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二度目の人生では妃候補になりません  作者: 秋月 もみじ


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第13話 第二の荷箱


薬草院で止めたはずの箱番号が、施療所の受領台帳に記されていた。


王都施療所へ着いた時には、陽は落ちかけていた。表の入口には薬を待つ人の列が残り、汗を拭う母親が眠った子を抱き直している。薬が遅れているため簡易な冷却布を配っているのだと、案内に出た若い薬師が申し訳なさそうに説明した。


馬車から降りる直前まで、私は明礬紙の箱を膝に抱えていた。道の石に車輪が跳ねるたび、紙片が揃っているか蓋を開けて確かめたくなる。ノエルは二度目に私が留め金へ触れた時、静かに言った。


「不足していれば施療所の備品を使えます。持ってきた紙だけが安全を決めるわけではありません」


私は手を離した。過去を変える機会がこの箱一つに詰まっているように思い込みかけていたのだ。


その奥、倉庫の前に、基金の許可書を携えた三箱が積まれていた。


「まだ開けておりません」


施療所薬師のガルシアは、受領台帳と停止対象番号の通知を並べた。白髪の混じる男性で、目の下には疲れが見える。


「届いた許可書には緊急供給品につき速やかに配布とありました。しかし、薬草院から共有された系列番号と一致したため、当所の判断で待たせています。正直に申しますと、外の列を見るたび迷いました」


「止めてくださってありがとうございます」


私は礼をした。薬を待つ人がいる場所で、箱を開けずに待つことがどれほど苦しいかは、会議室で想像する以上だろう。


ノエルは基金の許可書を確認し、受領時刻と未開封状態をガルシアに読み上げてもらった。


「この後は薬草院の事故対応手順に基づき、施療所立会いで検体を採取します。使用停止の最終判断は鑑定の結果を受けて院長へ報告し、緊急連絡で行います」


「お願いいたします」


倉庫の片隅へ臨時の検査卓が用意された。湯を沸かす間、外から子どもの咳が聞こえた。急がなければという気持ちが手首を押す。だからこそ、私は明礬紙の枚数を指で数え直し、箱の封蝋を確認した。


「第一箱、基金許可搬入、未開封。封蝋に異常なし」


ガルシアが告げ、ノエルが記す。私は彼らの目の前で一包を採り、番号を記入した陶器皿へ粉を移した。


湯を注いだ瞬間、甘い匂いが立つ。


胸の奥がざわついたが、もう匂いだけで怯えて手を止めることはなかった。液を紙へ落とす。縁に浮かんだ色は、夕方の暗さでも見間違えようのない淡紫だった。


ガルシアが台に手を突いた。


「これを、配るところでした」


「配られませんでした」


自分でも意外なほど、はっきり言えた。


「通知を確認してくださったから、まだ誰も飲んでいません」


彼は顔を上げ、短く頷いた。第二箱、第三箱も確認し、二箱に同じ反応が認められ、一箱は未検査のまま隔離することにした。必要な証明が得られた以上、むやみに開封して検体を増やす必要はないというノエルの判断だった。


倉庫の入口へいた若い薬師が、外の列へ顔を向けた。


「配布を待っている方へ、基金の薬が使えない理由をどこまで話せばよいでしょう」


ガルシアは迷い、ノエルを見る。秘密にして不安を抑えるのか、事実を伝えて混乱を招くのか。前の人生なら、私も沈黙を選ぶべきだと言われただろう。


「危険の可能性があるため使用を止め、安全が確認された代替薬から配る、と説明してください。誰が悪いかを今告げる必要はありませんが、止めた理由を隠す必要もありません」


ノエルの答えに、私は胸の内で小さく頷いた。真実を全て語れない段階でも、危険をなかったことにしなくてよい。


「未検査の箱を残すのですか」


私は確認した。問いは反対ではなく、理由を記録するためだった。


「供給された状態を保った箱が一つあれば、封蝋と荷札、内容物の全体について後日の公的鑑定に委ねられます。開封済み検体と、未開封現物の両方が必要です」


「承知しました。理由も記録へ入れます」


ノエルの目に、ほんのわずかな安堵が見えた気がした。私が恐怖に引きずられず、検査の一員として問いを立てられたからだろうか。そう考えて、すぐ自分の都合のよい解釈かもしれないと打ち消す。



使用停止の緊急伝達が届くまでの間、施療所では薬草院の単材薬を優先患者へ配る準備を始めた。予定数には足りない。それでも、汚染品を配るよりはるかにいい。


外の列へ説明に出るガルシアに、年配の女性が詰め寄る声が聞こえた。


「今日もないのですか。孫の熱が下がらないのです」


ガルシアは深く頭を下げ、薬に安全上の問題があったため確認されたものから渡すと説明した。女性は怒った顔のまま、やがて抱えていた袋を握り直し、「危ないものなら仕方ない。早くしておくれ」と声を落とした。


私は倉庫の内側で、そのやり取りを聞いていた。遅延は紙の上の負担ではない。待つ人が実際に苦しんでいる。その苦しさを、侯爵夫人の不正の口実に渡さないためにも、安全な供給を早く立て直さなければならない。


「オフィーリア助手」


ノエルが封印袋を差し出した。


「第二検体の確認署名をお願いします」


私は署名を入れた。ガルシアと、夜間当直の書記も署名する。箱が薬草院の外へ運ばれたことで、かえって基金の許可による迂回供給が、別施設の人々の目で証明されることになった。


「この通知番号共有を提案した方は、あなたですか」


ガルシアが尋ねた。


「複写帳とともに、院で提案しました。実際の通達は監督官と院長が整えてくださいました」


「では、報告にはその通り書きましょう。当所が箱を止められた理由になります」


誰かの目が見ていることは、恐ろしいことばかりではない。正しく行ったことを、正しく言葉にしてくれる目もある。


ガルシアは搬入許可書の原本を封じる前に、基金の使者が到着を急かしたことも記載した。使者本人を責めるのではなく、受領の際にどのような指示が添えられていたかを残すためだ。


「昔なら、理事長印があればそのまま受け取りました。薬草院から停止番号を受け取っていなければ、今日もそうしていたでしょう」


彼の声は自責を含んでいた。


「今、止めてくださいました。その事実が必要です」


私も、自分が前の人生で帳面を渡したことを、何度責めても生き返れなかった。必要なのは、今度はどこで止められたかを積むことだ。



施療所の書記室で、王妃府法務室宛ての緊急報告が作られた。ノエルは、第一の汚染ロットとの箱番号系列の一致、基金の直接許可書、未開封採取、鑑定結果を順に書き込む。私は鑑定部分を確認し、ガルシアは搬入経緯を記す。


夜間使者へ封筒を渡した時、倉庫の窓から外を見た。薬草院の代替薬が少量だけ到着し、列の前方へ配られ始めている。薬包を受け取った年配の女性が何度も礼を言いながら去っていった。


私の足元へ、長い一日の疲労がようやく下りてくる。


「帰りの馬車まで、少し座りますか」


ノエルが木製の椅子を示した。


「はい。今日だけは、素直にそうします」


彼は小さく頷き、湯を頼みに出た。私たちが言葉を交わさなくても、倉庫には封印された箱があり、外には危険な薬を飲まずに済んだ人がいる。


湯気の立つカップが届く前に、王妃府へ向かった使者と入れ違いで別の騎馬が施療所へ着いた。


薬草院へ戻る私たちに宛てた急報だった。


ヴァレリア・エルンスト侯爵夫人が、私による検体汚染と慈善妨害を訴える告発状を提出したという。


ガルシアが驚きの声を漏らすより早く、ノエルは彼へ向き直った。


「本日の立会い記録は、告発の有無にかかわらず同じ内容で作成してください。あなた方が見たものだけを記せば十分です」


私も頷いた。恐怖は消えなかったが、証言を求めるのではなく、見られていた事実がすでにあった。


封印の蝋は、まだ温かかった。

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