断龍台の戦い
断龍劫殺・信玄墜つ
断龍台の殺戮は二刻も続いていた。
層岩巨渊の中央中層に位置する天然の高台は、古代の採掘作業で掘り広げられた巨大な空き地であり、縦横千歩を超え、数万の軍勢が交戦できる広さを持つ。今や台の地面は死体で敷き詰められ、灰白色の岩盤は血によって濃い紅色に染まり、空気には鉄の血と火薬の煙が混ざり合った濃厚な死の気配が充満している。
李如松は全身血まみれとなり、青龍偃月刀の刃には数か所の欠け目ができ、黒の重甲には刀傷と矢穴が無数に刻まれていた。配下の十万明軍のうち、今なお立っている兵は六万に満たず、誰もが傷を負っている。対する武田軍の損失はさらに深刻——三万の守備兵は一万余りしか残っていないが、残った兵は全て精鋭の赤備えと真田家の死士であり、一人一人が死を恐れぬ猛者ぞろいだ。
さらに厄介なことに、李如松自身が包囲されていた。
真田幸村の赤鎧は無数に破損しているが、手に持つ十文字槍は依然として磐石の如く安定し、槍先は李如松の喉元を狙い定めている。左には兄の真田信之が双刀を手に、冷徹な眼差しを向ける。右には武田勝頼——武田信玄の次男であり、若いながら剣術を父より継承し、名刀「虎徹」が朝の光の下に冷たく輝いている。そして最も危険なのは、影の中に時に現れ時に消える幽霊のような姿——女忍、戦国無双の暗殺者であり、致命的な一撃の機会を窺っている。
「李将軍、降れ」真田幸村の声は穏やかながら、断じて拒めぬ威厳を帯びていた。「退路はもう無い。降伏すれば、貴殿と配下の兵全員の命を保証しよう」
李如松は刀に身を支え、激しく息を切らしながらも、瞳には一切の恐怖が宿らない。「李某は半生戦場を渡り、『降伏』という二文字の書き方を知らぬ。そちらこそ、追い詰められた獣が無駄に抗う、何の意味がある?」
武田勝頼は怒りを爆発させた。「無礼な! 死が目前に迫るのに、まだ口先だけが達者か!」
「口先だけかどうか、刃を交えて確かめよ」李如松は突如暴れ起ち、青龍偃月刀が怒れる龍が海から飛び出すかのように、真田幸村へ真っ向から薙ぎかかった。
再び戦火が燃え上がる。
真田幸村は槍で受け止め、槍と刀が激突して火花が四方に飛び散る。真田信之は側面から襲いかかり、双刀が蝶の舞いのように乱れ飛び、李如松の下半身を狙う。武田勝頼は後方へ回り、女忍と共に挟撃態勢を整える。
李如松は武勇に長けるものの、四人を相手に長時間の戦いで疲弊し、瞬く間に危機に迫られた。青龍偃月刀で再び真田幸村の槍突きを払うが、武田勝頼が背後から仕掛けた奇襲に間に合わない——
「カラン!」
長槍が虎徹の刀身を間一髪で受け止めた。李如梅が天から降った神兵の如く李如松の背後に立ち塞がる。「長兄、遅れた!」
ほぼ同時に、李如柏の斬馬刀も戦場に駆けつけ、真田信之を追い払う。「次兄もここに居る!」
二人は香酔坂を陥落させた後、足を止めず精鋭を率いて断龍台へ急行した。残りの部隊に残敵掃討を任せ、三千の精鋭騎兵だけを連れ、険しい山道をひた走り、千鈞一髪の瞬間に間に合ったのだ。
「如梅! 如柏!」李如松の闘志が一気に湧き上がる。「どうしてここまで——」
「香酔坂は陥落し、柴田勝家は首を落とした!」李如柏は大きな声で叫ぶ。長兄に告げると同時に、武田軍の士気を崩す狙いもあった。
案の定、柴田勝家戦死の報を聞き、武田軍の兵たちに動揺が広がる。真田幸村の顔色さえも微かに変わった。
「ありえぬ…勝家様が…」武田勝頼は信じられない様子で呟く。
「首を見よ!」李如柏は鞍の横に結んだ布袋を解き、地面へ投げ捨てた。布袋が弾け、柴田勝家の怒りに満ちた首が転がり出る。
武田軍の士気は一気に崩壊した。
「陣形を立て直せ!」真田幸村は名将としての冷静さを失わず、即座に命令を下す。「敵の言葉に心乱されるな! 赤備えの兵、我に続き突撃せよ!」
戦いは再び膠着状態に陥るが、状況は密かに覆りつつあった。
李如梅と李如柏が持ち込んだのは援軍だけではなく、勝利の知らせと奮い立つ士気でもある。援軍の到着と敵大将の討ち取りを見た明軍の残兵は一気に勇気を奮い起こし、最後の戦闘力を爆発させた。
一方、武田軍は精鋭揃いながら長時間の連戦で疲労が溜まり、柴田勝家の死を知ったことで軍心が揺らぎ始める。
戦場の一角、武田信玄は高台の岩盤に立ち、断龍台全体の戦況を見下ろしていた。「甲斐の虎」と呼ばれる男の顔は重く曇り、片目に複雑な思いが渦巻いている。
「殿、形勢が悪うございます」傍らの老臣・跡部勝資が低い声で囁く。「幸村様は奮闘しておりますが、敵の援軍が到着し士気も高い。いったん撤退し、下層の防線を守るべきでは…?」
武田信玄は長い間黙り込んだ。撤退? 武田信玄は生涯戦いを渡り、自ら進んで後退したことは一度も無い。だが目の前の状況は——
唐突に首筋に冷たい感触が走った。
風でも汗でもない、殺気だ。
武田信玄は本能的に横へ身を躱す。一筋の冷光が喉元を寸分違わず掠め、首の脇に浅い傷を刻む。勢いよく振り返ると、璃月の夜討ち衣を身に着けた女がいつの間にか背後に立ち、細長い刺剣から血が滴り落ちていた。
夜蘭である。
「反応が速いな」夜蘭の声は穏やかながら、瞳には殺気が燃えている。「さすが『甲斐の虎』」
「暗殺者か?」武田信玄は傷口を掌で押さえ、指の隙間から血が溢れる。「この戦場の真っ只中まで潜り込むとは…見事な腕前だ」
「褒めてくれてありがとう」夜蘭は再び攻め寄せ、剣の動きは小雨のように細やかに絶えず、一撃一撃が急所を狙う。
武田信玄は刀を抜いて応戦する。彼の剣術は落ち着き熟練しており、不意を突かれた状態でも隙無く守り切る。だが夜蘭の剣法は妖しく、ありえぬ角度から刃が迫り、岩の影の中を幽霊のように出没する。
「貴様は普通の暗殺者ではない」攻防の合間に武田信玄が語る。「この潜行術…戦場暗殺専門に鍛え上げられた技だ」
「璃月総務司の特訓、任務は敵の統帥を討ち取ることのみ」夜蘭は答え、武田信玄の左目へ剣を突き出す。
武田信玄は辛うじて避けるが、頬にも新たな傷が刻まれる。心中に驚きが広がる——この女の実力は予想を遥かに超えている。
さらに悪いことに、体の動きが鈍くなり視界が霞み始める。傷の刃に毒が塗られていたのだ。
「剣に毒が…」武田信玄は歯を食いしばる。
「ただの麻痺薬に過ぎぬ」夜蘭は淡々と告げる。「ご安心を、命を奪うつもりは無い。鍾離様は生きたままの貴殿を望んでいる」
「生け捕りにしようと?」武田信玄は怒りを通り越して笑う。「貴様一人で、それが叶うと思うのか?」
彼は一気に全精力を込めて剣を振るい、風林火山の「侵掠如火」を発動する。攻めの勢いは嵐のように止まらず、敵が倒れるか自身の力が尽きるまで続く。
夜蘭は見事に押し込まれる。彼女の長所は暗殺と情報収集であり、真正面の長期戦は得意ではない。だが彼女は慌てない、助けが迫っていることを知っていたから——
「殿、気をつけろ!」跡部勝資が突如叫ぶ。
だが手遅れだ。
武田信玄が全勢力を夜蘭へ向け、背中に大きな隙が生まれた瞬間、反対側の影から第二の人影が飛び出す——申鶴だ。彼女もいつの間にか高台まで潜り込み、手に持つ長槍「息災」が氷の殺気を帯び、武田信玄の背中へ真っ直ぐ突き込む。
前後から挟撃!
武田信玄は幾多の戦場を渡り歩いた統帥らしく、刹那に反応する。夜蘭への攻撃を放棄し、全力で身を回転させ、刀を槍へ向けて受け止める。
「カーン——!」
刀と槍が激突し、火花が飛び散る。武田信玄は致命的な一撃を防いだが——
夜蘭の刺剣が彼の左胸を貫いていた。
心臓は外れたが、肺葉を突き破っている。武田信玄の体が硬直し、口から血が溢れ出す。
「殿!!!」跡部勝資が悲鳴を上げ、駆け寄ろうとするが、申鶴の槍一突きで弾き返される。
武田信玄はゆっくりと頭を垂らし、胸から突き出た剣先を見つめる。激しい痛みは無く、深い疲労と、どこか安らぐ思いだけが残る。
「やはり…負けたのだな…」彼は呟き、それから夜蘭へ視線を向ける。「貴様…名は何という?」
「夜蘭だ」
「夜蘭…良い名だ」武田信玄は笑みを浮かべる。その笑顔には苦しみ、後悔、そして解放が混ざり合う。「鍾離に伝えよ…この戦い、私は潔く負けを認める」
体がゆっくりと崩れ落ちるが、夜蘭が支えて地面へ倒れるのを防ぐ。彼女は剣を抜かない、抜けば死が早まるからだ。
「武田軍、聞け!」武田信玄は最後の力を振り絞り、半分の戦場に響き渡る大きな声で叫ぶ。「全軍…撤退せよ…勝頼に…家督を継がせ…幸村よ…補佐せよ…」
声は次第に細くなり、やがて途絶える。甲斐の虎、戦国一の兵法家・武田信玄は異界の戦場に散った。
「殿——!」跡部勝資は地面にひれ伏し、激しく泣き崩れる。
戦場の全員がこの光景を目にした。武田軍の兵たちは呆然と立ち尽くす。山岳のように揺るぎない殿が、こうして命を落とすなど信じられなかった。
「父上!!!」武田勝頼は心を引き裂かれるような叫びを上げ、突進しようとするが、真田幸村に必死に抑えられる。
「若殿、行ってはならない! 罠だ!」
「離せ! 父上の仇を討つ!」
「今進めば無駄な死を遂げるだけだ!」真田幸村の目は悲しみで赤く染まる。「殿の最後の命令は撤退だ。貴殿は生き残り、武田家を継がねばならない!」
彼は戦場全体を眺める。李如松三兄弟は再び陣形を整え、一歩ずつ迫り来る。高台の上では夜蘭と申鶴が冷徹に彼らを見下ろし、さらに多くの璃月の高手が駆けつけてくる。
「撤退せよ!」真田幸村は歯を食いしばり命令を下す。「全員、下層へ退け! 俺が殿後を務める!」
「幸村様、共に残りましょう——」
「命令だ」真田幸村は武田勝頼を強く押し返す。「若殿を連れて、急げ!」
真田信之はもがき続ける武田勝頼を引き立て、女忍も黙って従い、断龍台の端にある退避路へ彼らを護衛して走る。残りの武田兵は戦いながら後退し、真田幸村と最後の数百の赤備えだけが殿後に残る。
李如松はこの様子を眺め、追撃の命令を出さなかった。彼は武田信玄の遺体の前まで歩み、長い間黙った後、夜蘭へ告げる。「手厚く葬れ。これは尊敬に値する敵だ」
夜蘭は肯き、剣を抜く。申鶴は氷元素で遺体を包み、腐敗を防ぐ。
「長兄、追わなくて良いのか?」李如柏が問う。
「追い詰められた敵は追うな」李如松は武田軍が逃げた山道の方を眺める。「それに…本当の敵はまだ地下深くに潜んでいる」
彼は光無き台の深部へ視線を向ける。そこには濃い紅色の光がますます強く脈打ち、何か恐ろしい存在が目覚めようとしているかのようだ。
断龍台の戦いは連合軍の痛みを伴う勝利で終結した。武田信玄は討ち取られ、武田軍の主力は潰走、中層の防線は突破された。だが李如松は、これが序の口に過ぎないことを知っていた。
織田信長、そして彼の手に握られた不吉な血桜玉こそ、この戦争の真の核心である。
そして鍾離様は、この時分には主力軍を率いて光無き台へ進軍しているはずだ。
最後の決戦が、間もなく始まる。




