第四話 真心の過去は黒い影に
燃え盛る街で2
…寒い。なんで私こんなところで倒れてるんだろ?
水族館のショーに使われるステージの上で考える。ぼんやりとした視界の中で、両手に刀を持つ黒い何かがいるのが見える。そうだ。私、あれに刺されたんだ。
どうりでおなかの辺りがとても傷んだわけだ。だとしたらあの時、私と刃が襲われた時と同じだ。だけど横を見たとき、あの時とは同じじゃないことを思い知らされた。
私の横には刃がいた。倒れて動かなくなっている刃が。
彼は私の心を救ってくれた。いつも私の前を歩いて私のために歩きやすい道を作って導いてくれた。そんな彼は今、私の横で倒れている。傷口からは空と同じ赤黒い何かが広がっている。
そこで私は思い出した。私がやられそうになったところを彼が庇ってくれたことを。そして私は思い出す。そうか、あの時もだったんだ。あの時も私たちは同じ奴にやられたんだ。でも今はそんなことどうでもいい。
また返さなきゃいけないものが増えちゃった。
そうだ。まだ返せてないものがたくさんあるのに。
まだ一番言いたいことも言えていないのに。
まだ一緒にいたかったのに。
私は力を振り絞って彼の手へと自分の手を伸ばす。冷たい。彼がもう逝ってしまったことを体で実感する。
「本当にごめんなさい…私…あなたに何も返せなかったわ…最後まで何も…」
そういいながら彼の冷たくなってしまった手を握る。言いたいことが頭を渦巻く。いろんな言葉が口から出かかる。でも結局私の口からは最後まで言えなかったあの言葉がかすれた声で情けなく空気を揺らした。
「大好きよ。刃」
失われた過去の記憶
「今日も人が来ないわねえ…」
私はカウンターで頬杖を突きながらつぶやく。見渡す限り客どころか店員もおらずここにいるのは私一人だ。それもそのはず。この喫茶店の店員はマスターである私一人。客がいなから必然的に私一人になる。
私は正直辟易していた。来る日も来る日も客は来ず、毎日誰もいない店内を眺める。これがかなり辛い。
「…もう辞め時なのかしら。」
実際、このお店は立地も悪い。これから客が増えるなんてことはないだろう。そもそも今まで客もいないのに続けていたのがおかしかったのだ。
惰性で続けるくらいならやめてしまった方がいいだろう。お金に困っているわけでもないし、特別な感情があるわけでもないからやめてしまおうか。
そんなことを考えていると、店の時計が鳴り始める。外はずっと夜だが、時計は今の時間が遅くなっていることを正確に教えてくれた。
そこで私はこれからスーパーに買い物に行かなければならないことを思い出す。もう後一時間もすればスーパーが閉まってしまう。
悲しいことに冷蔵庫の中には水と残り一個の卵のパック、適当な調味料くらいしかない。今から買い物に行かなければ碌なご飯を食べられないだろう。
「はあ…」
店に響く音量でため息をつくと重い腰を上げて支度を始めた。
「結構買ったわねえ。でもまさかあんな事スーパーでやってるなんて。」
私は両手にパンパンになったレジ袋をぶら下げてそんな独り言を言う。それもそのはず、なんと私がスーパーにつくとそこでは全商品特売という全主婦、ひいては全家庭の味方といえる(私は主婦でもなければ家庭もないが)ことをしていた。
予定では必要な分だけを買ってさっさと帰るつもりだったが特売なんてものをしているせいで少し買いすぎてしまった。
前に重い荷物を背中の触手で持てれば楽なのではないかと考え試したことがあったが、触手をすべって荷物が落ちてしまうので重い荷物を触手で持つのは断念した。
いまでは料理や裁縫などの手作業の時や少し遠いものを取るのに使う程度になっている。他の用途もなくはないが使うことはないだろう。
「それにしても遅くなっちゃったわねえ。早く帰らないと。」
特売に夢中になってスーパーから出るのが遅くなってしまったので、少し歩くペースを速めて喫茶店への帰路へとつく。
「あ…」
そこで私はふとこんなことを考えてしまう。誰もいない喫茶店へと帰らなければならない。やはり誰もいない場所に帰るというのは少し気分が落ち込んでしまう。
私が惰性で喫茶店を続けていたのも一人が寂しいからだったのかもしれない。喫茶店に戻ればまたいつもどおりが始まってしまう。そう考えていた瞬間だった。
私の目の前に“なにか”が飛び出してきた。それは大きなシャチのように見えた。だが私が見たことあるシャチより色がくすんでいておどろおどろしい雰囲気を漂わせていた。
たまにこういった危険な化け物が出る話は聞いていたが、実際に遭遇してみると想像よりもずっと恐ろしいものに見えた。思わず両手の買い物袋を落としてしまう。
私はこいつが明らかにこちらに敵意を向けていることがわかった。
それは雄たけびを上げるとこちらに向かって突っ込んでくる。触手で反撃を試みたが間に合わないスピードだった。私は驚きの声も上げる暇もなくシャチの化け物が私を食べようとしたその瞬間だった。
ズバッ!
そんな音とともにシャチの化け物が真っ二つになる。その先には革ジャンをまとった長身の男がいた。その男が私を助けてくれたことは男の両腕のヒレが汚れているのを見ればわかった。私は恐る恐る男に話しかける。
「…あなたが助けてくれたの? ありがとうねえ。」
男は私の方を見ると
「助けたわけじゃねえ。バケモンをぶちのめしたかっただけだ。」
そういうと背中を向けここから去ろうとする。
…もしここで彼をこのまま見送ってしまえば彼とは次合うのがいつになるのかはわからない。この町から出ることができないとはいえ特段、狭い町というわけでもない。だが意識して再開するのは難しいだろう。私は彼に何かを感じていた。
私にとっての何かを埋めてくれるようなそんな何か。しかしここで引き留めるのも迷惑なのではないか。一瞬考えて答えを導き出す。
「待って頂戴! 私、瑞多 真子っていうの!近くで喫茶店やってるの! よかったら着て頂戴!」
なんだこれ。ただの宣伝じゃないか。私のそんな宣伝まがいの言葉を聞いた彼は
「…考えとく。」
そうつぶやくとどこかへと飛んで行ってしまった。私は彼の背中を見送ると落とした買い物袋も拾わずに去っていった方向を眺めていた。私は自分の頬に熱がともるのを感じた。
来訪
次の日、私はワクワクしながら開店の準備をする。いつもより手を動かす速度は速くなったし、足取りも軽かった。いつもは客も従業員もいない殺風景に見えた店の中も今はとても煌びやかで輝いて見えた。
もしかしたら本来はこういう姿で、私が無意識に殺風景なものとして勝手に認識していただけなのかもしれない。そうして準備を終わらせると鼻歌を歌いながら店の扉の看板を「OPEN」にしてカウンターへと戻っていく。
しばらくカウンターで待っていると、ドアが開く音が聞こえる。彼が来てくれた。そうおもった。だが、実際に来た人は彼とは違う姿の人だった。
私は少し落胆してしまったがすぐにそれが間違いだと気づく。本来は一日中誰も来ないはずの店に客が来てくれただけでも喜ぶべきだというのに私は彼じゃないという理由だけで気を落としてしまった。完全に喫茶店員失格だ。私は気持ちを切り替えて接客をする。
「いらっしゃいませ。ご注文お決まりでしょうか?」
「コーヒーとアップルパイお願いします。」
「コーヒーとアップルパイですね。」
いったいいつから発していなかったかもわからないような接客のセリフをいい注文を取るとコーヒーメーカーの前に立ちコーヒーを作り始める。
だが私は集中できなかった。一晩立った後でも頭にこびりついて忘れられないあの人の姿。私を助けてくれた彼のあの姿。そんなことを考えているとコーヒーを入れる手順を間違えていることに気が付いた。
「…作り直しね。」
力なくつぶやいてしまう。すると、
「店員さん! まだですか!」
と急かす声が聞こえてくる。私はコーヒーを淹れるのを失敗しただけでなく無意識にぼーっと考え事をして客を待たせていた。
「すみません! 急いでお持ちします!」
そうして急いでコーヒーとアップルパイを持っていく。ワクワクして開店した私の気持ちとは裏腹に失敗ばかりだった。
それからも客はたまに来たがその中に私を助けてくれたあの人はいなかった。私は訪れた客の接客をした。そのたびに私はあの人だったら良かったのにと考えては自己嫌悪に陥っていた。
そうしているともうそろそろ閉店の時間になることに気が付いた。このまま開いて待っていようか。それとももう閉めてしまおうか。
そんなことを考えているが内心は分かっていた。そもそもいつ来るかなんて言っていないし、なんなら彼は「考えておく」とだけ言って去って行ってしまった。最初から来る気なんてなかったんだろう。
私は何を思いあがっていたんだろうか。そもそもいつもは来ない客がそれなりに来てくれたんだ。それをちゃんと喜ぶべきなのだ。
間違っても彼が来たわけじゃないからと言って落胆するなんてことはしてはいけない。だが、頭ではわかっていても私の心は理解してはくれなかった。
「・・・もう閉めようかしら。」
そうつぶやいた瞬間だった。
「ここか。」
聞いたことのある声だった。
「あ! いらっしゃいませ!」
今日のうちに何回か放った言葉には他の客に対してのものとは違い、飛び跳ねるような高い声だった。
「この辺とか曖昧なことを言いやがるからどこかわからなかった。別に行く気がなかったわけじゃねえ。」
彼が少し目をそらすとそういって弁明する。そういえば詳しい場所をちゃんと伝えていなかった。そりゃ場所がわからないわけである。
「そうだったわね! ごめんなさい! ささ、ここに座って頂戴!」
「ああ、ありがとう。」
浮足立つ気持ちを隠しながら彼を案内するが隠しきれていないのは私の声が少し弾んでいるのが物語っていた。
「ここは何が美味い?」
「コーヒーとアップルパイには自信があるわよ! 今持ってくるわね!」
そういうと私は厨房の方へと行く。
ちゃんと来てくれた。あの人は最初から行く気だったんだ。そう思うと自然と口角が上がってしまい、料理を用意する手が速くなる。はたから見たらニヤニヤしながらパイを焼く変な奴だろう。
「待たせたわね。コーヒーとアップルパイよ。」
「ありがとう。うまそうだな。」
「そ、そうかしら。」
毅然とした態度を装って料理を持って行ったが彼に少し料理をほめられただけで顔がにやけそうになってしまう。そんなことを気にも留めない彼は両手を合わせる。
「いただきます。」
そういうと彼はナイフとフォークを使って丁寧にアップルパイを切り分けて口に運ぶ。失礼かもしれないが意外と上品な食べ方をするようだ。
「うまいな。隠し味でも入ってんのか?」
「はちみつをちょっと入れてるわ。」
「…そうか。」
私の回答に最低限の返事をしてまたパイを口に運ぶ。気が付けば皿の上にはパイのかけらしか残っていなかった。そんなことを考えていると、ふと彼に一番大事なことを聞いていないことに気が付いた。
「そういえばあなたってなんて名前なの?」
私はずっと彼の名前を聞いていなかった。私は率直に彼に聞いてみる。彼は私の顔を少し見ると少し伏し目がちな表情をした。しばらくして彼は口を開いた。
「鱶崎 刃だ。」
「刃っていうのね。かっこいい名前ね。」
私は率直な感想を述べると「そうか」と言ってそっけなく対応してくる。照れているとかそういうのではなく普通になんとも思っていないような感じだった。
「あの時は助けてくれてありがとうねえ。ちゃんとお礼できたかしら?」
「…別にほんとに助けたわけじゃねえのに、なんかわりいな。」
「じゃあなんであんなことを?」
ほんとに助けることが目的でないならなぜあの化け物をいたずらに切り裂いたのだろうか。もし返り討ちにでもあったら大変だろうに。
そんなことを考えている私をよそに彼はシンプルな答えを出してきた。
「あんときも言っただろ。ただ化け物をぶちのめしたかったって。虫の居所が悪かったからな。」
つまり彼はストレス発散であの化け物を倒したということか。あの大きさのやつをストレス発散というだけで倒すのはなかなかだ。相当何か気に障ることがあったのだろう。
「…何があったか気になるって顔してんな。」
「そんなことないわよ?!」
私がわかりやすく動揺すると彼は鼻で笑うと口を開いた。
「食わせてもらった礼だ。教えてやる。家が壊されちまったんだ。」
「家が壊された?!」
彼はさらっととんでもないことを言ってのける。
「化け物に襲われて壊されちまってな。その化け物は倒したが怒りが収まらなかったんだ。」
「じゃあ昨日はどこで寝たのよ?」
「寝てねぇ。海の方に行って片っ端から化け物どもを殺してた。もちろんストレス発散だ。」
なんと寝てないばかりか一晩中化け物狩りをしていたらしい。
「寝てないって、あなた大丈夫なの?」
「大したことはねえ。元々体力は結構あるからちょっと疲れた程度だ。」
またもやさらっとすごいことを言う。本当の化け物は彼なのではなかろうか。
「…冷静に考えればバカだったよ。家が治るわけでもないのに無意味に化け物どもを殺しまくって。本当にバカなことしちまったよ。」
彼は自嘲気味に笑いながらそういう。
「家もねえしこれからどうすっかな。まあいい。少しだが世話になったな。代金はおいてくぜ。」
そういうと席から立ちあがり歩き出す。彼は帰る場所もなくこのままどこかを彷徨うんだろうか。もしそうなったら誰が彼を助けてあげられるんだろう。そう思うと自然と口が動いていた。
「うちの喫茶店、もう閉店しようと思ってたの。」
私の声を聴いた彼は立ち止まり振り返る。
「従業員も私一人だしもう意味ないかなって。でも誰かと一緒なら続けられると思うの。だから一緒やりましょ? 私の家、部屋が空いてるからそこに住ませてあげるわ。」
「そこまで世話になるつもりはねえ。他の誰かを雇えばいいだろ。」
彼がそんなことを言おうと私は気にせずに続ける。
「あなたがいいのよ。私を助けてくれたあなただから。今度は私があなたを助けたいわ。」
私は真っ直ぐ彼の顔を見つめる。
「…わかった。そこまで言うなら俺も折れないわけにはいかねえな。それはそうと顔が近い。」
「あらやだごめんなさい!」
私は顔を話すと頬が熱くなるのを感じた。だが彼は確かに折れると言ってくれた。
こうして私と刃は二人で喫茶店を経営することになった。今にして思えば次の不幸の始まりだったのかもしれない。
ちょっとした会話
「なんでチャイナドレスなんだ?」
「なんでかしら?」
「・・・」
二人の喫茶店
私とフカちゃんが二人で喫茶店を始めてから実に3年という月日がたった。フカちゃんというのは鱶崎 刃にたいして私がつけたあだ名だ。
本人の雰囲気とは打って変わってかなりかわいらしいあだ名だ。私が最初にフカちゃんと言ったときは結構嫌がられたが呼び続けているうちになんだかんだ受け入れてくれたのだ。
「おい、オムライスとコーヒーできたぞ。持って行ってくれ。」
そんなことを考えていると例のフカちゃんが私に声をかける。
「なにボーっとしてんだ。しっかりしろよ。」
「大丈夫よ。心配かけて悪かったわね。」
彼はきつく私に言うが彼のそういうことばは心配をしているときの言葉だと私は知っていた。
「それならいい。いつも通りだが客が多くて忙しい。体には気をつけろよ。」
「わかってるわよそれくらい。」
そう。この店は今や昔の私以外誰もいない店などではなくなり、開いている席のほうが少ないくらいの店となった。
今の時間は一日の中でも多く客の来るピークの時間のためかなりの客が席を埋め尽くしていた。いつもはもう少し人は少なめだがそれでも昔に比べたらかなり客足が増えたように思う。これもひとえにフカちゃんの料理のおかげだ。
彼は最初に接客はできないというと料理を担当させてほしいと申し出てくれた。試しに一品適当なのを作らせてみると彼はオムライスというとても革ジャンの男のチョイスとは思えないかわいらしい料理だと思いながらスプーンでオムライスをすくい口に運ぶ。
ふわふわの卵にいい塩梅にケチャップと絡んだお米。
どこをとっても最高としか言えないような味だった。だてに喫茶店を営んでいない私だって料理には自信があった。触手も使っててきぱきと素早くおいしい料理を作れた。
だが彼は両腕だけを使いものすごいスピードで料理を作り上げた。そのうえ絶品のオムライスである。負けを認めざる負えなかった。
私は驚いた顔で店か何かをやってたことがあったのかと聞いたが、「趣味だ」の一言しか返ってこず、さらに驚いてしまったのを今でも覚えている。
そんな彼の絶品の料理を店で出してみたところ、客の口からどんどんと広まっていき、いろんな客の来る店となった。今では彼の作るオムライスは名物だ。
「ねえねえあそこの料理してる店員さん。めっちゃイケメンじゃない?」
「うわほんとだ! 私タイプかもお~」
そんな会話が聞こえてくる。近くの席で女子高生と思しき二人が耳元のヒレをパタパタさせながらはしゃいでいた。
実際フカちゃんはかなりのイケメンだ。
いわゆる塩顔イケメンという奴だろう。たびたび店内ではこういったことを聞くがそんなこと話を聞くたびにうれしいような寂しいような、どこにも吐き出せないような気持ちになっていた。
「おい真子。次の奴もできたぞ。もっていってくれ。」
「うわああ!」
急に話しかけられた上に考え事が考え事だったがゆえに必要以上に驚いてしまった。
「そんなに驚くか?ビビりだな。」
「うるさいわね…」
「もうそろそろピークが終わるころだろ。何回も言うがしっかりしろよ。」
「わかってるわよ!」
少しムキになって料理を受けとる。そんなこともありながら私たちは二人で喫茶店をやっていた。この時はこの幸せがずっと続くものだと思っていた。
襲われる
「また俺かよ!たまには真子が行ってきたらどうだ?」
「仕方ないじゃない。私だってやることがあるし、あなたの方が力強いじゃない。」
「それはそうだけどよ…」
そんな会話を繰り広げる私たち。いつもは買い出しをフカちゃんに頼んでいるがたまにこうしてごねる時がある。
「じゃあ決まりね。ちゃんとエコバッグもっていくのよ。」
そういながら私はフカちゃんにエコバッグを差し出す。彼は私からバッグを奪い取るように受け取ると、心底不服そうに店から出て行った。
昔こそお互いにどこか遠慮して接していたことがあったが今ではすっかり言いたいことを言い合えるようになった。それもあってさっきみたいな会話がたまに起こる。
だがフカちゃんは割と口下手なところがあるから大概は私が言い負かしてしまうことが多かった。彼は今頃「真子の奴…人使いがあらいんだよ…」とか考えているに違いない。
フカちゃんのことを考えているとふといつも考えてしまうことがある。
私は彼にちゃんとお返しができているのだろうか?
家を失ってしまった彼に助けてもらった恩返しのつもりで私の家に住まわせた。
だが結局お店を手伝ってもらい、彼のおかげで店は繁盛し最終的には私が返したものの何倍のものを私に与えてくれた。
そんな彼に私は返し切れているのだろうか。
彼が買い物などで店を出ているときに一人になるとどうしてもこんなことを考えこんでしまう。そんなことを考えていると店のドアが開く音がする。
彼が帰ってくるにはまだ早いから客が来たのだろう。ピークも過ぎて客が来ないような時間に来るなんて珍しいこともあるものだ。
「いらっしゃいませ。適当な席にどうぞ。」
入ってきた客は白いワンピースに身を包んだ若い女性だった。サラサラのロングヘアが様になっている。
「ご注文決まりましたらお呼びください。」
「もう決まってるから大丈夫です! オムライスがおいしいって聞いてたので! オムライスお願いします!」
大人っぽい雰囲気とは裏腹に子供のような笑顔で私に注文をしてくれた。笑顔がとてもまぶしい。だが今は肝心の料理担当がいない。心苦しいがここはいったん断るしかない。
「すみません。ただいま料理担当の者が不在で…」
そういうと女性は「ガーン!」といった効果音でもなっているかと錯覚するくらい驚いた顔をしてがっくりと肩を落とす。
「そうですか…今はおいしいオムライス食べられないんですね…」
そういいながら机に力なくうなだれる。ここまでわかりやすい反応をされるとみているこっちはなんだか楽しくなってくる。
「申し訳ございません…また今度お越しいただけるとありがたいです。お飲み物でしたらお出しすることができますけどそちらはいかがですか?」
「オムライス食べられないならいいです…また来ますね…」
そういいながらとぼとぼと店を出ようとする。すると、女性は何か思い出したような顔をしたかと思えばこちらに戻ってくると笑顔で語りかけてくる。
「実は私、山のふもとで神社やっててそこの巫女をしてるんです!」
「え?」
唐突な告白に困惑してしまう。
「あ! いきなり言われてもびっくりしちゃいますよね? いやーうちの神社人が来なくて。参拝客来てほしいなあなんて…」
「そうですか…大変なんですね…」
「だから宣伝もかねてこれをあげちゃいます!」
先ほどのがっくりとした顔なんて見る影もないまっすぐでまぶしい笑顔をこちらに向けながら何かを差し出してくる。見たところお守りのようだ。
「これは神社のお守り?」
「そうです! いろんなご利益がありますよ! 大切な時に役に立ってくれることを約束します!」
なんかテンションが怪しい宗教みたいだが、もらえるというならありがたくもらっておいたほうがいいだろう。
「ありがとうございます。大切にしますね。」
「こちらこそありがとうございます! では私はこの辺で!」
そういうとワンピースを着た女性の客は店を出て行った。嵐のような人だったなぁとぼんやりと考えながら私はフカちゃんの帰りを待った。
私はフカちゃんの帰りを待ちながら店の掃除をしていた。さっきの客は本当に変な人だったな。悪い人じゃないしむしろいい人そうだったけど神社の巫女やってるなんて話をいきなりするのはやっぱり変な人だったな。フカちゃんにも話してあげよう。そんなことを考えている時だった。
ガシャン!
そんな轟音とともにドアが破壊される。私がドアのほうを見るとそこには黒い服に黒くてメカメカしい鋼鉄の鎧、黒いマントをまとったこの世界の人間とは思えないような風貌をした何者かが立っていた。
頭にはメカメカしいヘルメットをかぶっていて顔が見えない。両手には二振りの刀が握られている。そいつは片方の刀の切先をこちらにゆっくりと向けてくる。
「デバッグタイショウ…ケス」
そう言うとこちらに切りかかってくる。私はとっさに横によけてレジのあるカウンターに隠れる。デバッグ? 消す? 何を言っているのかさっぱりわからないがこちらに殺意を向けていることは間違いなさそうだ。
何者かはさらに刀を振りかぶると思い切り薙ぎ払い店を破壊する。
「ああ…ああ…」
私は茫然とその様子を見ているしかなかった。私とフカちゃんが一緒にやってきた大切な喫茶店をむざむざと壊されていく様子を見せつけられていた。
いいのか。このまま破壊されてそのままやられるなんて。
私は震える足で何とか立ち上がる。私の触手には物を運んだり料理をしたり以外にも使い道がある。それはこういう時のための切り札ともいえる。フカちゃんみたいに強くない私に唯一ある武器ともいえる。私は背中の触手の先端を何者かに向けて力を籠めると黒いビームを出す。
「出て行って頂戴!ここは私とフカちゃんの店よ!」
だが私の努力むなしく何者かはビームをよけると私を切り付け外へと吹っ飛ばす。所詮はただの喫茶店の人間。フカちゃんのように戦えるわけがなかった。
意識が遠のく。向こうには袋を持ってこちらに走ってくる人が見える。ぼやけていても私にはあの人がフカちゃんであるとわかった。意識を失う直前、私は彼に聞こえないようなかすれた声で「ごめんなさい…」謝ることしかできなかった。
燃え盛る街で1
フカちゃんと私は円海ちゃんとレイちゃんを研究所があるという水族館、すなわち私たちの拠点へと向かわせるとレイちゃんたちの言っていた黒い剣士と戦っていた。
といってもフカちゃん曰くあの大量にいて町の人々を襲っているあの剣士はあくまで分身で本体はどこかにいると言う。フカちゃんが分身の相手をしている間に私はフカちゃんの後ろからビームをだして援護しながら逃げ遅れた人たちを避難させる。
「くっ…くあっ…くそ!」
次々と襲い掛かってくる分身をフカちゃんは両腕のヒレの刃で切り付けていく。だが彼の表情と声色からは余裕がなくなっていることが分かった。私はフカちゃんの援護をしながら声をかける。
「大丈夫?!」
「大丈夫だ! お前は人命救助を優先しろ!」
彼はそういうがいつもそうやって大丈夫なように見せていることを知っていたため今の彼はかなり無理をしているのがわかる。
「そんなこと言ったって傷だらけじゃない! 私も援護してあげるから!」
「じゃあ誰が人助けんだ!」
確かにそうだ。時間がたつにつれてどんどんとけが人や逃げ遅れた人が出てくる。私が援護している余裕なんてないのだ。それがわかっていても次々と痛々しい傷を負っていくフカちゃんを黙って見過ごすなんてことはできなかった。
「おい真子! 前!」
そんなことを考えていたせいで前から襲い掛かってくる分身にフカちゃんが声をかけてくれるまで気が付けなかった。反応できなかった私は容赦なく分身に吹っ飛ばされ、フカちゃんの近くに転がっていく。
「大丈夫か!」
フカちゃんがそんな言葉を言いながらこちらに向くとさらにフカちゃんの後ろから分身が襲い掛かる。
もうだめだ。
そう思った瞬間辺り一面の景色がぐにゃあっとゆがんだかとおもえば私とフカちゃんはいつの間にか別の場所にいた。その場所には覚えがあった。
そこは水族館にあるステージ、いわばショーを行う場所だ。そもそも水族館として営業していないから本来は私たち以外には誰もいないはずだった。だがステージの上に立っている私たち以外にもステージに登壇している者がいた。
黒い服、黒い鋼鉄の鎧、黒いマント。両手に刀を持っているその者の風体には見覚えがある。外を襲ってる黒い剣士の分身と同じ姿をしているがまとっている雰囲気からしてフカちゃんの言っていた「本体」だろう。その本体は私たちのほうを見る。
「お前ら…レイの仲間…殺す!」
そういうと一瞬にして私の背後に回ってくる。やられる。そう思った瞬間だった。
「あぶない!」
フカちゃんのそんな声が聞こえてきたかと思えば、私の前にはフカちゃんがたっていた。おなかのほうを貫かれたフカちゃんが。彼は私をかばってくれたのだ。黒い剣士が刀を引き抜くと彼はその場に倒れこむ。
「フカちゃん!」
「仲間のための犠牲か…実に刃らしい…」
黒い剣士はそういうとこちらに剣先を向けてくる。
…この声の感じと口調、どこかで聞き覚えがある?
いや今はそれよりフカちゃんのことだ。倒れた彼の体を起こそうと一歩動いたが次の一歩を踏み出すころには私は私のおなかのあたりから鋭い剣先が見えていた。
「…真子も相変わらずだ…。これで何回目だ…」
私は気づいてしまった。この声を一体どこで聞いたのか。それに気が付いた瞬間、黒い剣士の声は途端に身近でよく知っている声に聞こえた。だが今更暴いたところでしょうがないだろう。私は彼の横に倒れこむ。この状態じゃどうせあの二人に伝えられない。私は自分の体から体温がなくなっていくのを感じていた。
深層へ
「大丈夫かなレイ…? 二人だけじゃやっぱり心配だよ!」
「私だって心配だ! だがあの二人は私たちに任せてくれたんだ! 今は行くしかない!」
私と円海は走って水族館へと向かう。水族館の中にあるはずの研究所に行くためだ。私は早く研究所に行かなければならない。円海をもとの町へ返すために、この町の真相を明かしてイサナに話をつけるために。
だが私としてはもう一つの目的があった。研究所には何か私のことについて大事なことがあるような気がしていた。
私に足りないものがある、そんな気がしていたのだ。
水族館へ着くと私たちは一直線である場所に向かった。そこは円海が最初にいたと言っていたあの大きい水槽だ。刃曰くあそこに何かあるのではないかとのことだった。そして今私たちは水族館に奥のほうにあるドアの前に立っていた。
「開けるぞ。円海。この先にあの水槽がある。」
私が円海にそういうと円海は無言でこちらを見ながらうなずく。そして私はドアを開ける。そこに広がっていたのはいつもと同じ水槽だった。だがその水槽の前には何者かがたっていた。
「レイ様。円海様。お待ちしておりました。私はイサナ様のご命令でお二人をご案内させていただく、「フジツボ」と申します。」
張り付けた顔に隠す気のない球体の関節。こいつはどうやらイサナが差し向けてきたロボットらしい。
「なぜ私たちの名前を知っている。私はまだしも円海の名前まで…」
「そう怖い顔しないでください。私はあくまで二人を案内しろという命令しか受けておりません。ですからそれ以上の行動はとれないのです。」
なんだこいつ。しゃべられるだけの鉄の塊か。フジツボを見ていると何とも言えない不快感がある。
「じゃあ、案内っていうのは何ですか?」
私が目の前のフジツボとかいう鉄くずに呆れていると後ろから円海が問いかける。
「案内の話ですね。イサナ様からお二人を研究所に案内するよう指示がございますので今から研究所へとお連れしようかと。」
イサナが自ら研究所に招くだと?刃の話を聞く限りだと一番怪しいのはイサナだ。この町の管理人を名乗るイサナがわざわざ私たちを研究所、つまり自分の本丸へと呼びつけたというのか。私が疑いの目を向けている中、後ろにいた円海が私の前に突然出てくる。
「本当に案内人なら連れて行ってください。私もレイもイサナさんと話がしたいので。」
円海は先ほどとは打って変わって毅然とした態度でフジツボに声をかける。その表情にはどこか決意のようなものが見て取れた。
「わかりました。では早速研究所へご案内しましょう。」
フジツボがそういうと突然、空間がゆがみだしたかとおもえばいつの間にか私の全く知らない場所にいた。
頭が混乱する。
乗り物酔いとは違う、一種の気持ち悪さのようなものを覚える。
円海もかなり驚いた様子で困惑していた。
「ここが研究所になります。」
私と円海はフジツボの無機質な声で冷静になりあたりを見渡す。そこにはおおよそ研究所とは思えないような景色が広がっていた。
四話目「真心の過去は黒い影に」
とっくに初夏なんてものは過ぎてしまいました。こんにちは、深水 優です。
シンプルにまとめた割には意味をそれなりに込められたタイトルな気がします。
今回の主役もなかなかお気に入り。一から三までそこそこシリアス路線で描いてきたかと思えば、急にラブロマともラブコメともいえない話が始まります。四話目の主人公「瑞多 真子」このキャラもとてもお気に入り。一人寂しい女性の恋模様を描いたような話のため、恋というものが人を変える描写がとても大変でした。
ですが、いままでのシリアス路線と少し外れているので、話そのものを今までとは違った色で味わうことが出来ると思います。
今回も読んでいただきありがとうございました!
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五話目は8月12日(水)19:30投稿予定です。ぜひ、楽しみにしていてください。




