須弥城市街戦
スメールの哀しみ
スメール市の雨林の朝は、本来なら穏やかなはずだった。朝靄が絹のように幾重にも連なる木造の楼閣や宙に浮かぶ回廊を包み、学者たちは巻物を手に知恵の宮の渡り廊下を行き交い、子供たちは親に連れられ学舎へ向かい、行商人たちは七国から集めた珍しい宝物を店先に並べている。この知恵の聖都は千年の時を経て立ち続け、幾多の危機を乗り越えてきたが、本当に陥落したことは一度もなかった。
だが今日、無邪気な子供でさえ空気に漂う異変を感じ取っていた。
都市東側の見張り塔で、コレイは手に持つ弓を強く握り、緑の瞳を地平線に据えた。導師のティナリは傍らに立ち、長い耳を立て、遠くから伝わるわずかな音をすべて捉えている。
「奴らが来た」
ティナリが低く張り詰めた声で突然呟いた。
コレイが彼の視線の先を眺めると、最初は何も見えなかった。だが間もなく、地平線に暗い筋が現れ、その筋はゆっくりと太さを増し、まるで潮流のようにスメール市へ押し寄せてくる。距離が十分に近づいた時、彼女ははっきりと目にした——それは軍勢だ。果てしなく広がる大軍の鎧が朝日に冷たい金属の光を反射し、旗は林のように立ち並び、足音は地鳴りのように轟いて迫ってくる。
「十三万……」
コレイが低く数字を唱えるが、その意味を本当に理解することはできなかった。彼女が分かるのは、スメール市の守備兵を全て合わせても、敵の半数にも満たないということだけだ。
セノが階段を駆け上がり見張り塔に姿を現す。彼の赤砂の杖は不安定な雷光を纏い、主の心の動揺を物語っていた。「民間人の避難は完了したか?」
「七分まで済んだ」ティナリが答える、「だが市内には少なくとも三万人が残っている。大半は老人や病人、故郷を離れたくない者たちだ」
「教令院はどうした?」
「賢者たちは残留を決めた。ナヒーダ様も知恵の宮におられる」ティナリは一瞬言葉を途切らせ、「草神は民を見捨てるわけにはいかない、とおっしゃった」
セノが杖を強く握り締める。「愚かだ!もしナヒーダ様が敵の手に落ちれば……」
「その道理は誰もが分かっている」
ディシアの声が下から響き、彼女は灼砂の金剣を肩に担ぎ塔に上がってきた。「だがナヒーダ様が決めたことは、誰も変えられない」
四人は肩を並べ、迫り来る敵軍を眺めた。朝靄が晴れ始め、敵の陣容がますます鮮明になる。最前線には整然とした歩兵の方陣が並び、槍が林を成す。その後ろに弓兵と銃兵、さらに奥には投石機・弩車・移動矢塔といった攻城兵器が連なり、両翼には騎兵が控え、馬の嘶きが微かに響いてくる。
そして大軍の最前に、一人の人影がひときわ目立っていた。
浅井長政は馬に乗らず、徒歩で進んでいた。相変わらず濃い紺色の着物を着て、外には暗紅色の陣羽織を羽織り、その紋様はまるで乾いた血痕のようだ。兜は被らず、濃紺の長い髪が朝風になびき、手に持つ名刀「宗三左文字」はまだ抜かれていないにもかかわらず、人の心を締めつける気配を放っている。
「自ら軍を率いてきたのだな」セノが言う。
「当然だ」ディシアが冷めた笑みを浮かべる、「自らの手で、この都市を滅ぼそうとしている」
ティナリが深く息を吸う。「作戦通り、郊外三重の防衛線で敵を足止めし、その後市内に退いて市街戦を展開する。あらゆる街路、あらゆる家屋で、奴らに血の代償を払わせる」
「ナヒーダ様はどこにおられる?」コレイが問う。
「知恵の宮の最深部に、最後の近衛兵が守っている」セノが答える、「我々の任務は、それまでに浅井長政を食い止める。もし可能なら……」
彼は言葉を続けなかったが、全員が心の中で悟っていた。できることなら、浅井長政を討ち取る。それが戦局を覆す唯一の望みだ。
角笛の音が低く長く鳴り響き、スメール市全域に伝わった。総動員の合図である。
守備兵たちはそれぞれ持ち場につく。弓兵は城壁や木造楼閣に上り、元素使いは要所に罠を張り、歩兵は塁壁の後ろで武器を握りしめ、騎兵は広場に集結し反撃の突進に備える。スメール市の防衛体制は千年の英知が結晶したもので、隅々まで綿密に設計され、あらゆる地形が敵の墓場となり得る。
だが十三万の大軍を前に、これらで十分だろうか。
浅井長政は城壁から一里離れた地点で足を止める。右手を掲げると、大軍は一斉に進軍を停め、統率の取れた高い練度を見せつけた。
「スメール市の諸君」
彼の声は大きくないのに、城壁の内外に鮮明に響き渡る。明らかに拡音の術を使っている。「俺は浅井長政。最後の機会を与えよう。城門を開け、武器を捨て降伏せよう。降伏者の命は保証する」
城壁の上はしんと静まり返り、風の音だけが轟いていた。
浅井長政はしばらく待った後、そっと首を振る。「残念だ」
右手を下ろした。
戦火が開けた。
第一波の攻撃は歩兵からではなく、空から襲い来た。数千を超える矢や砲弾が黒雲のように立ち昇り朝日を遮り、スメール市の防衛施設に降り注ぐ。続いて攻城兵器が轟きを上げ、巨石や燃える油壺が弧を描き、城壁と城門に叩きつけられる。
スメールの守備兵は直ちに反撃に転じる。矢の雨が城壁から降り注ぎ、元素使いの火の玉・氷の槍・雷の矢が絡み合い死の網を織り成し、防衛結界が要所に展開され攻撃を逸らせ、阻み止める。
だが敵の数はあまりにも多い。守備兵一人が倒れるごとに、十人の敵が隙を埋め、一箇所の防衛が崩れるごとに、新たな攻撃が押し寄せる。
浅井長政は急いで攻め寄せることなく、安全な距離から冷静に戦場を見守っていた。城壁、木造楼閣、街路の入り口のすべてを眺め、まるで滅びゆく都市ではなく、芸術品を鑑賞するかのような眼差しだ。
「何を待っているの?」
コレイは城壁から梯子を立てようとする敵兵を矢で射抜き、息を弾ませて問う。
「我々に隙が出るのを待っている」ティナリは傍らから三本の矢を放ち、いずれも敵の指揮官を的確に射抜く、「あるいは……狙いの標的が現れるのを待っているのかもしれない」
突然、浅井長政が動いた。
戦いが最も激しく、進軍の遅い城門ではなく、城壁南東の隅へと向かっていく。そこは防衛が比較的手薄で守備兵も少なく、そして……
「知恵の宮の方角だ!」セノが通信結界で叫ぶ、「知恵の宮へ一直線に突破しようとしている!」
だが防衛態勢を立て直すにはもう遅かった。浅井長政の姿は突然加速し、常人の目には紺色の残像にしか見えない速さになる。矢の雨や元素攻撃を軽々とかわし、幾たびか跳躍して城壁に上り詰める。
守備兵たちは直ちに取り囲み襲いかかるが、浅井長政は刀を抜こうともしない。軽く手を振るだけで、目に見えぬ力場が取り巻く者たちを一斉に吹き飛ばし、壁や地面に叩きつけられ、骨の砕ける音が絶え間なく響く。
「止めろ!」
ディシアが別の城壁から飛び降り、灼砂の金剣に燃え盛る炎を纏わせ浅井長政に斬りかかる。
これが四人の初めての真正面の対決だ。ディシアの剣術は以前よりも苛烈になり、一撃一撃に必殺の意志が込められている。だが浅井長政は依然として余裕の表情で、ついに刀を抜き、一つ一つの受け流しは寸分違わず精密で、反撃は常にディシアの隙を突いてくる。
「強くなったな」戦いの中で浅井長政が囁く、「だがまだ足りぬ」
突然技を変え、刀光が流れるようにディシアの防御をかいくぐり、喉元を突く。ディシアは辛うじて身をかわすが、刃先が首の皮膚を裂き、鮮血が飛び散る。
その瞬間、雷光が空から降り注いだ。
セノが戦いに加わり、赤砂の杖が荒れ狂う雷を纏い浅井長政に打ち下ろす。同時にティナリの矢が三方から放たれ、浅井長政の退路を完全に塞ぐ。コレイは遠くの高台から、草元素を宿した矢で援護射撃を続ける。
四人が共に戦うのは、今のスメールが出せる最強の戦力だ。それでも浅井長政は悠然と対応し、余裕を崩さない。
彼の刀法は変わった。技巧で力を制するのではなく、大きく大胆な太刀さばきになり、一太刀一太刀が山崩れ海鳴りのような勢いを帯びている。さらに恐ろしいことに、刀身に暗紅色の紋様が浮かび、生き物のように蠢き、吐き気を催す邪悪な気配を放っていた。
「ヴィマラ村の力だ……」ティナリは歯を食いしばる、「死者三万人の命で己を強化している!」
浅井長政は微かに笑みを浮かべる。「ついに気づいたか。そう、三万人の命、三万人の恐怖と苦しみが、今ここに宿っている」
突然刀を横に薙ぎ、暗紅色の刀気が扇形に広がる。ディシアとセノは辛うじて受け止めるが、数歩弾き飛ばされ口元から血を溢す。ティナリとコレイの矢は刀気に触れた瞬間、塵と化して砕け散る。
「遊びは終わりだ」浅井長政が言う。
彼の姿は突然四つに分かれ、四人を同時に襲いかかる。それは幻影ではなく、それぞれが完全な攻撃力を持っている。ディシアとセノは辛うじて応戦するが、ティナリとコレイはそうはいかなかった。
ティナリは右肩を一刀薙がれ、長弓を手から離し、体ごと吹き飛ばされ木造楼閣の壁に叩きつけられる。コレイは救援に駆けつけようとするが、別の浅井長政に隙を突かれ、刀の峰で後頭部を強打され、視界が暗くなりその場に崩れ落ちる。
「ティナリ!コレイ!」
ディシアが怒りを込めて叫び、我を忘れて浅井長政に突進する。
だがセノの方が速かった。赤砂の杖の雷光が一気に膨れ上がり、セノ自身が稲妻と化し浅井長政の本体に突き刺さる。全ての雷元素の力を込めた渾身の一撃で、肉眼で捉えられぬほどの速さだ。
しかし浅井長政はただ左手をそっと挙げただけだ。
稲妻は彼の掌から一寸離れた所で止まり、まるで見えぬ壁にぶつかったかのように。セノの姿が現れ、顔に驚愕の色が浮かぶ——己の渾身の一撃が、これほど容易く防がれたのか?
「言ったはずだ、遊びは終わりだ」
浅井長政が左手をそっと握り締める。
セノは抗うことのできぬ力に喉を締められ、宙に引き上げられる。もがこうとし、元素力を使おうとするが、体内の力はすべて暗紅色のエネルギーに吸い取られ、飲み込まれていく。
「セノ!」
ディシアが駆け寄るが、浅井長政はもう片方の手で刀を振るい、彼女を再び弾き飛ばす。
「大風紀官セノ」
浅井長政は宙にもがくセノを眺める、「スメールの守護者の一人。貴様の死は、スメールの民の意志を打ち砕く最後の一押しとなる」
彼がとどめを刺そうとした瞬間、緑の光が知恵の宮の方角から放たれ、浅井長政に一直線に襲い来る。
浅井長政はセノを放たざるを得ず、刀を振って光を受け止める。光が晴れると、その中に一人の姿が現れる——草神ナヒーダが宙に浮かび、小さな体に神聖で威厳ある気配を纏っていた。
「もう十分だ、浅井長政」
ナヒーダの声は穏やかながら、疑いの余地のない力を宿している。「貴様の憎しみを、無実の民にぶつけるべきではない」
浅井長政はナヒーダを見つめ、瞳に複雑な色が過ぎる。「草神ブエル……ついに姿を現したか」
「もし欲しいのが私なら、ここにいる」ナヒーダが言う、「私の民を放し、私は貴様のさじ加減に従おう」
「ナヒーダ様、いけません!」セノが地面から起き上がり、声を嗄らして叫ぶ。
ディシアも身を起こし、「まだ戦えます!」
だがナヒーダは首を振る。「もう十分だ。周りを見よ、この都市の苦しみを。戦い続けても、更なる死を招くだけだ」
彼女の言葉は事実だ。浅井長政たちが戦っている間に、敵軍は外郭の防衛線を突破し市街地に侵入していた。街路のあらゆる場所で戦闘が起こり、炎が建物の間に広がり、悲鳴と殺気立つ声が空高く響き渡る。スメールの守備兵は勇敢に戦うが、絶対的な数の優位の前に、次々と後退を余儀なくされている。
浅井長政は黙ってナヒーダを眺め、ゆっくりと頷く。「条件を受け入れよう。スメールの守備兵に降伏を命じれば、貴様は俺の捕虜となる」
「いやだ!」セノが怒鳴る、「降伏してはならない!一人でも立ち続ける者がいる限り、スメールは負けていない!」
だがナヒーダは既に決意を固めていた。瞳を閉じ、深く息を吸ってから目を開く。緑の光が彼女の身から広がり、スメール市全域を覆う。
「スメールの民よ」
彼女の声が一人一人の心に響き渡る。「私はナヒーダ。命じる……武器を捨て、抵抗を止めよ」
瞬く間に、戦場は不穏な静寂に包まれる。スメールの守備兵たちは信じられぬ面持ちで知恵の宮の方角を眺め、自らの神がこのような命令を下すなど思いもよらなかった。
だがそれは草神の声であり、草神の意志だ。
一本の剣が地面に落ち、続いて二本、三本……ドミノが倒れるように、スメールの守備兵たちは次々と武器を捨てる。地に跪き泣き崩れる者、怒りを込めて武器を砕く者、茫然と立ち尽くす者、戸惑い動けぬ者。
浅井長政の軍勢は直ちに要所を掌握し、降伏した守備兵を集めて監禁する。零星な抵抗は起こるものの、瞬く間に鎮圧される。
ディシアはこの光景を眺め、涙で視界が霞む。戦い続けたい、剣を拾って敵に斬りかかりたいと思うのに、体が言うことを聞かない——傷のせいだけでなく、心の何かが砕け散ってしまったからだ。
セノは杖を強く握り、指の関節が白く浮く。草神の命令に逆らうことはできないが、この屈辱は死よりも耐え難い。
ティナリは廃墟から這い出し、無事だが気を失ったコレイ、降伏した守備兵、敵に支配された街路を目にし、すべてを悟る。瞳を閉じ、一滴の涙が頬を伝って落ちる。
浅井長政はナヒーダの前に歩み寄る。「賢明な選択だ、草神様。さあ、ついて来い」
手を差し伸べると、ナヒーダは穏やかにその掌に身を委ねる。小さな神と背の高い武士は鮮明な対照を成すが、今は神が捕らわれ、凡人が勝者となっている。
「私の民を大切に扱え」ナヒーダが言う、「それが貴様の約束だ」
「反抗さえしなければな」浅井長政は答え、将軍たちに向き直る。「都市全域を制圧し、捕虜を集計せよ。重要施設を修復せよ。スメール市は今や我らのものだ」
命令は直ちに実行される。十三万の大軍が潮流のようにスメール市の隅々に押し込み、この千年の聖都を完全に支配下に置く。十数万のスメール守備兵は集団で監禁され、民間人は自宅に拘束され、知恵の宮は精鋭の武士に厳重に警備され、貴重な典籍や文物はすべて封鎖される。
夕暮れ時、スメール市完全陥落の知らせがテイワット全域に伝わった。
一方、郊外の森で旅人空はディシアとセノを見つける。彼らは辛うじて突破に成功した少数の生き残りで、降伏を拒んだ数百名の戦士を率い、陥落した都市を逃れてきた。
「ティナリとコレイはどうした?」空が問う。
「捕らわれた」セノは嗄れた声で答える、「ナヒーダ様も……捕虜となられた」
空は長く沈黙し、やがて言う。「ここに留まるわけにはいかない。浅井長政は間もなく追っ手を差し向けるだろう。璃月へ向かい、勢いを立て直さねばならない」
ディシアはスメール市の方角を眺め、見慣れぬ旗が掲げられ、一部の地域にはまだ炎がくすぶっている。「必ず戻ってくる、浅井長政。誓う、我々は必ず帰還する」
三人は残党を率い、夜闇に紛れて璃月の方角へ撤退する。月光に浮かぶ背中は孤独ながら、断固たる決意に満ちていた。
スメール市の最も高い場所——知恵の宮の頂上に、浅井長政が立ち、自ら征服したこの都市を見下ろしている。ナヒーダは下の部屋に軟禁され、最精鋭の武士たちに守られている。
「朝仓様、ご覧になってください」
彼は低く囁く。「知恵の都スメールは、今や我らの手中に収まりました。だがこれはまだ序の口……璃月、フォンテーヌ、ナタ、スネージナヤ、モンド、稲妻……このすべてが、貴様の死の代償を払うことになる」
夜風が吹き抜け、濃紺の長い髪と暗紅色の陣羽織がなびく。彼の影の中で、暗紅色の紋様が生き物のように蠢き、ヴィマラ村三万人の亡霊の慟哭であり、これから新たに加わる多くの魂の予兆でもあった。
スメールの陥落は終わりではなく、更大なる嵐の始まりに過ぎない。浅井長政の野望に果てはなく、旅人空と生き残った者たちも、決して反抗を諦めることはない。
戦いは新たな段階へと移り変わった。神を失ったスメールはいかにもがき、神の力を手に入れた浅井長政はいかなる道を進むのか。テイワットの運命は、歴史の岐路に佇んでいる。




