第5章:檻のない教室 5-1:進路講演の日
5-1:進路講演の日
進路講演会の日、体育館の空気はいつもより少しだけ固かった。
全校集会のときのようなざわつきはある。椅子を引く音、友達同士の小声、体育館シューズが床を擦る音。けれど、それらはいつもより低く抑えられている気がした。三年生だけが集められたその場には、何となく私語を小さくしてしまうような緊張があった。
ステージの上には演台とスクリーンが用意され、外部から来た講師がすでに資料の確認をしている。
大きな白い画面には、「進路選択と将来設計」という題名が映し出されていた。
恒一はクラスごとに並べられたパイプ椅子の列に座り、前方を見ていた。
周囲には同じように背筋を伸ばした同級生たちがいる。旬は少し斜め前で、友人に何か囁いて小さく笑わせていた。凛は姿勢よく座りながらも、始まる前の数秒だけスマホを確認して、すぐに鞄へしまった。綾人は最初から資料に目を落としており、透は腕を組んだまま、ステージを見ているのか見ていないのか分からない顔をしていた。
やがてマイクの音が一度だけ鳴り、講演が始まった。
「みなさんは、これからさまざまな選択をしていくことになります」
講師は落ち着いた声でそう言った。
年齢は四十代くらいだろうか。スーツ姿で、話し方に無駄がない。いかにも“こういう話をし慣れている人”という印象だった。
「大学に進学する人、専門学校へ進む人、就職する人。それぞれ道は違いますが、共通して大事なのは、自分の将来を見据えることです」
将来を見据える。
社会に出る準備をする。
今のうちに考える。
主体的に選ぶ。
責任を持つ。
そんな言葉が、スライドと一緒に次々と並んでいく。
講師の話はもっともだった。
現実的で、整理されていて、反論の余地がない。進学に必要な準備、社会で求められる力、自分の得意不得意の見極め方。どれも真っ当で、否定する理由などない。
むしろ、ちゃんと聞かなければいけない話だと、頭では分かる。
それなのに恒一は、講師の言葉が進むほど、胸の奥が少しずつ詰まっていくのを感じていた。
誰も鎖で縛っているわけではない。
進路を強制されているわけでもない。
この場にいる全員に、一応は“自由な選択肢”があることになっている。
それでも、この空間にははっきりと“こうあるべき”が満ちていた。
前を向くこと。
決めること。
努力すること。
自分の将来を自分で設計すること。
どれも間違っていない。
どれも正しい。
だからこそ苦しい。
もしこれが露骨な命令なら、まだ反発できる。
「そんな簡単に決められるか」と心の中で怒ることもできる。
けれど、講師の言葉はそんな種類のものではなかった。あまりに正しく、あまりに真っ当で、あまりに“その通り”だった。
スライドが切り替わり、「五年後、十年後を考える」という文字が映し出される。
その瞬間、恒一は急に自分だけがそこに届いていない気がした。
五年後。十年後。
そういう言葉が、周囲の人間には何らかの輪郭を持って見えているのだろうか。
自分にはまだ、来月の面談で何を話すかすら定まっていないのに。
講師は続ける。
「迷うこと自体は悪くありません。ですが、迷ったまま止まり続けるのではなく、一歩ずつでも選び取っていくことが重要です」
迷うこと自体は悪くない。
その言葉すら、恒一には自分を静かに追いつめるものに聞こえた。
“止まり続けるのはだめだ”
そう続くことが分かってしまうからだ。
周囲を見れば、皆、静かに前を向いている。
ノートを取っている生徒もいる。神妙な顔で頷いている生徒もいる。
みんなが理解しているというより、“理解しなければならない話”として受け止めているように見えた。
恒一は、自分がこの場で少しずつ置いていかれていくような感覚を覚えていた。
努力できる人。
決められる人。
迷っても進める人。
そういう人たちの歩幅に、自分だけが合っていないように思える。
体育館の空気は少し蒸していた。
前方の窓から差し込む白い光が、椅子の列を均一に照らしている。
講師の声はマイク越しに明瞭で、どこにも曖昧さがない。
その明瞭さの中で、恒一だけが自分の輪郭をうまく掴めなくなっていた。
誰も責めていない。
それでも責められているような気がする。
誰も急かしていない。
それでも急かされているように感じる。
講演会が終わって拍手が起きたとき、恒一は自分が何を聞き取ったのかよく分からなくなっていた。
頭に残っているのは具体的な助言ではなく、ただ一つの息苦しさだけだった。
正しいことに満ちた場所は、ときどき檻みたいだ。
その考えが、体育館を出る直前にふと胸をよぎった。
言葉にした瞬間、自分でも少し驚いた。
でもその印象は、思った以上にはっきりと心に残った。




