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『自由になるのが、怖かった』  作者: Yukiya


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2-2:黒田透の反抗

2-2:黒田透の反抗


 黒田透は、進路の話になると露骨に空気を変える。


 もともと愛想のいいタイプではない。授業中に必要以上の発言はしないし、教師に対してもどこか冷めた態度を崩さない。クラスの中で完全に浮いているわけではないが、誰とでも気軽に打ち解けるような人間でもなかった。


 ただ、進路の話題だけは別だった。


 ある日、ホームルームで神谷が進路について話していたときのことだ。

 模試の判定表や大学案内の資料が配られ、教室の空気が少しずつ重たくなっていく。神谷はいつもの穏やかな調子で、現実的な判断の必要性を語っていた。


 「理想だけじゃなくて、現実を見て考えることも大事だからな。今の成績とか、家庭の状況とか、自分の向き不向きとか——」


 そこで、後ろの席から声が飛んだ。


 「先生の言う“現実”って、誰の現実ですか」


 教室の空気が、一瞬で止まった。


 透だった。


 神谷はすぐには怒らなかった。

 少しだけ表情を引き締め、透のほうを見る。


 「どういう意味だ」


 透は椅子にもたれたまま、視線を神谷へ向けた。


 「いや、そのままです。先生が言う“ちゃんとした現実”って、結局先生にとって都合のいい現実なんじゃないですか」


 数人が息を呑む。

 誰かが椅子を引く音が、やけに大きく聞こえた。


 神谷は少し低い声で言った。


 「黒田。そういう言い方をするなら、まず自分の考えを整理して言え。話を混ぜるな」


 透は小さく鼻で笑う。


 「別に、混ぜてないですけど」


 それ以上は何も言わなかった。

 神谷も授業を進めるために、そこで話を切った。

 だが、一度止まった空気はしばらく戻らなかった。


 休み時間になると、案の定、あちこちで小さな声が上がる。


 「また黒田だよ」


 「なんでああいう言い方するんだろ」


 「めんどくさいよな」


 教師から見れば扱いづらい生徒だろうし、クラスメイトからしても波風を立てる存在に見えるのは確かだった。


 けれど恒一には、透の言葉が単なる反抗には思えなかった。


 本当に自信のある人間なら、ここまで先に拒絶しない気がする。

 自分で行きたい道がはっきり見えている人間なら、わざわざ“意味がない”と先回りして言わなくても済むはずだ。

 透の拒絶は、何かを守るための動きに見えた。


 何かを選ぶ前から意味がないと言い切ること。

 それは、失敗したときの傷を少しでも減らすための防御みたいにも思えた。


 ある日の帰り際、恒一は教室の後ろで透が進路資料を見ているのを見かけた。

 周りが少しずつ帰り支度を始める中、透だけが席に残ったまま、配られた大学案内と就職資料を無言でめくっている。


 興味がないようにも見えるし、逆に妙に真剣にも見える。

 その顔は読めなかった。


 やがて透は資料を閉じ、乱暴に丸めた。

 そのままゴミ箱へ投げ捨てるのかと思った。

 だが途中で手が止まる。


 透はしばらくそのまま、丸めた紙を握っていた。

 そこには苛立ちだけではないものがあった。

 目を背けたいものに触れてしまった人間の、言いようのない痛みみたいなものが。


 結局、透はそれを捨てなかった。

 しわになった資料をいったん机に置き、それから無理やり鞄へ押し込む。

 誰とも目を合わせず、そのまま教室を出ていった。


 恒一は少し離れた場所から、その背中を見送った。


 透もまた、“自由”そのものを嫌っているわけではないのかもしれない。

 本当に怖いのは、選ばされた結果、自分だけが責任を負うことなのではないか。


 自由に選べ。

 好きに決めろ。

 そう言われることは、一見すると救いのように見える。


 けれど、選んだ先で失敗したとき、その責任は全部自分へ戻ってくる。


 その冷たさを、透はたぶん誰よりも先に感じ取っている。


 恒一は、自分の胸にも少し似た怖さがあることを思い出した。

 “自由”という言葉は、思っていたよりずっと優しくないのかもしれない。


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