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明朝に軍隊を派遣して日本を討伐してもらう

万暦十五年、朝鮮役


閑雲は沈玉谷の最深部にある古き祭壇に立ち、手に持つ払塵をそっと振り、自身でもすっかり馴染めなくなった仙家の秘呪を唱え続けていた。祭壇の周囲には、削月築陽真君・理水疊山真君をはじめとする璃月の仙人たちが胡坐をかき、それぞれ仙力を練り上げ、祭壇中央の不安定さを増す時空の亀裂を支え続けている。


「この門は『大明』へ通じている。人間の築き上げた巨大な帝国で、百万の兵を擁すると聞く」仙力が渦巻く中、閑雲の声は幽玄に響いた、「鍾離様の考えでは、彼らの助力を借りる以外、織田信長に対抗する術はない」


旅人の空、イェラン、ディシアは亀裂の前に佇み、そこから漂う見知らぬ雄大な気配を感じ取っていた。その気配には市井のにおい、刀剣と銃砲の轟き、堂々たる正しき気風、奥深き宮廷の憂愁までが混ざり合っている。


「亀裂は線香一本が燃え尽きる間しか保てない」額に汗が滲む閑雲、「速やかに往き、速やかに戻れ。あくまで援軍を乞うための旅であり、他国の内紛に介入してはならない」


空は厳かに頷き、鍾離自筆の玉简を懐に大切に収める。イェランは携行する符篆と仕掛け道具を点検し、ディシアは最後に灼砂金剣を磨き上げた。鍾離には隠密行を命じられていたが、長年の傭兵稼業が彼女に常時戦闘態勢を身につけさせている。


三人は顔を見合わせ、亀裂の中へ踏み込んだ。


天地が回り、時空が捻れ歪む。


思い描いた宮殿の御座の間は姿を見せず、代わりに砲撃の轟音、咽せ返る硝煙、地を揺るがす鬨の声が襲いかかった。


着地した瞬間、空は地を転がり、鼻先をかすめて飛んだ流れ矢を躱す。イェランは即座に数枚の符を放ち、三人を囲む淡い青の結界を張る。ディシアは剣を抜き、周囲を警戒して見渡す。


彼らは凄惨な戦場の真っただ中にいた。


見渡す限り焦土が千里に広がり、屍が野に横たわる。遠方では雄大な城が炎に包まれ、黒煙が空を覆う。近辺では二つの軍勢が死闘を繰り広げていた。一方は青い鎧を身に纏い、火縄銃と槍を手に整った陣形を組み、旗には漢字が記されている。もう一方は浅井長政配下の兵と同じ様式の甲冑をまとい、日本刀と薙刀を振り回し、獣のような叫びを上げながら突撃してくる。


「ここが……戦場?」ディシアは愕然と呟いた。


イェランが素早く状況を観察する:「旗を見る限り、青鎧の兵は大明官軍だ。だが敵の装備は浅井軍と瓜二つだ!」


空の胸に不安が沈む:「我々は時を間違えたか、場所を踏み誤ったようだ」


その時、二十人ほどの敵兵が三人を発見し、叫びながら殺到してきた。スメールで遭遇した兵より粗暴で、多くの者は顔に絵の具を塗り、血に飢えた眼を爛々と輝かせている。


「討て!」ディシアは迷わず迎撃に出、灼熱を帯びた金剣を振るい、瞬く間に敵兵二名を両断する。


イェランの符は空中で氷槍と風刃へ変化し、的確に敵をなぎ倒す。空も剣を抜き、黄金色の元素力が刀身を伝い、一撃一撃が雷霆の勢いを放つ。


二十人の敵は一分足らずで全滅したが、この激闘は遠くの兵の目に留まった。


「あちらに好手あり!」明軍の将が三人を見て大声を上げる、「弓兵は援護せよ!三名の義士、こちらへ退避せよ!」


空は即断する:「まず彼らの陣へ合流せよ!」


三人は戦いながら後退し、明軍の防線へと迫る。道中さらに数十の敵を討ち取り、ついに官軍陣内へ辿り着いた。


将は四十歳前後、赤ら顔に二尺ほどの長い髯を生やし、青龍偃月刀を携えている。この世界に関羽という人物が実在するかは定かでないが、その姿は強く印象に残る。


「末将、遼東李如松。三名の義士、助けを深謝する!」将は拳を胸に当て礼を述べ、遼東人特有の豪快な口調で話す、「装束が異様なる三名、いずれより来られたか?」


空は息を整え、状況確認を急ぐ:「旅人の空。こちらは仲間のイェラン、ディシア。我々は遥かな地より来り、本来は都へ赴き皇帝陛下に謁見するはずが、思いがけずこの戦場へ迷い込んだ。将軍、ここは何処か?何者と交戦しているのか?」


李如松は驚きの色を浮かべるも、戦場ゆえ詳しく問う余裕はない:「ここは朝鮮・平壌城外だ!この倭寇は日本の関白・豊臣秀吉の配下の兵。昨年倭寇が朝鮮へ侵攻し、朝鮮八道はほぼ陥落。大明は朝鮮国王の請いを受け、援軍を派遣した。今は二度目の朝鮮出兵の最中である!」


空、イェラン、ディシアの三人は一斉に衝撃を受けた。


朝鮮……日本……豊臣秀吉……


「織田信長……」ディシアが低い声で呟く、「この倭寇の身なり、織田の兵と全く同じだ!」


イェランが冷静に分析する:「もしこの世界とテイワットが時空で繋がっているのなら、織田信長や豊臣秀吉は複数の世界に存在する……あるいは世界を渡る術を手に入れた可能性がある」


李如松は彼らの会話を理解できないが、戦況は切迫している:「三名は武に長じる。我が軍を助けてはくれぬか?倭寇の攻勢は激しく、平壌城は落城寸前だ!」


空は懐の玉简に目を落とす。鍾離の任務は大明皇帝に援軍を乞うことだが、今は宮廷に辿り着くどころか、倭寇との戦いに巻き込まれている。


だが、敵の敵は味方となり得る。


「将軍、助力を申し出る」空は決断を下す、「ただし戦後、皇帝への謁見を仲介していただきたい。重大な用件がある」


李如松は大喜び:「平壌包囲を解ければ、即刻上様に奏上し、三名に褒賞を請う!」


その時、伝令兵が転げながら駆け込んでくる:「報告!将軍!倭寇が『鬼兵隊』を差し向け、七星門を猛攻しております。守備兵はもう持ちこたえられません!」


李如松の顔色が変わる:「鬼兵隊か?薬を飲まされ痛みを感じぬ狂兵どものことか?」


「然り!既に第一の防線を突破されました!」


「私が行く」ディシアが自ら進み出る、「狂人相手の戦いなら経験がある」


イェランが空を見、空は肯く:「共に向かおう」


李如松も遠慮なく命じる:「よし、精鋭百名を付ける。必ず七星門を守り抜け!」




平壌城・七星門、戦火は最高潮に達していた。


鬼兵隊とは、目が虚ろに筋肉を膨らませ涎を垂らす日本兵たちだ。痛覚を失ったかのように、矢が何本も突き刺さり刀傷を負っても狂ったように突撃を続ける。明兵はこんな敵を見たことがなく、陣形が崩れ始めていた。


ディシアが真っ先に駆けつける。炎を纏う剣技は鬼兵に絶大な効果を発揮する。火は傷を負わせるだけでなく、彼らに仕込まれた薬や特殊な装備を燃やし、一撃で三名の鬼兵が炎に呑まれ、人外の絶叫を上げる。


イェランの符陣は戦場制圧に適しており、氷と嵐の結界を張り鬼兵の進軍速度を鈍らせ、明兵に攻撃の隙を与える。


空は鬼兵隊の統率者、僧衣をまとい錫杖を持つ怪しげな男へ真っ直ぐ突進する。男は呪文を唱え続け、妖術で兵を操っている様子だ。


「邪道なり!」空が剣を突き出す。刀身の黄金の光に男は顔を青くする。


「貴様……凡人ではないな!」男はぎこちない中国語で叫び、錫杖で剣を受け止める。


二人の激闘が始まる。男の剣術は凡庸だが、錫杖に宿る闇の力が毎度の打撃で空の心身を揺さぶる。


「貴様、深淵教団の者か?」空が探りを入れる。


男は獰笑する:「深淵などではない。我が仕えるは『大日如来』。豊臣関白こそ真の天下人であり、千年続く帝国を築き上げるのだ!」


空は言葉を尽くさず全霊で攻め立てる。数十合の末、隙を突き剣を男の胸に突き通す。倒れながら男は不服そうに呟く:「ありえぬ……あの力を手に入れたはずなのに……」


統率者の死と共に鬼兵は制御を失い無秩序に混乱。明軍は一気に反撃に転じ、七星門を守り切った。


一時的に戦いが収まる。李如松自ら七星門へ赴き、無数の鬼兵の死体を見て、三人への敬意を深める。


「三名はまさに神人なり!」感慨深げに語る、「改めて尋ねる。いずれの地より来り、大明で何を求めているのか?」


空はもはや隠す術はない、鍾離の玉简を取り出す:「李将軍、実を申せば我々は異世界・テイワット大陸の民。我々の故郷も、この倭寇と同じ……いや出自が同じであろう軍に侵攻されている。本来は皇帝に援軍を願いに来たが、思いがけずこの戦場へ落ちた」


李如松は玉简を受け取る。仙家の文字は読めぬものの、内に秘められた雄大な力と切羽詰まった思いを感じ取る。


「異世界……」しばらく思案した李如松、「話は奇想天外だ。だが今日大明を救ってくれた以上、三名は大明の友である。平壌の戦が迫るため、私はこの地を離れられぬ。書状をしたため、護衛の兵を付けて遼東へ送り、遼東より都へ向かわせよう」


一息置いて続ける:「ただ今の朝廷は……話しにくい事情がある。上様は賢明だが、宮廷には異邦人を歓迎せぬ勢力も多い。面聖の際は細心の注意を払え」


イェランは言外の意味を捉える:「他国への出兵援助に反対する朝臣がいると?」


李如松は苦笑い:「援助どころか、今回の朝鮮出兵自体に反対の声が上がっている。上様が独断で決断しなければ、朝鮮はとっくに滅んでいた」


空の心は重く沈む。国内にこれほどの障壁があるのなら、織田信長討伐の援軍を頼むのは困難を極めるだろう。


「それでも挑まねばならない」ディシアは固い決意を見せる、「我々の国は虐殺に晒され、一夜に二十万を超える民が……待ってはいられない」


ディシアの瞳に宿る怒りと悲しみを見、李如松は真剣に頷く:「承知した。手配を急ぐ。まず休息せよ、明朝出発だ」


その夜、三人は李如松が用意した幕舎に身を寄せ、険しい面持ちで集まる。


「二つの課題がある」イェランが整理する、「一、大明皇帝に異世界の存在を認めさせ、出兵を承諾させること。二、この世界の倭寇とテイワットの織田軍の関係を突き止めること」


ディシアは拳を握り締める:「同じ集団に違いない。残虐さ、狂気が全く同じだ!」


空は思索に耽る:「閑雲仙人が開いたのは大明への通路なのに、我々は朝鮮の戦場へ落ちた。二つの世界は不安定な時空の接点で繋がり、時代さえ歪んでいる。我々がいるのは大明の万暦年、織田信長が我々の世界で勢力を振るった時と……」


「同時代の場合も、時差がある場合もあり得る」イェランが補足する、「最も恐ろしいのは、両世界の敵が同一勢力なら、織田か豊臣が世界渡りの術を確立したということだ。一方の世界で敗れれば、別の世界へ逃れ略奪を続ける」


この推論に三人は背筋を凍らせる。もし事実なら、テイワットは彼らの無数の侵略先の一つに過ぎないのだ。


突如、幕舎の外が騒ぎだす。兵が慌てて駆け込む:「義士たち、一大事!倭寇が夜襲を仕掛け、精鋭の一隊が本陣へ突入、李将軍が危機に瀕しています!」


三人は即座に立ち上がり幕を飛び出す。夜の闇に火の手が上がり、鬨の声が空を裂く。五十人ほどの黒衣の忍者部隊が明軍の防線を突破し、李如松の本陣へ真っ直ぐ迫っていた。


「将軍を守れ!」空が真っ先に飛び込む。


夜戦は忍者に有利だ。神出鬼没、手裏剣・煙玉・毒矢が次々飛来する。明兵は勇猛なれど、不規則な奇襲戦法に多大な損害を受けている。


ディシアは一人の忍者を一刀に斬り捨てるが、斬ったのは身代わりの杭だ。真の忍者が陰から現れ、苦無を背中へ突き立てんとする。


「気をつけろ!」空が間に入り、襲撃者を撃退する。


イェランは照明の符を張り巡らせ、周囲を昼間のように照らし出す。忍者の隠れ身の利は失われた。だが敵の数は多く、目標は一貫して李如松の暗殺に定まっている。


「普通の倭寇ではない」戦いながらイェランが話す、「この忍者の訓練と装備は常備軍を遥かに超える」


空も同じ考えに至る。彼らの戦闘スタイルはフォンテーヌで遭遇した雑賀衆に酷似し、さらに精鋭的・組織的だ。


やっと本陣前へ辿り着く。李如松は青龍偃月刀を振るい三名の忍者と死闘を繰り広げていた。武術に長けるものの、忍者の連携と暗器に傷を負い、体の数カ所から血が流れている。


「将軍、下がれ!」ディシアが乱戦に割り込み、炎の剣で忍者を追い払う。


イェランの符は忍者の退路を全て封鎖。空は覆面をし、鷹のような鋭い目を持つ忍者頭と相対する。


「貴様ら、この世界の人間ではないな」忍者頭は突然日本語で話し、続いてぎこちない漢語に切り替える、「何故邪魔をする?」


空は剣を突きつける:「貴様らもこの世界の出身ではない。織田信長か?豊臣秀吉か?」


忍者頭は驚きの色を一瞬見せ、すぐに冷ややかに嗤う:「知りすぎれば、命が短くなるだけだ」


印を結ぶと、身が三体に分身し三方より襲いかかる。ただの幻術ではなく、それぞれ実体を持つ分身術だ。


空は瞬時に本体を見抜き、黄金の剣光が稲妻の如く突進。忍者頭は看破されるとは思わず躱すも、剣気に腕を切り裂かれる。


「撤収!」


残りの忍者は一斉に煙玉を投げ、闇の中へ消え去る。明兵は追撃しようとするが李如松が制止する。


「窮寇を追うな、伏兵に用心せよ」肩の深い傷から息を切らしながら語る。


軍医が駆けつけ傷を手当てする。李如松は三人を見て複雑な面持ちで問う:「あの忍者たち、貴様らのことを知っていたのか?」


空は肯く:「我々の故郷の敵と同じ勢力だ。将軍、事態は想像以上に複雑だ」


李如松は長く沈黙し、やがて決意を固める:「明日、私自ら三名を伴い遼東へ向かう。この重大事は一刻も早く上様に奏上せねばならない」


南の夜空、都のある方角を眺める。


「この世界は、想像を超える大戦に巻き込まれるかもしれぬ」


空、イェラン、ディシアは悟っていた。彼らが直面するのはテイワット一国の危機だけでなく、二つの世界、二つの時代が絡み合う巨大な陰謀なのだ。


織田信長、豊臣秀吉、徳川家康……これらの名の裏には、どのような野望と秘密が隠されているのか?


東空が白み、果てしない旅路が、今始まったばかりである。

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