第2章:自由そうな人たち 2-1:宮坂凛のタイムライン
2-1:宮坂凛のタイムライン
宮坂凛のSNSは、恒一にとっていつも少し現実離れして見えた。
同じ教室にいて、同じ授業を受けて、同じ校舎を歩いているはずなのに、画面の中の彼女はまるで別の場所に生きているみたいだった。放課後のカフェ、笑顔の友人たち、流行の服、光の入り方まで計算されたような写真。そこに添えられる短い言葉も、どこか軽やかで、迷いがない。
“自分の好きなものを大事にしたい”
“ちゃんと、自分のペースでいたい”
“無理して合わせるのは、もうやめたい”
そういう言葉が、写真の下に何気なく置かれている。
コメント欄には、「凛っぽい」「憧れる」「わかる」といった反応が並ぶ。
そこに映っている彼女は、誰かに流されることなく、ちゃんと“自分の好きなように”生きている人に見えた。
教室の中でも、凛はいつも明るかった。
大きな声で騒ぐわけではない。けれど、話している輪の中心には自然と人が集まる。彼女が笑うとその場の空気が少し軽くなり、服装や言葉の選び方にも、周囲に迎合しすぎない自分の輪郭がある。進路の話になっても、「好きなことやればいいじゃん」と、肩の力の抜けた調子で言ってみせる。
その言葉は正しく聞こえた。
少なくとも、その瞬間だけは。
恒一には、彼女にはそれを言う資格があるようにも思えた。
自分の“好き”をちゃんと持っていて、誰にどう思われるかより先に、自分の感覚を信じられる人。そういう人間に見えていたからだ。
ある日の昼休み、恒一は購買で買ったパンを片手に教室へ戻った。
そこで、窓際の席に座る凛の姿が目に入った。
彼女はスマホを見ていた。
それ自体は珍しくない。
だがそのときの凛は、いつものように誰かと笑いながらではなく、ひとりで、何度も同じ画面を見返していた。
スクロールして、止まり、少し眉を寄せる。
画面を閉じたかと思うと、また開く。
その動きを何度も繰り返している。
ちょうどそのとき、近くの女子が声をかけた。
「凛、次の体育って外だっけ?」
凛はすぐに顔を上げた。
「え、たしか外。最悪なんだけど、今日ちょっと風強くない?」
声も表情も自然だった。
けれど、スマホを持つ指先だけが少し落ち着かない。話しながらも、意識の一部はまだ画面の中に残っているように見えた。
恒一は自分の席へ戻りながら、その様子が妙に気になった。
少ししてから、凛はスマホを伏せて席を立った。
その直前、画面に映っていたコメント欄の一部が、一瞬だけ恒一の視界に入った。
“最近ちょっと同じ感じじゃない?”
それだけだった。
強い悪意があるわけでもない。
露骨に傷つける言葉でもない。
むしろ、ネットの中ではいくらでも流れていそうな程度の、曖昧で小さな一言だった。
それなのに、凛は何度もそれを見返していたらしい。
午後の授業が始まっても、その光景は恒一の頭に残った。
自由そうに見える人間は、本当に自由なのだろうか。
もし本当に他人の目を気にしないなら、たった一つの何気ない反応に、あんなふうに心を引っ張られるだろうか。
放課後、旬が誰かと凛の投稿の話をしていた。
「宮坂、また投稿伸びてたよな」
「なんか自由って感じするよな。ああいうの」
自由って感じ。
その言葉に、恒一は小さく引っかかった。
自由そうに見えることと、本当に自由であることは、同じなんだろうか。
凛はその日も、教室ではいつも通りだった。
誰かに声をかけられれば笑い、会話の流れを途切れさせず、空気を崩さない。
でも恒一には、その明るさが前とは少し違って見え始めていた。
全部が嘘だとは思わない。きっと本当に好きなものも、楽しい時間もあるのだろう。
けれど、その明るさの一部は、“そう見られるため”に整えられている気がした。
見られることを前提にした明るさ。
“自由な自分”として見られ続けるための、崩せない輪郭。
自由そうに見える人ほど、実は“どう見られているか”に縛られているのではないか。
そう考えたとき、恒一は画面の中の凛の笑顔を思い出した。
それは変わらず魅力的だった。
けれど前より少しだけ、遠く見えた。




