのだろう。膝をつきながらぜぇぜぇと息を漏らしている。
やがて、息を整えた鯨井さんはさっきまで息を切らしていたとは思えない速さで私の前に来てまくしたてる。
「海異の出所が分かったって本当かい?! 詳しく聞かせてくれるかな?!」
鯨井さんの様子はとても興奮気味で目を見開いていた。
「本当ですから少し落ち着いてください!」
「あぁすまない…。僕の悪いくせだね…。」
少しして落ち着きを取り戻し、改めて質問してくる。
「海異の出所ってどこなんだい? ずっと探していたけど見つからなかったんだ。」
「…裏の町があるんです。」
「…え?」
さっきの渚さんと全く同じ反応の鯨井さん。この人でもこんな反応になるくらい突飛なことを言っている自覚はある。
「水族館に居たらいつの間にか別の世界にたんです。そこはここの町と瓜二つのデータ世界みたいなのがあって、そこの水族館の研究所から海異がでてきてるんです。」
渚さんはとても困惑したような表情をして、考え込んでいる。一方、鯨井さんは真剣なまなざしでこちらを見て私の話を聞いてくれた。
「そこにいる「イサナ」っていう人が海異を作ってて。」
「それで?」
「その…イサナって人が世界壊して創りかえるとか言ってて…。」
「「え?」」
本日二回目の「え?」をいただいてしまった。まあ、世界を壊して創りなおそうとしてるやつが海異の製造者なんて言われても、そりゃこんな反応になる。
「…鯨井さん。円海ちゃんの話、どう思います?」
「…全然飲み込めてないけど、嘘言ってる感じでもないんだよね…。」
二人はそろって苦虫を嚙み潰したような顔をして頭を抱える。正直信じてもらえるとは思えない。それでも、裏とはいえ水族館での出来事だし話しておかなければならないと思った。
「…やっぱり、信じてもらえないですよね…。」
「…円海ちゃんは実際に裏の町に言ってみてきたんだよね? だったら疑わないよ。それに、本当に裏の町があってそこから海異が来ているんだとしたらさらに研究は進しね。」
鯨井さんは優しい声色で私の突飛な話を肯定してくれる。イサナとは全然人が違うし、鱶崎さんは怪しいって言っていたけど、やっぱりそうは思えない。
「裏の町の行き方とか帰り方はわかるかい?」
「…わかりません。この水槽の前にいたらいつの間にか。帰り方も…わからないです。」
レイに帰してもらったから結局、帰り方も分からなかった。
「わかった。ありがとう円海ちゃん。あとは僕たちに任せてほしい。渚さん、僕はさっそく調べるよ。鴎くんにも伝えておいて。」
「…わかりました。鴎にも伝えておきますね。」
「大丈夫だよ円海ちゃん。僕たちがその裏の町を突き止めてなんとかするから。」
そういうと鯨井さんは駆け足でその場をあとにする。遠くなるごとに軽やかな足音が小さくなっていった。
「…ねえ、円海ちゃん。裏の町があるって本当かしら?」
渚さんが疑念に満ちた顔で尋ねてくる。
「…本当です。」
「そう…。」
答えると渚さんの表情が少し曇ったように見えた。
「わかったわ。時間取らせてごめんなさいね。私も行くわ。ありがとう。」
そういうと渚さんは顔をしかめたまま大きい水槽の前をあとにした。
目の前の水槽を座ったまま眺める。
何もいない水槽の中は真っ青で、見つめていると自然と水の中を漂うような感覚を覚えてしまう。
もしかしたら、あの水槽の向こうにレイがいるのかもしれない。元々、ここに居たら裏の町に行けたのだからこの水槽が裏への入口だったりするんじゃなかろうか。
立ち上がり、水槽に触れてみる。
何も起きない。
そりゃそうだ。裏に迷い込んだ時だって別に水槽に触れたわけじゃない。そもそも、この場所が入口とは限らない。こんな行動は全くの無意味だ。
「レイ…」
鯨井さんに裏の町のことを話し、自分に任せて欲しいと言われた。でも結局それは、私自身が何かできたというわけじゃない。私はレイに何もしてあげられていない。
できることを考える。裏の町に助けに行けたらいいのかもしれないが、行く方法もなければ、たどり着いた後に助ける方法もない。
…そういえば、何か忘れている気がする。
その時はそんなに重要だとは思っていなかったけど、何か試していなかったものがあった気がする。
そういえば、狭間の世界から帰る直前に澪さんから何か言われたような。
『もし困ったら××に来てね』
そんなことを言われた。この言葉には覚えがある。いや、言葉というよりは言い回しか? ともかく、似たようなことを澪さんに言われた気がする。
う~ん。いつどこで何言われたっけなぁ。
「あ! レイと助けた時だ!」
あの時だ。レイと図書館に行こうとして途中で海異に襲われている澪さんを助けた時だ。お守りを渡されて、「もし何かあったら山のふもとへ行ってみるといいかもしれませんよ。」と言われたのだ。
でも、あの時も思ったが山のふもとに神社なんてあっただろうか? もし裏にあったのだとしたら表にもあるはずだが、表で神社の存在なんて聞いたことがない。
いや、澪さんが二回も言うくらいなのだから、何かしらはあるはずだろう。まぁあの人ならやっぱ何もありませんでした! とかありそうだが、今私がやれることは神社を探すくらいだろう。だったら話は早い。
「…行こう。」
ベンチを立ち上がる。
今一度、水槽を見つめる。
待っててね。必ず手を伸ばすから。
根拠は無いけど、神社には何かある気がするんだ。
だから、私が手を伸ばしたら絶対につかんでね。
新しい仲間
水族館の入口を出るとすぐに鴎さんに話しかけられる。
「あっ! 円海ちゃん! 話はできたっすか?」
どうやら、まだ鴎さんには話は行っていない様だ。
「大丈夫。ちゃんと話せたよ。ありがとう。」
「そりゃよかったっす! ところでこれからどっか行くんすか? なんか駆け足だった気がするっすけど?」
別にそんな意識してなかったけど、どうやら私は駆け足だったらしい。はやる気持ちが抑えきれていないのがバレバレでなんだか少し気恥ずかしい。
「神社に行くの。山のふもとにあるらしくて、そこに。」
「神社っすか? あったっすかねぇ。そんなもの。」
やわらかい表情のまま、不思議そうに首をかしげる。鴎さんも神社に覚えがないらしい。
「ほんとにあるみたいだよ。私も行ったことないからわかんないけどね。」
「そうっすか…。まあ円海ちゃんがあるっていうならあるっすよね。なら今度、渚さんも誘ってみるっすかねぇ…。」
にやにやしながらあごに手を添え、荒い鼻息をならす。鴎さんには申し訳ないけど、正直ちょっと気持ち悪いよ…。
「あはは…。じゃあ私行きますね…。」
にやけ面の鴎さんをしり目に水族館の門をくぐり敷地の外に出る。
てっぺんまで登った太陽がアスファルトを焦がす音が聞こえるように感じる。
それにしても、鴎さんも神社に覚えがないなんて妙だ。澪さんまさか嘘を言ったんじゃ…。いや、あの場で嘘つく意味はない。でも澪さんだしなあ。そんなことを考えながら山の方向へと歩いていく。すると、後ろから何かが近づいてくる気配を感じた。
「…イワシ?」
イワシの海異が顔の近くを横切る。後ろを振り返ると無数のイワシやサバなどの魚の海異がこちらへ向かってくる。あまり怖い感じはしない。
群れは私の横をすり抜ける。よく見ると魚の群れは全て同じ方向に泳いで行っていることが分かった。。
「なんだろう…。」
群れの向かった方向へと歩きだす。何かに導かれているようだ。
群れの中を歩く。波に身を任せ、流されるように進んでいく。
しばらく歩くと住居や店などがあった景色がどんどんと緑色になっていく。
この方向は山? 神社があるって言っていたあの山に海異たちが向かって行っているようだ。
せわしなくヒレを動かす海異に合わせて、私も脚が軽くなる。
そうして駆けていくと、いつの間にか周りが木々で生い茂っている開けている場所に着いた。町の喧騒が嘘みたいに静かになって、木の葉が風になぐ音だけが聞こえる。
風が涼しくて肌に当たるたびに心地いい。
海異の群れは上空を回るように飛んでいる。その真下には何やら小さい祠がある。もしかして、山のふもとの神社ってここだったりする?
神社というには小さすぎるが、ここに来る途中、他に神社っぽい建物や装飾は見なかった。
祠からの扉の隙間から、冷たい風が吹いてくる。ほんのり潮のにおいを感じた。
…この祠に何かあるのだろうか?
もしここが本当に澪さんの言っていた神社の場所ならこの中には確実に何かあるだろう。
裏の町とつながってたりするだろうか? それとも、狭間の世界とつながっていて、澪さんとまた会えるだろうか? まさか直接レイが出てきたりして…それは無いか。
祠に近づく。潮のにおいが強くなる。
扉に触れ、そのままつかみ手前に引く。その瞬間。
「うわっ!」
祠の中から強い風が吹いて後ろに飛ばされ尻もちをつく。かなり痛い。
「いてて…」
おしりをさすりながら祠を見る。
祠の中が青白く光り、魂のような光の塊が出てきて空中の一点にあつまる。
もしかして、本当に何か出てくる?!
まさかなんかやばい海異が出てきたりするんじゃないの?!
その場から離れようとする。だが、私の足は動かず目の前の光景を茫然と見るしかなかった。
やがて光が集まり切ると集まった光ははじけ飛ぶ。
強い光に目が眩む。
ゆっくりと目を開ける。何かいるようだ。海異か何かだろうか?
だが、私の予想は何の意味をなさなかった。
「きゅい!」
小さいエイがいた。それもマンタがそのまま小さくなったかのようなエイ。それに、本来マンタの黒い色をしている部分は淡いピンク色だった。
小さいエイは私の方を見ると一直線に向かってくる。
まずい! 襲われる! そう思いとっさに目をつむる。
「きゅいきゅい!」
ほっぺたに冷たい感覚を覚える。どうやらあの小さなエイが頬ずりをしているらしい。
「ちょっやめて! 冷たい!」
なんだこいつ。何かの海異だろうか。敵意はなさそうだが今まで見てきた海異とは完全に別物のように思う。しかも今回は襲われるのではなくなつかれているらしい。
「いい加減離れて!」
そういい小さいエイを引きはがす。とても寂しそうな様子でヒレと尻尾を垂らす。そんな様子を見せられたら罪悪感を覚えてしまうが、相手が得体のしれない何かであることには変わりない。
「だれ?」
率直にぶつけてみる。
「きゅい?」
このエイの言葉が分かるわけではないが、私の質問に対してわからないという様子なのは伝わってきた。
これからどうしようか。澪さんの言葉を思い出してきた場所で見つけたものと言えば小さい祠と小さいピンクのエイ。澪さんがわざわざ言うくらいだし何かあるのかもしれないが、現状、こいつはただのピンクのエイの海異。どうしろって言うんだ。
「きゅいきゅい!」
「…あなたは気楽でいいね。」
呆れた声でエイに嫌味を言うがこのエイ楽しそうに辺りを飛び回るだけだった。
本格的にできることは無くなってしまった。
「いったん帰ろう…。」
そう思い、この場所をあとにしようと歩きだす。
「きゅい! きゅいきゅい!」
小さなエイは私のすぐ横について一緒に行こうとする。思ったよりも懐かれているようだ。
「…わかった。一緒に帰ろう。」
しょうがないからこいつも連れて帰ろう。そう言いながら歩き出す。
「きゅいきゅいきゅい!」
弾むような鳴き声を上げながら私の周りを飛び回る小さなエイ。
そういえばこいつの名前って何だろう。まぁでも、いきなり祠から出てきたくらいだし名前なんてないよな。じゃあ私が決めてしまおう。
歩きながら考える。なんだかレイに名前を付けてあげた時のことを思い出してしまう。
「じゃあ、あなたの名前は今から「キュイ」ね。よろしくね。キュイ。」
そういうとキュイは甲高い声を上げ飛び回るスピードを速める。そんなに嬉しかったのか。
「喜んでくれたならよかった。」
キュイに向かってそんなことを言っていると、木々が生い茂り緑だらけの景色がどんどんと建物の多い景色になってくる。だが、何かが変だ。
周りの景色は祠のある場所に行くときに見たものと変わらない。だが、人気がなく静寂に包まれている。それに夏だというにあたりの空気がひんやりとしていた。
「きゅい…」
キュイも異質な雰囲気を感じ取ったのかおびえたような声で震える。
ぐおおおお!
そんな轟音が聞こえ後ろを振り向く。
大きなウツボが口を開けているのが見えた。
危険な海異はいなくなったんじゃなかったの?!
恐怖で足が動かない。
まずい。やられる―
「あぶないっす!」
どこからともなく声が聞こえる。
その声の主を探す余裕もなく、目の前の巨大ウツボは真っ二つに切り裂かれる。
「だいじょぶっすか? 円海ちゃん。」
顔を見あげる。
そこには大きな鎌を持った鴎さんがいた。
第八話 戻ってきた町。新しい仲間
長いですねえ。どうもこんにちは。深水 優です。
第二部の始まり。ここまで読んでくださった方は相当な猛者だと思います。趣味が合いそうですね。
今回はレイのおかげで表に戻ってこられた円海の話。かと思えば冒頭から裏でも表でもない場所に居ましたね。
そして、最後は大きな鎌を持った鴎さんがでてきてどうなることやら。
「キュイは何者?」「鴎さんって何をしている人なの?」みたいな風になってくれたらブックマーク登録、評価の星のボタンを教えていただけるとうれしいです!
九話目は9月9日(水)18:30予定です!
ここまで読んでいただきありがとうございました! 次回、またお会いしましょう!




