レオリー逃亡作戦
脱獄者
フォンテーヌ・メロピデ要塞の昇降機が重たい歯車の噛み合う音を立て、錆びた鎖が張り詰め、巨大な鉄の檻を地下深くからゆっくりと引き上げていく。檻の中、リオセスリは冷たい柵に背をもたれ、上方に広がっていく円形の光——地上へ続く出口——を仰ぎ見ていた。
彼の姿はひどい有様だ。かつて端正だった監獄長の制服はボロボロになり、血汚れや油汚れ、正体不明の汚れにまみれている。左腕は引き裂いた布で雑に包帯が巻かれ、鮮やかな血がにじんでいた。顔には青あざが幾つかでき、唇も切り裂かれている。だがその氷のように青い瞳は、依然として刃のように鋭く、上方の状況を見渡していた。
昇降機は停止した。定位置に着いたのではなく、出口まであと約十メートルの地点で引っ掛かってしまったのだ。機械の故障か、それとも人為的に止められたのか。
リオセスリはためらわなかった。腰に下げた最後のフックロープを取り、上方へ投げ上げる。鉤爪は的確に出口の縁に引っ掛かり、彼はロープを掴み、足で昇降機の柵を蹴って素早くよじ登った。筋肉は悲鳴を上げ、傷口は裂けていくが、動きを緩めることはなかった。
出口から飛び出し、メロピデ要塞の地上階に転がり落ちた時、彼を迎えたのは混乱の光景だった。
ここはかつてフォンテーヌで最も厳重な監獄だったが、今や戦場と化している。上杉軍の兵士たちが最後の抵抗勢力を掃討し、フォンテーヌの看守たちの遺体が血の海に横たわり、捕らわれた看守たちは一箇所に集められ監視されていた。さらに奥では、監獄の機械衛兵が銃弾で穴だらけになり地に倒れ、基板がむき出しになって火花を散らしている。
「生き残りがいる!」
一人の上杉兵がリオセスリを発見し、即座に銃を構えて狙いを定めた。
リオセスリは体を起こすこともなく、地面を滑りながら右手で長靴の筒から短刀を抜き取る。刀身が煌めき、兵士の喉が切り裂かれ、血が噴き出した。彼はその勢いで火縄銃を奪い取り、地を転がって損壊した機械衛兵の陰に身を隠した。
「敵襲だ!あちらだ!」
次々と兵士が押し寄せる。リオセスリは冷静に銃を確認した——上杉軍の制式銃で、弾倉には弾が半分残っている。十分だ。
掩護物から半身を覗かせ、三発ずつ連射する。最前線の三人の兵士が次々と倒れた。直ちに位置を移し、襲い来る銃弾の雨をかわす。
「弾を無駄にするな!包囲せよ!」
上杉の将官が命令を下した。
リオセスリは戦いながら後退し、メロピデ要塞の出口へと向かう。この場所の隅々まで知り尽くしている——何しろ、ここの監獄長だったのだ。監視カメラの死角となる曲がり角、隠し整備扉のある通路、外部へ通じる通気ダクトの位置を全て把握していた。
だが敵の数は圧倒的だ。メロピデ要塞には少なくとも五百人の上杉軍が駐留している。対する自分はたった一人、銃一丁、短刀一本、兵士の遺体から奪った手榴弾数発だけだ。
埠頭まで行かねば……
心の中で呟いた。
メロピデ要塞は断崖の上に建っており、眼下にはフォンテーヌの巡海港が広がり、監獄所属の巡海船が停泊している。船を奪うことができれば、海岸線を伝ってフォンテーヌ廷を逃れ、ペトリコール町へ向かえる——フォンテーヌでまだ陥落していない数少ない拠点の一つだ。
さらに二人の兵士を倒した後、リオセスリは狭い通路に駆け込んだ。ここは埠頭への近道だが、同時に袋小路でもある。通路の突き当たりには分厚い鉄扉が設けられており、監獄長専用の鍵がなければ開けられない。
走りながら胸から特殊な鍵を取り出す。肌身離さず持っていた最後の品だ。鍵を鍵穴に差し込み回すと、鉄扉がゆっくりと開いていく。人一人が通れる隙間ができた瞬間、背後から追跡者の足音が響いてきた。
リオセスリは扉の内側に身を躍らせ、直ちに扉を閉めようとするが、鉄長靴を履いた足が隙間に挟まった。
「捕まえた!」
屈強な上杉の武士が扉を押し開こうと力を込める。
リオセスリは力ずくで対抗せず、扉の取っ手を離して後ろへ跳躍した。勢い余って前につんのめった武士の後頸に、短刀が的確に突き刺さる。だが次々と兵士が扉口に殺到してきた。
扉を閉める余裕はない。リオセスリは振り返り、下へ続く螺旋階段を駆け下り、埠頭を目指した。
埠頭の状況も悪かった。停泊する巡海船のうち、無事なのは一隻だけで、残りは爆破されるか、敵に接収されていた。十数人の上杉兵が埠頭を巡回しており、飛び出してきたリオセスリを見ると、一斉に銃撃を開始した。
銃弾が周囲のコンテナや埠頭の床に叩きつけられ、火花が飛び散る。リオセスリは飛び込むように木箱の山に隠れ、手榴弾の安全ピンを抜き、三秒数えて巡回兵の密集地へ投げ込んだ。
爆発と共に数人の兵士が吹き飛ぶ。リオセスリは隙を見て飛び出し、ジグザグに進みながら無事な巡海船へと突進する。銃弾が後を追い、一発が右足に命中した。彼はよろめいたが、足を止めなかった。
船は目前に迫っていた。中型の巡海船で、小口径の艦砲一門と回転機関砲二基が装備されている。舷側には歩み板が架けられ、二人の上杉兵が爆発の様子を確認するため船から降りてきた。
走りながら銃を構え、二発の銃弾で二人を仕留める。歩み板を飛び越え、操舵室に突入した。
船の鍵はなかった。上杉軍が既にこの船を掌握し、鍵を奪ったのは明らかだ。
「ちくしょう」
リオセスリが周囲を見回すと、操作盤の下に非常始動パネルが設けられていた。メロピデ要塞の船に特有の設計で、監獄長が人質に取られた際の脱出用だ。
パネルを開くと、機械錠と暗証番号盤が姿を現す。監獄長専用の暗証番号など、目を閉じていても入力できる。
数字を打ち込み終えると、エンジンが轟音を立てて始動した。だが船はまだ埠頭に綱で繋がれたままで、さらなる上杉軍が押し寄せてくる。
リオセスリは甲板に駆け上がり、係留綱を解いていく。最後の一本を解き放った瞬間、一隊の上杉兵が埠頭に突進し、銃を構えた。
「船を止めろ!さもなくば発砲する!」
リオセスリの返答は、船尾の回転機関砲へ駆け寄ることだった。この兵器の扱いは熟知している——メロピデの全ての船に同型の機関砲が搭載されている。安全装置を外し、ハンドルを回して角度を調整し、発射ボタンを押す。
機関砲が咆哮し、砲身が高速で回転。銃弾が雨あられとなって埠頭に降り注いだ。最前の兵士たちは一瞬にして銃弾の餌食となり、後ろの兵たちは慌てて掩護物を探す。木製の埠頭は銃弾で砕け散り、オイルドラムが被弾して爆発し、炎が空高く立ち昇った。
「砲を撃て!あの船を沈めろ!」
埠頭の上で、上杉の将官が怒鳴り声を上げて命令する。
埠頭の砲台が砲身の角度を調整し始める。リオセスリはそれを目にしたが、射撃を止めない。機関砲の弾が尽きると、直ちに反対側のもう一基の機関砲へ移り、掃射を続けた。
巡海船はゆっくりと港を離れ、速度を上げていく。外洋に出れば、陸上の砲の命中率は大幅に低下する。
だが上杉軍は、彼を簡単に逃がすはずがなかった。
「橋を狙え!破壊せよ!」
将官は命令を変えた。
リオセスリが視線を追うと、胸が重く沈んだ。前方三百メートル先に、メロピデ港と外洋を結ぶ唯一の通路——峡谷をまたぐ鉄製のアーチ橋が架かっている。橋が破壊されれば船は通行できず、瓦礫に激突して沈むか、港内に閉じ込められるしかない。
砲台の砲身が向きを変え、橋の支持構造物を狙い定めた。
リオセスリは歯を食いしばり、機関砲を砲台に向けて全力で射撃する。銃弾が装甲に弾かれ火花を散らすが、貫通することはできない。艦砲を使う必要があるが、砲は船首に設置されており、一人で二箇所の兵器を操作することは不可能だ。
一発目の砲弾が橋に着弾した。激しい爆発と共に橋面の一部が崩落し、歪んだ鉄材が数十メートル下の峡谷へ落ちていく。
続いて二発目が橋の主アーチに命中。橋全体が不吉なきしり音を立て、さらに多くの構造物が崩れ落ちた。
巡海船は加速を続けているが、橋まではまだ二百メートルある。このままでは、船が到着する前に橋は完全に崩壊してしまう。
リオセスリは無謀な決断を下した。機関砲を捨て、操舵室に戻り、エンジンを全開にする。船体が激しく揺れ、速度が急上昇する。同時に赤いレバーを引く——非常推進システムだ。全ての予備燃料を消費し、三十秒間の限界加速を発揮する。
船は矢のように、崩れ落ちつつある橋へ突進した。
三発目の砲弾が橋の基部に命中し、アーチ橋は真ん中から断裂。巨大な鉄骨構造物が左右へ崩れ落ちた。その瞬間、巡海船は崩れ落ちる橋の下を潜り抜けた。
頭上から鉄骨やコンクリートの塊が落下してくる。巨大なコンクリート片が船尾に直撃し、船体が大きく傾く。歪んだ鉄骨が舷側を擦り抜け、長い亀裂を刻み込み、海水が船内に流れ込み始めた。
それでも船は、橋を抜けた。
巡海船が崩落した橋の範囲を脱し、外洋へ出た時、リオセスリは自分が生きていることを実感した。振り返ると、炎と煙に包まれたメロピデ港が遠ざかり、かつて外界を繋いだ橋は、両岸に残った残骸だけとなっていた。
「はあ……」
操舵台にもたれ、激しく息を切らす。右足の傷から血が流れ、左腕の痛みも増している。先ほどの急加速で、古傷も全て再発してしまった。
だが休む暇はない。船は浸水しており、一刻も早く陸に着かねばならない。橋は壊れたが、上杉軍には別の船や追跡ルートがある。追っ手が現れる可能性は高い。
リオセスリは航法図を確認する。最も近い未陥落の拠点はフォンテーヌ南西沿岸のペトリコール町で、航程は約二時間。船が沈まなければ、の話だ。
不要なシステムを全て停止し、動力を排水と航行に全振りする。船体は傾き、速度は落ちたが、進み続けていた。
一時間後、背後から追っ手が姿を現した。三隻の高速艇だ。明らかに上杉軍が派遣した追跡部隊で、こちらの船より速く、機関銃を装備している。
リオセスリが船上の兵器を点検する。二基の機関砲は弾切れ、艦砲には砲弾が三発残っているが、小型で機敏な高速艇を狙い撃つのは難しい。自身が奪った拳銃には弾が七発しかない。
到底足りない。
操舵室内を見回すと、帆布で覆われた道具が目に入った。帆布をめくると、携帯式ロケットランチャーが姿を現す。フォンテーヌが陥落する前に、看守たちが海上の脅威に備えて用意していたものらしい。ランチャーの傍にはロケット弾が二発置かれていた。
「幸運だ」
ランチャーを肩に担ぎ、操舵室を出て船尾へ移る。
高速艇は五百メートル圏内まで迫り、機関銃の銃弾が船に叩きつけられ、カチャカチャと音を立てる。リオセスリは掩護物の後ろにしゃがみ、照準鏡で最前列の高速艇を捉える。
四百メートル……三百メートル……
引き金を引く。ロケット弾が火柱を引き、空中を弧を描いて飛んでいく。艇上の兵士が回避を試みるが、手遅れだ。ロケット弾が船体に着弾し、爆発と共に高速艇は真っ二つに砕け、炎と破片が飛び散った。
残る二隻は直ちに分散し、左右から挟み撃ちにかかる。リオセスリは素早く二発目の弾を装填するが、敵も警戒し、ジグザグに進むため照準を定めにくくなった。
機関銃の弾幕はさらに激しくなり、リオセスリはやむなく掩護物に隠れる。銃弾が船室を貫き、ガラスが砕け、計器が爆発する音が響く。船速はさらに低下し、浸水も深刻になっていく。
ここで沈むわけにはいかない……
歯を食いしばり、再びランチャーを担ぎ、危を顧みて身を乗り出す。
一隻の高速艇が二百メートルまで接近し、機関銃手が真っ直ぐに銃撃してくる。銃弾が届く寸前に引き金を引く。照準を練る余裕もなく、勘を頼りに撃ち出した。
ロケット弾は目標を外れたが、艇のすぐ近くで爆発した。衝撃波と破片が艇を損壊させ、機関銃は沈黙した。
だが最後の一隻は側面に回り込み、距離は百メートルを切っていた。この距離では、ロケットランチャーは間に合わない。
リオセスリはランチャーを投げ捨て、拳銃を抜く。七発の弾で、一隻の艇に乗る少なくとも五人の兵士を相手にするのだ。
高速艇の兵士がロケットランチャーを構えた。
時間がゆっくりと流れ出す。ロケット砲の砲口、引き金を引く指、噴き出す火柱……その光景が鮮明に映る。
その時、巡海船の側面に突如、氷の壁が出現した。
ロケット弾は氷壁に直撃して爆発する。氷は砕け散ったが、船体には一切の被害がなかった。続いて海面から無数の氷槍が突き出し、高速艇の船底を突き破る。艇は浸水して沈み始め、兵士たちは慌てて海に飛び込んだ。
リオセスリは氷の術が生まれた方向へ視線を向ける。小型の帆船が海面を疾走してきており、船首に一人の男が立っていた。青い長髪に長槍を手に、全身に氷元素の光を纏っている。
「監獄長殿、同乗しますか?」
落ち着いた声が響いた。
リオセスリは相手を見分け、「神里綾人か。どうしてここにいる?」
稲妻社奉行・神里綾人が軽やかに巡海船に飛び移り、足元に氷元素を展開して船体の亀裂を一時的に塞ぐ。「稲妻はこの戦いに介入することを決め、私は先鋒として派遣されました。璃月へ向かう途上、この追跡劇を目にしたのです」
損壊した巡海船を眺め、「この船はもたない。私の船に乗りなさい。ペトリコール町まで送ろう」
リオセスリは断らなかった。使える兵器と薬品を持ち、神里綾人の帆船に移乗する。彼らが船を進めると、ついに巡海船は耐え切れず、ゆっくりと海中に沈んでいった。
「ペトリコール町の状況は?」
傷の手当てをしながらリオセスリが問う。
「フォンテーヌ抵抗軍の手に残ってはいますが、上杉軍に包囲され、状況は厳しいです」
神里綾人が帆船を操りながら答える。「ここで補給した後、璃月へ向かい連合軍に合流する予定でした」
「連合軍……沈玉谷の方は?」
「状況は最悪だと聞いています」
神里綾人は頷く。「洪水に三国連合軍が飲み込まれ、多大な損害を受けました。だが戦いは終わっていない。抵抗する者が一人でもいる限り、希望は残る」
リオセスリはペトリコール町の方角を眺める。「フォンテーヌは完全に陥落していない。ペトリコール町が残り、私のように脱出した者がいる限り、抵抗は続く」
神里綾人が彼を一瞥し、「町で反撃を組織するつもりか?」
「まず足場を固める。それから上杉謙信に驚きの贈り物を届ける」
拳銃の弾を確認しながらリオセスリは言う。「彼はフォンテーヌを手中に収めたと思っている。だが監獄から脱走した者は、常に手強い相手なのだ」
帆船は海面を速く進み、炎に包まれたメロピデ要塞と沈んだ巡海船を遠くに置いていく。前方、夜の闇の中にペトリコール町の灯りが、わずかな星のように煌めいていた。
一方、フォンテーヌ廷では、リオセスリの脱走、橋の崩壊、追跡の失敗という報せを受けた上杉謙信が、静かに茶碗を置いた。
「リオセスリ……メロピデ要塞の監獄長か」
低くその名を呟く。「監獄の中に、これほどの男がいたとは思いもしなかった」
傍らに立つ直江兼続が問う。「ペトリコール町へ兵力を増派し、攻撃しましょうか?」
「いや」
上杉謙信は首を振る。「小さな町に敗残兵が集まったところで、脅威にはならない。我が軍の重点は璃月港への奇襲であり、兵力を分散させるわけにはいかない」
地図の璃月港の位置に視線を移す。「だが……町の動向を監視する者を派遣せよ。あの監獄長が本格的に動き出すようなら、その時に対処すればよい」
「承知いたしました」
上杉謙信は再び茶碗を手に取るが、視線はフォンテーヌの地図から離れない。リオセスリの脱走は大局に影響しないものの、緻密に練り上げた戦略に突き刺さった、小さな棘のような存在だ。
戦とはこういうものだ。どれほど綿密な計画を立てても、予期せぬ出来事は起こる。そしてその異変にどう対処するかが、勝敗を分けるのだ。
遠くに煌めくペトリコール町の灯りは、フォンテーヌの抵抗が完全に消えていないことを示す微弱な信号だ。さらに広い戦場では、稲妻の参戦、璃月の苦戦、ナタと至冬の再編成……全てが大きな情勢の変化を予感させていた。
神里綾人の船首に立つリオセスリは、次第に近づくペトリコール町を眺め、氷の青い瞳に新たな闘志を宿らせた。
フォンテーヌはまだ陥落していない。一人のフォンテーヌの民が戦い続ける限り、この大地に希望は存在する。
地獄から這い上がった生き残りであり、メロピデ要塞の監獄長として、彼はこの希望を繋いでいく。最後の瞬間まで、最後の一人が立ち続けるまで。




