5-2:凛が消した投稿
5-2:凛が消した投稿
宮坂凛の投稿が消えたことに、最初に気づいたのは女子たちだった。
昼休みの教室の一角で、二人がスマホを見比べながら小さく声を上げた。
「あれ、昨日のやつ消えてない?」
「ほんとだ。なんで?」
それは、凛が数日前に上げた人気の投稿だった。
放課後に友人たちと行ったカフェの写真で、窓際の光の中で笑う凛と、その向こうに並ぶ飲み物やケーキがきれいに映っていた。いつも通り色味は明るく整えられていて、短い言葉も添えられていた。
“無理しないで、自分の好きなものをちゃんと選びたい”
そんな内容だった気がする。
投稿はかなり反応が多く、教室でも「かわいかった」「また伸びてる」と話題になっていた。
だからこそ、それが突然消えたことが小さなざわめきを生んだ。
「何かあったのかな」
「彼氏とかじゃない?」
「いや、そういう感じじゃなくない?」
「コメントで何か言われたとか?」
普段なら気にしないようなことまで、なぜか皆の関心を集める。
進路や面談の話題が教室に重く漂っている時期だからかもしれない。誰かの小さな変化に、皆が以前より敏感になっているのだ。
凛本人は、そのざわめきの中心にいながら、表面上はいつも通りに振る舞っていた。
「え、別に大した意味ないよ。なんとなく消しただけ」
そう言って笑い、話題を軽く流す。
声も表情も自然だった。
けれど、恒一にはその笑顔の端に少しだけ疲れが見えた。
目の下に、うっすらと影がある。
化粧や髪型はいつも通り整っているのに、そこだけが少しだけ追いついていない感じがした。
教室では相変わらず明るくしている。けれど、その明るさを保つために何かを消耗しているようにも見える。
その日の放課後、恒一は廊下の窓際で凛が女子二人と話しているのを偶然聞いてしまった。
盗み聞きするつもりはなかった。ただ、教室へ戻ろうとして足を止めたとき、ちょうど会話が耳に入ってきたのだ。
「いや、別に大したことじゃないんだけどさ」
凛はそう言いながら、手すりに軽くもたれていた。
「なんか、コメントでちょっと言われただけ。“最近全部同じに見える”みたいな」
女子の一人がすぐに言う。
「え、そんなの気にしなくてよくない?」
「うん、私もそう思ったんだけどさ」
凛は笑った。
でもその笑い方には、いつもの滑らかさが少し足りなかった。
「なんか一回気になると、ずっと残るじゃん。別に悪口ってほどでもないのが余計に」
恒一はその言葉を聞いて、少し息を止めた。
悪意の強い中傷より、何気ない一言のほうが深く刺さることがある。
凛が揺さぶられたのは、たぶんその“中途半端な正しさ”のせいなのだろう。
露骨にひどい言葉なら、無視する理由も見つけやすい。
けれど、「最近ちょっと同じ感じ」という程度の言葉は、どこかもっともらしくて、自分でも否定しきれない。
自由に発信しているように見えて、その実、凛は誰よりも他人の反応に心を預けていたのかもしれない。
誰かに見られること、好かれること、憧れられること——それらが彼女の明るさを支えていたとしたら、ほんの小さな否定でも均衡は崩れる。
“自由さ”は、見せ続けられている間だけ保たれる。
そのことを、凛自身も本当は分かっていたのではないか。
だからこそ、一つの投稿を消すだけで済まなかった。
その裏側では、「自分らしいと思われる自分」を保てなくなる恐れと、ずっと向き合っていたのかもしれない。
翌日も凛は変わらず明るかった。
いつも通り笑い、いつも通り友人たちの中心にいた。
でも恒一には、その笑顔が前より少しだけ危うく見えた。
崩れてはいない。
けれど、崩れないようにずっと力を入れ続けているもののように。
凛の均衡は、そのことの危うさを静かに教室へ突きつけていた。
自由に見えることは、本当に自由であることとは違う。
誰かにそう見られ続けなければ保てない自由は、たぶん思っているよりずっと不安定だ。




