25話
私が参謀本部へ再編完了の報告をしてすぐに現地待機の命令が下った。
てっきり、イギリス本土での戦闘に再度送られると思っていたのだが、そうではないらしい。
現在部隊はウィーン北部に駐屯地を構え訓練に勤しんでいる。
戦車1個大隊と自動車化歩兵1個大隊、及び支援部隊多数を有するわが大隊は、すでに戦略的単位として機能し始めているようだ。
ある程度南部ににらみを聞かせるための配置だと私は感じた。
現に我々の陣営に参加することを渋っていたハンガリー王国等のバルカン半島諸国の態度が軟化してきたようだ。
まぁ、フランスやイギリス本土上陸戦で先陣を切った旅団を国境付近に配置するというのは脅しにともとれる。
あと数か月もすればブルガリア共和国の首都進駐など色々な事象が発生するが、この時期は何もなかったはずだ。
あぁ、しいて言えばイタリアのギリシャ王国への侵攻くらいだが、私には関係のない話らしい。
前世ではドイツ・イタリア対ギリシャ・イギリスの戦いとなったが、この世界ではドイツとイギリスは本土決戦の真っ最中で、尚且つイギリスはアフリカ戦線すら抱えている。
ギリシャへの支援などできるはずもなく、彼の国は単国でイタリアを相手にしなければならないらしい。
そういえば、あと数か月もすればソビエトとの戦争が始まるはずだ。
史実では様々な事象が重なり合い、春に予定していた作戦開始が6月までもつれ込み多大な影響を及ぼしたそれだが、どうなることやら。
1940年11月28日。
第三国であるイベリアの首都でイギリスとドイツの外相会談が行われ、和平についての議論があったようだが交渉は決裂。
しかしながらイギリスでは厭戦気分が蔓延しているようだった。
「奴らの首都を殲滅せよ」
ヒトラーはその号令と共にイギリス首都攻略戦を命じた。
ドイツはこのためにフランスを防衛していた部隊を引き抜きイギリスへ派遣。
その総兵力は15個師団へと膨れ上がっていた。
対するイギリスも戦力をかき集め、8個師団をもってこれに相対した。
しかしながら、デンマークには依然としてイギリス軍7個師団が残っており、彼らの帰国が待たれたものの、ドイツ海軍潜水艦部隊の妨害により遅々として進んでいなかった。
首都における攻防は12月25日のクリスマスまで続き、両軍あわせて5万人以上の戦傷者が出る熾烈な攻防戦が繰り広げられた。
3重に渡る防衛線のうち、ドイツ軍は2つを突破。
されど最後の防衛線を突破することができず、イギリス首都攻防戦はドイツの敗北という形で幕を閉じた。
ドイツは敗北したものの依然として10個師団以上が健在であり、次の攻勢で首都を陥落させられると誰もが思っていた。
12月31日。世界が新年を迎えようとしていた時、あるニュースが世界中を駆け巡った。
「カミラ王女。ドイツ捕虜収監所から脱出し、イギリスへと帰国せり」
「王女殿下。ようやく帰ってまいりましたか」
アレックス大佐がそう笑いかけた。
カミラ王女はそれに「失礼いたしましたわ」と笑い返した。
「王女殿下、用意整いました」
ジャスパーは彼女に跪く。
カミラ王女は彼の言葉を聞くと静かにうなずき、まっすぐ歩き始めた。
外からは群衆の歓声が聞こえる。
彼女が、テラスへと出てくるとそれは一層強くなった。
数万の群衆に彼女はにこやかに手を振って応える。
小さな手でマイクに手を添え、群衆に笑いかける。
一層強くなる歓声に彼女は笑顔を崩さずに口を閉ざし続ける。
やがて不審に思った群衆の歓声が静まり返っていく。
そして、まったく音のしなくなった瞬間、彼女は口を開く。
「皆様、御機嫌よう。カミラ・ローズですわ」
聴衆は彼女の言葉に聞き入っている。
「端的に申し上げますわ」
彼女はカンペの類を見ずに口を開き続ける。
「何をしていらっしゃるのです?」
彼女は冷たい言葉でそう言い放った。
群衆は何のことかと口を開き、ポカンとしている。
「皆さまの父、兄、子、孫が今なお戦っている中。皆さま何をしていらっしゃるのですか?」
あえて、彼女はそう丁寧に尋ねた。
本来、褒められる行為ではないのだろう。
だがカミラ王女にとってそんなもの関係ない。
彼女の一言一句、一挙手一投足が今後の戦争の趨勢を左右するのだ。
「この非常時にあって、国債の売り上げは伸びず、工場の生産は遅々として進まず。皆さま、それでも誇り高きイギリスの国民でして?」
放漫な物言いかもしれない。
でも、彼女は自らの思いをぶちまけてしまいたかった。
「イギリスの勝利が皆さまの父兄子の栄光につながり、戦後世界での繁栄につながるのです」
彼女は拳を握りしめて群衆へと説く。
「国民よ! 起て! 愚劣なるドイツの野望を我々イギリスが打ち砕くのだ! 貴賤区別なく! 王家、貴族、商人、町人、農家。千差なく祖国、そして我らが子や孫たちのために悪魔を討て!」
昂るその気持ちを抑えきれず普段の口調を忘れ彼女は叫んだ。
王家として褒められた振る舞いではないかもしれない。
だが、彼女は王女である以前にイギリスの国民なのだ。
「男は銃を持ち戦場へ! 女性は工具を持ち工場へ!」
仁王立ちし、ありったけを叫ぶ。
「貴族よ! 今こそ貴族の義務を果たせ! 国民に先立ち戦争の矢面に立ってきたのはだれか! 我等貴族である! 栄光あるイギリス貴族の名に恥じぬ行いを!」
父が言っても、母が言っても、二人いる姉が言っても何の意味をなさない。
だが、カミラ王女がそう叫ぶことに意味があった。
前線にいち早く駆け付け、その結果虜囚となりながらもいまだ抗戦を叫ぶ。
それも10代の少女が。だ。
「イギリス万歳! 大英帝国万歳! 誇り高き臣民に栄光を!」
カミラ王女はそう拳を突き上げ、叫んだ。
それに群衆が続き、「イギリス万歳! カミラ王女万歳!」と叫んだ。
彼女はそれに手を振って笑顔で答えると奥へと戻っていった。
この日よりイギリスは力を取り戻し、反攻作戦へと移っていくこととなる。
「やられたな」
カミラ王女脱出の報告がヒトラーの元へと届いたのは奇しくも私とヒトラーが久々に会っていた時のことであった。
本来は彼と非常にまったりとした時間を過ごすはずだった。
だが、こんな報告が舞い込んでしまっては実務的な話にならざるを得ない。
「しかし、いい機会よ」
「あぁ、そうだ」
私の言葉にヒトラーは同調した。
「イギリス一国でこんなことできるはずがないわ。どこかが手助けしたのよ」
私は自らの持論を展開した。
ヒトラーは納得したようにうなずく。
「ブルガリア・ギリシャ・ルーマニア・ユーゴスラビア・ハンガリー。恐らくバルカンのどこかよ」
「ギリシャはないな」
私の上げた国の中でヒトラーは真っ先にギリシャを排除した。
「同感ね」と私は彼に続いた。
ギリシャは現在イタリアと交戦中で我々にちょっかいをだす暇はないはずだ。
ではどこだ?
「ユーゴスラビアかハンガリー、そしてルーマニアのどれかでしょうね」
「ブルガリアはどうだ?」
相手が相応の理解力があるとやはり話はスムーズに進んでいくものだ。
なおかつ見落としがないように必要な確認を取る。
「あの国とは国境は接していないしそれにイギリスとのかかわりも浅いわ」
私はそこまで言葉を続けてある可能性に行きついた。
「ねぇ、今回の作戦。どうやって実行したと思う?」
私はヒトラーを見つめてそう尋ねた。
「まぁ、民間人に扮して潜入した工作員が王女を連れ出したと考えるのが妥当だな」
ヒトラーは私の問いにそう応える。
至極真っ当な考えだ。
事実、捕虜収容所の看守は何者かの手により殺されるか昏睡させられていた。
「しかし、何処の国が実行したかはわからない。そうね?」
私が確認を取るように彼に尋ねた。
「そうだ。今ユーゴスラビアもハンガリーもルーマニアも、全て我々に友好的な態度を示している」
彼は私の言葉を肯定するとそう続けた。
しかし、私は口角を吊り上げてこう言う。
「各国政府は我々に友好的ね」
「つまり、政府以外の手だと?」
ヒトラーは要領を掴めていないようだ。
「しかし国民は政府を支持しているはずだが?」
彼の問いは当然のものであった。
そう、国民も政府も我々に友好的なはずだ。
では我々に仇なすのはいったい誰だ?
「いるじゃないの。殺しのプロで、イギリスと独自のルートを持ってて、尚且つ奪還した王女をイギリスへ送還する術を持っている集団が」
私の言葉にヒトラーは目を見開いた。
どうやら、私と同じ結論に至ったようだ。
「まさか――」
「そのまさかよ」
否定しようとする彼を私はあざ笑った。
「今回の騒動はすべて軍部の独断で遂行された可能性が高いわ」




