23話
「まったく、遅いわよ」
私はようやく起き上がったリマイナにそう悪態を吐いた。
「でも、グッドタイミングでしょ?」
リマイナはそう言って笑った。
最高のタイミングであるのは変わりない。
「さて、どうする? イギリス安全保障調整局の諜報員君」
彼の胸元にある徽章をちらりと見てそう挑発的に笑う。
一瞬目を見開いたがすぐに目をつむり、何かを考え始めた。
恐らく、それは苦渋の決断であっただろう。
彼は静かに拳銃を床に置き、「投降しよう」とささやいた。
「1526。ここにジャスパー・ウォズウェル大尉及びカミラ・ローズ大佐はドイツ軍へと投降する」
彼はそう開き直って宣言した。
その宣言を私は静かに受け入れ彼に手錠をかけた。
「部下は見逃してもらえないか?」
「王女さえいればいいわよ」
ジャスパーの問いに私はそう素早く返した。
「感謝、する」
うつむきながらもジャスパーはそう言った。
カミラ王女が捕虜となったことによりプリマス近郊での攻防はドイツの勝利となり、以後のイギリス本土決戦でもドイツが優勢となっていくことになる。
この戦闘で第1旅団は大きな損害を被った。
海蛇大隊はその戦力の約7割を損失し、アレックス大佐が負傷、彼の副官が戦死。
残存兵力を再編成したところ1個中隊にしかならなかった。
自動車化中隊はほぼ壊滅。生き残ったのは僅か2個小隊に過ぎなかった。
そして、戦車中隊。
17両中、17両すべてが撃破された。
第1小隊で生き残ったのはリマイナ・ルーカス含め3名。
第2小隊は中隊長以下そのすべてが戦死を遂げた。
第3小隊は5名の搭乗員が回収されたものの生き残ったのは僅か2名。
そして、――
「……まったく、これじゃぁお酒も飲めないじゃないの」
私は彼に向かってそう呟いた。
彼は答えない。
ただ静かにその眼を瞑っている。
「リューイ」
リマイナが諫めるように肩に手を添えてくる。
それでも、私は叫んだ。
「早すぎるわよ! まだ戦争が始まって1年よ! なのに!!」
事実を受け止めることができない。
「なんで、目を開けてくれないのよ」
私の目から何かが滴り、彼の頬に小さな水たまりを作った。
目の前の彼は何も答えない。
ただ、静かにその眼を瞑っているだけだ。
――ヴェゼモア・アルトマンは戦死した。
2個騎兵大隊相手に戦車4両で立ち向かい、大立ち回りをしたものの、対戦車榴弾及び牽引砲による集中砲火を喰らい全滅。
履帯が破壊され、エンジンも破壊された4号戦車で彼は最期まで軍刀片手に拳銃で抗い続けたという。
しかし、最後までその軍刀は振るわれることなく持ち主である私の元へと綺麗な状態で戻ってきた。
「馬鹿ね、使えばいいのに」
私は思わずそう笑ってしまった。
彼の死因は銃剣による刺殺らしい。
それほどまでに接近されておきながら最後までこれを使わなかったとは。
よほどの律義者だ。
これで、同期はリマイナただ一人になってしまった。
「必ず勝つわ」
友の死を乗り越え、私は進み続ける。
勝利へと。
彼らの死は無駄ではなかったと胸を張って言えるように。
プリマスでの攻防戦を終えた第1旅団はその被害の大きさからドイツ本土への撤退が命じられた。
私はすぐさま参謀本部より呼び出され、多数の叱責を受けた。
無理もない、いまだドイツ本軍にすら行き届いていない4号戦車を17両も受け取っておきながらそのすべてを撃破されてしまったのだ。
しかしながら、カミラ王女捕縛については多大なる称賛を浴びることとなった。
数週間後、ヒトラー総統の意思もあり残存した海蛇大隊構成員及び戦車中隊、自動車化中隊構成員はそのままドイツ軍籍を取得し正式にドイツ国民となるか、バルトニアへ帰国するかの選択肢が与えられた。
しかしながら残った兵すべてが前者を選択し、正式にドイツ国民となった。
「それでいいのか」と聞いた私に、「中佐がこの国に残るのでしたら」と返されたときは苦笑いしかできなかった。
良い部下を持ったものだと改めて実感した。
「リューイ。大丈夫?」
閑散とした駐屯地司令官室でリマイナと私はコーヒーを啜っていた。
昔ならここには山積みの書類があったはずだが、今はもうない。
せいぜい毎日の食費やらなんやらの生活に必要最低限の書類だけ。
「寂しいわね」
私は窓から見える駐屯地の敷地を見てそう呟いた。
ここは第1旅団専用に用意された駐屯地で、フランス戦開始直後から建設された。
そのため、本来はもっと多くの人員がいるはずだった。
しかし入るはずだった兵たちのほとんどは戦死してしまい、いまや設けられた部屋の7割ほどが空き部屋になっている。
「でも、すぐにまた増えるよ」
リマイナも窓から外を見つめながらそう呟いた。
先日、第1旅団へ補充兵が来ることと、戦車中隊2個が着任することが通達された。
海蛇大隊は既存の水陸両用車を有する部隊から、自動車化中隊が保有する装甲車を運用する大隊へと変貌。
また、損失した中隊分を自動車化中隊の生き残りと補充兵で補填。
結果的に自動車化中隊は二つとも海蛇大隊へと統合されることで決定された。
また、戦車中隊。いや、今度2個の戦車中隊が来るからもとからあった戦車中隊をAと名付け、追加で着任する中隊もそれぞれB、Cと名付けることとしよう。
ともかく、A中隊は4号戦車が16両補充され中隊長はリマイナとなる。
B、C中隊はそのすべてが3号戦車という4号戦車よりも火力で劣る戦車で構成され、それぞれドイツ人士官とドイツ人の兵で構成される。
「私は何人殺せば気が済むのかしらね」
つい先日数百人の部下を失ったのにもかかわらず私の脳は冷静にも次の戦闘について考えていた。
憎い。
私が憎いがそんな私の脳が幾度となく私を救ってきた。
「リューイ……」
部隊が完膚なきまでに壊滅したのはこれで何度目だろうか。
部下を失ってこうやって虚無感に襲われたのは何度目だ?
そのたびに二度と私はこんなことを繰り返さないと言いつつ何度もくりかえしている。
「教えて、リマイナ。どうやったら部下を失わずに済むのかしら?」
「なら、軍人を辞める?」
リマイナはそうすぐさま聞き返してきた。
普段は無い彼女の真剣な眼差しに私は怖気づいた。
「私たちは軍人で、今は戦争中。敵を殺せば味方も死ぬ、それが私かもしれないしリューイかもしれない。そんなの当たり前のことじゃん」
当たり前、当たり前で片づけてよいのだろうか。
「敵を殺して自分たちはぬくぬく生きていられるほど敵も優しくないんだよ」
変わった。
そう、思った。
いや昔からリマイナは私を身を挺して止めてくれたり、諫めてくれていた。
変わったのは私だろうか。
いかなる犠牲を払ってでも、この戦争に打ち勝つという覚悟がまた、揺らいでいたのだろうか。
意を決した私は両手でパンッと自分の頬を叩いた。
「それもそうね。やるわよ、幾万の屍の上に私達の祖国は万年の栄華を築くのよ」
私はリマイナに対してそう宣言した。
その後、私はフランス戦、対イギリス上陸作戦の功績が認められ大佐へと昇進。
またリマイナも大尉へと昇進し戦車A中隊長へと就任した。
ロレンス少佐は中佐となるものの、継続して海蛇大隊の指揮を執る。
ただ、階級が上がったこともあり、今までは空席であった旅団長補佐というポストに就任した。
そして戦車B中隊はクラウス・フラーケ大尉、C中隊はユリアン・アンデルス大尉が就任した。
また、3個の中隊の上位である大隊も設置されることとなり、その部隊長としてアウグスト・エイムズ少佐が就任した。
「アウグスト少佐。これからよろしく頼むわね」
今は新規に着任した士官たちと古参の士官たちで懇親会を開いている。
部隊長クラスに限らずすべての士官が参加しているため広めに作ったはずの士官室が少し手狭に感じてしまう。
「こちらこそ、番犬と名高いリューイ・ルーカス大佐と共に戦うことができて光栄です」
自分よりも一回り年齢の高い人間に頭を下げられるというのは違和感でしかない。
しかしながら、大佐となった以上これも仕方のないことだろう。
今後は予備役から現役に復帰してきた士官も多くなるはずだ。
もしかしたら50歳の中佐に頭を下げられるなんてこともあるかもしれない。
考えたくもないけど。
「クラウス大尉、ユリアン大尉もよろしくね」
私はある程度の礼儀を持ちつつも侮られないように気を付けながら会話を交わしていく。
二人の大尉もある程度は軍になれ、固さは抜けているがそれでもまだ若い。
若い士官ということは優秀なのか、人材が不足しているのか。
どちらとも考えづらい。
「こちら、リマイナ・ルーカス大尉。私の姉よ」
「リマイナ・ルーカス大尉です。よろしくお願いします」
まったく、こういう時だけは猫を被るのがうまいんだから。
私はそう呆れながら微笑んでいるとどうやらリマイナに彼らは興味を持ったようだ。
しばらくしたら楽しそうに笑いあっていて、何とか新しい人間ともやっていけそうだと安心した。
「ねぇ、ヴェゼモア」
私はベランダに出て星を見上げながらそう零した。
答える彼はいない。
「やっぱり、貴男がいないと違和感があるわね」
そう笑った。
こういう時、彼はいつも私の右斜め後ろで控えていた。
コートをいつものように預けようと振り返った時に誰もおらず、彼は死んだのだという事実を突きつけられた。
「貴男の死は必ず意味あるものにするわ」
ワインの入ったグラスを天高く掲げそう誓った。
「誰が為の犠牲か。私がはっきりさせてくるわね」
私はそう星に向かって宣言するとグラスを地面に置いた。
そして、背を向けこうささやいた。
「これは貴男のぶんよ」
私の声にこたえるはずの男が笑ったような気がした。




