24話
ウィーン捕虜収監室。
薄暗い部屋の中、一人の少女と青年が隔離されていた。
「ジャスパー。もう少しいい部屋はなくて?」
足を組みながら放漫に言う少女はカミラ・ローズ。
イギリス国王の第3子女。
10代にもかかわらず騎兵連隊を率いてプリマスにおける攻防戦に参加。
激戦の最中、腹心であるジャスパーと共に捕らえられ、こうして捕虜収容所へと送られてきたのであった。
他にも何名かの近衛騎兵連隊員が彼女を慕いドイツへと投降した。
「無茶言わんでください。そもそもここは10名用の収監部屋を無理やり改造したんですよ」
ジャスパーは呆れながら彼女へ紅茶を差し出した。
カミラ王女は末子といえども王室の人間であるため多くの気配りが施されており、この紅茶もその一つだった。
「解っていますわ。そういうことではなくて、この声でしてよ」
彼女は目を閉じながらそう呟いた。
彼女の部屋の周りに何があるのかは知らされていないが恐らく拷問室でもあるのだろう。
日夜絶え間なく男の悲鳴が聞こえてくる。
「拷問でしょうか?」
「まさか、ただのレコードでしてよ」
捕虜の待遇は国際条約で定められている。
「ドイツが守りますか?」
ジャスパーが尋ねた。
ドイツはヒトラーという一人の男に指導されている独裁国家だ。
何をするかわかったものではない。
「守りますわ。少なくとも、私の目につく範囲では」
カミラ王女は自信をもって答えた。
虐待というのは外にバレてしまってはいけないのだ。
いや、宣伝として虐待していることを過剰に報道し、相手の戦意を削ぐことも出来る。
だがイギリスはもはやその段階にない。
イギリスはすでに本土への上陸を許し、降伏は時間の問題になっている。
虐待していることが相手に知られれば義憤にかられ徹底抗戦をしかねない。
ならば、目的は?
「恐らくわたくしを衰弱させるのが目的でしてよ」
「王女殿下を交渉のカードに使うためですか」
「そう考えるのが妥当ですわ」
カミラ王女はジャスパーの問いに答えると不敵に笑った。
「今はおとなしく雌伏の時をすごしましょう」
と。
それから数日後、カミラ王女とジャスパーが平穏な時を過ごしていると来客があった。
「失礼するよフロイライン」
本に意識を向けていたカミラ王女は聞き覚えのない声に「どちら様?」と問い返した。
視線を向けた先にいたのは人物を見てカミラ王女は「あら」とこぼした。
「これは失礼、ドイツ総統アドルフ・ヒトラーだ」
「申し遅れましたわ、カミラ・ローズですわ」
頭を下げるヒトラーにカミラは椅子に座ったままにこやかに答えた。
「ジャスパー、席を用意しなさい」
カミラ王女は極めて落ち着いた様子でジャスパーに命じるが、それをヒトラーは手で制止した。
「よろしかったら、別な部屋にいたしましょう。ここは少し埃臭いようで私には合いませんので」
「いつもは清潔な埃のない部屋にいらっしゃるのでしょう? たまにはこういった部屋も趣がありましてよ」
カミラ王女は挑発するように笑った。
埃、つまりは誇りだ。
世紀をまたいだ伝統を持つイギリス王家の誇りと伝統など一切ない彼の出自を暗に笑ったのだ。
「なるほど、たまには貴族に倣ってみるとしましょう」
ヒトラーはそう笑った。
表面上の笑み。
「カミラ王女殿下はコーヒーはたしなまれないので?」
ヒトラーは不作法に用意された椅子に座るとそう尋ねた。
彼へ用意された露骨に粗末なもので、普段はジャスパーが座っているものだった。
しかし嫌な顔一つせず笑顔を保ちながら座ったヒトラーにカミラ王女は少し感心した。
「えぇ、私の舌には会わないようですわ」
そういって紅茶を啜りながら答える。
興味もないといったように笑った。
「そうですか」
ヒトラーはそう言うと後ろに控えていた部下に耳打ちをする。
すぐにその部下はコーヒーの入ったコップを手に持ち彼へと手渡した。
そしてそれを受け取ると彼は静かにそれを口に含んだ。
「カミラ王女、単刀直入に言う。我々に手を貸してはくれないか?」
彼は机の上にコップを置くとそう尋ねてきた。
その率直な物言いに驚いたカミラ王女であったが、表情に出すことはなかった。
「お断りしますわ」
カミラ王女微笑みながらそう答えた。
迷うそぶりなど一切見せず、相手に付け入る隙を与えない。
「貴女の協力があれば将来、イギリス王位を用意いたしましょう」
彼は自慢げにそういって見せた。
初めからそれが目的かと笑うカミラ王女。
「そんなものに興味はありませんわ。私はただひたすらイギリスの栄光が続けばいいだけですの」
カミラ王女はそう毅然と答えた。
それを聞いて茫然としたヒトラーだったが、何か合点が行ったようで急に笑いだした。
「そうかそうか、君もそっち側の人間だったか」と。
「どういうことですの?」とカミラ王女が首をかしげるとヒトラーは自慢げに笑った。
「こっちにも王女に似た軍人がいましてね。いつか似たようなことを言ってましたよ」
ヒトラーはそういうと席を立った。
「あら、これで終わりですの?」
カミラ王女は挑発的に笑った。
しかし、ヒトラーはそれに反応することもなくドアへと向かった。
ドアの前で立ち止まった彼は顔だけカミラ王女へ向けるとこう残していった。
「イギリスを私の手で過去の遺物にしてやるよ」
と。
「全車前進」
私は風を受けながらそう命じた。
イギリスで壊滅してから2ヶ月ほど経過し、今は11月だ。
新たに着任してきた部隊も随分と馴染み、これが最終訓練だ。
「各大隊報告」
無線機に向かって言葉を発する。
「こちら海蛇大隊。各中隊異常なし」
「こちら戦車大隊。各中隊異常なし。陣形これもまた異常なし」
ロレンス中佐とアウグスト少佐の返答を聞き、私はうなずくと次の命令を出していった。
僅か2ヶ月という短期間で第1旅団は完全復活したのであった。
「アウグスト少佐。どうだったかしら?」
訓練の終わった士官室で私はアウグスト少佐に尋ねた。
「いやはや、リマイナ大尉が随分頼りになりますよ」
彼はそう笑った。
アウグスト少佐はもともと歩兵課の人間だったのだが、自動車化部隊を指揮した際に機動戦の才能が見込まれたらしい。
「妹として誇らしいわ」
私は素直にそう述べた。
本当は姉妹ではないのだが、最近プライベートでは本当の姉妹だとよく間違われる程度になってきた。
「クラウス大尉とユリアン大尉はどうかしら?」
「両大尉とも随分と部下に慕われているようですよ」
「そう、実戦には耐えうるかしら?」
私の問いにアウグスト少佐は少し考えたのちに自身気に口を開いた。
「はい。問題ないと思われます」
彼の問いはとても心強いものだった。
ならば、そろそろ次の戦いもできるだろうか。
「少佐。そろそろ我々も前線に復帰するわよ」
私はそう彼に言い放った。
 




