徳川上杉牽制戦
鉄壁崩れ、謙信の計略
層岩巨渊北西の隘口、風鳴谷と呼ばれる険地では、兵力に雲泥の差がある苛烈な阻撃戦が繰り広げられていた。
麻貴は岩の隆起した高台に立ち、片眼鏡式望遠鏡を右目に押し当て、冷徹な顔つきに一切の感情の揺れは見られない。その傍ら、明の火器精鋭である神機営八千の兵は四刻間もこの陣地を守り抜いていた。誰もが硝煙と汗と疲労にまみれているが、手火銃を握る手は安定し、眼差しは鋭いままだ。
「大人、弾薬は半分近く消費しました」副将が低い声で報告する。「徳川軍の攻撃は一波一波激しくなり、上杉軍が側面から圧迫してきます……このままでは日没まで持ちません」
麻貴は望遠鏡を下ろさずに問う。「祖将軍の陣はどうだ?」
「祖将軍は二千の兵を率いて東側で上杉軍を阻んでおり、三度の突撃を撃退したものの、死傷者がかさんでいます」
麻貴はようやく望遠鏡を手元に置いた。レンズ越しに、徳川軍の新たな攻勢が展開されているのが見える——約二万の歩兵が密集した方陣を組み、前に盾兵、後に槍兵を配し、整った歩調でゆっくりと進軍してくる。さらに後方には徳川家自慢の鉄砲隊が陣を敷き、無数の銃口が朝の光の下に死の光を放っていた。
八千対十数万、本来なら絶望的な任務。だが麻貴と祖承訓に下された命令は一つ、「何があっても徳川・上杉の二軍を牽制し、主力が断龍台を攻め落とす時間を稼げ」というものだ。
「各営に伝令を走らせよ」麻貴の声は穏やかなままだ。「火力配分を調整せよ。前営の火銃手は敵の鉄砲隊に集中射撃、中営の仏郎機砲は歩兵方陣の中心を狙え、後営のロケット車は敵が百歩圏内に入ったら一斉に覆射せよ」
命令は瞬く間に全陣に伝わる。明の兵たちは無言で無駄なく陣形を組み替える。この絶望的な包囲の中でも、この大明の火器精鋭は畏怖に値する規律を保っていた。
徳川軍の方陣は三百歩の距離まで迫る。
「前営、発火!」
ドン、ドン、ドン!
八百丁の火銃が一斉に発射され、谷一面が硝煙に包まれる。徳川鉄砲隊には数十人が倒れ、進軍の速度が一瞬鈍る。だが訓練された徳川兵はすぐさま反撃し、鉄砲の轟音が明の銃声をかき消す。
「中営、砲を放て!」
十二門の仏郎機砲が怒鳴り、砲弾が徳川の方陣の中で炸裂、血肉が岩面に飛び散る。方陣は少し動揺しただけで進み続ける——徳川の軍規は冷酷なまでに厳格で、前列が倒れれば後列が即座に穴を埋め、まるで感情のない機械のようだ。
二百歩。
「ロケット車、発射!」
数十台のロケット車が同時に矢を放ち、尾火を引く矢が蝗の群れのように敵陣に襲いかかる。この一撃で死傷者が大幅に増え、徳川の陣形はついに乱れ始めた。
明が二回目の一斉射撃を準備したその時、側面から地鳴りのような鬨の声が響き渡った。
「大人!上杉軍が東側の防線を突破しました!祖将軍は援軍を求めています!」
麻貴の顔色が変わる。横を向くと、東の山道に上杉家の「毘」の旗が祖承訓の陣を突き破り、本陣の側面に殺到してくるのが見えた。先頭を走る武将は白い甲冑を身にまとい、名刀・小豆長光を手にしている——上杉謙信その人だ。
「ちくしょう……」麻貴は歯を食いしばる。「後営の半数を東側の援軍に回せ、急げ!」
命令が出た直後、正面の徳川軍が陣形を一変させた。密集していた方陣が左右に分かれ、中央に通路を空ける。通路から黒甲冑の武将が馬を走らせて飛び出し、巨大な槍を手に、穂先が太陽の光の下に冷たい光を反射していた。
徳川四天王筆頭、「戦国一の猛将」本多忠勝だ。
「明の兵よ、聞け!」忠勝の声は戦場の喧騒を押しのけるほど大きく響く。「武器を捨てて降れば命を助ける。頑強に抵抗する者は容赦なく討ち取る!」
返事となったのは明の火銃の一斉射撃だ。だが忠勝は身をかわさず、愛槍・蜻蛉切を輪を描くように振り回し、飛んでくる鉛弾をすべて弾き返した。
「なんだ?!」明の兵たちは呆然と見つめる。
「あれは……元素力か?」麻貴の瞳が収縮する。槍に風元素が纏わり、見えない壁を形成しているのを見抜いた。
忠勝はすでに明の陣内に突入し、蜻蛉切を一振りするだけで数人の明兵を真っ二つに斬る。その後ろから徳川の精鋭・旗本先手役が続々と突撃し、鋭い刃のように明の防線を切り裂いた。
正面は突破され、側面は挟撃され、八千の明兵は絶望的な包囲に陥った。
「陣を縮め、円形防御陣を組め!」麻貴は剣を抜いて叫ぶ。「大明のため、死んでも退かない!」
残った明兵は素早く密集し、円形の陣を構える。外側に火銃手、内側に槍兵を配し、最後の抵抗に備えた。
だが上杉謙信と本多忠勝の連携は完璧だ。上杉軍が側面から猛攻して明の火力を引きつけ、忠勝は徳川精鋭を率いて正面から弱点を強襲する。
「麻将軍!このままでは持ちません!」全身血まみれの副将が麻貴の元に駆け寄る。「敵の数が多すぎる、我々は……」
言葉はそこで途切れ、矢が喉を貫いた。
倒れた副将を見て、麻貴の目に一瞬動揺が走る。だがすぐに感情を抑え、厳しく命じる。「祖将軍に伝令を走らせ、合流させよ。我々は兵力を集め、東側から突破する!」
「しかし大人、我々の任務は敵を牽制することです……」
「四刻間も敵を引き止めた!」麻貴は遮る。「断龍台の戦いはもう決着がついているはずだ。今は部下たちの命を守ることが最優先だ」
命令が伝わり、残った明兵は東側へ移動し、祖承訓の部隊と合流しようとする。だが上杉謙信はその狙いを見破っていた。
「逃げようというのか?」謙信は冷ややかに笑う。「忠勝殿、正面から圧力をかけ続けよ。俺は精鋭騎兵を率いて回り込み、東側の退路を塞ぐ」
「承知いたした」忠勝は頷き、攻撃を一層激しくする。
上杉謙信は精鋭騎兵を率いて山道を急ぎ、明兵より先に東側の退路を封鎖した。
麻貴と祖承訓が合流した時、二人の周りに残った兵は四千人に満たず、徳川と上杉の連合軍に完全に包囲されていた。
「麻兄、今日はここで命を落とすようだな」祖承訓は左腕に矢が刺さり、右手だけで刀を握りながら苦笑する。
麻貴は四方を見渡す。徳川の鉄砲隊は再び陣を敷き、上杉の弓兵は弓を引き絞っている。本多忠勝と上杉謙信は前後から、あらゆる退路を封じていた。
「少なくとも、四刻間敵を牽制できた」麻貴は穏やかに語る。「李将軍たちは断龍台を落としたはずだ」
「ならばこの死に価値がある」祖承訓は大きく笑う。「諸子よ!今日我々が散ろうとも、大明の軍威は失われない!一人討ち取れば元取り、二人討ち取れば儲けだ!」
「討て——!」残った明兵は最後の鬨を上げた。
徳川軍が総攻撃を仕掛けようとしたその時、戦況は思いがけない方向へ一変した。
層岩巨渊の深部から耳をつんざく大爆発が響き渡る。続いて山体全体が激しく揺れ、崖から岩が崩れ落ち、一面に煙塵が立ち込める。
「何事だ?」本多忠勝は馬を止める。
上杉謙信は巨渊の奥の方を眺め、顔色を曇らせる。「深部だ……織田殿の陣に異変が起きた」
ほぼ同時に、複数の伝令兵が四方から駆けつける。
「報告——!断龍台は陥落した!武田信玄殿は戦死、武田軍は潰走した!」
「報告——!香酔坡の防線は破られた!柴田勝家殿が討ち取られた!」
「織田殿より急令が届く。徳川・上杉両軍はただちにこの戦場を放棄し、无光平台へ急行して合流せよとのこと!」
一連の悪報に徳川、上杉の諸将は言葉を失う。武田信玄戦死?柴田勝家討死?断龍台陥落?
「謙信公、どうする?」本多忠勝が上杉謙信に問う。
上杉謙信はしばらく黙った後、断固として命令を下す。「全軍に伝令、攻撃を停止し、ただちに无光平台へ撤退せよ」
「しかしこの明兵たちは……」一人の将校が不服そうに口を挟む。
「大局を優先せよ!」謙信は厳しく喝破する。「織田殿こそこの戦争の核心だ。无光平台が落ちれば、この僅かな明兵を全滅させても何の意味もない!」
包囲された麻貴と祖承訓を一瞥し、複雑な思いが過ぎる。「それに、彼らは任務を全うした。八千の兵で十数万の我々を四刻間足止め、三万余りの兵を討ち取った……この敵は敬意に値する」
命令が伝わり、徳川・上杉の連合軍は秩序よく撤退を始める。明兵殲滅の好機を捨て、層岩巨渊の深部へ急行していった。
麻貴と祖承訓は潮のように引いていく敵軍を眺め、しばらく呆然と立ち尽くす。
「あいつら……撤退したのか?」祖承訓は信じられない様子で呟く。
麻貴は巨渊深部を眺め、爆発と鬨の声がますます激しくなるのを聞き、悟る。「鐘離殿と李将軍たちだ……主力戦線で我々が勝利を収めたのだ」
「だから織田信長は急いで兵を呼び戻したのか……」祖承訓はやっと納得する。「我々はこれからどうする?」
「部隊を立て直し、負傷兵を手当てせよ」麻貴は重い声で告げる。「それから……我々も无光平台へ進軍する」
「しかし大人、残った兵は四千人に満たず、弾薬は尽き、誰もが傷を負っています……」
「それでも行く」麻貴は断固として言う。「最後の決戦を見逃すわけにはいかない」
血にまみれながらもまっすぐ立つ兵たちに視線を向け、声を張り上げる。「大明の諸子よ!まだ戦える者は俺と共に无光平台へ進め。戦えぬ者は負傷兵の看護に残れ。今日、我々はこの戦争の結末をこの目で見届ける!」
「将軍に従う!」残った明兵は嗄れた声ながら、揺るぎなく一斉に答えた。
撤退路では、上杉謙信と本多忠勝が並んで馬を進める。
「謙信公、先ほど『敬意に値する』と仰ったが……」忠勝がふと話しかける。「敵をそう高く評するのは珍しいことだ」
上杉謙信は長らく黙った後、静かに呟く。「彼らは本当に称賛に値する。八千対十数万、四刻間も陣を守り、最後まで退かない……このような軍、このような将軍は、敵味方問わず敬うに値する」
一瞬間言葉を切り、声が一段と低くなる。「時々思うのだ、我々がこの世界に侵攻したことは正しかったのか、と」
「謙信公!」忠勝は眉をひそめる。「そのような言葉は慎むべきだ。我々は生き残るために戦う、他に道はない」
「そうだ、他に道はない……」謙信はどんよりと曇った空を見上げる。「だからどちらかが完全に潰れるまで、戦い続けるしかない」
二軍は合流し、十数万の兵が層岩巨渊の坑道を下へ急ぐ。前方には无光平台の暗い紅い光がますます強く輝き、まるで地獄の門が開いたかのように広がっていた。
平台の深部では、織田信長が血桜玉の前に立ち、各地から届く悪報を聞きながら冷たい笑みを浮かべていた。
「全員揃ったか……ならばよい」血桜玉を撫でると、玉の中の紅い光が鼓動のように脈打つ。「最後の舞台は整った。役者たちよ、登場せよ」
層岩巨渊総決戦は、最後で最も苛烈な段階へと突入した。
すべての駒が定位置に収まり、すべての伏線が回収される。
テイワットの運命は、これから数刻のうちに、最終的な裁きを下される。




