表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『自由になるのが、怖かった』  作者: Yukiya


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/40

5-4:見えない檻

5-4:見えない檻


 教室には校則がある。


 制服の着方。頭髪。提出物。遅刻。

 そういう目に見えるルールなら、まだ単純だ。破れば注意されるし、守れば問題はない。誰が決めたのかも分かるし、反発する相手もはっきりしている。


 けれど、恒一がだんだん苦しくなっていたのは、それとは別のものだった。


 普通であること。

 空気を読むこと。

 周囲を安心させること。

 変に浮かないこと。

 期待を裏切らないこと。

 失敗しないこと。


 そういう、誰も明確には命令していないのに、いつの間にか皆が守っているもの。

 口に出されることは少ないのに、破ればすぐに分かってしまうもの。

 そうした見えない条件が積み重なって、一人ひとりの中に小さな檻のようなものを作っている。


 凛は“自由に見える自分”を崩せない。

 旬は場に合う顔を選び続けている。

 紬は優しさの中で自分の願いを小さくする。

 綾人は期待に合う沈黙を守る。

 透は傷つく前に拒絶する。


 そして自分は、何も決めないまま、曖昧さの中に隠れている。


 恒一はようやく、自分を縛っているのが親や教師だけではないと気づき始めていた。

 母の言葉や神谷の正しさが苦しいのは確かだ。

 でも、それだけならまだ簡単だった。

 本当に厄介なのは、自分自身の中にも同じ方向を向く力があることだった。


 間違えたくない。

 失敗したくない。

 責任を負いたくない。

 誰かをがっかりさせたくない。

 できれば、今ある関係を壊したくない。


 そういう気持ちが、自分の中にもちゃんとある。

 だから外から押される前に、自分で自分を狭い場所へ押し込んでしまう。

 白紙のままでいることさえ、その一つだった。


 見えない檻は外側にあるだけじゃない。

 自分の内側にもあるのだ。


 そのことに気づいたとき、恒一は少しだけ眩暈のようなものを覚えた。

 誰かのせいにできるなら、まだ楽だった。

 でも、自分の中にも鎖があるのだとしたら、そこから逃げるには自分と向き合わなければならない。


 それがいちばん難しい。


 放課後の教室は、夏に近づく光で白く明るかった。

 窓から入る風はまだ涼しさを少し残しているが、もう春の軽さではない。

 季節は確実に進んでいる。


 机に向かうふりをしながら、恒一はクラスメイトたちの背中を眺めた。

 誰も檻の中にいるようには見えない。

 自由に話し、笑い、進路を考え、それぞれの毎日を送っているだけに見える。


 でも、その見えなさこそが、檻のいちばん厄介なところなのかもしれない。


 檻があると分かっていれば、人はそこから出ようとする。

 けれど、何もないように見える場所で少しずつ縛られていくとき、人は自分が閉じ込められていることにさえ気づきにくい。


 恒一は机の上に置いた自分の手を見た。

 指先は何も掴んでいない。

 それなのに、どこにも行けない気がする。


 自分を縛っているものの輪郭が少しずつ見えてきた。

 そのことは救いでもあり、同時に新しい苦しさでもあった。


 見えない檻があると知ってしまった以上、もう何も知らなかったころには戻れない。

 そして、その檻の鍵が自分の内側にもあるのだとしたら——。


 そこまで考えたところで、恒一は思考を止めた。

 今それを最後まで考えてしまうと、何かが決定的に変わってしまう気がした。


 教室では誰かが笑っていた。

 別の誰かが進路資料をめくっている。

 いつも通りの放課後の景色の中で、恒一だけが、自分の周りにある見えない柵の輪郭をぼんやりとなぞっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ