5-3:透の言葉
5-3:透の言葉
透の言葉は、たいてい前触れなく刺さる。
その日もそうだった。
放課後、教室には何人かが残っていた。
面談が近いせいか、最近は帰る前に進路の話をしていくグループが増えている。推薦のこと、模試のこと、親との話し合い。どの話も少しずつ切実で、でも深刻になりすぎないように冗談を挟みながら話される。
その輪の中で、誰かがこんなことを言った。
「でも結局、自分で選べるっていいよな。昔みたいに親が勝手に決める時代じゃないし」
たぶん悪気はなかった。
むしろ、今の時代は自由だ、という前向きな意味で言ったのだろう。
そのとき、教室の後ろにいた透がふいに口を開いた。
「自由なんて、失敗したやつに一番残酷だろ」
声は大きくなかった。
でも、その言葉は教室の空気をまっすぐ切るように鋭かった。
その場にいた数人が、思わず透を見る。
笑いかけていた口元が止まり、返事を探すような沈黙が落ちる。
透は机に寄りかかったまま、こちらを見ずに続けた。
「自由に選べたはずだって、後から言われるんだからな。お前が決めたんだろ、って」
誰もすぐには言葉を返せなかった。
それはあまりにもまっすぐで、冗談で受け流しにくい一言だった。
やがて一人が、気まずさを和らげるように笑って言った。
「いや、まあ……でも選べないよりはマシじゃね?」
透は肩をすくめる。
「選べることと、選んだ責任全部かぶることは別だろ」
それだけ言って、口を閉じた。
会話はそこで途切れた。
誰かが別の話題を無理やり持ち出して、その場は一応流れていった。
けれど恒一の中には、透の言葉だけが強く残った。
自由に選べたはずだ、と後から言われるほど苦しいことはない。
その意味が、恒一にはよく分かった。
今までうまく言葉にできなかった怖さが、そのまま目の前に差し出された気がした。
自分で決めなさい。
好きなように選んでいい。
そう言われること自体は、一見すると優しい。
でも、その選択がうまくいかなかったとき、その優しさは簡単に冷たさへ変わる。
選んだのは自分なのだから。
納得して進んだのは自分なのだから。
失敗しても、後悔しても、その責任は結局、自分に返ってくる。
透の言葉は、恒一がずっと輪郭を掴めずにいた恐れを、そのまま形にしていた。
もしそれが親や教師の押しつけなら、まだ少しは怒れる。
けれど“自由に選んだ結果”として失敗したのなら、怒りの矛先すらなくなる。
ただ、自分で引き受けるしかない。
その怖さを、恒一はずっと感じていた。
だからこそ、透の一言に少しだけ救われるような気持ちになった。
自分だけがこんなふうに自由を怖がっているわけではないと、初めて他人の口から教えられたからだ。
けれど同時に、逆に追いつめられるような感覚もあった。
自分が怖れていたものの正体を、あまりにも正確に言い当てられてしまったからだ。
言葉にならないままなら、まだ曖昧にしておけた。
でも透の一言で、それは急に輪郭を持ってしまった。
自由は、明るくて前向きなものだと思われている。
けれど、失敗したときに一番冷たくなるのもまた自由なのかもしれない。
その日の帰り道、恒一は何度も透の言葉を思い返した。
歩道橋を上がるときも、信号待ちのあいだも、家の前で鍵を出すときも。
“自由なんて、失敗したやつに一番残酷だろ”
頭の中でその言葉が反響するたび、自分の中の結び目もまた少しずつ締まっていく気がした。




